第十二話 建国祭(最終日) ②
王城にて開催されているパーティーの会場、その真下のホール。
上のものよりかは規模が小さいものの、それでも十分な広さがあり、使用されていない現在はテーブルの一つすら置かれていない。
ただ広い部屋、そんな場所に俺は一人立っていた。
……別に肩身が狭くなって逃げてきた訳では無いので勘違いだけはしないように。
ではどうして此処に来たのか? それはこの場所に、本来ならば招かれざる来客が訪れるからだ。
──ギィィ……。
その時、片方の扉が音を立ててゆっくりと開いた。
それに伴って、俺は警戒心を強める。
「八人……か。ま、その程度の数なら真正面から突っ込むには心許ないだろうな」
姿を消している襲撃者に言葉を投げ掛ける。
少し待ってみたが、相も変わらず静けさだけが存在していて、言葉は返ってこない。どうやら俺との会話に応じるつもりは無いらしい。
話し合いで決着する平和的解決ができれば一番良かったんだが、そう簡単に解決できていればこんなことにはなってないだろうしな。
しかし俺は、再び口を開く。
「だから正面ではなく、別のルートで襲撃しようと計画していた」
これにも反応はない。だが、俺の言葉はしっかりと耳に届いている筈だ。
「それが此処。……いや、この上と繋がっている非常時に使う避難通路だ」
パーティー会場がある上の階層は、あちこちに警備が張り巡らされている。
その中を掻い潜って、更に堂々と正規のルートで殴り込みを仕掛けて任務を達成するのは、流石に姿を消す魔道具を所持していたとしても困難を極めるだろう。
だから別の方法で、誰にも気付かれることなく侵入できる方法をとった。
「あらかじめ此処を通ると知ってなければ、対策のしようも無かったかもしれなかった。しかし実際は俺が待ち伏せていた。──じゃあ、何で俺は知っていたんだろうな?」
そう言って俺は不適に笑い、襲撃者の一人に視線を向けた。
姿はいまだに見えないままだが、そこに何者かがいるのは気配でまる分かりだ。
「……まさかニアが……!?」
「お、やっと反応してくれたな」
顔が見えなくとも、聞こえてきた声色によって相手が驚いているのが伝わってくる。
それはそうだろう。獣人というのは絆や誇りを重んじる種族であり、相手に嘘をついたり、卑怯な手段を用いて相手を貶めるのを嫌う。やるなら正々堂々と正面から……というのが獣人のやり方だ。
だからこそ自分達の仲間である筈の者が、敵である俺に情報を流用したのが信じられないのだ。
「貴様ッ! ニアに何をしたぁあああッ!」
その叫びと同時に、その者は剣を抜き放って駆けてきた。
絶対の信頼をおける仲間の一人が、万が一にも自分達を裏切ることはないと確信していた。それなのに、どうしてか敵に情報が知られている。
そこまでくれば残された選択肢はかなり限られてくるというものだろう。
つまり襲撃を仕掛けた少女──ニアがその標的である俺に捕縛され、酷い仕打ちをされて情報を吐かされたと、奴等はそう考えているのだろう。
此処までの襲撃者の行動が全てが計画通りで、思わず笑ってしまった。
「さぁ?」
此方も刀を鞘から抜き、素早く持ち上げる。
すると刃と刃がぶつかり合う嫌な金属音が鳴り響き、俺の振り上げた刀は火花を散らして何かに衝突したように止まった。
直後、目の前の視界が不自然に揺らいだかと思うと、初日のあの時のようにローブを身に纏った者が現れた。
「くっ!」
以前と違って、完全に剣を受け止められてしまったことに大きく目を見開き驚きながら、すぐさま襲撃者は飛び退いて俺から距離をとった。
あの時は獣人だと知らなかったので少し油断していた節があったが、今回はしっかり対応することができたようだ。
と、余計な解析をしている最中、俺はふと自分の行動に疑問を抱いた。
「……あれ、俺は何で相手を挑発なんてしたんだ?」
……いやまあ、今さら考えても遅いんだけどさ。
戦闘を回避して会話で何とかする平和的解決は無理だと諦めていたが、当初の予定ではもう少し穏便に済まそうと考えていた……ような気がする。
いったい俺は相手を激怒させるような言動をして何をしたかったのだろう?
