第四話 天使を使役する者達 ③
「おおおっ! 司教様が天使を召喚されたぞ!」
「これで、勝利は確定したようなものだ……!」
騎士達から天使の登場に歓声が上がった。
その様子を見れば、それだけであの天使の存在が騎士達にとってどれだけ大きいものなのか、大雑把だが把握できる。
あの天使が一体いるだけで、この場にいる騎士達を余裕で圧倒できる程の力を持っているのは、まず間違いないだろう。
それにしても、気配だけなら此処に来る前から捉えていたが、本当に天使っぽい……というか正真正銘の、紛れもなく本物の天使が出てきたな……。
第一印象としてはほぼ想像通りだ。
しかし、想像していたよりも少し……。
「何か、人の形をしたゴーレムっぽいな」
「師匠、普通のゴーレムも人の形をしていますよ」
……いや、まあ、そうなんだが。
俺はもう少し、翼を持つ獣人のような人間に近い容姿を想像していたので、現れた天使を前にどうしても違和感が拭いきれていないのだ。
「──余所見をしていて大丈夫ですか?」
「ッ!? 師匠!」
「わかってる」
親切に教えてくれなくとも、周囲の魔力の動きくらい寝ていても感知することができる。
つまり今、天使が攻撃の為の魔力を集めているのもお見通しという訳だ。
「セトはあいつらのもとまで今すぐ下がれ」
「はい! 師匠は……」
俺がその場を動く気がないことを悟ったセトが、心配そうに訊いてくる。
「俺は大丈夫だ。早く戻ってあいつらと魔力障壁を展開して、防御を固めろ」
本当なら俺も一緒に行った方が良いのだろうが、少し心配な事があるので、此処に残ることにする。
それに、俺が居なくとも大抵のことなら対処できるだろう。
心配なことといえば、協力しなかったことで誰かが負傷することだ。
「……わかりました。気を付けてくださいね」
魔道具を使って一気に仲間達の元へと戻ったセトを見届け、上空で静止している天使を見上げる。
さて、どんな攻撃が飛んでくるのか。
実際に天使を目にするのは初めてだし、もちろん天使との戦闘だって初めてだ。
戦闘において〝知らない〟というのはとても恐ろしいものだ。
例え格下が相手だとしても、油断をすれば足元を掬われかねない。
「……!」
突如、瞬きせず天使を観察していた俺の視界に、無数の小さな光の球体が出現する。
その光の球体は次第に形を変形させていき、たちまち針のような細い棒状へと変化した。
大きさはかなり違うが、それは先ほど老人が放った『ホーリージャベリン』のようにも見られる。
しかし、比べられない程に規模が桁外れだった。
「……っ……!?」
味方である筈の騎士達でさえ、それには息を詰まらせることしかできなかった。
これが、天使の実力。
視界に広がるそれは、万を優に超えていた。
魔法に関する技術だけなら、A ランクの冒険者にも勝るだろう。
やはり悪魔と対を成すといわれているだけあって、かなりの力を保有してあるようだ。
「全員で魔力障壁を張れ! もちろん全力でだ!」
ただ唖然と空を見上げていたセト達に、俺は強めの口調で言葉を発した。
その声にハッと我に返り、慌てながらも一斉に魔力障壁を展開し始める。
魔力障壁が完成するのと、天使の魔法が降り注ぐのは、ほぼ同時だった。
弾かれたように此方に迫り、魔法が通り過ぎた場所には、光の残像が跡を引く。
何万というそれが線となって頭上に描かれ、まるで何かの芸術のようにも感じられる。
更に、明らかに的外れな方向へと飛んでいった魔法は、途中で軌道を変えて──。
──気付くと、無数の魔法によって包囲されていた。
「ッ!?」
発動後の魔法の操作もできるとは、想像以上に魔力操作に長けているらしい。
だが、それ以上に驚いたことがある。
(これは……!)
