表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

84/169

第二話 セトの故郷へ ①

 あれから一週間が経過したある日の朝。

 昨日からの雨が止まずに降り続いている所為で外に出る気力も起きず、別段これといってやるような事も無いので、今日は大人しく宿に引き篭っている予定だ。

 ……いや、それだと少し語弊があるかもしれない。

 雨が昨日から降り続いているのは事実だが、この場合は〝一週間前から引き篭っている〟といった方が正しいだろう。


「暇だな~……」


 ボーっと雨の降る王都を眺めていたが、それもそろそろ飽きてきた頃だ。

 流石に一週間ぐーたら生活をしていれば暇なのは間違いないが、だからといって何かをしようという気持ちにもなれない。

 となればやる事は一つ。


「寝るか」


 これに尽きる。

 最近は俺、結構……いやかなり真面目に働いていたという自負がある。

 そして頻繁に休もうとは考えていたものの、結局のところ休息の時間はあまり取ることが出来ていなかったのが事実だ。ならば一週間や二週間くらい何もせずにこの平穏な日々を謳歌したとしても、誰にも文句を言われるようなことはないだろう。


 しかし望んでいた平穏は、いつも呆気なく崩れていってしまうものだ。


 不意に部屋の外から聞こえてきた足音がして、俺は反射的に落胆してしまった。

 何故なら、また面倒事が舞い込んでくるような気がして。


「師匠!」


 バーン! ……という、勢いよく開け放たれるドアの音とともに、部屋に一人の少年がやって来た。

 あらかじめ来ることを知らせずにいきなり来るなんて、何て迷惑なことだろう。

 等と思いながら、俺は口を開く。


「おいセト、お前はノックというものを知らないのか? いきなり部屋に入ってくるのは常識的にどうかと俺は思うんだが」


 折角もう一度寝ようと決めて横になったので、その状態からは動かずに口だけを動かしてセトに抗議の声を上げる。

 というか、俺にいったい何の用なのだろうか。

 まあセトだから何の用事もなしにやって来たという可能性もあるが、態々こんな雨の日に好んで来ようとは思わないだろうし。

 しかしいつまで経ってもセトは何も言うことはなくて、室内には外から聞こえてくる雨音だけが存在感を主張していた。


「……セト?」


 不思議に思って天井を見上げていた顔を少し傾けそちらに向けた。

 するとそこには何故か土下座をしているセトの姿があって……。


「セト? おい、どうしたんだ……っ!?」


 驚きのあまりベッドに寝ていた状態からは跳ね起きつつ、俺は焦り気味の口調でセトに問い掛けた。

 だがその問い掛けにセトは全く答えようとはせず、床に当たるのではないかと思われるほど下げられた頭を持ち上げようとしない。

 そんなセトの異常さに、俺は益々焦り出す。


「何やってるんだ、早く頭を……」


 上げろ。

 ベッドから降りた俺は、最後まで言い切ることなく言葉を詰まらせてしまった。

 何故なら、肩に手を置こうとして屈み込んだ際に、セトが泣いている事に気付いてしまったから。


「…………師匠……」


 屈んだままの体勢でどうしようかと途方に暮れていると、セトがふと小さな声でそう言った。


「何だ?」


 それに俺は穏やかな口調で聞き返した。

 いつもならセトに対してそんな口調はしないが、この状況では意識しなくともこのような口調になってしまう。

 そしてセトは、絞り出すようにして言葉を紡いだ。


「……助けて、ください」


 表情は見えなかったが、そこには確かにただならぬものを感じた。


「──聞かせろ」




 気付くと俺は、そう口にしていた。


◆◆◆


 俺は子供のように泣きじゃくっていたセトを椅子に座らせ、自分はベッドに腰を下ろした。


「……で?」


 落ち着かせてから、本題を聞こうと俺はセトにそう促した。

 セトは俯いたままだったが、ゆっくりと話してくれた。


 セトの故郷は、リーアスト王国とその隣国の聖国の国境付近にあるらしい。その周辺は山林に囲まれていて、一番近くの町までは馬の足で丸三日掛かるという。

 その村の人口は二百にも満たないほどしか居らず、若者が少なく何かと不憫ではあるが、それでも活気のある村だという。

 そんな村に異変が現れたのは、一ヶ月ほど前からで……。


 村のある山林から、魔物の姿が無くなっていったという。


 その時は魔物の危険が減ることに村の人々は喜び、異変を異変として受け取らなかった。

 よく考えれば、山から魔物の姿が無くなるというのがどれほど異常であるか、理解できない訳ではない筈だったのに。

 しかしその状態が三週間も続いたとなれば、流石にこれは可笑しいと気付き始めたようで、漸く村周辺の山林の生態調査に乗り出したらしい。

 結論からいうと、生態系に関しては魔物以外に可笑しなところは特に見受けられなかったという。

 といっても、生態系以外では奇妙なものがあったらしいが。


「──魔法の痕跡?」

「はい。それに、その場には決まって魔物の死骸があって、どれも身体が何かによって貫かれて殺されていたらしいです。とても綺麗に、まるでくり貫かれでもしたかのようだと、手紙には書いてありました」


 その手紙というのを手に持ちながら、セトは言った。


「実際に確認しないと分からないが……確かに、魔法の可能性が高いな」


 断言はできないが、武器で魔物の身体を綺麗にくり貫いたような状態にしたと判断するよりも、魔法によって成されたことだと判断した方が納得できる。

 しかし、いったい何の為に?


