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第十二話 建国祭(最終日) ③

 遂にこの日がやって来た。

 この日を、私がどれだけ待ちわびた事だろうか……!


「くっ、くくく……っ」


 何とかして平静を保とうと意識はするものの、際限なく高まるこの高揚を押さきれずに私の口から笑いが溢れてしまう。

 いけない、いけない。まだ計画は始まったばかりなのだ。

 いつどのようなイレギュラーが生じるかも分からないのだから、身の周りの警戒だけは忘れないようにしなければ。


(そろそろか……?)


 広いホールを舐め回すように窺いながら、私はひっそりと設けられている、何か非常事態が発生した場合に使われる、非常経路に繋がれた扉を見やる。

 体感的にはもうパーティーも中盤に差し掛かっている頃合いだろうし、私の命令に忠実に従う者達が今この時にでも此処にやって来たとしても何ら可笑しくない。

 この場には私以外にも多くの貴族共がいるのであまり目立つ行動は控えなければならないが、しっかりと自分達の成すべき事を(まっと)うできるかを確認しなければならない。

 その結果によっては今後の方針にも関わるのだからな。

 しかし、やはりこの任務は成功してもらわないと困るのだが。


 ──王族を殺す、それがあの下郎達の最初で最後の任務だ。


 これまでも多少の命令はしてきたが、それはこの日を万全に迎えるための事前準備……土台を整えたに過ぎない。

 どれだけの屈辱を味わいながら今日この日を待ってきたと思っているんだ。これで失敗でもしようものなら、どのようにして痛め付けてやろうか……!

 だがまあ、この任務が成功で終わったならば、私は喜んで下郎達の願いを聞き届け、望み通りに私の奴隷から解放してやろう。


 ……そういえばあいつは、死んだのだろうか?

 突然フィリア様の専属騎士としてこのパーティーに現れた、Aランク冒険者のオルフェウスを暗殺しに向かった我が奴隷の一人が脳裏をよぎる。


 まあ、あいつを向かわせた次の日に暗殺対象はパーティーに参加していた事を考えると、失敗したという事実は報告を受けなくても分かる。

 しかしながら、たかだかAランク冒険者ごときに遅れをとるような鍛え方はさせていなかった筈、それに魔剣という協力な武器を持たせてあった。

 だというのに私の奴隷が敗けたというのか? 付け加えるならばあいつ等は獣人で、身体能力は常人のそれとは比べ物にならない。

 暗がりの中で視認すら難しい速度で接近し、その首を飛ばせばそれで終了だ。

 例えSランクの冒険者であろうとも無傷では済まされない強さを持ち合わせていた。

 だというのに……ッ!


 ……っと、いかんいかん。集中が削がれてしまっていた。

 今更になって考えても仕方無いしな。命令の一つもまともにできない奴の事など、どうでもいい。

 しかし、あのオルフェウスという奴は何処へ行ったのだ? 先程までは壁際で突っ立っていた気がするのだが、いつの間にか見失ってしまっていた。

 だが邪魔な障害が居ないのなら、此方としては大いに好都合だ。


「……!」


 とその時、注視していた避難経路の扉が、ゆっくりと開くのを捉えた。

 ……来た。

 音もなくゆっくりと開いていく扉を見詰めながら、私は今まで感じたことのない制御できない程の胸の高鳴りを覚えた。

 口許が緩み、目が細くなる。手に持っていたグラスが指輪と擦れてカチャカチャと鳴り、注がれているワインがグラスの中で躍り狂う。

 そして、人が一人通れるような幅まで扉が開いた瞬間、そこから何か黒い何かが飛び出してきた。


「……ひひっ」


 それが何かなど考えるまでもなく、私は思わず変な笑い声を上げてしまった。

 非常経路からこのパーティーに訪れる者など、普通に考えればいる筈がないのは明確だ。それこそ私のように良からぬ事を計画している者か、頭の可笑しい奇異な者しかいないだろう。

 一人、二人、三人…………八人。数えると黒い何か──私の奴隷が八人、その扉から出てきた。

 この任務の決行前に九人いた奴隷の一人が消息を絶ったので、人数は合致している。

 騎士団長あたりに存在を勘づかれて何人かは削られると思っていたが、どうやら一人も削られずに此処まで辿り着けたようだ。


「っ! 何者だ!」

「襲撃ッ!?」

「慌てるな! 国王様を御守りしろッ!」


 真っ先に動いたのは、やはり国王様を含めた王族達の護衛を担っている者達だった。敵の接近に素早く反応し、あっという間に国王様と王妃様を取り囲んでしまう。

 僅かに遅れて他の貴族達の付き人達が動きだし、主人を守ろうと剣を抜き放って前に出る。

 流石は貴族の護衛を務める者達だ。非常事態への混乱も少なく、行動も早い。

 それに比べると貴族達の方はだいぶ慌てているようだが、それでも悲鳴を上げるだけで逃げ惑うような迂闊な行動は起こさなかった。


 ──しかし、まだだ。


 八人の襲撃者は騎士達が動き出すよりも早く、人には到底真似のできない跳躍を見せた。

 まるであの者達はその場から動いておらず、逆に自分達が立っている床の方が落下しているかのように、あっという間に天井付近にまで到達した八人は、その腰にさされた剣を(おもむろ)に抜き放った。

