第十二話 建国祭(最終日) ④
「もう一度訊く。何がそんなに可笑しいんだ?」
此方を凝視して動かない男に、俺は冷ややかな視線を向けながら、再度同じ言葉を口にする。
すると男の身体がピクリと反応して、漸く反応らしい反応を見せてくれた。
「お前は……オルフェウス……っ!」
「俺を知っているのか。……ま、名前くらいは当然か」
俺に刺客を差し向けてきた張本人なのだから、対象の名前くらいは知っていて当然だろう。
これで俺の事を知っていなかったならば、それはそれで驚きだけどな。
「私は城に居た筈……。貴様、何をした!」
俺の質問には聞く耳を持つつもりは無いようで、質問を質問で返されてしまった。
「それを教えるとでも思っているのか? ……ま、別に教えた所で何かある訳でもないし、種明かしがてら教えてやるよ」
そう言って目を細めてやると、それに気圧されたのか男は一歩後ろに後退した。
逃げる隙を窺っているようだが、どうやら此方の話には興味を持ってもらえたようだ。
「お前はついさっきまで、夢を見ていたんだよ」
その言葉を聞いた男は、何を言っているのか理解できないといった表情で、しかし鋭い視線を向けて静かに耳を傾けている。
警戒している男に余裕を見せながら、更に続ける。
「此処から馬車に乗り、王城に向かい、そこで開かれたパーティーに自分が差し向けた奴隷達が乱入して、王族を殺す──という夢を、な」
「!?」
因みに闇属性の魔法を使った芸当だ。
つまりこの男が自分の屋敷から出るところまでしか現実でなくて、そこから俺が声を掛けるまでは全て夢、現実ではなく幻だったという訳だ。
「一人で居る筈もない相手と賑やかに話をして、何もある筈がないにも拘わらず何かを飲んだ気になっている。来る筈もない襲撃を幻視して、一人で不気味に笑っていただけ」
本人にはそれが現実であるようにしか感じられないだろうが、その様子を離れた場所で観察していた俺からすれば、本当に滑稽だったと言わざるを得ない。
そして、自分が今まで夢の中にいた事実を知ったならば、その記憶が全て現実には起こらなかったという事に気付くのも、そう難しいことではない。
男は、既にその答えに行き着いているだろう。
「一人芝居を見ているようで、なかなか見物だったぞ?」
「ッ!?」
驚きのあまり開いた口が閉じないらしい男に、見下し挑発するように言葉を紡ぐ。
相手が冷静を保っていたのならこんな軽い挑発は何の意味も持たなかっただろうが、この場合は十分以上の意味を成したようだ。
俺の挑発によって感情が高まった男の瞳は、怒りの色を強く帯びていた。
「……よくも私を、虚仮にしてくれたなあああッ!」
瞬間、男の指にはめられていた指輪が、怪しく光り輝き始めた。
それは男の右手にはめられた五つの指輪。
指にはめられた指輪の数々が強力な魔道具だとは最初から知っていたが、このタイミングでそれを発動させるということは、戦闘に使用されるものの可能性が高い。
そう判断し、僅かに警戒度を高める。
「ははははは! 来いッ!」
先程とはうって変わって自信に満ち溢れた表情になった男が、高々とその右手を掲げた。
すると男の声に呼応するかのように一層その光を強めた指輪から、空へとその光が飛び立った。
空へ舞い上がった五つの光は、さながら花火のように弾け──。
「召喚の魔道具か……っ!」
音もなく展開された五つの魔方陣を見上げながら、ポツリと呟いた。
「ほう? よく分かったな、その通りだ! だが、気付いたところでもう遅いわッ!」
男が狂ったように笑いながら、自信満々にそう言った。
よほど召喚される魔物に自信があるのか、それとも俺を取るに足らない相手だと思っているのか、どちらにしても油断しているのは間違いないだろう。
そうこうしている内に魔方陣から放たれる光が最高潮に達し、遂に魔物が姿を現した。
「「「「「──グギャアアアアアアアッ!」」」」」
シンクロするようにして発せられた五つの咆哮は、ピリピリと周辺の空気を震わせ、その振動によって草木がざわざわと震えだす。
魔方陣が消え、月の光によって浮かび上がったのは五つの黒いシルエット。
それは全身が鋭い鱗で覆われており、鋭い鉤爪はまるで刃のごとく鋭利で、大きな翼で空を自由に飛び回ることのできる……。
──ワイバーンだった。
……何だよ、唯のワイバーンじゃねぇかよ!
「はあっ、期待して損した……」
何だろう、凄い期待してたのに……、裏切られた気分だ……。
何もかもを全て手下達にやらせて、自分は一向にその姿を現さなかったこの事件の黒幕。しかし遂にその居場所を突き止め、今まさに最後の戦いの火蓋が切って落とされる──。
……という、別に求めてはいなかったが偶然にも発生した中々のシチュエーション。にも拘わらず、切り札として呼び出したのがBランクのワイバーンとか……空気読めないにしても限度というものがあるだろう。
これなら自分の奴隷を一人傍に付けておく方が戦力的に心強いのではないだろうか?