「それ以外に、何か変わったことは無いのか?」

「……あります。何故か魔物が倒れている周辺だけ、異常に草木が成長していたらしいです」


 ……異常に草木が成長していた?

 魔物の体内の魔力が空気中に溶けだして、それが草木の成長を促したのか?


 いや、違う。


 洞窟の中のような隔離された場所でない限り、そんな事は考えられない。

 死んだ魔物の魔力が何の隔離も無しにその場にとどまるなんて不自然な現象が起こったとも考えにくいし、やはりこの場合は魔法の副次効果と推測する方が現実的か……。

 しかし、そのような副次効果をもたらす魔法なんてあるのか?

 様々な考えが浮かんでは消えて、頭の中が混乱していく。


「はぁ……」


 情報が少ない現状では何を考えても無駄だと割りきって、俺は溜め息を吐き出した。


「──それで、お前は俺に何をしてほしいんだ?」


 俺は敢えて、結論を急いだ。


「……こんな事を言うのはおこがましいと分かっています。けど、僕と一緒に故郷の村まで来てくれませんか?」


 セトは、とても真剣な顔でそう言った。

 ……だが、残念ながらそれでは俺の求めている答えには程遠い。


「やだ」

「…………え……?」


 断られるということを万に一つも考えていなかったのか、セトは間抜けな声を上げた。

 別に俺だって冷たく接したい訳ではない。

 ……が、それでも今のセトの態度はどうしても気に食わないものがある。


「……どうして、ですか」

「逆に聞くが、そんなんで俺が頷くとでも思っているのか?」


 それに、セトは何も言葉を返さなかった。いや、返せなかったといった方が正しい。

 自分でもどうして断られたのか、理解できているからであろう。


「人がそう簡単に動くと思うなセト。まだ何かあるんだろ? 話せよ」

「……っ!」


 セトのその反応を見て、やはりまだ言ってない事があると確信した。

 まあ、俺に助けを求めるほど切羽詰まっているのだから、そんな曖昧な知らせではないことくらいは考えずとも分かる。


「……妹が、拐われたらしいんです」

「は?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。

 そしてすぐにセトは何故そんな大事なことを黙っていたのだろうか? という疑問を抱く。

 しかしそれを聞いて、漸くセトのあの涙の理由を知ることができた。


「どうしてそれを黙ってたんだよ! そこ一番大事なとこだろうが!」

「ごっ、ごめんなさい!」


 焦った様子で謝ってくるセト。

 それを見て少し強めに言い過ぎたかもしれないと、遅れながら反省する。


「でも、師匠の同情を買って助けてもらおうと思われるのが嫌で……」

「…………」


 やはりこいつは結構な馬鹿だ。

 そんな大した事でもないものばかりを気にして俺のことばかりを考えていたなんて、本当にセトは面倒な性格をしている。


「そんな事、気にすんなよ」

「師匠……?」


 僅かに、俺の声色が変わったことに気付いたセトは、此方の顔を不思議そうに覗いてくる。

 その心配そうな視線が向けられているのに気付いてはいたのだが、俺はセトと視線を合わせようとはしなかった。

 平気そうに装っていても、本当は凄い動揺しているんだから。


「俺はなセト、お前のそういうところが嫌いだ」

「え……」


 自覚していない様子のセトに一瞬だけ視線を向けてから、俺は更に続ける。


「自分の事は考えないようにして、他人の事ばかりを心配するような性格が、な」


 まあ、それだけ自分以上に人を心配する優しい心があるということだから、一概に悪いとはいえないが……。

 それでも俺は、セトはもう少し自分の事を考えても良いんじゃないかと思う。


「で、誰がお前の妹を拐ったって?」

「それが……その、何と言いますか……」

「……? 歯切れが悪いな。まさかある日突然いなくなっていた訳じゃないんだろ?」


 俺の質問にセトは複雑な表情をつくる。

 何か言いづらいことでもあるのだろうか。


「それは……、そうなんですけど」

「何だよ、勿体ぶらずに言えよ」


 そう言っても、セトはあまり話す気にはなれそうにないらしく、しかめた顔に苦笑いを浮かべながら考える素振りを見せる。

 話を持ち掛けてきたのはセトの方なのに何故そこまで悩む必要があるのか理解できないが、それだけ他人に言うのに躊躇いがあること……なのかもしれない。

 等と思い、別に言いたくないのであればいい──と、言おうとして口を開いた時。


「えと……、……天使……と、手紙に書いてあるんですっ! ぼ、僕が見た訳ではないんですけど、手紙には、手紙にはそう書いてあったんです!」


 ……何だこいつ? いきなり挙動不審になったぞ。

 しかもよく分からないが無駄に〝手紙に〟という部分だけを強調して言っている。

 そんな事を言わなくとも、そのくらい俺だって理解できているのだが……。