 あまりの跳躍に貴族はもちろん、護衛の騎士達もが言葉にならないどよめきの声を上げている。

 この状況の中で笑っていられるのは、間違いなく私だけだろう。


 そして八人の剣はそれぞれが別の方向へと、まるで円を描くようにして振るわれた。

 本来ならば虚空を切り裂いて終わる斬撃であるが、それは何処までも遠くまで広がっていき……。


「まさか……ッ!」

「「「──!!」」」

「……くはっ」


 多くの者が何をしようとしているのかを悟ったようで、思わず息が詰まるような声がそこかしこから溢れる。

 ……が、私だけはあまりの愉快さにまたしても笑ってしまった。


 その斬撃は、このホールを照らしているシャンデリアと天井とを懸架(けんか)している金属製の紐を容易(たやす)く切り裂いて、そのまま壁を無惨に(えぐ)った後で消滅した。

 その威力にも驚きの声が聞こえてくるが、それよりも今は既に自由落下を始めているシャンデリアの方を対処しないといけないだろう。といっても、(あらかじ)めシャンデリアの落下地点からは離れている私は、ただその様子を見て楽しむだけなのだがな。


 ガッシャーンッ!


 大きなシャンデリアがかなりの速度で床に落下し、ガラスが割れる音とともにホール内を照らしていた光が一瞬にして消え失せてしまった。

 悲鳴が更に大きくなり、グラスや食器が落下する音が聞こえてくる。

 シャンデリアという大きな光源を失ったことにより、今までその存在が薄れていた、壁に取り付けられている蝋燭(ろうそく)の数々が存在感を露にする。そして他にも、外から月の光が差し込んできて、それによってぼんやりとホールの中を明るく照らしだした。


「あれは……っ!?」


 頼りない光が支配するホールの中で、ふと誰かが声を上げた。

 それはいったい誰の声だったか、そんなものは関係なかった。


「あの耳……」

「まさか……獣人!?」

「一体、どうして……っ?」


 それに追随(ついずい)するようにして、至る場所から困惑の声が聞こえてくる。

 それらの者達の視線の先には、この状況を作り出した張本人である八人の襲撃者が立ち尽くしており、その者達の顔を隠していたフードがとれて素顔が見えるようになっていた。

 貴族達が驚いたのは、襲撃者の正体が獣人だったからだ。

 獣人そのものは別段珍しい種族でも何でもないが、この状況ではとても珍しいという部類に入っても可笑しくはない。


 何故なら、此処は人間の国であり、獣人の国では無いのだから。


 どれだけ現代が対等な種族関係が築かれているといっても、別種族の国でこれほど大きな問題を起こしてしまえばそれ以前の問題だ。

 それも多くの貴族が揃っている場所を襲撃したとなれば尚更だ。

 これだけ条件が重なってしまえば最悪の場合、戦争にも発展する可能性だってある。

 だが、これだけで終わる訳がない。まだ私の命令が果たされていないのだから。


「────」


 襲撃者の一人が、まるで揺らめく炎のように一歩を踏み出した。

 しかし次の瞬間にはその場から姿を消し、ある人物の前に立っていて──。


 ──その人物の胸を、その魔剣によって貫いた。


 刹那とも呼べる程に短い時間だったが、その場は恐ろしいくらいにシンと静まり返り、それはまるで時間が停止したかのようだった。

 しかしそれはやはり錯覚しているだけでしかなくて、残酷にも時というものは進んでいった。

 肉と骨を同時に断つ嫌な音とともに、大量の血飛沫(ちしぶき)が飛び散る。遅れてその者の口から赤黒い血液が吐き出され、綺麗に磨かれている床を彩る。


「……ぁああ……ッ! ……ははは、あははははははッッ!」


 私は耐えきれなくなって、盛大に笑い声を上げてしまった。

 何故なら、血の海と化したその中心に立っている者が……。


 ──フィリア王女様だったからだ。


 つまり、王族。

 私が()()()()()()()、王族の暗殺が達成された瞬間だからだ。

 この瞬間の為に……っ、私はあの下郎共を鍛え上げ、大金をはたいて魔剣を持たせたのだ。

 どれだけの労力を注ぎ込んでこの瞬間の為に尽くしてきた事だろうか……ッ!

 これがもし失敗に終わった場合の対策も念のため用意してあったが、やはり自分の計画通り、思い通りに事が進むというのは何で気持ちの良いものだろうか!


「くくくくっ、あーっはっはっは! ははははははははは──」




「──何がそんなに可笑しいんだ?」




「ははは…………は?」


 気付くと私は、自身の屋敷の前に立っていた。

 つい先程までは感じなかった夜の少し肌寒い微風を身に染みて感じながら、私は何が何だか理解できずに途方に暮れた。


 ──意味が分からない。


 私は、王城で開かれているパーティーに出席していた筈。

 だというのに此処は、王城ではなく王都に構えている私の屋敷の前。

 そして不思議なことに手に持っていたグラス──ワインが注がれていたグラスが、私の手の中からその存在を消している。

 ……どうなっているんだ?


「こ……れは……?」


 何もかもがまるで理解できない。

 どうして私は此処にいるのか? パーティーはどうなったのか? 王族はしっかりと死んだのか? あれは、本当に現実だったのだろうか?

 段々と心が乱れていき、頭の中は疑問符で埋め尽くされていく。

 ……が、そこで私は誰かが声を掛けてきたことを思い出し、自分でも分からないほど妙な冷静さを取り戻した私は、恐る恐る背後を振り返った。


 するとそこには、要注意人物としてマークしていたAランク冒険者──オルフェウスがそこにいた。

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