第三話 セトの故郷 ③
俺達は、村長さん宅の一室へと案内されていた。
先程のあの一件があった後なので俺達三人は当然、セトもしゅんとした様子で椅子に座ったまま微動だにしない。
そんなぎすぎすとした状況で自然な態度をとっていられるのはホシェルさんだけだ。
「──それでセト、いったい何しに来たんだ」
いつまでも続くのではないだろうかと錯覚しそうな静寂を断ち切ったのは、他でもない村長その人だった。
声を聞くだけで怒っているのがわかる。
「えと……妹が、心配で……」
「お前に送った手紙には来るなと書いた筈だが、まさか読まなかったという訳ではあるまい?」
「それは……」
セトが何かを言おうと口を開くが、すぐに閉じて俯いてしまう。
その様子を見て村長は呆れたように溜め息を吐き出した。
「知っとると思うが、ここ一帯の山林で不自然な現象が起こっておる。それにお前の妹、メルも、何者かによって拐われてしまった。今や村の中に居ても安全とはいえないのだぞ」
セトは何も言い返さなかった。
言い訳なんていくらでも思い浮かぶだろうに、そしてそれがこの場に居るに足る理由として十分なものである筈なのに、何も言い返そうとはしなかった。
何故なら、言わずとも村長は理解しているから。それを理解した上でセトに来るなと手紙に書いたのだろうから。
だからセトは何も言い返すことなく、俯いてしまっているのだろう。
「村長、一つ聞いても良いか?」
「お主は……オルフェウスといったか。何だ?」
村長はセトから視線を外して、此方を見据えてくる。
俺はほんの一瞬だけセトの方へと視線を向けて、情けない弟子の姿を一瞥してから再び村長へと視線を戻した。
「セトが弱いから、来るなと手紙に書いたのか?」
「……そうだ。敵はホシェルの攻撃ですらそこまで効いている様子はなかった。無論、私の魔法も」
まさか交戦していたとは思わなかったが……確かに、ホシェルですら敵わなかった相手をセトが何とかできるとは現実的に考えて思えない。
しかしそこには、セトを危険な目に遭わせたくないという、村長の願いが垣間見える。
「そうか、あんたは優しいな」
「……何を言っとるんだ、そんな筈がなかろう」
セトに理解しろといっても、それは無理というものだ。
これを理解するには、セトはまだ若すぎるから。
だからどれだけ心配しているとしても、想っているとしても、少しでも良いからわかってもらおうと心を鬼にして強く当たったとしても、それが今のセトに届くことは決してないだろう。
「それで、手紙の内容は把握しているが、改めて詳しい話を聞かせてくれないか?」
俺が訊くと、村長は途端に口を閉ざしてしまった。
恐らくだが村長はこの件に俺達を巻き込みたくないと思っているのだろう。
「良いんじゃねえの。もう来ちまったんだし、なるべく情報は共有しといた方が良いだろう」
結局このまま教えてくれないか……そう思ったとき、横からホシェルさんが村長に話すようにと掛け合ってくれた。
それに村長は少し驚いた顔でホシェルを見た後、何か諦めたような溜め息を吐き出した。
「わかった、話そう。……その前にセト、先程は悪かった、いきなり魔法を使ってしまって」
「い、いえ、僕の方こそ、ごめんなさい」
これで、少しはこのぎすぎすした雰囲気も治ったかな。
「……といっても、手紙に書いた情報が殆どで、あとは此方を殺すつもりではないということくらいしか無いぞ。此方は攻撃を仕掛け続けたが、向こうは何一つとして応戦しようとはせんかった」
「どういうことですか? 殺すつもりはないって……」
セトの疑問は最もだ。
村を襲ってきた癖に此方を殺すつもりはない……何て、そんな事が考えられるのか? それとも、相手にすらされなかった……?
どちらにしても、納得のいけるものではない。
──向こうは襲ったつもりはない、というのはどうだ?
