第四話 天使を使役する者達 ①
「……師匠、今、誰かの叫び声が聞こえませんでした?」
「気の所為だろ、さっさと続けろ」
魔力制御の手を止めてそう言ってきたセトに、俺はぴしゃりと言った。
俺も何となく聞こえたような気もしないでもないが、そんな事でいちいち中断していては、いつになっても索敵を覚えられない。
「それにしても師匠、本当に狭い範囲の索敵で良いんですか?」
「ああ、お前は前衛だからな。最悪、自分の間合いだけでも完璧にできていれば十分だ」
魔法職でない者は必然的に魔力量が少ないから、広範囲の索敵は現実的じゃない。
だから狭い範囲を確実に索敵できた方が、絶対に役に立つ。
「広範囲の索敵はあいつら二人に任せておけば良いんだよ。それに、お前が広範囲の索敵まで出来ると、あいうらが必要なくなるだろ」
「……でも師匠は、何でも一人で出来ますよね」
何でも一人でできる……か。
確かに、俺は魔法も剣も両方使えるし、武器も創ることができて、魔道具も創れる。
傍から見れば、俺は何でも一人で出来てしまえる人の様に見られるのも仕方無いかもしれない。
──だけど。
「出来ないさ。一人で出来る事なんて、たかが知れてる」
俺が何でも出来ていれば、こんな人生を歩んできていない。
俺が今生きているのだって、出鱈目な力を持っているのだって、一人の力によって手に入れたものではない。
──本当なら、俺の人生は二十年前に終わっていた。
終わらなかったのは、手を差し伸べてくれた存在がいたから。
俺はその存在に、全てを教わったといっても過言ではない。
「セト、仲間は大切にしろよ」
「……? はい」
◆◆◆
約一時間後、俺達は再び集まっていた。
「無事に索敵できるようになったみたいだな」
「「「ちょっと待って(ください)」」」
予定していたよりも早く索敵を習得できたので褒めてやろうかと思った矢先、セト達が口を揃えて待ったをかけてきた。
息ぴったりなのはパーティーとしては大変良いが、三人して一体どうしたというのだろうか?
「どうした」
「どうした……じゃないわよ! なんであんただけ索敵に引っ掛からないのよ!?」
……あぁ、そういう事か。
「僕も、師匠だけ索敵できないです」
「目の前にはちゃんといるのに……」
どうやら三人とも同じ疑問を抱いているらしい。
まあ、これにいたっては答えは簡単だ。
「覚えたての索敵に引っ掛かる訳がないだろ。後二十年修行して出直してこい」
少し挑発的な口調で言ってやると、ナディアはとても悔しそうな顔をして、アリシアは悔しがるナディアを宥め、セトはいつも通り「流石師匠です!」と目を輝かせて言ってくる。
ナディアは……、意外と負けず嫌いなんだな。
こっちは二十年も命懸けで生き延びてきたんだから、これでもしこいつらのちんけな索敵に見つかるようであれば、真面目な方で冒険者引退するぞ。
「さて、準備は良いか?」
少し騒がしい面々を見渡しながら、俺は言った。
すると途端に話し声が無くなり、つい先程までの賑やかな雰囲気は消え失せて、あきらかに空気が入れ替わったのを感じた。
どうやら、聞くまでも無かったようだ。
「一応確認しとくが、村長たちも行くって事で良いんだな?」
「無論、そうするつもりだ」
「ここで怖じ気づいて帰れるかってな。ガキ共だけじゃ心配だからな!」
こちらも、確認の必要は無かったようだな。
俺が無言で頷くと、向こうも同じように返してくる。
「覚悟は……聞くまでもないか」
俺が心配するまでもなく、この場にいる者達は既に全ての整理をつけているようだった。
つまり、心配していたのは実質俺だけということか。
俺も気を引き締め、身を翻してある場所へと向けて足を進める。
少し遅れて、後ろから五人の足音が俺の後を追うようにしてついてくる音が聞こえてくる。
──そして十歩ほど足を進めたところで、俺は立ち止まった。
たったの十歩、それだけ歩いて俺は足を止めた。
目の前に広がるのは、何の可笑しなところも見当たらない山林の一部に過ぎない。
しかしそこには、確かに存在している。
確信を持って、俺は虚空へとその手を伸ばした。
本来ならばその手は何かに触れるようなことなど、常識的に考えてあり得ないだろう。
しかしその常識……いや、低レベルな誤魔化しが通じるのは、それが当たり前だと信じて存在に気付けない者達だけだ。
俺がその存在に触れると、空間が波打った。
……そこそこ手が込んでいる。
だがこの程度なら、此方から無理やり魔力を流し込んでやれば、維持することができずに簡単に崩壊させることが出来るだろう。
俺は見えない壁に触れた手を介して、一気に魔力を送り込んだ。
──パリィィィィィィン!
瞬間、ガラスが割れる様な涼しげな音が聞こえたかと思うと、目の前の空間が剥がれるようにして崩れ落ち始め、周囲に突風が吹き荒れた。
数秒もするとそれらの現象は綺麗さっぱり無くなっており、何もなかった筈の空間からは大きな建物が忽然と姿を現した。
「着いたぞ」
此処が、セトの妹を拐ったという天使がいる場所で間違いないだろう。
そして五人の口からは、当然の言葉が飛び出した。
「「「「「……………………近っ!?」」」」」




