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第九話 建国祭(三日目) ②

「さて……と。どうしたもんかな」


 身体強化を解除して刀を鞘に収めると、少し困ったように呟いた。

 視線の先には気を失って倒れている、恐らく少女であろう者が一人。

 流石にこのまま此処に寝かせておく訳にはいかないし、かといって起こしてしまったらまた面倒な事になるのは間違いない。


「取り敢えず武器を……っ!?」


 もし目を覚まされてしてしまった場合に備えて襲撃者の得物は回収しておこう──そう思って視線を向けた俺は驚愕してしまった。

 普通、使用者が自分の意思で魔剣に魔力を流すものだが、目の前にあるそれは違ったのだ。


「魔剣が……魔力を吸い上げている……!?」


 そう。魔剣が、使用者から魔力を吸い取っていたのだ。

 使用者が意識を飛ばせば、それと同時に魔剣への魔力の供給は途絶える筈。

 にも拘らず、目の前の魔剣は気絶した使用者からいまだに魔力を吸い取っている。

 ここで俺はふと、ある疑問が脳裏をよぎった。


 ──もし使用者の魔力が尽きたら、いったい次は何が吸われてしまうのだろう。


 使用者の意思に関わらず魔力を吸い上げる魔剣は、恐らく手放さない限り際限なくその行為を継続するだろう。

 ならば使用者の魔力が底をついたら?

 そんなの、考えたくもない。──考えたくないのに、もう答えは出てしまっている。


「……取り敢えず、移動するか」


 襲撃者から取り上げた魔剣を亜空間に仕舞い、俺はその小柄な身体を持ち上げる。

 すると深くかぶっていたフードがぱさりととれて、襲撃者の顔を露にした。


「──っ!?」


 その顔を目にしたとき、思わず小さな声を上げてしまった。

 いや、正確には顔ではなく首ではあるが、今はそんな事などどうでも良い。


「……奴隷、だったのか。……それに、獣人……」


 襲撃者は、奴隷だった。それは首に付けられている隷属の首輪を見れば一目瞭然だ。

 そしてもう一つ、襲撃者は獣人だった。獣人族は人よりも身体能力が圧倒的に高く、他にも視力に聴力、それに嗅覚といったものがとても優れた種族だ。

 だから、あれだけ身軽だったのか──と、俺は一人納得する。


 ──数分後、宿に戻って来た俺は獣人の少女をベッドに寝かせた。


「…………」


 魔王が倒されて平和を取り戻した世界では、勇者の指導の元で多くの改革が行われた。

 その一つに、獣人の権利の保証というものがあるらしい。

 それまで獣人はどの種族からも酷く迫害され、人とは違った耳、尻尾、翼などの所為で魔物と同列に考えられていた時期もあったとか。

 俺が生まれた場所は田舎だったのであまり獣人を悪く見るような事はなかったので、若い頃はそんな事などまるで知らなかった。俺達にとって獣人はとても心強い人手だったし、人にはない戦闘能力があった。

 しかし俺も成人して、念願の冒険者になって町に出たときに、漸く獣人が世間一般でどのような扱いを受けているか理解できた。──いや、思い知った。

 人々はまるでゴミを見るような目で獣人を(さげす)み、非道な扱いをしていた。しかも獣人というだけで全てが奴隷に堕ちにされて、見せ物みたくいたぶられる。


「……花火、か」


 不意に外からドーンッという空気の読めない大きな音が聞こえたので、何事かと窓を見ると、空にはキラキラと光輝く美しい花が咲き誇っていた。

 そのまま暫く窓の外に視線を向けていると、次々と夜空に大きな光の花が生まれて、ゆっくりと闇の中へと溶けるように消えていってしまう。

 花火なんて生まれて初めて見るのに、別のものに感情を支配されている所為で、何も感じない。

 【魔界】に行く前の記憶なんてもう二十年も前なのでうろ覚えではあるが、それでも言葉にできない怒りを覚えたのは今でも覚えている。

 その扱いを正すために勇者は、人族、エルフ族、ドワーフ族という既に確立している種族に加えて、新たに獣人族という種族を確立させたのだ。そして新たに加わった種族を合わせて四つの種族はみな対等の関係にあるとした……らしい。

 【魔界】から戻ってきて獣人が人の生活に溶け込んでいるのを見たときは、夢なんじゃないかとも思ったくらいだ。


 ──それでも、奴隷の制度は今も健在だ。


 別にそれ事態に文句をいうつもりはない。

 ちゃんとした規律に基づいているのなら悪いとも思わない。

 でも、何の罪もない人が非合法な方法で奴隷にさせられたり、酷い仕打ちを受けているのならばその限りではないが。

 要する、にこの奴隷の少女がまともな扱いを受けているかどうか、という事だ。

 奴隷には拒否権はない。(あるじ)から命令されたことは絶対であり、それを(こば)めば隷属の首輪によって強制的に操られてしまう。

 この少女は、はたしてどうなのか……?


 夜空を彩る花火を眺めながら、俺は呆然と考えていた。

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