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第三話 セトの故郷 ①

「よっと」


 軽い掛け声とともに、俺は山林の少し開けた場所に着地した。

 数秒遅れて他の三人も無事に着地し……たと思ったのだが、そのまま崩れ落ちるようにして倒れ込んでしまった。


「し、死ぬかと思った」

「もう、一滴の魔力も絞り出せないです……」

「うぅ……」


 どうやら慣れない空の旅で三人ともお疲れのようだ。


「全く……情けないな」


 魔道具にはあらかじめある程度の魔力を込めてあるから三人の少ない魔力でも十分間に合うと思っていたのだが……、どうやらそれでも足りなかったらしい。

 いや、一応はセトの故郷までは持ったのだからぎりぎりセーフかな?


「師匠が人間離れしているだけですよ……」


 うつ伏せの状態から仰向けに転がったセトが、皮肉めいたことを口にする。

 自分でも少しは自覚しているので言い返せない。


「というか、あなたは魔道具を使っていなかったけど、まさか風魔法のスキルまで持っていたの?」


 今度はナディアが、ボサボサになった髪を整えながらそう訊いてくる。


「いや? 風属性魔法のスキルは持ってないぞ」

「えっ!? それじゃあどうやって飛んでたんですか?」

「どうやってって……、こうやってだけど」


 アリシアの質問に実際にその場で軽く飛んで見せる。

 スキルが無くても、己の実力だけで魔法を使うのは一流の魔法使いを名乗るならば当然だろう。


「いや、説明の方をお願いしたいんだけど……」

「説明……?」

「僕も知りたいです師匠」


 説明……、……説明……? 俺は何を説明すれば良いんだ?

