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第五話 五人の戦い ②

 先程のように数万といった馬鹿げた数ではないものの、それでも数百はあるであろう光の針が一直線に飛んでくる。


「セトっ!」


 ホシェルが叫んだ。

 それは〝今すぐ後ろに下がってこい〟という意味をもって発せられた言葉だ。


 今の状況を考えると、単独でいるセトが一番危険なのはいうまでもない。

 四人で何とか凌いだものよりは規模は小さいものの、それでも一人でどうにかできるようなものでないことは確かだ。

 それだけにホシェルは、後退しろという念を込めてセトの名前を呼んだのだ。


「くっ……!」


 迫り来る魔法を、手に持った聖剣によって弾き、加えて魔力障壁を前方に展開して防ぐセト。

 常人では視認はできても、到底それに対応できるだけの反射神経、身体能力はないであろうが、セトは飛来してくる魔法を正確に捉え、それを並々ならぬ速度をもって斬ってみせた。

 しかし、一つや二つなら兎も角、それが何十何百ともなれば、一振りの剣では圧倒的に手数が少なすぎた。


 一つの光の針金セトの頬を掠り、通り抜けていく。


 たったそれだけで皮膚は簡単に裂かれて、その場所からは真っ赤な血液が滲み出てくる。

 だが、頬を滴る血を拭き取る暇もなく、次から次へとガーディアンから放たれる魔法の対応に追われるセト。


 このままではいずれ捌ききれなくなる──そんな事を一心不乱に聖剣を振るいながらセトは思うが、自分ではどうにも出来ない。

 とその時、突然セトの正面の地面が隆起して、ガーディアンの魔法を防いだ。

 この場に土魔法を使える者は一人しかいない。


「──セトっ、急ぐんだ!」

「村長!」


 サドンの土魔法によって時間稼ぎをしている隙に、セトは仲間のもとへ戻ろうと背中を向けて走り出す。

 しかしセトが仲間のもとへ戻っている途中で、セトの背後で何かが崩れ去るような音がした。


「くっ!」


 セトが咄嗟に振り向き聖剣を縦に構えると、その刃に魔法が三発、僅かな時間差をおいて衝突する。

 ガァンッ……という衝突音とともに火花ではなく光の粒子が弾け散る。

 その光の粒子が光を失うよりも早く、セトは宙へと身を躍らせた。


 すると、一瞬前までセトが立っていた場所に、次々とガーディアンの魔法が突き刺さる。

 だがそれも始めの数発のみで、すぐに宙へと飛び上がったセトへと追尾するように、魔法が弧を描いて襲い掛かる。


「──ッ!」


 それに今度は魔力障壁を展開して対応するセト。

 しかし、飛ぶために魔道具にも魔力を充てている為、展開された障壁の規模では全身を覆うことはできなかった。


「ぐぁっ!?」


 障壁からはみ出てしまった右足に一発の魔法が飛来し……。


 ぽっかりと、風穴を開けて貫通した。


 今まで感じたことのない激痛に悲鳴を上げたくなるのをぐっと堪えて、セトはそのまま仲間達のもとへと着地した。

 しかし痛みですぐに体勢を崩し、片膝をついてしまう。


「「セト(君)っ!」」

「大丈夫かセト!」

「おい、しっかりしろッ」


 真っ先に駆け寄ったホシェルがセトの肩を持ち、身体を支える。

 遅れて駆け付けた三人は、抱え起こされたセトの様子を見て息を飲んだ。


「『ヒール』ッ!」


 すかさずナディアが傷を塞ごうと回復魔法を唱える。

 すると傷口を淡い光が包み込み、ゆっくりと傷口を塞いでいく。


「……凌ぎましたか。早急に一人殺して戦意を失わせたかったのですが……まあ、結果としては成功ですかね」


 セト達の様子を窺いながら、司教が言った。


 司教の言う通り、ガーディアンの魔法でセトは命を落とさなかったものの、セト自身に、そして仲間達にも確実に恐怖を受け付けていた。


 もしもガーディアンの攻撃を心臓、もしくは頭部に受けたらと想像すれば、恐怖を抱くのも当然だろう。

