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第十二話 建国祭(最終日) ①

 あれから何事もなく建国祭は続いていき、遂に今日が最終日の夜となった。

 本当に今日で祭りは終わるのか? ……という疑問を抱くくらいに、最終日にも拘わらず多くの人で王都は溢れ返っている。これ程の盛り上がりなら、例え祭りが終わったとしても暫くは続くんじゃないだろうか?


「こんな所でどうしたんだい? オルフェウス君」


 バルコニーに出て外の様子を眺めていた俺に、ふと後ろから声を掛けてくる者がいた。


「少し考え事を。ネオルさんこそどうしたんですか?」

「一人でいる君を見付けたものだからね」


 なるほど。

 つまりボッチでいる俺を見付けて憐れに思って、こうして励ましてやろうとやって来た。

 ……と、相手がルシウスとかなら思っていただろうな。


「……本当に君一人で大丈夫なのかい?」


 俺の隣までやって来たネオルさんが、少し不安そうな面持ちで訊いてきた。


「何ですか、心配してくれているんですか?」

「心配してない、と言えば嘘になるだろうね」


 つまり、心配してくれているという事か。

 ネオルさんのその気持ちを知れて、俺は少しだけ嬉しくなってしまう。


「ま、私なんかよりフィリア様の方がずっと心配しているだろうけどね」


 そう言ってネオルさんは此方に微笑みかけてきた。

 それに俺は言葉を返すことが出来ず、思わず自分から視線を外してしまう。

 すると視線の先にちょうどフィリアを発見してしまい、僅かに心が動揺してしまう。相変わらずフィリアは人気者のようで、その周りには多くの貴族達が集まってきている。

 フィリアはいつものように笑顔でそれらの者達に接していて……とその時、かなり距離が離れているにも拘わらずフィリアと目が合った。


「……いや、フィリアは心配なんてしてませんよ」


 目が合ったのはほんの一秒にも満たない間でしかなかったが、それでも俺はフィリアが今どんな気持ちでいるのか、十分すぎるほどよく分かった。

 まあ人の気持ちなんてものは、他人が理解できるような簡単なものではないという事くらい知っているので、唯の自分勝手な意見、若しくは思い込みでしかない。

 だから、フィリアは心配なんてしていないというのも、本当は的外れなのかもしれない。

 でも……。


「フィリアは、俺を信じてくれている、そう思います」


 俺はネオルさんの方へと身体を向けて、そう答えた。


「……はっはっは! そうだな、そうに違いない! それにもしかしたら、心配していたのは私だけかもしれないな!」


 俺の言葉を聞いたネオルさんは、一本取られたとばかりに片手を頭に持っていってそう言った。


「では私は戻るとするよ」

「はい。──こっちも仕事の時間のようですし」




 ──此処は城と城門との間に設けられた敷地。

 そこには何十人という兵士や騎士達、魔法師達が待機しており、それぞれが自分の与えられた持ち場で厳戒態勢を敷いている。

 その場を含め王城の周囲にはいくつもの篝火(かがりび)()かれており、いつもは夜空に浮かぶ月の光が控えめに照らすものを、それによって一段と強く照らしている。

 空を見上げると、僅かに届いた篝火の光によって鈍い光を反射させている、十メートルはあるであろう生命体が悠然と飛んでいる──ドラゴン。

 その数は視界に入るだけでも五、六体はいるであろうことが推測できる。


 まさに完全防備といって差し支えないだろう。


 この厳重な警備の中を掻い潜って王城の中へと侵入するのは、現実的に考えれば即時に不可能だと悟ることだろう。

 地上からも、空からも、どちらを取ってもそれは揺るがない。

 もしこのような場所に潜り込もうと企む(やから)がいたとしても、隙の無い厳重な警備を目にした後では尻尾を巻いて逃げるしかないだろう。

 兵士に気付かれる前に一刻も早くその場から離脱し、どうして自分はこんな馬鹿な行動を起こそうとしてしまったのだろう。……と、そうやって自分がどれだけ愚かだったかを悔いて頭を抱え、若しくはこれが何かの依頼だった場合、手柄をあげずにのこのこと帰って来た自分は一体どうなってしまうのか……と、恐怖するしかない。

 だがそれもこれも、最終的な決定権が自分にあるからこその行動だ。

 何かを依頼されていたとしても、結局どうするかはその依頼を請け負った者が決めるもの。

 あまりにも大きい危険を(おか)して踏み込むか、(きびす)を返して諦めるか。最後の最後で決めるのは、紛れもない己自身なのだ。


 ならば、その決定権が与えられていない者は?


 ──答えは、考えるまでもない。




 パチパチと僅かに火花を散らして篝火が燃える音と、微風によって芝生がさらさらと(なび)く音の二つが支配するその空間に、小さな足音を連れて何者かが近付いてきた。

 その存在に、その場にいる殆どの者が気付かない。

 ……いや、気付けないといった方が正しいのかもしれない。

 何故ならその者達の姿は、誰一人として捉えることが出来ないのだから。


「……来たか」


 ふと、誰かの声が微風に溶けた。

 その者は騎士と似たような鎧を身に付けているが、明らかに唯の騎士とは思えない、歴戦の戦士のような雰囲気を漂わせている男。

 呟きは一瞬によって掻き消されてしまった為、誰の耳にも届くことは無かったが、しかしそれでもこの者が何者かの接近に気付いているのは間違いない。

 どうやら何者かの接近に気付くことが出来たのは、この男だけしか居ないようだ。

 しかしどうしてか、男はそれ以降その口を開くことはなく、ただ静かに立っているだけ。


 明らかに異常だ。


 普通、何者かの接近に気付いた時点で、周囲の兵士や騎士に情報を伝達するのが当たり前の行動であろう。

 にも拘わらず、この男は何も言わない。ただただ静かに何者かの接近を許しているだけ。

 もしそれが自身の仲間であったり、何の害のない者だと確信しているのならば納得はできる。

 だが今回の場合は、相手の姿が見えないというあまりにも不自然な状況。

 姿を隠しているということはつまり、少なくとも友好的な関係を持とうと考えていない証拠であり、警戒するに足るということだ。


 唯一自分達に気付いた男が何も言わなかったので、その者達は堂々と城門を通って侵入してきた。

 その時、一番近くにあった篝火が不自然な揺れかたをしたが、近くに待機していた兵士は少し首を傾げるだけで、それ以上のことは無かった。


 小さな足音は前へ前へと進んでいき、遂にあの男の前までやって来て、──通りすぎた。


 この男は存在に気付いている。

 なのに、どうしてこうも呆気なく己の先に行かせてしまったのか。

 王国の騎士ならば、王国に降り注ぐ火の粉は払わなければならない筈。

 なのに、それをしなかった。


「──全く、後味悪いな」


 男は苦笑いとともに目を閉じ……。


(頼んだぞ、──オルフェウス殿)




 こうして、王国騎士団団長グラデュースは、()()()()()()()

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