 何故か三人とも興味ありげな視線でこっち見てきてるし、どんなことでも良いから何か言わないと。


「説明っていったって、スキルを使わずに魔法を使ったとしか」

「「「………………」」」


 おい何だその沈黙は。


「普通、スキル無しで完璧に魔法を使いこなすなんて、宮廷魔法師でも難しいですよ……」

「それは練習あるのみだろ。魔力制御が上手くなればできる」


 例えスキルを所持していたとしても練習しなければ使えるようにはならないのだから、基本的には変わらないと思うんだけどな。

 といってもスキルが無いと大変なのは間違いない。


「じゃあ、僕も魔法とか使えるようにはなるんですか?」


 どうやらセトは、魔法を使うことに一種の憧れのようなものを抱いているらしく、俺を希望の眼差しで見上げてくる。

 何となく今後セトが魔法を教えてくれと頼んできそうな気がしてならない。


「練習すればな。ま、スキルが無いと消費する魔力が多いから、使いどころは見極めなきゃならねーけど」

「へえ……!」


 そんな魔法に興味津々のセトに、ナディアとアリシアは複雑そうな顔をしている。

 自分達の存在意義が失われるのではないだろうかと危惧しているのだろう。


「休憩もしたんだし、そろそろ村に向かいたいんだが。それともまだ休憩が必要か?」

「いえ、大丈夫です。行きましょう」


 こうして漸く、少し先に見えているセトの故郷へと足を向けた。


◆◆◆


「おーい、ホシェルさーん!」


 村の入り口に立っている人を発見するや否や、セトは大振りに手を振りながら声を上げた。


「ん……おおーっ! セトじゃないか! 帰ってきたのか!」

「はい! お元気そうで何よりですホシェルさん」

「セトの方こそ、ちと逞しくなったんじゃねぇか?」

「本当ですか!?」


 ホシェルと呼ばれた中年の男性は手に持った護身用の槍を立て掛け、空いた両手をセトの肩に乗せてポンポンと叩く。

 そんな様子を見ていると、さながら本当の家族なんじゃないかと思えるくらいだ。


「嗚呼! ……っと、お前たちはセトの友人かな? 俺はホシェル、見ての通りこの村の門番をしているもんだ」


 セトの肩に乗せていた手を腰へと回したホシェルが、ニカッと笑いながら自己紹介をしてきた。


「初めまして、ナディアっていいます」

「アリシアです。よろしくお願いします」

「オルフェウスだ」


 此方もそれぞれ挨拶をし、軽く笑顔を作って会釈する。

 するとホシェルは満足そうに頷いてから口を開いた。


「そうか、お前たちがセトのいっていた嬢ちゃんたちだな。随分ウチのセトが世話になっているそうじゃないか。ありがとな!」

「いえいえ、そんな事ないです!」

「それは私たちも同じですし」


 ……何となく俺だけ会話に入れていない気がする。

 それにしてもこの人、明るいしとても優しそうな人だな。加えてコミュニケーションも上手だし。

 等と思いながら立ち尽くしていると、ホシェルが今度は俺の方へと視線を向け、つかつかと目の前まで歩み寄ってきた。


「そして君がセトの師匠か」

「……?」


 その時俺は、ホシェルの纏う雰囲気が変わるのを見逃さなかった。

 つい先程までは明るくて親しみやすいおっさんという雰囲気だったが、フッと笑顔が消えた今はそれとは全く違う、何処か殺気立ったような、それでいて真剣そうな雰囲気を纏っている。

 何故……と不思議に思っていると、次の瞬間ホシェルが拳を突き出してきた。


「「「──ッ!?」」」


 セト達は驚きのあまり顔を引き攣らせる。

 それは手加減というものを感じられず、容赦のない勢いで俺の顔面に迫ってくる。

 突然のことで僅かに動きが遅れてしまったが、俺は重心を右に倒して迫ってきた拳をかわす。


「えっ……?」

「ホシェルさん!?」

「師匠!」


 セト達もこの状況に理解が追い付かないようで、声を上げることしか出来ないようだ。

 そんな三人に視線を向けるが、その視線はすぐに戻さなければならなくなった。


 攻撃はそれだけでは終わらなかったのだ。


 今度は回し蹴りを繰り出してきたのだ。

 しかも重心を傾けた方からの、つまり背後からの完全なる不意打ち。

 今の俺は拳を避けるのにあたって不安定なバランスをとっている。要するにこのホシェルという人はこうなることを最初から予測していて、最善な次なる手を打ってきたという事。

 村の門番にしておくには勿体無い人材だ。


(……強い……だが、遅い)


 俺はすぐさま足を踏ん張り、体勢を立て直す。

 そして後頭部に向けて放たれた回り蹴りを右腕で受け止める。


「ほう……やるな」


 生き生きとした瞳のホシェルに、俺は無言で返す。

 掴んでいなかったホシェルの右足が素早く下ろされると、今度は連続で拳を突き出してきた。

 繰り出される数々の拳を手のひらで受け止め、時折混ぜてくる蹴りをかわす、若しくは腕で受け止めるなりしていると、俺はある違和感を覚えた。


(何だ……? 少しずつ速さと威力が上がって……)


 徐々にではあるが、確実にホシェルの技の切れが上がってきているのだ。

 最初は手加減していたのかとも考えたが、それでも身に覚えた違和感を納得させるに至らない。

 つまり何かの魔道具の使用か、それともそういうスキルの効果か……。


「……!」


 その時、俺はホシェルの目を見てある可能性に行き着いた。


(成る程、そういうことか)