「ほっ、本当ですよ!?」

「さっきから何を慌ててるんだセト」

「慌ててなんていませんよっ!?」


 いや、どう見ても慌てているようにしか見えないのだが。

 だが今はそれよりも気にしなければならない事がある。


「……天使、か。それはどんな天使だったのか手紙に書かれていないのか?」

「え?」


 俺の言葉に、何故かセトは驚いた顔をしながら間抜けな声を上げた。


「何か変なことでも言ったか?」

「いえ、そういう訳ではないんですけど……。師匠は天使、信じるんですか……?」


 ああ、そういうことか。

 俺がもし冒険者稼業を目指すことなく平穏な日々を暮らしていたならば、天使がいると聞いてもすぐには信じる気にはなれなかっただろう。


「まあな。といっても実際に見たことは無いけどな」

「それでよく僕の言葉を信じられますね……。言っては何ですけど、かなり胡散臭いこと言っていた自覚があったんですが……」


 セトは不思議そうに此方を見てくる。

 と、ここで俺は、最初は取り乱していたセトがかなり落ち着きを取り戻している事に気付いた。

 話している最中も暗い顔をしていたけど、どうやら少しは心に余裕ができて、かなりいつものセトに近付いてきている。

 その事に確かな安堵と喜びを覚えた俺は、自分でも気付かない内に笑顔を作っていた。


「まだ天使と確定してる訳じゃないんだから、胡散臭いのは間違ってないだろ」

「うっ」


 平然と答えた俺の様子を見て、セトは苦しそうに声を漏らす。

 それを見ていると更におちょくりたいという感情が生まれるがその前に一応、セトに対して俺の意見を言っておこうと思う。


「そんな事より、天使がいるかどうか、だったな」

「そんな事より……」


 結構真面目な方で話していたらしいセトは、それをそんな事扱いされて唖然とする。

 それを無視しつつ俺は続ける。 


「信じているか信じていないかでいったら、信じてるぞ。何てったって天使の対を成すって言われてる悪魔は実際に見たことあるからな」


 というか、二十年間一緒に旅をした仲間だったしな。

 ギルゼルドと別れてもう三ヶ月以上も経つけど、あいつは今、何処で、何をしているだろうか?


「……師匠って、意外と冗談とか言うタイプなんですね」


 少し昔の懐かしい記憶を思い出して感傷に浸っていると、その横で我が弟子が何やらとても失礼なことを呟いたのを、俺は決して聞き逃しはしなかった。

 ちょっとイラッときた俺は、軽くセトを睨み付ける。


「おいちょっと待て、さてはお前信じてないな?」

「いっいえ! そういうつもりで言ったんじゃなくて……、師匠は僕と同い年くらいなのにいつも落ち着いているから、天使や悪魔を信じているって聞いて、やっぱり師匠も僕と同じでまだ子供なんだって安心しただけで……」


 ……成る程。

 つまりセトはまるっきりそういう類のものは信じていないと。


「俺もお前も年齢的には大人だぞ。というか師匠のいうことくらい信じろよ」

「す、すみません……」


 俺はベッドに下ろしていた腰を持ち上げ、掛けてあったローブに手を伸ばす。


「さて、俺の準備は大丈夫だ。セトも早く準備しろ。今から向かう」

「本当ですか!? ありがとうございます師匠! ……でも、僕ももう準備は終わってますよ?」


 その言葉を聞いて、俺は思わず溜め息を吐いてしまう。

 こいつは確か剣士だったよな。剣士に必要なのは剣術が一番なのは間違いないが、他にも周辺の気配を探る力が必要だと俺は考えている。

 視認している敵が全てならあまり考えなくとも問題ないが、それでも常に周囲の気配を探ることは冒険者にとって大事なことだと思う。

 その力が、セトには欠けている。


「じゃあ、こいつらは何だ?」


 気配察知のスキルくらいは習得させないとな──と思いながら、俺は部屋のドアを開いた。


「「きゃっ!?」」


 するとドアに寄り掛かりながらこれまでの会話を盗み聞きしていたアリシアとナディアが、部屋の中に倒れ込むようにして入ってきた。

 いや、倒れ込むようにではなく、体勢を建て直すことができずに普通に転んだ。


「アリシア、ナディア……!? どうして二人が此処に……?」

「お前が心配だからに決まってるだろ」


 まあ、この二人の場合はもっと他の理由があるだろうけどな。


「じゃあ俺は先に王都を出てすぐの草原で待ってるから、ちゃんと話し合ってから来いよ」


 それだけ言い残して俺は部屋を出た。

 階段を降り宿を出ると、雲の隙間から差し込む陽の光によって視界が一瞬真っ白に塗り潰された。

 反射的に片方の腕を顔の前まで持ち上げた俺は足を止めて、視界が色彩を取り戻した後で空を見上げながら呟く。


「雨、止んでたのか」

十連休、皆さんはどう過ごしていますか?

評価、ブックマークよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