第十三話 差し伸べる手
「よし、これで解決だな」
白目を剥いて伸びている男を見下ろしながら、静かに呟く。
「お疲れ様じゃのぅ、オルフェウス殿」
そこに、先程まで身を潜めていた白髪の老人が姿を現し、軽い調子で声を掛けてきた。
「見てないで加勢に来てくれれば良かったのに」
「ほっほっほ。お主一人の方がよっぽど早く終わるからの、儂は後始末担当じゃ。それに儂だと周辺に被害が及ぶからの~」
白髪の老人──アランは愉快そうに笑い、背後に待機していた騎士達に命令して気絶している男を拘束させた。
加勢するのは別に終わる時間がどうとかではないと思うのだが、自分で後始末を担当すると言ったのでそうしてもらう事にする。
伸びている貴族対処は手に余るからな。
「それにしても、やはりオルフェウス殿は規格外じゃの。ワイバーンを斬ったあれは何なのじゃ? 刃が飛ぶのとは少し違っていたようじゃが……」
「ただの魔法だよ。時空魔法」
あまり自分の手の内を明かすのは誉められたことではないけど、この場合は知られた所で対策のしようが無いからな。
対象の正確な位置情報を正確に把握してないといけないが、その代わりに盾での防御も、魔法や魔力の障壁も関係無しに対象に攻撃を直接与えることができる。
強力な魔法だというのにデメリットがまるでデメリットの役割を果たしておらず、得られるメリットが尋常ではないのだ。
俺がこういうのもあれだが、普通に卑怯すぎる魔法だと思う。
「遠くからでも敵を攻撃できる魔法……、まさに魔法使い殺しの魔法じゃの」
「否定は出来ないな」
逆に魔法使いの方が簡単に倒せるだろうしな。
「……そういえばの」
「ん、何だよ?」
「花火が始まる前に片付いたら、急いで城に戻ってこい……というネオル殿からの伝言をすっかり忘れておった」
それを聞いて、俺は空を見上げた。
音が無かったので分かってはいたけど、やはりまだ花火は打ち上げられていない。つまり何の用かは知らないが、現在もネオルさんからの伝言の効果は有効だという事。
そこまで考えが行き着いて、俺はアランに視線を移した。
「……もっと早く言えよ」
「いや~すまんすまん。歳は取りたくないものじゃな! ほっほっほ」
成る程。
あくまで言い訳を突き通すつもりか。
「……はあっ、王城に行けば良いんだな?」
「うむ! そうじゃ」
調子の良い奴だな、全く……。
ま、結局ちゃんと伝言は果たしているからこれ以上文句を言うつもりは無いけど。
それにしても、今度は何を俺に押し付けるつもりなんだ?
「分かった。じゃ、後始末よろしくな」
「急ぐのじゃぞ!」
時間を削った張本人であるアランが笑顔でそんな事を言ってきたのでジト目を向けてから、俺は時空魔法のテレポートを発動させて、その場から一瞬で姿を消した。
そして閉じた目を開いた時には、俺は城の城門の前に立っていた。
突然その場に現れた俺に、王城の警備をしていた騎士や兵士達が驚きざわつく。……が、すぐに着ているリーアスト王国の紋章の刺繍されたローブを見て、騒ぎが徐々にだが着実に収まっていく。
「おー! オルフェウス殿じゃないか!」
「グラデュース」
騎士達の後ろから、グラデュースがずかずかと歩いてきた。
「無事に終わったようだな!」
「嗚呼、終わったよ」
俺の隣まで来たグラデュースは俺の言葉を聞くや否や、笑いながらバシバシと背中を叩いてくる。
それを手で払いながら、続ける。
「悪いが今ちょっと急いでるんだ」
「む、そうなのか! すまんな、時間を取っちまって」
「良いよ別に。じゃあな」
そう言って俺は城の中へと走る。
それにしても、パーティーはもうすぐ終わるというのに、今更俺を呼び戻してネオルさんはいったい何をするつもりなのだろうか。
あの人はは人をいいように使うのが上手いから、また碌でもないことでも考えていそうだな。
──そう思いながら走っていると、漸くパーティー会場の扉の場所まで辿り着いた。
そして、その扉の前では見知った人物──ネオルさんが立っていた。
「オルフェウス君! 来たか」
足音に気付いたネオルさんはパッと此方に振り向くと、何処か安堵の表情を浮かべてにこやかな笑みを見せてくる。
俺は走るのを止めて、ネオルさんに歩み寄る。
「どうしたんですかネオルさん。まだ何も聞いてないんですけど」
「そりゃあ何も言ってないからね、当然だよ」
……そこ胸を張る場面ではないと思うのだが、そんな気がするのは俺だけだろうか?
「まあ話をしている時間はないから、察してくれたまえ」
突っ込みを入れようか迷っていると、いつの間にかネオルさんが俺の背後に回っていて、何故かその両手を俺の背中に添えていた。
どういう状況なのかがいまいち理解できていない俺は、ネオルさんの謎の行動に思わず頭の上に疑問符を浮かべてしまう。
「は? どういう……」
「良いから良いから」
どういう状況なのか……そう聞こうと口を開くも、その隙を与えずに少し急かすようにして俺の背中を押してくるネオルさん。
気の所為かもしれないが、今日のネオルさんは何となくいつものネオルさんとは違う気がする。
何と説明したら良いのか分からないけれど、俺を言葉巧みに丸め込むいつもの調子の良い雰囲気とは違っている。……と思う。
「というか察しろって何を……」
「大丈夫だよ。行けば分かるから」
そんな会話をしている内に、気付けば扉の目の前まで移動していた。
すると扉の両端に待機していた騎士が、扉の中央まで移動したかと思うと、流れるような動きでその大きな扉を開け放ってしまった。
「さあ! 行ってきたまえ!」
「あ、ちょっ、ネオルさん!?」
俺は、ネオルさんにホールへと勢いよく押し出されてしまった。
◆◆◆
(ど、どうしよう……?)
