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第十一話 建国祭(五日目)

「……ぅん……んー……。ふぁ~~、……朝?」

「ああそうだよ朝だよあれからもう一日近く経ってるよ」


 とても気持ち良さそうに朝を迎えた少女に対して、俺は早口でそう言った。

 昨日、少女は泣き疲れてそのまま眠ってしまった。

 その前にかなり長い時間ぐっすりと熟睡していたので、このまま二度寝をさせてもどうせ直ぐに起きるだろうと思い、ずっと椅子に座って起きるのを待っていた。……のだが、この少女は全くといっていい程まるで起きるような感じはなく、現在に至るという訳だ。

 その間に俺はフィリアの護衛としてパーティーに参加したりしていたのだが、まあその話は関係ないので置いておく。


「なっ、おっお前! 何故ここにいる!?」


 驚かせてしまったらしく、少女はベッドの上で後退りながら言った。

 そんな少女を俺はジト目で睨みながら口を開いた。


「……何故って、此処、俺の部屋なんだけど? 寝起きで寝惚けてるのか?」


 因みにいえば、この宿のこの部屋は一週間くらい俺が泊まっているものなんだが。


「……へっ? ……あっ、その、ごめんなさい」


 漸く自分の状況が理解できてきたようで、少女は申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「素直で宜しい。……というか君、随分俺を警戒しなくなったな?」


 俺の言葉に、少女はキョトンとした顔になった。

 あまり自覚が無いのかもしれないけど、昨日の様子と今の様子を重ねてみれば、昨日とは目付きも態度も言葉遣いも大違いだ。

 寝ていただけだと思っていたが、何か心境の変化でもあったのだろうか。


「……そう、ですね。あなたからは敵意を感じませんし、こうして私を拘束しないで、ベッドで寝かせてくれて……っ!」


 少し考えた素振りを見せた少女は、落ち着き払った様子で話し始めたが、不意にハッとした表情になったかと思うと、顔を真っ赤にさせて(うつむ)いてしまった。

 一体どうしたのか、そう思って声を掛けようとしたその時、少女がとんでもない事を口にした。


「……そのー……、私が寝ている時に、……えっち……な事とか、してませんよね……?」

「──してねぇわッ! お前俺のこと何だと思ってる訳!?」


 こいつはっ、こいつはいきなり何を言い出すんだあああああ!?

 俺ってばこう見えて結構な年生きてるし!? ちゃんとそういう線引きは(わきま)えてるしっ!?

 ここまで運ぶときにちょっと胸に手が当たったくらいで、それは不可抗力ってものだし!? それ以外はなんもしてないしっ!?


「さっ、触ったんですか!?」

「────」


 口に出てたああああああああああッッ!?!?

 嘘だろ……、どうしてこんな時に限って俺はボロを出してしまったんだ……!

 いったい俺はどこからどこまで口にした!?

 いや、今はそんなやってしまった事を今さら考えてる場合じゃない! いま最も重要なのは俺が口走った事実に対しての反論……!


「でっでででも! ほんの、ホントにちょぴっとだしっ? そんなの誤差というか……」


 そうだ。

 本当にちょっと、抱き抱える時に触れてしまった程度なんだ。そんなの、広く捉えれば触っていないのと殆ど、いや全く変わらないじゃないか!

 それに此処まで運ぶ過程で起きた偶発的なものなんだし、ちゃんと説明してやればこの子も俺が悪くないと分かってくれる筈……。


「触ったのと触ってないのじゃ大間違いですっ! 酷いです! 最低です! 少しでも好い人かもと思った私がバカでした!」


 グサグサグサ!

 少女の言葉が俺を突き刺した。す、凄い言われようだな、俺。

 そんなに容赦なく言われると流石に心にくるものがあるというか……。


「そ、そこまで言わなくても……」

「いいえ言います! あなたは何も分かっていません! そもそも──」


 ぐぅ~~。


 ピシィっと俺に指を指して更に言葉を紡ごうとした少女だったが、そんな時に誰かのお腹が鳴る音が部屋に響いた。

 この場の空気をまるで読めていない空腹を知らせる音によって、その音の発生源である少女の身体は凍り付いたように固まってしまう。

 すると俺に対する怒りによって鋭い目付きなっていた少女の顔は、みるみる内に羞恥を含むものへと変化して、真っ赤になった顔を隠すように下を向いてしまった。


 ──チャンス!


 この状況なら話を逸らす……ではなく、話を穏便に決着させることが出来るかもしれない!


「あ、あー、何か腹減ってきたなー?」


 態とらしい切り出し方だが、少女の可愛らしい獣耳がピクリと反応した。

 これは……勝ったな。


「そういえばさっき屋台で肉まんってやつを買ったんだが、君も食べるか?」


 亜空間から肉まんの入った紙袋を取り出し、これ見よがしにちらつかせる。

 するととても嬉しそうに少女が下を向いていた顔を持ち上げた……が、ここで食べ物を餌にまんまと釣られてしまったという事に気付いたようで、目を固く閉じて首を左右に振った。