「ま、何とかなるだろ」
考えても仕方無いと短絡的に割りきって、俺は後ろから迫り来る剣を受け止めた。
背後からの奇襲を仕掛けようとしたのだろうが、敵が八人もいるというのに周囲の警戒を怠る奴なんていないだろう。
そしてこれで、視認できる者が二人になった。
俺は受け止めていた剣を払って、その勢いとともに身体を回転させて蹴りを叩き込む。
「せい!」
「ぐっ!?」
すると襲撃者の華奢な身体はいとも簡単に宙に浮き上がり、吹き飛んだ。
……やべ、やり過ぎた。
と、一瞬だけ加減を誤ったと思い焦ってしまったが、その目の前でクルクルと二回転して見事に床に着地した襲撃者を目にして、その心配は無用だったと悟る。
「はあッ!」
内心ホッとしていた俺に対し、また別の襲撃者が真横から俺の銅を斬ろうと剣を振るってくる。
「ちっ……!」
空気を切り裂きながら進んでくる剣尖を、振り下ろした刀で払いのける。
これで視認できる襲撃者の数がまた一人増えた訳だが、まだまだ見えない敵が五人もいるので、視覚だけを頼っていては足元を掬われかねない。
何度も何度も繰り出される剣撃を受け流しながら、周囲の情報を探る。
「……囲まれてる」
その答えに至ったのとほぼ同時、俺を包囲していた六人の襲撃者が一気に距離を詰めてきた。
俺が一人の相手をしていたのは時間にしてたった十数秒という短い時間だったが、彼等にとってはそれだけあれば十分な時間稼ぎだったようだ。
流石は王族を殺すために鍛えられただけはある。
……だけど。
「…………仲間ごと、俺を斬るつもりなのかよ」
奴等がしようとしているのは、確かに有効な手段かもしれない。
このままいけば俺はいくらか剣撃を弾いたとしても、完全に捌ききることは困難だろう。そうすれば捌ききれなかった剣が俺の身体を切り裂いて、多少の怪我を負わせるのは明白だ。
だけど、それを成し遂げる為に仲間を一人犠牲にするのは、俺にはどうしても理解できない。それ以前に理解したくもない。
何故そう簡単に仲間を犠牲にしようとするんだよ……ッ!
──瞬間、剣を振り下ろしかけていた六人の身体が突然吹き飛んだ。
六人の身体は勢い余ってそのまま壁に激突し、ガラガラと音を立てて崩れ去る壁がどれ程の威力をもってそれが成されたのかを物語る。
新たに四人が視認できるようになり、壁に激突した六人は口から血反吐を吐きながらその場に崩れ落ちた。
それぞれが身体のどこかしらに傷をつくり、そこから少なくない量の血液が流れ出る。
「きっ、貴様っ……ぐっ!?」
瞬く間に仲間を壊滅されられたことに僅かに呆けていた襲撃者が、遅れて状況を理解し斬り掛かろうと剣を突き出してきた。
だがそれは感情に任せての攻撃だった故にあまりに見切りやすく、余裕をもってそれを回避した俺は少し強めに拳を突き出した。
これで七人の襲撃者の無力化に成功し、残りは最後の一人だ。
一人別行動をしていた襲撃者は、他の者達が俺を足止めしている隙に避難経路に向かっていたようで、既にホールの端まで移動していた。
俺の場所からはかなり離れてしまっていて、普通の方法では追い付くなど到底不可能だろう……が。
「──行かせねぇよ」
「!?」
時空魔法の『テレポート』によって行く手を阻んだ俺は、すぐさま蹴りを繰り出す。
まさか俺がこのような手段を持っているとは知らない襲撃者は、突然の事だったのでその蹴りを回避することが出来ず、また防御をとる余裕もなく直撃した。
「……なあ」
襲撃者全員を無力化した後で、俺は静かに声を発した。
ある一人の前に立った俺は、戦闘によってフードがとれてはっきりと顔が見えるようになった襲撃者を見下ろしながら言葉を紡ぐ。
「何でお前らはさ、仲間ごと俺を殺ろうとしたんだ?」
「……貴様には関係無い」
俺には関係無い……か。
確かに俺がとやかくいうような事ではないのかもしれないが、だけどそれでも……。
「関係無い訳無いだろうがッ!!」
「っ!?」
俺が発した怒号に、襲撃者の男は息を詰まらせた。
離れた場所にいる襲撃者達も俺の様子に驚きを覚えているようで、それと同時に〝どうして〟という疑問も抱いているようだ。
まあ、何も知らないんだからそういう反応をするのも仕方無いだろうけど。
「ニアと約束してんだよ、お前らを絶対に殺さないって」
「…………は?」
俺が何を言っているのか、直ぐには理解できないでいる獣人の男。
「お前、さっき俺に訊いたよな? ニアに何した、って」
「あ、あぁ」
その言葉を聞いた後で、俺は一呼吸おいて口を開いた。
「それ、今答えてやるよ。俺は、ニアを奴隷から解放した」
「っ!」
信じられない、とでもいいたげな様子でその男は目を見開いた。
それを見据えながら、亜空間からあるものを取り出す。
「後、これを回収させてもらった」
「それは……、……っ!」
パキンッ……とその場に響いた剣が砕け散る音で、男は途中で言葉を失った。
俺が亜空間から取り出したものというのは、ニアが所持していた不完全な魔剣。
それを目の前で壊して見せたのだ。
「お前達の魔剣も破壊させてもらう」
そう言って俺は指をパチンと鳴らした。
すると、八人の手に握られていたニアのもの同様不完全な魔剣が、何の前触れもなしについ先程のニアの魔剣のように砕け散った。
「こ……れは……」
柄だけになってしまった魔剣だったものを見下ろしながら、獣人の男は声を震わせて何とか言葉を口にする。
しかしそれはぎこちないもので、まだ情報の整理ができていないように見受けられる。
でも、これだけは伝えておこうと、俺は再び口を開いた。
「安心しろ、ニアは無事だ。そしてお前達も、俺が救ってやるから」




