第三話 セトの故郷 ②
「うわぁ……、懐かしいな~」
セトはキョロキョロと周囲を見渡しながら、吐き出すようにそう言った。
「昔と変わってないなぁ」
「はっはっは、たった一年ちょっとで村が様変わりなんてしないよ」
楽しそうに会話する二人の背中をを無言で追い続ける俺は、二人の賑やかな声につられてちらほらと姿を見せ始めた村人達を発見した。
その人達はセトの姿を捉えるや否や、顔を綻ばせた。
「おや、セトじゃないかい!」
「あ、エルバさん! お久し振りです!」
それからは、多くの村人がひっきりなしにやって来た。
「おっ、坊主じゃねぇか! 元気だったか?」
「一年ちょっとで見違えたねえ!」
「そっちはセトの冒険者仲間か? これからもセトの世話を頼むぞ!」
「ああーっ、兄ちゃんだー!」
「うわっ、セトの兄ちゃんが帰って来た!」
「鬼ごっこしよーぜー!」
セト、大人気である。
その様子を見て、俺は騒ぎが収まるまで離れた場所で待っていようと決め、怪しまれないように一人ゆっくりと後退を始めた。
この場には既に五十人近くの村人が集まってるし、その騒ぎに巻き込まれるのは遠慮したい。
……そんな事を考えながら三歩ほど後退した時、後ろにいた誰かにぶつかってしまった。
「あ、すいま……せ……ん……」
そこに居たのは、なかなか鍛えられた身体を持った中年のおっさん。
俺が見上げてしまうほど身長も高く、あまりの迫力に思わず声がはっきりと出せなかった。
「お前さんはセトの師匠らしいな! ホシェルにも勝ったそうじゃないか!」
「え、あっ、ちょっ……」
見上げながら固まってしまっている隙に首に腕を回され、気付いた頃には時既に遅し、完全に逃げ道を断たれてしまっていた。
そして何が面白いのか知らないが豪快に笑いだし、そのまま強引に俺を目の前の人だかりの中へと戻そうとしてくる。
なんて迷惑なおっさんなんだ……と内心で悪態を吐きながら足を踏ん張っていると、そんな俺の前に三人の子供が立ちはだかった。
「兄ちゃんもセトの兄ちゃんと同じ冒険者なのかー?」
「……そうだよ、俺も冒険者だ」
無邪気な笑みを浮かべて訊いてくる少年に、俺はしゃがみ込みながら答える。
運が良い。子供の相手をしていれば暫くは時間を潰すことができるし、他の村人達の相手をせずともよくなる。
「へぇ~、まだ子供の癖にすげーな!」
「でもさー、兄ちゃんめっちゃ弱そーだぜ?」
「ホントに冒険者かよ~」
……何だこのガキ共は、人が笑って接してやったというのに言いたい放題にいいやがって……!
見た目がこれだから冒険者かどうかを疑われるのは覚悟していたが、まさか子供呼ばわりまでされるとは思ってもみなかったぞ。
まあ、ガキに何をいっても無駄……か。
「あ、でも剣持ってる!」
「本当だ! 兄ちゃんが剣持ってる!」
「おおー! かっけー!」
すると今度は腰にさしてあった刀に興味を示したようで、我先にと手を伸ばして刀に触ってこようとしてくるではないか。
しかし流石にこれは子供に持たせていい代物ではないので、素早く腰から刀を引き抜き、立ち上がってガキ共の手が届かないように頭の上まで持ち上げる。
「これは危ないから触るのは禁止だ。それと剣じゃなくて、刀っていうんだぞ」
「兄ちゃんのケチ!」
「ちょっとだけで良いから触らせてくれよー!」
ガキ共は諦められないのか、子供らしくその場で小さくジャンプしたり、俺の身体をよじ登ってこようとしてくる。
そんなガキ共を軽く突き放しながら、俺は心の中で叫んだ。
(うぜぇええええええええええ!)
──それから数分後。
村人達の手から漸く解放された俺達は、とある場所へと向かっていた。
「何か、もう休みたい気分……」
「みんな、……賑やかな人たちでしたね」
俺は今、初めてナディアとアリシアの二人と意見が一致した気がした。
それに引き換えセトはというと、懐かしの面々に再会できたからか、更に機嫌が良くなっているような気がする。
「村に誰かが来るのは滅多にないからな、珍しかったんだろう」
「師匠は子供たちに大人気でしたね」
それは俺のやつれ具合を見た上でいってるのだろうか?
だとしたらセトの目は腐っていることになるな。
「……と、着いたぞ。村長の家だ」
着いたのは村の中心らしき場所で、広場となっているところに、他の家よりも二回りくらい大きい家が建っている。
木造というのは他の家と変わらないが、それ以上に立派な造りをしている。
村長さんの家のドアの近くまで行くと、セトが代表して前に出た。
「村長さーん! 僕です、セトでーす!」
ドアをノックしながら、大きな声で家の中に居るであろう村長さんへと呼び掛けるセト。
終わると一歩下がって反応を待つ。
それから数秒もせずにガチャリとドアノブに手を掛けられる音がし、家の中からゆっくりとドアが開かれた。
家の中から出てきたのは一人の老人で、手には魔法杖を持っていた。
「あ、村長!」
どうやらこの老人が村の長を務めている者らしい。
そしてセトが村長に近寄ろうとした時、それは起きた。
「元気で──へぶっ!?」
村長のもとへと駆け寄ろうとしたセトが、突如として隆起した地面によって宙へと飛ばされ、見事な弧を描きながら後ろに広がる広場に落下した。
ホシェルはこうなることを予想していたかのように澄ました顔だったが、俺達三人にとってはあまりにも突然すぎて、まるで理解が追い付かなかった。
「「「…………へっ……?」」」
いったい何が起こったんだ……?
いや、不自然に柱のように隆起した地面と、老人が持っている魔法杖がを見れば魔法が行使されたのは分かるのだが、そうではなく……。
「初めまして、私が村長のサドンといいます」
「「「あっ……はい……」」」
背後で地面に突っ伏しているセトをまるで居ない者のように振る舞う老人改めサドンは、隆起した地面を魔法でもとに戻しながら自己紹介をしてきた。
……薄々思っていたのだが、狂戦士の門番といい村長さんといい、この村はどうも可笑しい気がするのは俺の勘違いだろうか?
少なくとも普通ではないな、うん。
「君たちの事はあそこのセトから聞いとるよ。あやつは抜けてるところがあるから、さぞ扱いが大変でしょう」
「いっいえ、そんな……」
事はないです──とナディアが否定しようとするが、サドンの〝扱いが大変でしょう〟という言葉に引っ掛かり、途中で口をつぐんでしまう。
このサドンとかいう老人いったい何者だよ……。
「立ち話もなんでしょう。さぁ、中にどうぞ。セト! いつまで寝ているんだ!」
「うぅ……、村長! いきなり魔法を使うなんて危ないじゃないですか!」
「黙れ糞ガキ! さっさと立たんか!」
この時、俺達の中での一つの共通認識が生まれた。
村長さんには逆らわないようにしよう──と。