向こうの狙いは此方の命を奪うことではなくて、全く違う別の目的があったとしたら。そして、村の被害らしい被害といえばたった一つしかない。
そう考えれば、不自然な行動にも合点がいく。
「君の考えている通りだと思う」
顔を上げると、村長が此方を見ていた。
「ってことは、狙いはセトの妹……?」
「そう考えるのが妥当だろうな」
どうやらホシェルも同じ意見のようだ。
他のセト達は……そもそも話の内容を理解できていないらしく、首を傾げているだけだ。
「ちょっと、説明しなさいよ」
「向かうは敵対行動をとっていない。そして、敵が来る前と後で違うところは一つしかない」
「それが拐われたメルってことだな」
俺の説明をホシェルが補完し、それを聞いたナディアは漸く答えに行き着いた。
だがそれでもまだ、何一つとして向こうの本当の目的が見えてこない。
「何で、僕の妹なんですか……! 僕の、たった一人の家族なのに……っ!」
「セト君……」
確かに、目的は知らないが、セトの妹でなければいけない理由があったのは確かだろう。
でなければ誰だって良いことになる。そうなれば堂々と拐いに来なくとも、一人くらい気付かれずに拐えばいいだけなんだから。
そしてそれを成す力を、持っているんだから。
「セトの妹に、何かしらの価値があったか。それとも、セトの妹しかできないことがあった……」
「参考になるかはわからないが、メルは聖魔法の使い手だったな」
「魔法を使える者はこのむらにも何人かいるが、聖魔法のスキルを持つのはあやつ一人だけだったな」
聖魔法、か。稀少な魔法スキルを持っているな。
聖魔法の醍醐味である回復魔法は勿論のこと、前線にも出られる程の攻撃魔法に、見方を守る防御魔法までもを扱うことができる万能属性。
しっかりとした知識と力を身に付ければ、どこからでも声が掛けられること間違いなしの魔法だ。
「それだけ珍しい魔法スキルを持っているのに、学校に通わせようとは思わなかったのか?」
「思ったさ。将来有望な芽を摘みたくなかったからの、メルには強く進学することを薦めた」
まあ、当然だろう。
ちゃんとした設備の整った教育機関に行かせた方が、その人の為にもなるからな。
「だが兄に似て生意気なあやつは、そんな金を出させたくないと、進学を拒否したのだ」
……さらっとセトを生意気呼ばわりしているのは置いといて、ここはセトの妹の意思を尊重するべきなんだろうが、勿体無い。
「今では本当に後悔しておるよ。無理矢理にでも行かせておけばこのような事にもならなかったかもしれんし、優秀な魔法使いになれたかもしれん」
つまりその選択を誤ったことで、二つの大きな可能性をみすみす逃してしまった、ということか。
確かに、そういわれてしまえば否定はできない。
「そうだな。メルちゃんには明らかに魔法の才能があるしな」
「才能……? ……まさか、誰にも教授してもらうことなく魔法が使えるようになったってのか?」
ホシェルの口から飛び出した言葉に、俺は少なくない興味を持った。
もしそれが本当なら、かなり凄いことだ。
ただでさえ他の属性魔法と比べてかなり魔法の取得が難しい聖魔法を、それも一人で使えるようになったとすれば、今からでも学校に通わせるべきだ。
「正確には聖魔法の魔道書一冊だけで、だ」
いや、それでも十分凄いだろ。
知識だけの状態からよく魔法を扱うまで自力でいけたものだ。
「……セト。妹は、頭良いんだな」
「さらっと僕が頭悪いみたいな言い方で言わないでください」
「そうだな、メルは、頭良いぞ」
「ホシェルさんも!」
笑いながら悪乗りしてきたホシェルの言葉に、セトは勢いよく椅子から立ち上がって怒ったようにホシェルを睨み付けた。
それを見た俺とホシェルは目を合わせてぐっと親指を突き立てた。
状況としては何も変わっていないが、どうやらセトはもう大丈夫そうだ。
「それで話を戻すが、敵はその聖魔法が狙いの可能性が高いってことで良いか?」
「ま、それしか考えられないだろうな」
ホシェルも村長も俺の考えに異論は無いようだ。
まあ、もしこの考えが違っていたとしても、セトの妹に利用価値を見いだしたとすれば、最終的な結論は変わらない。
「なら、──まだ生きてるな」
「本当ですか師匠!?」
真っ先に反応したのは、やはりセトだった。
「嗚呼、妹の力が目的なら、殺すという最悪の選択肢はありえないしな」
「…………良かったぁ……」
安堵の声を溢したセトを見やりながら、俺は言った。
「何はともあれ、今日はゆっくり休むとするか」