 この違和感の原因、それは──。


「らあッッ!」


 気合いの入った掛け声とともに今までで一番強く、そして鋭く繰り出された拳を、俺は避けることなく真正面から受け止めた。

 瞬間、自然のものではない突風が周囲に吹き荒れる。

 セト達が思わず手で顔を覆ってしまうほど強い突風は数秒もすれば自然と収まり、周囲に静けさが取り戻される。


「…………っはっはっはっは! 俺の敗け、完敗だ!」


 不意にホシェルの肩が震えだしたかと思うと、まるでピンと張っていた糸がプツリと切れたように笑いだした。

 その時には既に、先程までのもとの明るくて親しみやすいおっさんの雰囲気に戻っていた。


「師匠、大丈夫でしたか!?」

「まあな」


 俺のことが心配だったのは理解できるが、半泣きで抱きついてこようとするのは流石に許容できなかったので、セトの頭を掴んでそれを阻止する。

 にも拘わらず抱きつこうとするのを止めないセト。普通に鬱陶しい。


「いや~参った参った! 君は見掛けによらず強いのだな! その戦闘センス、もしかして職業は武闘家かい?」

「残念ながら俺は魔法剣士だ。そういうあんたは狂戦士だな」


 俺がそう口にすると、ガシガシと頭を掻くホシェルの手が止まった。

 そして驚いたように此方を見下ろしてきていることを考えると、やはり俺の予想は見事に的中していたのだろう。


「君が武闘家でないことにも驚きだが、……まさか、俺の職業を言い当ててしまうとはな。参考までにそう考えた理由を聞かせてもらえないかい?」

「嗚呼」


 俺がホシェルの職業を〝狂戦士〟だと予想した理由、それは狂戦士の特性を知っていたからだ。

 職業というのは不思議で、それぞれ差違はあるものの他の職業とは違う特徴的な点がある。


「まず最初に違和感を覚えたのは、あんたが一番最初に攻撃してきた時だ」

「それで、その違和感というのは?」


 澄ました顔でそう訊いてくるホシェル。


「あの時、あんたやけに真剣な様子だったな。どうしてだ?」

「当然だろう。もし俺の攻撃を避けるなり受け止めるなりができなければ寸止めしなければならないからな。万が一にも当たらないように気を張るのは当たり前だ」


 つらつらと述べるホシェルは、何を当然のことを訊いているんだといわんばかりにそう言った。

 しかし確かに、何故あれだけ真剣だったのかという理由としては理にかなっている。


「次に、攻撃が次第に強くなっていた」

「君がそれなりにできると知ったからな。どこまでついてこれるのか、試したくなったんだよ。といっても君の方が俺より圧倒的に強かったようだけどな!」


 再び豪快に笑うホシェルに、此方も笑顔で返す。


「極めつけは最後の一撃だ。あれ、本気でやっただろ?」

「…………」


 どうやら、もう答えてはくれないらしい。

 しかし何もいわずに無言を貫くということはつまり、何故それをしたのかという質問に反論できるだけの、まともな言い訳が思い浮かばなかったからで相違ない。

 よって、肯定と捉えられる。


「目を見て確信したよ。あの時、完全に理性が飛んでいただろ?」


 あの時のホシェルの目は獲物を狩る獣、もっといえば血に飢えた魔物のような印象を受けた。

 もし俺が避けられなければ……という心配すらしていたようには思えなかった。


「攻撃すればするほどその威力は増していき、その代償として理性を失っていく。そんな特殊な効果をもたらすのは呪われた魔剣か闇魔法、それと──狂戦士くらいだ」


 此所には呪われた魔剣も、ましてや闇魔法が掛けられた様子もない。

 となると消去法で残るのは一つという訳だ。


「……その通りだ。詳しいんだな」

「まあ……詳しいというか身近にそんな奴がいたというか……」


 ふと【魔界】で暮らしていた時に知り合った者の一人が脳裏にちらつく。


「そういうことか。セト、良い師匠を手に入れたな!」

「はい! 師匠は僕が知るなかで最強なんですよ!」


 全く、調子の良い奴だな。


「なぁ、そろそろ村に入れてくれないか?」

「……おお、そうだったな! 済まなかったな、遠くからはるばる来てくれたのに時間を取らせてしまって。……改めて、ようこそ君たち! 歓迎するぞ!」


 そして、俺達は漸く村の中へと足を踏み出した。

面白いと思ってもらえたら嬉しいです。

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