第九話 建国祭(三日目) ①
「師匠ー! こっちですよー!」
その声に反応して視線を向けると、そこには此方に大きく手を振っているセトの姿があった。
それを見付けるや否や、俺は混雑している人混みの中を縫うようにして進んでいき、漸くセトと合流することに成功する。
「遅れて悪いな」
既に俺以外のメンバーは集まっており、俺が最後だったようだ。
メンバーというのはセト、ナディア、アリシアのことだ。
セトと行動を共にする時は大体このメンバーになるので、セトと二人で何かをするということは今まであまりした事がない。
それに最近はナディアもアリシアも普通に接してくれるようになったので、無言という気不味い空気にはならなくなったしな。
「いえ! 僕達もついさっき来たとこですから! さあっ、行きましょう!」
──そうして、建国祭三日目が始まった。
◆◆◆
その夜。
セト達と別れた俺は、自分の宿に帰ろうと人影のない路地を歩いていた。
(今日は楽しかったな……)
やっぱり一人で行くより、誰かと行く方が圧倒的に楽しい。
今日の出来事を一つ一つ思い出しながら俺は心の中でそう呟いた。
思い返してみれば、依頼などで一緒になることはあっても、こうやってただ遊ぶためだけに集まったのは初めてかもしれない。
(たまには、こういうのも……、……ッ!?)
──悪くない。
直後、背後から何かが此方に向かって飛来してくる風切り音が聞こえてきた。
その存在に気付いた瞬間から既に俺の身体は回避行動を取ろうと動いており、俺が咄嗟の行動で横に跳ぶと、数瞬前まで俺がいた場所に月の光に怪しく反射するナイフが通りすぎた。
(襲撃!?)
ナイフが飛来してきた方向に目をやると、そこには一人のローブで身を隠した者がいた。
あたりは段々と薄暗くなってきている所為ではっきりとは見えないが、それでもあのローブには見覚えがあった。
(あの時の……いや、違う)
建国祭が始まった初日に襲撃してきた男と同じローブを身に付けているので同一人物だと思ったが、腰にさしてある剣の大きさ、そして身長が低いという違いから、目の前の者は別人だと判断する。
だが、全く関係のない者かといえばそれは違うだろう。
俺は警戒心を一層に強め、亜空間に仕舞っていた刀を取り出す。
「俺に何の用だ!」
勿論、正直に答えてくれるとは思っていない。
しかし以前の襲撃から、いったい何をしたいのか疑問に思っていた。襲撃してきたにも拘わらず結局どうこうするもなく姿を眩まし、今度は別の者が俺を襲撃しに来た。俺が標的ならばあの時点で拘束するなり、殺すなりするのが襲撃者の役目だろう。
だというのに、あの時は何もせずに姿を消した。
ならば真の標的は別にあって、俺はそれに何か関わりがある人物ではと考えられるが……。
「任務遂行に差し障りが生じる可能性があるため、──殺しに来た」
「……!」
思わず、襲撃者の声が少女のそれだったという事と、俺を明確に〝殺しに来た〟という宣言に対して反応してしまう。
だが、どうやら俺の読み通り真の標的は他にあるらしい。では一回は見逃した相手を、どうして今度は殺しになど来たのか?
そして任務ということは、誰かからの依頼を受けているという可能性が高い。
「へぇ……、その任務ってのは何なんだ?」
「死ぬ人には関係の無いこと」
今後の為にもできるだけ有益な情報を手に入れたかったのだが、やはりそう簡単にはいかないようだ。
ならばやることはただ一つ。
俺は静かに鞘から刀を抜き放った。
「抵抗すると、楽に死ねない」
「そもそも死ぬ気なんで微塵もない」
間髪入れずにそう答え、此方から攻撃を仕掛ける。
襲撃者に接近し、容赦なく刀を振るう。
「……!」
しかし襲撃者は軽い身のこなしで跳躍し、あっさりと避けてしまった。
そして建物の屋上に着地して此方を見下ろしてくる。
……こいつもだ。レベルが四桁に突入しているのなら理解できないでもないが、垂直跳びで十メートル前後をいとも簡単に跳んでしまうのは常人では到底考えられない。
しかし、このくらいならば俺でも──。
「……っふ」
両足に力を込めて大きく跳躍すると、あっという間に十メートルに到達して建物の屋上に届く。
衝撃を吸収するために曲げていた膝を伸ばすと、一息つく間もなく襲撃者が襲い掛かってきた。
「くっ!」
俺の首を飛ばすつもりで放たれた短剣を直前で刀で受け止め、そのまま鍔迫り合いに持ち込む。
(こいつの剣……!)
暗がりでよく見えなかったので気付かなかったが、この者が持っている短剣は魔剣だ。
しかも、またしても不完全な状態の、だ。
あんなものをまともに使うことなんて出来るのだろうか。
「そんなもの使って、身体は大丈夫なのか?」
不完全な魔剣を使うということは、必然的にその不完全な部分をそれを使う使用者が穴埋めしなくてはならなくなるということだ。
その穴埋めによっては、使用者の身体が崩壊しかねない危険だって伴う筈。
「──ッ!?」
そして襲撃者の反応から、少なくない代償を払っていることは間違いないだろう。
「黙れッ!」
襲撃者はその事実を忘れようとするかの如く、不完全の魔剣に魔力を注ぎ込んだ。
すると魔力が込められた魔剣は次第に怪しく光りだしたかと思うと、その光が流れるようにして使用者にも送られていく。
あれは恐らく魔剣や聖剣など特殊な剣が持つ能力の一つで、使用者の身体能力を強化してくれるものだろう。
その証拠に襲撃者の力がぐんと跳ね上がり、徐々に俺が押され始める。
「……悪いが、お前に俺は殺せないよ」
このままいけば俺が一方的に押されてしまうのは免れないだろう。
しかしそれは俺が何一つ抵抗しなかった場合であって、勿論そんな襲撃者に対して情けをかけるような事をする道理はない。
なので此方も身体強化を使って対抗する。
押され始めていた刀に更に力を込め、それを振り出しまで押し退ける。
「ちっ!」
襲撃者は押しきれないと判断したのか、短剣に込めていた力を抜いてパッと身を引いた。
普段なら逃げられないように追撃しようと行動を起こすが、今回に限っては襲撃者が決して逃げないと確信しているので此方からは動かない。
「──!」
その余裕のある態度に不満を覚えたのか、襲撃者は身体を屈めて勢いよく跳んだ。
しかしそれは俺を目指してではなく、真上に、だ。
まるで重力が無くなったかのように宙を舞う襲撃者が月に重なり、上昇の勢いがゼロになる。
そしてゆっくりと自由落下に転じていき、今度こそ此方に向けて迫ってくる。
「はああああああッ!!」
魔剣にありったけの魔力を注ぎ込みながら俺の元へと落下してくる襲撃者を見上げながら、此方も迎撃しようと刀に魔力を込める。
──だが、俺はすぐに込めた魔力を霧散させる。
「そんなのやったら、ここら一帯が半壊するだろ……!」
今は建国祭の最中、こんな時に問題を起こしてしまったら俺がフィリアに怒られてしまう。
──そういう口実にしておいて、俺はある魔法を発動させる。
魔法を発動させた瞬間、俺は襲撃者の視界から姿を消した。
「……なっ! 消えた……っ!?」
その時にはもう、俺は襲撃者の背後にいた。
「殺さないから安心しろ」
「──ッッ!?」
そう言って俺は、一人の少女の意識を刈り取った。




