第五話 五人の戦い ①
やっぱり、師匠は僕たちとは違う。
ナディアにアリシア、村長、そして僕。四人が力を合わせて作り出した魔力障壁で何とか耐え凌いだ攻撃も、師匠はたった一人で防ぎきってみせた。
しかも二十人の騎士たちを纏めて覆い尽くすだけの大きな魔力障壁を、あの刹那の時間の中で、師匠一人で作り出してしまった。
一人で自分の身さえ守れない僕とは違って。
僕だって、僕たちだって、あれからレベルも上がってかなり強くなった。
でもそれは〝つもり〟でしかなかった。
ひたすら剣を振るい続けて、冒険者ランクだっていつの間にかCランクに上がって、それで僕は自分が強くなっていると錯覚していただけだった。
いざ本物の強さを目の前にすると、なんて僕は馬鹿だったんだろう……と痛いほど思い知った。
それだけ僕の信じていた強さというものは、脆く、呆気なかったということだろう。
──あそこに辿り着くには、いったいどれだけの鍛練が必要なんだろう。
きっと師匠に訊いても教えてはくれない。
ただ一つ分かることは、今のままじゃ遥か彼方を走っている師匠の背中、そこに近付くことは出来ないということ。
近付くことすら叶わない。
がむしゃらに雲の上の存在を追い掛けて、いつまで顔を上げていられるだろう。
俯いてしまったら、きっともうその背中は見えなくなってしまうに違いない。
こんなに近くにある筈なのに、果てしなく遠い。
いくら全速力で走っても、まるで距離が縮まった気がしない。
(──でも)
「師匠、ここは僕たちに任せてくれませんか?」
この差は縮まらないと分かっていても。
止まってしまったら見えなくなってしまうのなら。
ただひたすら、追い掛け続けるしかないんだ。
◆◆◆
「セト……?」
今、何て言ったんだ?
あまりにも突然のことで思考が吹っ飛び、思わず天使への警戒を緩めてしまった。
ここは僕たちに任せてください──と、そう言ったのか……?
何を思ってそんな事を考えたかは知らないが、それは流石に無茶がある。
村長やホシェルが敵わなかった天使を自分達だけで倒すというのは、今の実力ではかなり厳しいものがあるのは、セトだってよく分かっている筈なのに。
……でも、それを承知でやるっていうのなら──。
「分かったよ」
こう答え他に、俺に選択肢はない。
「ありがとうございます。それで、師匠は妹を……メルを助けに行ってください」
「…………」
セトから伝わってくる意志の強さに、俺は少し驚いていた。
まるで、此処は俺に任せろ……とでもいうかのような力強い瞳で、何処か頼もしい。
やっぱり、育ち盛りは変わるのも早いもんだな。
「ははっ、そりゃあ責任重大だな」
「はい、師匠にしか頼めません」
俺にしか頼めない……ね。
どうやら人を煽てるのも上手くなったらしい。
「任せろ。んじゃ、早速行ってくる」
刀を鞘に収めて、俺はセトへと向き直る。
「セト。その剣は、お前の意志に答えてくれる。それだけ覚えておけよ」
「……? 分かりました」
言っていることがいまいち分かっていない様子だったが、俺はそれ以上は何も言わず、セトに背中を向けて教会の中へと走った。
全部いってしまえば、意味がないからな。
◆◆◆
オルフェウスの姿が見えなくなった後、辺りには妙な静けさだけが残った。
誰もが口を閉ざして開けることなく、相手の動きを探っているような状況だ。
ただ騎士達だけは、自分達の置かれている立場に混乱して、僅かにざわめきが生まれている。
だが確かに、この場で一番混乱しているのは騎士達で間違いない。
最初は〝司教〟と呼ばれた老人の部下であったのは確かだ。
しかし先程の天使の放った無数の魔法は、オルフェウスの慈悲が無ければまず間違いなく騎士達を貫いていただろう。
つまり司教と呼ばれた老人にとって騎士達の存在は、既に味方の枠から除外されているという事。
なので実質、この場は三つの勢力に分断されているようなものだ。
そんな中、最初に口を開いたのはセトだった。
「今度は、僕が相手だ」
だらんと垂らしていた腕を持ち上げて、両手で聖剣を正面に構える。
これによって、この場にいる全ての者に緊張が走る。
しかしここで一人、例外が現れる。
(助かりました……。一番危険な者がいなくなり、相手は聖剣持ちの少年。油断はできませんが、彼の剣は私には届かない)
その人物とは、他でもない司教だった。
どうやら、一度セトの攻撃を防いでいるので、余裕があるようだ。
その余裕は司教の口許を緩ませて、更にオルフェウスに対する恐怖の感情によって震えていた身体を落ち着かせると、静かに口を開いた。
「あなたの剣は、私には届きませんよ? それにもう、私に近付くことすら出来ません」
司教が言うと、ガーディアンと呼ばれた天使が呼応するかのように、スッとその前に立ちはだかる。
といっても、浮いているので地に立っているわけでは無いのだが。
ガーディアンの力がどれ程のものか、先程の事で十分以上に理解しているセトは、司教の言っていることがあながち間違いではないことに苦い顔をする。
その様子に司教はますます口許を歪めて、ガーディアンに命令を下す。
「ガーディアン」
その一言でガーディアンの周囲に再び光の球体が現れ始める。
しかしその魔法が発動するよりも早く、ある少女の声が響いた。
「『エクスプロージョン』!」
瞬間、ガーディアンの足元の地面に魔方陣が浮かび上がったかと思うと、凄まじい爆発音とともに光が爆ぜた。
爆発によって地面が大きく削り取られ、砂埃を発生させながらそれらを容易に宙へと巻き上げる。
光に一瞬遅れて生じた衝撃波は、炎の熱気を伴って一帯を駆け抜けると、気温を一気に上昇させる。
「なっ……!?」
司教は突然の爆発に目を見開いて動揺を見せる。
しかし、混乱の中でも咄嗟に魔力障壁を展開して自身を守ったのは流石というべきだろう。
「私たちの事も、忘れないでください」
この爆発を引き起こした張本人──アリシアが、いつもは見せない少し強気な口調で言った。
「そうよ、あんたの敵はセトだけじゃないんだから」
ナディアもまた、挑発するように口許を緩めて見せる。
「これは、負けてられんな!」
「……そうだな」
ホシェルとサドンは、そんな二人の背中を見ながら互いに笑い会う。
「例えあなた方がいたとしても、既に確定した結果は変わらないということを教えて差し上げましょう。ガーディアン!」
すると司教の呼び掛けに反応して、一陣の風が吹いた。
アリシアの放った魔法により発生した砂塵が一気に吹き飛ばされ、その中心から無傷のガーディアンが現れる。
「私の魔法が、効いてない……!?」
驚きに目を見開くアリシア。しかし無理もないだろう。
彼女の魔法は間違いなくガーディアンに直撃した筈……にも拘わらず、傷一つも見られない無傷の状態で現れたのだから。
「やっぱりか……」
「上級魔法を以てしても、ダメージは期待できそうにないようだな」
以前に一度、ガーディアンと相対しているホシェルとサドンは、あまり驚いた様子はなかった。
自分達の攻撃が通らなかった相手とあって、この結果になる可能性を予想していたのだろう。
「守護天使、ガーディアン。この天使は本来、攻撃よりも防御の方が長けているのです。あなた達がいくら攻撃しようと、ガーディアンには効きませんよ」
司教が言い終わる頃には、筆にガーディアンの周囲には光の針が生成されていて、それが一斉に放たれた。




