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第七話 帰還

 胴体を真っ二つに両断されたガーディアンは、暫くその場に留まった後、光の粒子となって消えていった。


「今度こそ、やった……わよね?」


 先程の出来事があるので、不安そうにナディアがそう口にする。

 その言葉に四人は答えることが出来ず、ただ静かな空気がその場に流れる。そんな空気を断ち切って声を上げたのは、五人の上空にテレポートで移動していた俺だった。


「──嗚呼、そうだな」

「師匠!」

「「「「オルフェウス(さん)(殿)!」」」」


 何とか、みんな無事だったようだ。

 流石に無傷とはいかないものの、一人も欠けることなくこの場に揃っている、俺はその事実に一安心した。

 背中に背負ったセトの妹に衝撃を与えないように、風魔法『フライ』の魔法で着地の衝撃を最小限に緩和させる。


「そっちも上手くいったんだな!」

「嗚呼」


 俺の背中を見ながら言ったホシェルに、俺は頷く。


「メル……」

「安心しろ、疲労で疲れているようだが、何ともない」

「……はい」


 セトはまだ完全には安心できていないようだが、この子が目を覚ませば、その不安も綺麗さっぱり無くなることだろう。

 その時はこの子も、知らない間に変わった現状に驚くだろうな。


「っそれよりも、早くこっから離れるぞ」

「え……、どうしてですか?」

「ざっくり説明するとな、もうじき教会が盛大に爆発する予定なんだ」


 アリシアの質問にそう答える俺。


「「「「「爆発っ!?」」」」」

「ほっ、本当にざっくりだな……」

「このバカでかい教会が爆発するってのは、少し見てみたい気もするけどな!」


 村長の横で笑うホシェルの願望は置いといて、俺はある魔法を展開させる。


「わっ! ……魔方陣?」

「お、大きい……、それにかなり魔力が込められてる」

「取り敢えず説明は後にしてくれ。今から時空魔法で村の近くまで転移するから、魔方陣の外には出ないでくれよ?」


 足元の地面に突然出現した魔方陣に一同が驚きの声を上げるが、今は何一つとして話をするだけの時間は残されていない。

 俺は魔方陣に更に魔力を注ぎ込み、半径十メートル程までそれを拡大させる。


「おい、お前等も死にたくなければ早くこの魔方陣の上に立つんだ。……あと、そこに転がってる司教も担いで連れてきてくれ」


 離れた場所で混乱するだけだった聖騎士達に声を掛けると、最初はどうして良いか分からずその場に立ち尽くしていた。

 だが、次第に恐る恐るといった様子で魔方陣に近付く者が現れる。そして危険がないことを知ると、聖騎士達は少しずつ魔方陣の上に移動し始め、やがて全員が魔方陣の上に立った。

