第一話
此処は、とある建造物の内部。
そこは白を基調とした、大理石のみで造られた大きな建造物で、さながら何かの遺跡のようにも見えなくはない。
しかし放棄された遺跡とは違って、隅々まで掃除が行き届いており、磨き抜かれた大理石は降り注ぐ光を反射している。つまり此処は、放棄された遺跡では無いという事。
そしてその場には、真っ白のローブを身に纏った一人の老人が立っていた。
「──あの貴族、失敗したそうじゃねえか」
そこに若い男がつかつかとやって来て、軽い調子で老人に声を掛けた。
何処か冒険者を思わせる服装だが、それでも平民が着るような衣服よりも、かなり良いもので着飾っている。
「だから言ったんだよ、貴族になんて任せても碌なことにならないって」
男に背中を向けたまま反応の無い老人を余所に、馴れ馴れしい口調で続ける。
「とんだ無駄骨だったな全く。なあ、お前もそう思うだろ?」
「かもしれぬな。……しかし、面白い情報はあった」
若い男が求めてきた同意に、老人がゆったりとした口調で答えた。
「らしいな。ま、にわかに信じられねぇけど。お前はどう思う?」
「……あのガキは嘘を付いた事は無いからな、……恐らくは真実なのだろう」
その言葉に、若い男は可笑しそうに笑い出した。
「嘘が付けない、の間違いだろ?」
その指摘に老人は言葉を返さず、肯定も否定もしなかった。
その態度に若い男はますます面白そうに口許を歪ませて、そばにあった大理石の柱にその背中を預けた。
「本当に、あいつは扱いやすいよなぁ……」
「……無駄話はそれくらいで終わらせておけ。そんな事の為に此処まで来た訳では無いのだろう?」
静かに笑いを堪えている若い男の様子に耐えかねたのか、今まで背を向けていた老人が振り向きながらそう口にした。
若い男はまるでその行動を待っていたかのように、笑いながらあからさまに怖がる素振りをして見せる。
……が、遂にその態度に苛つきを覚えたのか、老人の手に握られていた魔法杖から怪しげな光が溢れ始める。
それはあっという間に強くなっていき、遂にはパチパチと白い稲妻が走り出す。
「おー怖い怖い……ちょっ、待てっ、悪かった! 少しふざけすぎたって!」
すると魔法杖に収束されていく魔力の量に少し焦りながら、若い男は謝罪の言葉を口にする。
その必死な様子から、もしこの魔法が発動した場合の危険性がうっすらと察することができる。
必死の謝罪を聞いた老人は、漸く魔法杖から放たれる光を静まらせていき、数秒後には元の状態へと戻っていた。
「私は忙しいのだ。用があるなら早く済まてくれ」
「へいへい、教皇様は忙しいですもんね~」
懲りないのか、しかし僅かに態度を改めた男が話し始める。
それを〝教皇様〟と呼ばれた老人は、口を挟むことなく静かに聞く姿勢をとった。
「リーアスト王国の件はこれ以上ないほど見事に失敗したが、もう一つの計画の方は順調に進んでるぜ。あと二、三ヶ月もあれば完成するだろ」
「三ヶ月か……、まだまだ先ではないか」
男の報告に耳を傾けていた老人が、それを聞いて少しばかり遠くを眺めるような目になる。
もしこの場に何も知らない部外者が居たとすれば、話の本筋が見えてこない会話に、ただただ首を傾けるしかないだろう。
しかしそれでも、老人の顔つきを窺えばそれが並大抵の会話ではない事くらいは察すれる筈だ。
「おいおい、先って言ったってな、これでもかなり急いでる方なんだぞ?」
「……まあ良い、そのまま続けるのだ」
身振り手振りの大きい男に溜め息を吐きつつ、老人は言った。
「了解。あとあの一件で多分リーアスト王国の奴等は俺達がやったって気付くぞ。それはどうするつもりなんだ?」
それに、老人は動きを止めて少し考える素振りを見せる。
だが直ぐに考えが纏まったのか、口を開いた。
「最悪、戦争だろうな。何もしなければ半年後……いや、もっと早い段階で開戦するかもしれない」
「わーお、それはそれは」
老人が真剣な表情で語っているのを他所に、若い男はまるで自分は関係無いといわんばかりに驚いて見せる。
そんな男に老人は鋭い視線を送るが、何を言っても聞かないと諦めたのか、これ以上指摘するようなことは無かった。
「取り敢えず、向こうの出方を窺うしかないな」
「小競り合い程度で済むんなら良いが、他国も関わってきそうだしな~」
そこまで言うと、男は組んでいた腕を解き、すたすたと来た道を戻っていこうと動き出した。
しかしその途中「……ああそれと」と、つい今しがた思い出したかのように振り向いた男が、付け加えるようにして言った。
「……あぁそれと、アレ、もうすぐ千体になるぞ」
「そうか」
「それだけだ。悪かったな、無駄な時間取っちまって」
言い残して、今度こそ若い男は踵を返して去っていってしまった。
その後ろ姿が見えなくなるまで目で追っていた老人は、完全に視界から見えなくなると再び溜め息を吐いて背中を向けた。
「ふふ……ふふふ……!」
その場に一人になった老人は何が可笑しいのか、不気味に笑い始める。
それはまるで、欲しいものが漸く手に入るという時の子供のような笑い声だった。
──老人と別れた若い男はその頃、やはり大理石で造られた広い通路の、その中央を我が物顔で堂々と歩いていた。
両手を頭の後ろ手組んで、代わり映えしない通路を見ながら独り言を呟く。
「教皇様とはやっぱ仲良くなれそーにないな~」
その声は僅かに通路に響き、そして溶けるようにして消えていく。
「ま、俺は楽しければ何でも良いけどっ」
若い男は口許を緩ませながら、頭の後ろで組んでいた手をほどき、それを頭上高くまで持ち上げて伸びをする。
もしこの場にあの老人が居たならば、自由すぎる彼の行動に対して、今度こそ容赦なく魔法を放っていたかもしれないだろう。
しかし伸びをし終えてだらんと腕を下ろした時には、その調子の良い笑顔は何処かへと失われていて、まるで別人のような雰囲気をその身に漂わせていた。
「……ほんと、どうなっちゃうんだろうな、この国は」
静かに放たれた言葉は、やはり僅かに響いてから、すぅっと空気に溶けるようにして消えてしまった。
四章も読んでくださると、嬉しいです!




