楽園南端
その後も延々と続く兎の波を乗り越えて、あたしたちは移動を続ける。何匹か轢いてしまったけれども、さすがに不可抗力だ。流れに逆らって逆方向にジャンプする個体とか、避けた方向に急速ターンする個体とか、そんな自殺志願兎にまで責任は持てん。
食べて供養という考えもないではないけど、タイヤで思い切り踏んでしまったら無理だ。食肉部分を衛生的に切り分けられない。
「やっと少なくなってきた……」
二時間ほど走ったところで、ジュニパーがホッとした声を出す。いまも跳ね回るウサギはいるんだけど、もうハンドル操作で必死に避けるほどの量ではない。数と呼べるくらいになって、心なしか道も平らになった気がする。
「ここから速度を上げられると思ったんだけどね」
「暗くなってきちゃうの」
「そうなー、あとどのくらい?」
ミュニオとジュニパーの本能ナビによると、牧場があると教えられた地点まで三十哩ほど。五十キロ弱か。兎のせいで後半あんま距離が伸びなかったもんな。
早くも日は陰り始めている。ここは、おとなしく野営の準備をするか。牧場を訪ねるにしても、夜にいきなりじゃ失礼だろうしな。見付けられないで暗いなかウロウロしたくもない。
「ほんじゃ、訪ねるのは明日にしようか」
「「はーい」」
木陰に火を熾して、木の枝に刺した兎肉を炙る。大量発生していた穴兎じゃなく、中型犬くらいの可愛くない方だ。肉は美味いから、見た目はどうでもいい。味付けはボトル入りのスパイスミックス。茶色っぽいパウダー状で、“チャイニーズ・ファイブ・スパイス”と書いてある。シーズニングっぽいものを期待して嗅いでみたら、中華街みたいな匂いがした。
「あー、これ、あれだ。五香粉」
何がファイブかと思った。雰囲気は思ってたのと違うけど、まあ悪いもんでもないか。
火の上に鍋を掛けて、乾燥野菜でスープを用意する。鍋を吊るすための道具もサイモン爺さんが用意してくれたものだ。長さ百五十センチほどの鉄の棒が三本、片側でまとまってて、そこにチェーンが繋がってる。傘状に開くと、焚き火の上に鍋を吊るせる。最初に見たときは何なのかわからなかった。すごく便利。
肉を焼くための鉄串も入れてくれてたのに、洗って片付けるのが面倒でいつも木の枝で代用してる。あたしは女子力ないし、見栄えも二の次だ。
「シェーナ、天幕張ったよー」
「集めてきた枯れ枝、ここに置いとくの」
「ありがと、こっちは肉焼けるの待つだけだ」
サイモン爺さんから手に入れた小型天幕というかテントというか、緑色のそれは横から見ると三角形の古風なデザインで、大きな一面が開いてタープみたいになる。いまいる場所が温暖で雨の気配もないので、そちらを焚き火側に開いておく。距離は五メートルほどあるので、引火もしないだろう。
「肉焼けたよ。明るいうちにご飯にしようか」
「美味しそうだね♪」
「変わった香りなの」
そうね。なんていうんだろ。北京ダックとか、そういう方向性の香り。悪かないものの、ラベルを見ると塩分は含まれてないっぽい。肉には追加でパラパラと塩を振る。
スープを木椀によそって、肉は各自で好きなのを取る。薄暗くなり掛けているけれども、なんとか食事が済むまで日は保ちそうだ。
「美味しい!」
ジュニパーがモキュモキュと兎肉を頬張りながら笑う。ミュニオも頷きながら肉を齧っている。あたしも試してみるが、思ったより癖はない。
「よかった。どんどん食べな」
「香草と薬草が混ざった香りなの」
「あたしの生まれた国の、隣の国のものだな。臭み消しのための粉、だったはず」
「ウサギは臭くないから、その効果はよくわからないけど、美味しいよ。ちょびっとだけ、“かれぇ”に似てる」
似てるかな。素材の一部は共通してるのかな。わからん。美味ければ、どうでもよろしい。
たらふく食べて、食べきれなかった食材は片付け、食べた後の骨は野生動物を呼ばないように埋める。見張りの順番を決めようとしたら怪訝そうな顔をされた。危ない生き物が近付けば、ジュニパーもミュニオもすぐ目が覚めるのだそうな。やっぱり感覚器の敏感さでは、ふたりに全く歯が立たない。おまけにミュニオは魔法で簡易結界を張ってあるので、悪意を持った不意打ちにも対処できるのだとか。
襲われる可能性を考え始めている、ということだ。それはわかってることなので、黙っておいた。
「ちょっと煙いけど、我慢してね。虫除けの効果があるの」
ミュニオが摘んできた花の枝を焚き火に焼べる。ふわりと上がった白っぽい煙からはカモミールのような匂いがした。チビエルフは祈祷師みたいな動作で枝を焚き火の周囲に立てて、満足したようにテントに入ってくる。外は暖かく風もないので、テントの一面を上げてタープ状態にしたままにしておく。
「おやすみー」
「うん」
「おやすみなさい、なの」
三人で川の字で寝る。狭いといえば狭いけど、寝返り打てないほどでもない。変な話だけれども、ふたりと触れていると収まるところに収まったような安心感があった。理由はわからない。ひどくホッとしたのまでは覚えている。気付かないうちに疲れていたのか、リラクゼーションの魔法でも掛けてくれたのか、あたしは一瞬で眠りに落ちた。