 当たり所が悪ければ、それだけで死ぬ可能性も出てくるのだから。


「となれば、先に聖騎士の方を片付けてしまいましょうか」


 戦う気力を失った者達ならいつでも殺すことが出来る──そう判断した司教は、標的を聖騎士達へと変更した。

 司教が聖騎士達へと振り向くと、聖騎士達からは悲鳴にも似たどよめきが起こる。


「ガーディアン」


 司教は口許を歪めながら、その名を口にした。


 彼等はオルフェウス達が此処に現れるまでは、司教に付き従い、その身を護衛を行っていた。

 だというのに、使えないと判断するや否やあっさりと手のひらを返す。

 普通の人間ならば、間違いなくこのような行動を取ることは出来ないだろう。


 しかし司教は、何でもないかのようにそれをやってのけた。


 つまりこの者は、それが出来てしまえる程、彼等を唯の道具としてしか認識していなかったという事。


「──やりなさい」


 手を振りかざすと、ガーディアンの周囲に生成された光の針が容赦なく放たれた。

 それは、士気の欠片もない聖騎士達に襲い掛かり……。


 突如、大爆発が生まれた。


 これを見た司教から笑みが消えた。

 この爆発がガーディアンによる魔法で発生したものではないと、瞬時に見抜いたからだ。


「──あなたは本当に、最低な人ですね」


 次第に晴れてきた砂塵の中から、一人の少女──アリシアが現れた。

 聖騎士達の前に立ち、その手には怪しく光る魔法杖が握られている。


「即座に展開してこれ程の威力……、しかもまだ余裕があるように見えますね」


(……魔力の制御が桁外れですね。それに、既に上級魔法を二回も使っているにも拘わらず、あまり消耗していない……? 危険ですね)


 司教アリシアを注意深く観察しながらも、少し動揺していた。


 何故なら、自らの脅威には成り得ないと思っていた者がいきなり牙を剥き、その力を示したからだ。

 魔法発動までに要する時間の短さと、上級魔法を二回も使ってなお余裕を見せるアリシアは、十分に警戒すべき相手だと司教に判断されたのだ。


「しかし分かりませんね。どうしてあなたは、彼等を助けたのですか? あなたに彼等を助ける理由は無いように思えますが」


 構えていた魔法杖を下ろしてあからさまな隙を見せながら、司教はアリシアに問う。


「た、確かに……」

「どうして我々を守ったんだ」

「俺たちは、君たちを殺そうとしたのに……」


 司教の言葉に、聖騎士達はざわめき出す。


 確かにアリシアには彼等を助ける義理など何処にもない。

 ましてや彼等は、自分達を殺そうと剣を振りかざしてきた相手であり、紛れもない敵対関係にある。

 にも拘わらず、アリシアは守った。


「……もし私が守らなければ、彼等は間違いなく命を落としていました」


 アリシアが声を上げると、聖騎士達のざわめきが途端におさまる。


「あなたの言うとおり、私にはこの人たちを助ける義理なんて無かったのかもしれません」


 けど──と、アリシアは続ける。


「私は、オルフェウスさんが救った命を見捨てることはできません」


 でなければ、オルフェウスの行動が無意味なものになってしまうから。

 それが彼等を助けようと行動を起こしたアリシアの理由であり、オルフェウスの行動を意味の無いものにさせない為の選択だった。


「──それに、あなたが奪って良い命でもありませんっ! 『ファイアーバレット』!」


 普段はあまり強気な口調ではないアリシアだが、今回は声を荒らげた。

 同時に何十もの炎の散弾が生成、次の瞬間には発射されて司教へと飛んでいく。


「……やはり魔法の展開が早いですね。ガーディアン」


 それに応えるようにガーディアンが両手を前へと突き出すと、司教を中心に半球状の魔力障壁が生み出される。

 数秒後には魔力障壁と魔法が衝突し、炎の散弾の一つ一つが小規模の爆発を起こしていく。一つでは小規模の爆発しか起こせないとしても、それが何十もあればかなりの威力へと昇華する。