私の目の前には、多くの貴族の子息たちの集団が広がっています。
先程からその人たちは我先にと私の前までやって来て、私にその手を差し伸べてきています。
しかしその人もすぐに後ろに追いやられてしまい、今度は別の貴族の子息が前に来て、手を差し伸べてくるのです。
かれこれ十分前くらいから、ずっとこんな状態が続いているんです。
私がそれらに対応しきれず、しどろもどろしていると、更にその数が増えていく一方です。
この人たちがいったい何をしているのか、それは──。
──私を、ダンスに誘っているのです。
つまりこの人たちは私と一緒に踊ろうと、他の貴族の子息たちと押し退け合いをしながら、私に手を取ってもらおうとしている──という事です。
本来ならば、これ程までの混乱を招くようなものでは無いのですが、この状況を引き起こした原因はは私にもあるので、仕方ありません。
どういう事かというと、私は成人もしているというのに、貴族には珍しくいまだに婚約も交わしていないからです。
要するに、この人たちは少しでも私に近付いて、そして気に入ってもらって、最終的には婚約をしてもらいたいと考えているのです。
それに私は王族。婚約者がいなくて、しかも王族ともなればこのような事態が起きるのも仕方ないと割りきる他ありません。
「姫様、そろそろ御決めに」
ふと後ろから、執事のグレイルが耳打ちをしてきました。
「わ、分かっています。けど……」
もう、それほど返事を曖昧にしている暇は残されていないようです。
(もう、誰かと踊るしかない……のかな……?)
そう思うと、少しだけ心が締め付けられるような感覚になります。
その原因は、私がこの中の誰とも踊りたくないからだと、自分自身が一番わかっています。
でもこれ以上、このままでいられないのもまた確か。
だけど、それでも私は、他に踊りたい人がいるのです。
その人との出会いはあまり良い出会い方だったとはいえなくて、けれど私にとっては衝撃的な出会いで、今でもはっきりと鮮明に覚えています。
何故なら、それが私の初恋の人との、初めての出会いなのだから。
ずっと気の所為だと言い聞かせてきましたが、もうこれ以上、自分に嘘をつくのは限界です。
──とっても強くて、とっても優しくて、私はその人に助けてもらってばっかり。
私が危ない時はいつも颯爽と助けに来てくれて、華麗に解決してくれる。
私の我が儘に嫌な顔せずいつも付き合ってくれて、もっと我が儘を言いたくなってしまう。
──その人と会話をするのが、楽しくて仕方がない。
どんな些細なことでも、彼と話せるだけで私は十分に満たされた気分になります。
あまり彼からは話し掛けてはくれませんが、それでも私が話題を振ると、笑顔で話し相手になってくれます。
──一人でいろんな事ができて、料理もとっても得意。
彼が作ってくれる料理はどれも美味しくて、冒険者とは思えないくらい。
でも、彼は一人で何でも完璧にこなしてしまうので、私が手伝えるようなことが無くてちょっと悔しいです。
だから彼が文字の読み書きができないと知ったとき、失礼だと分かっていましたが、私はとても嬉しくなってしまいました。
──いつも凄いことを当たり前のようにやってのける。
本当なら今頃、彼はこの国の英雄としてその名を轟かせていてもおかしくないのに。
だって彼は、三百年前に異世界から召喚された勇者様でさえ敵わなかった邪竜ファフニールを、たった一人で倒してしまったのだから。
それなのに自分に傲らずに、地位も名誉も欲しいと思っていないみたい。
そんな彼が、──たまらなく好きになってしまった。
でもその彼は、此処にはいません。
本当なら、この手は彼に取ってもらいたかった。
「姫さ……」
再び後ろから、グレイルの耳打ちが聞こえてきた……と思ったら、途中でその声が途切れました。
どうしたのかと思うよりも速く、私はある事に気が付きました。
「オルフェウス……っ!」
いつの間にか扉が開いていて、そこに彼が──オルフェウスがそこにいた。
やっぱり、オルフェウスはいつも私を助けに来てくれる、私の特別です。
◆◆◆
……成る程な。大体の察しはついたぞ。
つまり貴族のガキ共に囲われているフィリアを助けてやれば良いって事だな。
「ネオルさん、今回は良い仕事したな」
マジで、あの人がこれほど良い仕事をしたのは初めてなのではないだろうか?
……等という思考を頭の片隅で行いながら、俺はフィリアの元へと足を踏み出した。
すると徐々にフィリアの前に集っている貴族達が俺の存在に気付き始め、そそくさとその人だかりが左右に割れ始める。
……どうして怯えながら道を開けてくれるのかは、非常に気になる所ではあるのだが、聞かないでおこう。
そして左右に開いた人だかりを通っている間に、この貴族達が何をしようとしていたのかを知ることができた。
どうやらフィリアをダンスに誘っていたらしい。
──ならば、俺のやるべき事はたった一つ。
「俺と、──踊ってくれませんか?」
そう言って、フィリアに手を差し伸べる事だ。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
4章ですが、正直なところまだ何を書こうか決まっていません。ここで勘違いしないでほしいのが、一応、物語完結に向けてどの章も目的を決めていることです。この先どんどん面白くなっていきますので、どうか応援してくださると嬉しいです。
取り敢えずルナ関連をやろうかと思ってます。
→訂正:御免なさい、ルナは出てきませんでした⋯⋯。
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