 指示した通り、司教とやらも連れてきてくれている。


「じゃ、帰るか」


 そして、俺は時空魔法を発動させた。


「「「「「──ッ!」」」」」


 次の瞬間には視界に広がる森林の景色が、全く別の場所の森林の景色に変わっており、最も存在感の強かった教会も、綺麗に無くなっていた。


 この不思議な現象に誰もが等しく驚き、警戒するように周囲をキョロキョロと見回す。

 すると視界に、ある存在が姿を現した。


「僕たちの村だ……っ!」

「帰って、……来た?」

「凄い、ですね。これは……」


 日常では到底見られない不思議な現象に、セト達も驚きの声を漏らす。


「そうだっ、村のみんなに僕たちが帰ってきたことを知らせないと!」

「待てセト、その前にこの子をベッドで休ませてやってくれないか?」


 今にも走っていってしまいそうなセトに、俺は待ったをかけて歩み寄ると、静かな寝息を立てるメルをゆっくりとその手に持たせた。

 するとセトの頬に、今まで我慢していたのかうっすらと涙が伝った。


「……はい、ありがとうございます師匠」

「優しく運んでやれよ」


 そう言って送り出すと、セトはメルを気遣うように慎重に村へと足を進めた。


「ナディア、アリシア」


 セトから視線を外した俺は、亜空間からあるものを取り出してそれを放った。

 二人はそれを慌てながらも両手でキャッチすると、疑問符を浮かべながら俺に説明を要求してくる。


「回復ポーションと睡眠薬だ。あいつは起きてると無茶しそうだからな、適当な理由つけてそれを飲ませてくれ。頼めるか?」

「そういう事なら、分かったわ」

「はい、頼まれました」


 二人は俺の頼みを快く引き受けてくれて、小走りでセトの後を追って村の方へと向かっていった。

 こうでもしないと、セトを休ませることは出来そうにないからな。


 三人を見送って振り返ると、そこにはニヤニヤと口許を緩めているホシェルがいた。


「流石はセトの師匠だな」

「別にそういうんじゃねえよ。……ってかその顔やめろ、なんかムカつく」


 にやけ顔をやめるようにホシェルに言うが、少し恥ずかしがる俺を見てからかいがいがあるとでも思ったのか、なかなかそれを止めようとはしない。


 そんなホシェルにイラッときた俺は、仕返ししてやろうと落ちていた小石を拾い上げた。

 そして、不敵な笑みを浮かべてそれを投げつけた。


「……?」


 俺の意味不明な行動に、ホシェルはにやけ顔を止めてキョトンとしながらも、難なく投げつけた小石を片手でキャッチした。

 と、次の瞬間。


 ──ドオオオオオオンッッ!


 遠方から、大規模な爆発音と衝撃が同時に襲ってきた。

 しかし小石をキャッチした瞬間だったホシェルには、あたかもその小石が大爆発を起こしたと錯覚したようで──。


「どぉぉわああああああああああっ!?!?」


 すかさず小石から手を放し、驚きのあまり大きく跳び跳ねるホシェル。


「うっ腕がぁあああっ!! 俺の右腕がぁぁぁああああああ────あ?」


 一人で散々騒ぎまくってから、漸くホシェルは自分の腕が無事だという事実に気付き、そして地面に転がった小石を見詰める。

 その後、無言で背後を振り向く。


 爆発音のした方向に視線をやると、かなり離れた場所の森林の一角から、赤い炎と真っ黒な煙が上空へと伸びている。

 それだけでなく、大小さまざまな瓦礫までもが、木々を突き抜けて宙に舞っていた。


 そして再びホシェルは自分の右腕に視線を落とし、また爆発のした方へと──といった感じに何度も視線を行き来させる。

 ここで遂に自分の腕が無事だと確信したホシェルは大きく息を吸い込み……。


「焦ったああああああああっ! 腕吹き飛んだかと思ったああああああああっ! よくぞ無事だった俺の右腕よぉぉぉおお!」


 本気で安堵するホシェル。

 いや、小石程度でここまでビビってくれるとは思わなかったぞ……。軽い仕返しをしただけの気持ちだったのだが、この様子を見ると何だか申し訳無く思えるな……。


「あのバカは置いといて……確かに、あれに巻き込まれでもしたら、命の保証はできないな」


 ホシェルの騒がしい声に顔をしかめつつ、村長が言った。

 確かに、魔力障壁を展開できるだけの魔力が残っていたのなら兎も角、生身の状態では間違いなく無事では済まされなかっただろう。


 いまだに騒々しいホシェルを横目に、俺は残された問題に取り掛かった。


「おい聖騎士、お前等の中でまだ戦う意思のある奴はいるのか? いるのなら相手になるが」


 言いながら、俺は僅かに威圧を放った。


 俺の威圧に怯えている様子を見れば、戦意のある者はいないと分かるし、念の為の確認として何気なく訊いてみただけだった。……のだが、聖騎士達は俺の質問を過剰に受け取ったらしく、慌てふためきだした。