 ちっ、惜しかったな。でももう少しだ。


「わ、私はいいです。あなたが買ったものですし、私はお腹が空いてません」

「そうなのか? でもさっきグーって……」

「──鳴ってません。聞き間違いじゃないですか?」


 この部屋には二人しか居ないのに、いったい何を聞き間違えたというのだろうか。

 という突っ込みはせずに、俺は袋の中から肉まんを一つ取り出す。


「そうか」

「そ、そうです」


 ……はあっ、別にそんな強がらなくても良いのに。

 まあそうやって意地を張りたくなるのも分からないでもないけどさ。

 何せ俺の命を狙っていたんだから、その対象に食い物を貰うというのはプライド的な何かが働いて許せなかったのだろう。

 しかしだからといって、俺も引き下がる訳にはいかない。

 何故ならこの子はもう一日以上も何も口にしていないんだから、口ではああ言っているものの本当は腹が減っているのは間違いない。


「ちょっと買いすぎたから君にも食ってもらおうと思っていたんだけどな~?」


 そう言って俺は手に持っていた肉まんを口に運ぶ。

 すると、どうやらその一言は効果覿面(こうかてきめん)だったようで……。


「そ、そうなのですか? そういう事なら協力しても……でっ、ですが、私はお腹が空いていませんし……」


 ──イラッ。


「良いから食えよッ!」

「むぐっ!?」


 頑なに自分はお腹が空いてませんアピールをする少女に苛立ちを覚えた俺は、素早く袋から肉まんを取り出し、有無を言わさずその口に肉まんを()じ込んだ。

 突然のことだったので反応できなかった少女は混乱して、言葉を紡ごうとするも捩じ込まれた肉まんの所為で口をもごもごと動かすだけにとどまる。

 しかし、それは一瞬だけであって……。


「もぐもぐごっくん」


 美味しそうに肉まんを腹に収めてしまった。


「いきなり何するんですか!」

「完食してからそれ言うか!?」




 ──それから暫くして、俺達は袋に入っていた肉まんを完食した。


「さて、飯も食ったし、そろそろ君の話を聞かせてくれないか?」


 空になった袋をくしゃっと丸めてゴミ箱に投げ捨てながら、俺は本題を切り出した。

 本当なら昨日の内にこの話をしたかったのだが、起きたと思ったらまた直ぐに寝てしまったのでこんなに遅くなってしまった。


「……それを聞いて、どうするんですか」

「どうするかは、聞いた後で決める」


 情報の少ない現状では判断がつけ難い。

 俺を殺しに来たのだって本命では無いようだし、せめて本命だけでも聞き出したい。


「……分かりました。ですが、一つだけ条件があります」

「条件?」


 意外とあっさり教えてくれるんだな。

 まだ条件というものを聞いていないが、それがかなり困難なものだから……なのかもしれない。

 まあ、俺を殺しに来た者の口からそう簡単には聞き出せないのは承知しているが、一体どんな条件を突き出してくるのだろうか。

 取り敢えずは聞いてみるしかないけど。


「私の仲間を一人も殺さないこと」

「君の仲間……ってことは、みんな奴隷だったりするのか?」


 俺の問い掛けに少女が頷いた。

 この少女の仲間を一人も殺さないことが条件……か。

 聞く限りでは大した条件では無いように思えるが、その対象が奴隷というのならば話は別だ。

 奴隷ということはつまり、主がいるってことになる。もしその主が命令して戦闘にでもなれば、絶対に殺さないと約束できるかと訊かれたら、正直にいうと少し怪しい。

 しかし、それが出来なければ教えれくれないのなら……。


「分かった。約束する」


 最悪、俺が手を出さなければ良い話だしな。

 俺の返事を聞いた少女が暫く無言で見つめてきた後、ゆったりとした口調で話し出した。


「……私たちの目的は、──王族を殺すこと」

「なっ!?」


 王族を、殺す……? この子の主とやらは随分と突拍子のないことを計画しているんだな……。

 だがこれを聞いたことで合点がいくこともある。

 俺は今、フィリアの専属騎士として護衛についている。つまり俺がいれば計画が失敗する可能性があるから、一人のところを狙って襲撃したという事だろう。

 以前の襲撃者が俺を見逃したのは、恐らくその情報を入手していなかったからだと推測できるしな。


「理由は分かりません。でもこの任務を達成したら、私たちを奴隷から解放すると主は言いました」

「…………」


 奴隷を騙す言葉という可能性も無いことには無いが、その言葉には嘘はない……と思う。

 王族を暗殺すれば間違いなくこの国は混乱するし、直ぐに調査に乗り出すことだろう。

 そしてもし犯人……つまり少女達が捕まれば、隷属の首輪によって主の特定が行われる。そうなれば間違いなくその者は捕まり、確実に極刑に処される。

 それを回避する為に奴隷から解放するのは、至って当然の選択だろう。奴隷から解放してしまえば足が付くことは無いし、問い詰められてもしらを切ることが出来るからな。


「任務が遂行されるのは五日後に王城で行われるパーティーです」

「……最終日か」


 あのパーティーには王様に王妃様、フィリア、ルシウスと四人の王族が出席する。

 襲撃をするのには絶好のチャンスといっても過言ではないだろう。


「でもあそこはかなり警備が頑丈だぞ? どうやって潜り込むつもりなんだ?」

「主から、姿を消す魔道具を与えられています」

「あの時の……」


 そういえば、建国祭の初日に俺を襲撃してきた奴は何かで姿を隠していたな。

 てっきり別の誰かに姿を消す魔法を掛けてもらったとばかり思っていたが、あれは魔道具によるものだったんだな。

 でも、何かに接触すれば魔道具の効果が切れるのはもう知っているし、あれで消せるのは姿だけ。つまりそれさえ対処すれば後は無力化させるだけってことだ。


「私が知っているのはこのくらいです」

「ありがとう、十分だ」


 これだけの情報があればいくらでもやりようがある。


「それで……、約束は」

「分かってるよ。誰も殺さない」


 それが条件なんだからな。

 でも、話を聞いてそれ以外にも理由ができてしまった。


「汚い仕事は全て奴隷にやらせて高みの見物を決め込んでいる奴を一発殴って、全員を奴隷から解放すれば良いんだろ?」

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