紅いバリケード
北に向かってしばらく走ると、しだいに起伏が多い地形になってきた。周囲に木々も増えて、見通しが利かなくなる。あんまり良い状況じゃないな。この先には盗賊がいるという話だから、あちこち隠れられるような地形には自然と警戒してしまう。
ランドクルーザーからわずかに先行していた水棲馬姿のジュニパーが足を止め、こちらに注意を促すような顔で振り返る。
「もしかして、待ち伏せか?」
「そう。半哩くらい先に、十人前後の……たぶんエルフがいるの」
ジュニパーだけでなく、荷台のミュニオにも感じられているようだ。運転席後ろの窓越しに振り返ると、元痩せコボルト一号二号が頷いた。
「うん、エルフ、いるよ。すこしだけ、うま、まじってる」
「お前らも、そんな先のことがわかるのか」
「におい、するから」
ジュニパーやミュニオは音やら気配を読んでいるようだけど、コボルトたちは嗅覚で察しているらしい。
当然ながら八百メートルとか離れた場所のことなんて、あたしにはサッパリわからん。
「ぼくら、しらべてくる?」
迷っているあたしに、コボルトたちが提案してくれた。
「いや、大丈夫。そのまま、仲間を守ってくれるだけでいい」
ミュニオを見ると、周囲を見渡しながら気配を探っている。こちらの視線に気付くと、彼女は少しだけ笑みを浮かべた。
「待ち伏せしてる以外に、敵はいないの」
「わかった。ジュニパー、いっぺん下がって」
人型でもケルピー形態でも頼りになるジュニパーだけど、さすがにチビッ子たちを乗せたまま戦闘に関わって欲しくない。ランクルの後ろに回って、人型に戻る。お姫様抱っこでまとめて抱えられた仔コボルトたちが荷台に乗せられる。
「ちょっと狭いけど、少しだけ我慢してねー」
「「「はーい」」」
「みんなに少しだけ降りててもらって、あたしたち三人で敵を潰してくるのはどうだろ?」
「向こうには馬がいるよ。騎馬のエルフに回り込まれたら面倒かも」
「わたしも、ジュニパーに賛成なの。みんな一緒の方が守りやすいの」
たしかに、そうかもな。相手がエルフとなれば、弓やら攻撃魔法やらで長射程の攻撃が飛んでくる可能性もあるし。だったら、先手必勝だ。
「なあ、そいつらが敵対していることは確実?」
「うん。殺意と、興奮と、血の匂いがする。たぶん、もう誰か殺してるよ」
ジュニパーがいうと、コボルトの何人かが同意するように頷いた。
「ジュニパー、運転を頼めるかな」
「任せて」
彼女はランクルに乗り込む前に、胸の谷間の謎収納から大型リボルバーを出した。装弾を確認すると、また胸元に戻す。いざというときは、運転席からも援護してくれるようだ。
あたしは懐収納から自動式散弾銃を出して、初弾を薬室に送り込む。装填しているのは鹿撃ち用大粒散弾。追加装填して九発。
荷台の最前列に陣取ると、屋根を叩いて運転席に合図を送る。
「いいぞジュニパー。できれば、ある程度の距離を取って停止してくれるかな。見通しが効かない場所なら、視界に入りしだい倒す」
「わかった」
「攻撃は各自に任せる。散開しているようなら、ミュニオが右側の敵。あたしは左側だ」
「わかったの」
ジュニパーが車をゆっくり前進させる。半哩となると、問題は敵味方の射程が重なるのがどこになるかだ。長弓装備のエルフが相手だとしたら、銃でも油断はできない。
小さな林を抜けて、わずかに視界が開ける。百メートルほど先に、少しだけ高台になった場所があった。そこで妙なものが揺れているのを見て、あたしは思わず呻き声を漏らす。
「……おい、待て。あれ……」
雑に組まれた木の柵が道を塞ぐように渡され、道端に紅い布切れが旗竿で掲げられていた。
柵の左右には、不自然な倒木。そこに盗賊たちが隠れているのだろう。道の脇に立っていた長身の男が、細剣を振ってこちらに向ける。
「止まれ! ソルベシア魔王軍だ! 抵抗すると殺す!」