「『ファイアーバレット』!」


 追撃とばかりに、アリシアが再び同じ魔法を発動させる。


 しかし、それを以てしてもガーディアンの魔力障壁を破るには至らなかった。


「その程度で、ガーディアンの守りを破れると思っていたのですか?」


 ガーディアンが魔力障壁を解き、爆発により発生した黒い煙が次第に晴れていく中で、司教は挑発するようにそう言った。

 それに対して、アリシアは笑みを浮かべる。


「もちろん、思ってなんていません」


 瞬間、アリシアの魔法によって相手の視界が塞がれている隙に接近していたセトが、聖剣を構えながらガーディアンに突進した。


「──はあああッ!」

「なっ!?」


 十分に魔力が込められ光輝く聖剣がガーディアンの胴を捉え、後方に大きく吹き飛ばした。

 その勢いは衰えることなく、教会の壁を盛大に破壊して漸く止まって。


「ガーディアン……っ!」

「──おいおい、余所見なんてひでぇじゃねぇの」

「ッ! がはァッ!?」


 気を取られ周囲の警戒を怠った司教に、いつの間にか接近していたホシェルが素手で殴り掛かった。

 完全なる不意打ちに魔力障壁を展開する暇もなく司教の顔に拳がめり込み、ガーディアン同様に大きく吹き飛ばされて、地面を転がった。


「まったく、魔法使いの身体は脆いな、もっと鍛えた方が良いぜ?」


 やれやれ……と手をひらひらとさせながら、溜め息混じりにホシェルが言う

 もしこの場にオルフェウスがいれば「顔面をどう鍛えろっていうんだよ」と間髪入れずにつっこんでいた所だ。


「セトくん! 足は大丈夫なんですか!?」

「うん、まだナディアに傷を塞いでもらっただけなんだけど、大丈夫だよ。心配してくれてありがとうアリシア」

「良かったぁ……」


 セトの元気そうな姿を見て、アリシアはホッと胸を撫で下ろす。


「……まったく、強がりやがって。そんな筈ねぇだろうが」

「そういうなホシェル。格好くらいつけさせてやれ」


 セト達を離れた場所から窺いながら、ホシェルとサドンは言葉を交わす。


「だがよ、ちっと傷を塞いだだけでまだ殆ど回復してねぇんだぞ? あいつは痛くて泣き叫びたいのを今だって我慢してるんだ、まともに戦える状態じゃないことくらい、お前も分かってるだろう」


 それにサドンは言い返すことが出来なかった。

 何故なら、自分もまた、ホシェルと同じ意見だからに他ない。


 実際に、ホシェルの言っている事は正しい。

 セトの傷は本当にただ塞いだだけに過ぎず、それ以外は何一つとして変わっていない。そのくらい、誰だって考えればすぐに分かることだ。


 ──これ以上血を失わないようにと、傷口に蓋をしただけだという事を。


 でなければ、この短時間で治療が終わるなんて有り得ない。

 少なくとも今のナディアには、大怪我を一瞬で治すなんて並外れた芸当は出来ない。


 流れ出た血を取り戻すことは出来ない事も、表面を治しただけで内部にはまだ手をつけていない事も、現在進行形で足に耐えられない激痛が走っている事も──。

 いくら探しても、セトは大丈夫だといえる道理は何処にも存在しないのだ。


「そうだな。……だが、私は好きだけどな」

「嗚呼、俺もだ」


 酷い痩せ我慢とも呼べる行為だが、それでこそ男だといわんばかりに二人は笑った。

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