第五話 五人の戦い ③
「やったなセト」
セト達に合流したホシェルが、そう言ってセトの頭を乱雑に撫でた。
「や、やめてくださいよホシェルさん。もう子どもじゃないんですから」
と言葉ではそう言うものの、セトはそれを甘んじて受ける。
「流石に疲れた……、……もう魔力もからっぽ」
「あはは、お疲れ様アリシア。……にしても、あの時よく飛び込んでいけたわね、ちょっとびっくりしちゃった」
アリシアが聖騎士達を守った時、もし少しでも遅れて飛び出していれば、間違いなく多くの命がなくなっていたことだろう。
つまりアリシアは、一切の迷いもなく助けに行ったという事だ。
自分の身の危険を顧みず他人を助けようと行動するのは、決して誰にでも出来るような事ではない。
「うん、自分でも、ちょっとびっくりしてる。……でも、こうしてなければ絶対に後悔してしてたと思うんだ」
「……そうね。私もきっとそうだと思う。だから、ありがとね」
例えそれが敵だったとしても、目の前で救えた筈の命を救わなかったのであれば、必ず心の何処かで後悔が生まれていたであろう。
口には出していないが、そう思っているのはナディアだけではなく、他の者も等しくアリシアに感謝している。
「後は、オルフェウス殿がメルを連れて戻ってくるのを待つだけだな」
「そうだな、教会ん中にはまだ聖騎士やら天使やらが居るかもしれねぇが……」
サドンの言葉にホシェルが相槌を打つ。
──その時、教会の、崩壊した壁の中から、微かに音がした。
戦闘が一通り終わった後だった事もあって、その音は全員の耳に届いた。
そして誰もがその方向へと視線を向けて、誰もがハッと息を飲んだ。
「……そ……んな……っ!?」
セトが目を見開き、掠れた声で呟いた。
「……まだ、動けるってのかよ」
「なんで……!?」
「もう、魔力が……っ」
「どれだけ頑丈だというのだ……!」
崩壊した壁の奥から現れたもの、それは──ガーディアンだった。
その身体には僅かばかりの軽い傷がいくつか見られるものの、致命傷に至るような大きな外傷というのは見受けられない。
つまり、セトが放った渾身の一撃でさえ、少し傷を負わせる程度にしかならなかったという事だ。
(魔法も、剣も通じない相手に、一体どうやったら勝てるんだ……っ)
セトは、後悔していた。
──ここは僕たちに任せてくれませんか?
そんな言葉がセトの脳裏をよぎる。
これは、司教とガーディアンの相手を任せてほしいと、セトがオルフェウスに言った言葉だ。圧倒的な力を持つオルフェウスの手を借りず、自分達だけの力で切り抜けようと発された言葉。
それが、五人の戦いの幕開けだった。
(だというのに、僕はッ!)
セトは固く拳を握り、奥歯を噛んだ。
セト自身が望み、選んだ結果がこれなのだ。
つまり、今こうして強く絶望を感じているのも、間接的にいえば〝セトが生み出した〟といっても過言ではないといえる。
責任感が沸いてこない訳がない。
(あの時……僕が、あんな事を言っていなければ……)
未来は、変わっていたかもしれない。
そんな思考ばかりが脳裏をよぎっては、その度に罪悪感が加速度的に膨らんでいく。
それとともに過去の断片的な記憶が流れるように思い浮かんでは消えてを繰り返し……。
──セト。
ある記憶まで遡った時、ふとセトの脳内にオルフェウスの声が響いた。
勿論それはセトの記憶として刻まれているものであって、実際にはこの場にオルフェウスの姿を見付けることは出来ない。
(…………師匠……っ)
固く目を閉じ、溢れてくる様々な感情を抑えるように握った拳を震わせるセト。
自分の力の無さに嘆き、失望し、呆れて──。
セトは今、これまでの人生において一番、己の無力さに絶望して、悔しさを味わっていた。
──また、大切な人を守れないのか。
あれほど痛くて辛い思いをしたというのに、懲りもせずにまた同じことを繰り返すというのか。これまで積み重ねてきた努力が、無意味なものだったというのか。
それは、自分そのものを、自らが真っ向から否定しているようなものだ。
(そんなの、……認めない)
認めたくない。
セトの中に、新たな感情が芽生えた瞬間だった。
ここまで積み重ねてきた全てを、そう簡単に否定させはしない──そんは強い想いが、数多ある負の感情を凌駕した。
その時、ガーディアンの右手がセト達へと向けられた。
もう残されている時間はあまり長くはないようだ。
(でも、どうすれば……っ!)
この状況を打破できる方法など、残っているのだろうか──そんな不安が垣間見え、聖剣を握るセトの手に力が入る。
──その剣は、お前の意志に答えてくれる。
再び焦りを覚えたセトの脳裏に、再びオルフェウスの声が響く。
「ッッ!」
(……そうだ。必要なものは、全部、僕が持ってる)
他に何かを求めようとする必要など、無い。
一層、聖剣を握る手に力がこもる。
(師匠は僕を信じてくれた。なら僕は、僕を信じてくれた師匠を信じるッ!)
──ドクン。
刹那、セトは、何かが大きく脈打つのを感じた。
それは近くにいた四人にも感じ取れる程で、セトを中心にして……否、その手に持つ聖剣を中心に妙に風が騒がしくなる。
「剣が……光ってる……?」
セトがおもむろに視線を落とすと、魔力を込めていない筈の聖剣が、独りでに光を発していた。
「…………」
どうして──そう考えるよりも早く、セトの視線は既にガーディアンへと向けられていた。
腰を低く落とし、片足をスッと下げて、聖剣を両手で持って横に構える。そんなセトの行動に応えるようにして、聖剣から放たれる光が一層強まり、それが収束していく。
「──ッ!!」
地面を蹴って、ガーディアンへと飛び出したセトは、普段とは比べ物にならない速度であっという間に距離を詰めた。
そして次の瞬間には、横から振り上げられた聖剣が、ガーディアンの胴体を半ばから一刀の下で両断していた。
「「「「…………?!」」」」
しかし同刻、それ以上に信じられない事件が起き、アリシア、ナディア、ホシェル、サドン、聖騎士達は、そちらの方へと視線が釘付けにされてしまった。
その信じられない事件とは、ガーディアンの背後にある教会に……。
──セトの振った聖剣のあとをなぞるように、亀裂が生まれた事だった。