魔法が狙っているのは、もちろん俺達なのは間違いない。
それは俺とセト達の二点に分散するように迫り来る魔法を見れば明白だ。
しかし、その場には俺達だけではなく、味方である筈の騎士達もいる。
騎士もろとも、俺達を殺すつもりなのだ。
その答えに行き着くや否や、舌打ちとともに片方の手を突き出した。
刹那の時間を労して、俺を中心に大規模な魔力障壁を展開する。
数瞬後、天使の放った魔法が俺の展開した魔力障壁に接触し、強い炸裂音とともに眩い真っ白な光が視界を塗り潰した。
「く……っ……!」
やはり、凄まじい威力だ。
だがそれでも魔力障壁を破壊するには威力が足りなかったようで、亀裂の一つも入らず危なげ無く魔法を防いでいる。
此方は大丈夫そうだ……が、セト達の方は大丈夫だろうか。
降り注ぐ無数の魔法によって魔力障壁の外が白一色で塗り潰されてから数秒、そこを境として、どしゃ降りの雨のように降り注ぐ魔法が突如終わりを告げた。
防ぎきったのだ。
横を見ると、セト達の魔力障壁も無事だった。
そして無事だったのは、俺達だけではない。
「……こ……れは……」
「俺達を、守ったのか……?」
「これが無かったら……今頃……」
呆然と上空を見上げ、消え入りそうな声でポツリと呟く。
中には後退ったり、その場に膝をつく者達までいる。
──俺が守った騎士達だ。
俺がかなりの魔力と引き換えに大規模な魔力障壁を展開したのは、この者達を守るためだったのだ。
もし俺が自分だけを守ろうとしたなら、魔力を持たない騎士達は何の回避行動も起こせず、理不尽な魔法によってその命を絶っていただろう。
それが現実になっていたらと考えると、少なくない怒りを覚える。
その感情を乗せて、俺は驚愕の色を見せている老人へと鋭い視線を送る。
「天使の……神聖魔法を……防いだと、いうのですか……!?」
何かぶつぶつと言っている老人と視線がぶつかる。
鋭い視線で射貫かれた老人は小さく悲鳴を上げて一歩後退し、俺は一歩前進することによってその距離を詰める。
更に一歩、一歩……と着実に距離を縮めていくと、老人の顔が恐怖に支配される。
どうやら俺は、自分が思っているよりも苛立っているらしい。
「仲間」
「ひぃ……っ!?」
最初はとても堂々としていたが、それも今では見る影もない。
自分の力でもないものに、余程の自信があったのだろう。
「あいつらは、あんたの仲間じゃなかったのかよ」
「く、来るなっ、……ぁあああっ!」
人の話を聞こうとせず、取り乱しながらも自棄になって魔法を放ってくる。
魔法は先程と同じ聖属性魔法『ホーリージャベリン』だったが、複数の魔法を一気に発動させられないほど動揺しているのか、今回はたった一つしかそれを生成していない。
つい数刻前に俺が展開した魔力障壁をもう忘れてしまったというのか。
接近してきた魔法が俺に当たる筈もなく、途中で魔力障壁と衝突して呆気なく消滅する。
「それが答えで、良いんだな?」
……と言いながらも、俺は返事を待たずに鞘から刀を抜き放った。
本当は、刀を抜くつもりは無かった。
けど、あの様子では話にすらならないと思ったから、俺はこの選択をした。
「師匠……?」
背後から、そんな声が聞こえてきた。
これから俺が何をしようとしているのか、分からないといった声色だ。
しかしそれ以外の者達は、敵も味方も関係なく誰一人として口を開こうとはしない。
これから俺が何をしようとしているのか、分かっているからだ。
「嫌です……私はまだ……よ、寄るなぁ!」
それは老人にも理解できたようで、再び魔法を放ってきた。
今度も魔法障壁によって防いでも良いのだが、俺はそうせずに敢えて刀で両断した。
近い未来、己の結末を諭すかのように。
その意志が伝わったのか、はたまたそうでないのかは分からないが、またしても魔法を撃ってきて、それを同じように刀で両断する。
また、また、また──。
何の策も無しに延々と放ってくる魔法を斬り、その度に俺は、一歩ずつ前へと前進していった。
数刻もすれば既に距離はかなり詰まっていて、あと数歩も進めば刀が届くといった時。
老人が震えた声で、しかしはっきりと言葉を発した。
「ガっ、ガーディアン! 『私を守りなさい』ッ!」
ガーディアン?
その言葉に俺は一瞬、動きを止めてしまった。
いったい誰に声を掛けたんだ……という疑問に意識が向いてしまった所為なのだが、しかしまともな思考を巡らせる前にそれは遮られてしまった。
「──っ!」
咄嗟に後ろへと跳び退くと、つい先程まで俺がいた場所に光の針が何本か突き刺さる。
威力はあまり強くは無かったようだが、それでも腕くらいなら問題なく貫通するだけの威力はあっただろう。
そして、この魔法が飛来したのは頭上からで、そこに居るのは一人……いや一体しか居ない。
「大丈夫ですか師匠!」
魔道具を使って文字通り飛んできたセトが、心配そうに声を掛けてくる。
「嗚呼」
俺はゆっくりと空中を下降してくる天使に注意を向けながらそう答えた。
まだ確定した訳ではないが、恐らくあの天使に付けられた名前、若しくは種類が〝ガーディアン〟というものなのだろう。
しかし実力的に考えて、この老人が天使を完璧に使役できるとは思えない。
つまり【天界】から天使を召喚する際に、何かしらの方法で隷属の魔法でも掛けたのだろう。
でなければこんな忠実に格下の命令を聞くとは思えない。
「師匠! あそこを見てください!」
「あれは……っ」
セトの指差した場所は、少し前まで俺が立っていた場所だった。
……が、そこにはある驚きの現象が起こっていた。
(植物が、育っている?)
地面から小さな芽が出たかと思うと、通常では考えられない速度でそれらは成長していった。
突き刺さった光の針を伸びた蔓が絡め取り、それを気休め程度だが支えにして真っ直ぐ伸びていき、最後には腰辺りまで高くなっていた。
以前、セトから聞いた話と酷似している。
という事はつまり、森林の魔物を殺したのは天使の魔法で、それによって地に流れた天使の魔力が植物の成長を促していた……というのが事の正体なのだろう。