 そうして何やら集まって話しだしたかと思うと、騎士達が左右に別れて、その中から一人の聖騎士が代表するように前に進み出てきた。


「私はこの隊を統括しているディランという者です」


 前に進み出てきたこの人が、どうやら聖騎士達の中で一番偉い人のようだ。

 ガチャガチャと鎧の擦れる音を出しながら頭を下げたディランは、暫くして下げた頭を持ち上げると、再び口を開いた。


「此方から戦闘を仕掛けておいて虫のいい話だと承知していますが、まず、我々に敵意がないことを理解して頂きたい」

「敵意がない……ね。それを証明する手立てはあるのか?」


 脅しをかけるように、俺は腰にさした刀に左手を掛ける。

 すると聖騎士達からは確かなどよめきが起こり、ディランは苦しそうに押し黙ってしまった。


「答えろ、どうなんだ?」

「…………ありません」


 まあ、そうだろうな。もし俺が逆の立場だだたとしても、そう答える他に選択肢はない。

 この質問事態が「あります」と答えようがない、否定しか出来ない意地悪な質問なんだからな。


 俯くディランに、俺は亜空間から拳大ほどの結晶を取り出し、それに魔力を注ぎ込んだ。

 すると結晶がパキンっと音を立てて砕け、光とともに小さな魔方陣が現れる。光が収まると、俺の手には一つの黒い首輪が握られていた。


「なら、この首輪を付けるか? そうすれば敵意がないって証明できるぞ?」

「それはまさか、隷属の首輪……っ?」

「さて、どうだろうな」


 ディランが言うとおり俺の手にあるのは、対象を強制的に隷属させるこおが出来る恐ろしい魔道具、隷属の首輪の──偽物。

 もちろん本物ではないので、対象を隷属させるような効果は備わってないのだが、それでも相手の虚を突くには十分だった。


「……私一人の首で信用が得られるというのなら、構いません」

「分かった、信じる」

「……寛大な御心に、感謝します」


 そう言うとディランは自ら冑を取り外し、その場に片膝をついて頭を垂れた。

 ディランは五十代くらいの老騎士だった。

 白髪混じりの髪にシワのよった顔は歳相応ではあるものの、瞳に宿る力強さはまるで歳を思わせない、見事なものだった。

 まさに熟練の戦士の風格を身に纏った老騎士が、俺に頭を下げている。


「ちょ、待つのだオルフェウス殿! そこまでしなくとも良いのではないかっ? この者達を見れば、敵意が無いのは明白だろう!?」


 一歩前に踏み出そうとすると、横から村長が割って入ってきた。

 俺の行動があまりあるものだと判断したのだろう。


「この者達の安全は私が保障する! 何かあれば責任も全て請け負う! だからどうか、考え直してはくれないだろうか……っ!」


 ……あー、これは、完全に誤解してるな。いやまあ、説明しない俺が全面的に悪いんだけども。

 このままじゃ面倒なことになりそうだから、取り敢えず誤解を解いておかないと。


「誤解だよ誤解、別に俺もそこまでしようとは思ってないから」

「ほっ、本当か……?」

「嗚呼。それにこれ、隷属の首輪でも何でもないからな」


 そう言って、握った状態から手のひらに乗せるように移動させる。

 すると隷属の首輪の形をしていたものが途端にその色を変えて、液体にでもなったかのように形が崩れていく。そうして本来の形へと戻ったそれは──。


「……スライム?」

「そ、正確にはエルダースライムって名前らしいぞ」


 力の抜けた声で呟く村長に、俺は首を縦に振る。

 ディランと村長が隷属の首輪だと思い込んでいたものというのは、そっくりに擬態したエルダースライムだったのだ。

 場の雰囲気をぶち壊したエルダースライムは、村長に「よっ」とでもいうかのように触手を伸ばすと、俺の身体を這って頭の上に移動する。


「ディランさんも、質の悪い脅しをして済みません。顔を上げてもらって大丈夫ですよ」

「つ、つまり、どういう事ですか……?」


 理解が追い付かないディランが、説明を求めるように訊いてきた。

 そんな老騎士に歩み寄ると、俺は微笑みながら手を差し出した。


「言ったじゃないですか、──信じるって」


 俺は無理やりディランの手を取って立ち上がらせた。


「本当に済みませんディランさん、試すようなことをして」

「い、いえ、此方こそ、信じてくださり有り難う御座います……」

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