「貴様は魔法剣士と聞いているが、剣術の方が得意なのだだろう? つまり貴様は、私のワイバーンに手も足も出ずなぶり殺されるのだッ!」
ワイバーン程度で男が高笑いができる理由が、偉そうに語られた事によって理解できた。
どうやらあちらさんは、俺が魔法を苦手としていると勘違いしているらしい。
「殺すなんて物騒だな」
「抜かせ! 貴様も私の奴隷を殺したのだろう? なら次は貴様が死ぬ番だ!」
この男は俺が全員殺したと思っているのか。
全く……、勝手に人を人殺しに仕立て上げないでもらいたいものだな。
「くくく。どうした、逃げないのか? もしかしたら助かるかもしれないぞ?」
「逃げる……?」
たかが五体ワイバーンが集まったところで、どうして逃げなければならないんだ。
俺は腰にさされた刀を抜き放ち、軽く構えて見せる。
「何だ? まさか飛んでいるワイバーンと戦うつもりなのか? はっはははははっ! 本当に愚かな奴だな貴様は! 無謀というものを──」
「『ディメンションスラッシュ』」
男の声を遮って、俺は構えた刀を横凪ぎに振るった。
それはあまりにも力の入っていない一太刀で、とても何かを斬ろうとして振るったものとは思えないほど遅い太刀。
付け加えると、刀の描くであろう弧には何一つとして物体は存在しておらず、このまま何も斬らずにただ虚空を裂くにとどまると、何も知らない者ならば誰もが錯覚するだろう。
そしてそれは、目の前の男も該当する。
──だがそれは、驚きの結果をもたらした。
刀が虚空を切り裂くと同時に、何とワイバーンの胴体もまた切り裂かれていくではないか。
しかもその不可思議かつ異様な現象は、一体のワイバーンだけに起こったのではなく、五体全てのワイバーンにそれは当てはまった。
やがて、刀が完全に振り抜かれると、同時に五体のワイバーンの身体も綺麗に分断された。
「…………は……っ?」
男が間抜けな声を漏らし、遅れてワイバーンが地に落ちる。
時空魔法、『ディメンションスラッシュ』。これは飛刃と同様に離れたものに攻撃できる手段の一つであるが、この魔法は飛刃に似ているが全くの別物だ。
飛刃は刃を飛ばして攻撃するが、このディメンションスラッシュはその過程を用いない。つまり剣を振るったと同時に離れたものを斬ることが出来るという事だ。要は飛刃の刃が飛ぶ過程を無くし、ノータイムで斬るという攻撃手段なので、飛刃の上位互換といったところだろうか。
俺はいったい何が起こったのか、理解できずにただ驚愕するしかない男を見やって嘲笑い……。
「無謀が、何だって?」
男が言い掛けていた言葉を訊いてやった。
「……くっ!」
男は屈辱の表情をつくった……が、それはすぐに怒りに支配された。
かなりプライドをへし折ったつもりだったが、男はまだ諦めた様子はなく、今度は左手にはめられた指輪の魔道具を発動させようとした。
しかし、同じ事を二度もやらせるつもりはない。
「やらせるかよ」
今度は先程のものよりも速く、魔道具が発動する前に刀を振るう。
と同時に、男の指にはめられた指輪の宝石が、独りでに弾け飛んだ。
「なっ……!?」
「もうお前を守るものは無くなったな」
刀を鞘に収め、足を前に踏み出す。
「まっ、待て! 謝るっ、私が悪かった!」
「当たり前だろ、何を今更」
自分が悪いことをしているなんて最初から自覚している癖に、何を当然の事を言っているんだ。
「反省しているっ、だから許してくれ!」
「そうか。ならそれ相応の罰は受けないとな」
国に反逆しておいて、何も処罰を受けずに済むなどある訳がないだろう。
「そっ、そうだ! お前の望むものをやろう! だから……」
「俺が望むのは、お前がしっかり罰を受けることだ」
男が一歩、また一歩と後退っていく。
「や、止めろ、来るな……っ! 私は、貴族なんだぞ……!?」
「貴族なら、何をやっても良いのか?」
俺は制止の声を聞かずにどんどん男との距離を詰め、そして遂にその距離が一メートルを切った。
男の顔がみるみる内に真っ青になり、膝がガクガクと震えだす。
本当なら今この場で、すぐにでも刀を抜いて斬り捨てても良いと俺は思っているが、その気持ちをグッと抑えて拳を握り締める。
あいつとの……、ニアとの約束だからな。誰も殺さない──って。
「ああでも、他にも望みならあるが、聞くか?」
「勿論だ! 何でも言ってくれ!」
何でもとは大きく出たな。
だがまあ、そこまで言うなら遠慮しないで良いということだろうし、ちゃんと言質も取ったし……。
「なら、一発殴らせてくれ」
握った拳を振り上げて、何の躊躇いもなく男の顔を殴り飛ばした。
「……は? ──ぶへらぁッ!?」
男は空中で見事に回転して、ズザザザッと顔から地面に勢いよく突っ込んだ。
……あっ、普通に痛そう。




