第八話 建国祭(一日目) ⑦
「はっはっはっはー! 来てやったぞ!」
どうにも小生意気そうな雰囲気のある十二、三歳ほどの少年は、ふと立ち止まったかと思うと腰に手をあてて見た目通りの小生意気なことを口にしながら豪快に笑った。
その高笑いをしている少年の後ろからは三人の専属騎士らしき者が着いてきており、三人ともかなり戦い慣れしていそうに見受けられる。
「はぁっ、来てしまったか……」
と、すぐ横から長い溜め息が漏れた。
「あいつ……、あの少年の事を知っているんですか?」
「嗚呼、此処に帰ってくる前は帝国に居たのでな」
ルシウスは天を仰いだ後、項垂れるようにしてそう言った。
確かルシウスは以前どこかの国に赴いて視察をしていたとか、王様から貰った手紙に書かれていたような気がするな。その話をしたという事はつまり、目の前の少年がその国の関係者だということだろう。
だがルシウスが怠そうな顔をしているという所を見るあたり、何となく穏便には事が済まされそうにない予感がするのは気の所為……だと俺は信じたい。
「おー! ルシウスではないか!」
少年がルシウスの存在に気付き、嬉しそうに小走りで近寄っていった。
「お久し振りですねレオバルド殿。お元気そうで何よりです」
「うむ! それにしてもルシウスはいつも堅いな~、俺の事はレオで良いって言ってるではないか!」
「いえ、遠慮しておきます」
「良いから良いから~。ほれ、一回言ってみろ!」
「お断りします」
「俺が良いと言っているのだぞ?」
「い、や、です」
いつもと変わってとても礼儀正しい言葉遣いで接したルシウスの言葉をまるで意に介さず、レオバルドと呼ばれた少年はバシバシとルシウスの肩を叩いる。
……うん、どうやら見た目通りの精神年齢のようだな。貴族を見ていると誰もかれもが堅苦しい言葉遣いしか使っていないので、こういった軽い調子で話し掛けてくれるような人には俺は少し好感が持てる。
まあ、あれはちょっとしつこいと思うけどな。ルシウスがあからさまに嫌がるのも何となく分かるかもしれない。しかも周囲には貴族が大勢いるので、例えこんな相手であってもおざなりに済ませてはいけないというのはかなりやりづらい事だろう。
レオバルドと呼ばれた少年が自由なのは、何でも自分の思い通りに育ってきたからこその弊害なのかもしれないな。
「む~、頑なだなルシウスも。──それで、ルシウスの隣にいる奴は誰なのだ?」
おっと、どうやら此方に飛び火が来てしまったようだ。
ルシウスの周囲には運悪く俺一人しか居ないので、俺ではないということはまず無いだろう。
……よし、無視しよーっと。
「お、あのパスタ美味そー」
近くのテーブルに置かれてあるパスタに視線を向けて〝俺関係無いアピール〟をしつつ、この場から離れようと軽い足取りで……。
……立ち去ろうとした時、不意に後ろから誰かの手がニュッと伸びてきて、既にテーブルの方へと歩き始めていた俺の肩をガシッと掴んできた。
その後すぐに浮遊感が俺を襲ったと思ったらそれはすぐに無くなり、俺はつい先程まで立っていた場所に舞い戻っていた。
「紹介しましょう。この者はオルフェウスと言いまして、私の妹のフィリアの専属騎士をしている者です」
ルシウスはとても良い笑顔で俺の事をレオバルドに紹介した。
「……どうも」
この野郎なにしてくれてるんだよ!? 勝手に俺を巻き込みやがって……!
そんなルシウスの行動に不機嫌になった俺とは正反対に、レオバルドは子供特有の純粋な笑顔とともに改めて自己紹介をしてくれた。
「オルフェウスと言うのか、宜しくな! 俺はレオバルド=グライアル=フレイドだ! 気軽にレオと呼んでくれな!」
「あ、はい。宜しくお願いしますレオ」
本当に元気な奴だな──と思いつつ言葉を返すと、周囲から音という音が一瞬の内に消え失せた。
……何だこの空気? 俺は何か可笑しなことでも言っただろうか。
「お、おい馬鹿! 無礼だぞっ、早く謝れ!」
「……えっ」
見ると、レオの後ろに待機していた専属騎士たちが揃って一歩前に前進し、腰にさした剣に手を掛けているではないか。
話の流れでつい愛称で呼んでしまったのがいけなかったのだろうか。
だが、そうだとするとあまりにも理不尽すぎやしないか? 向こうからそう呼んでくれと言ってきたにも拘わらず、実際にそうすると無礼呼ばわりされる。
全く……、これだから貴族というものは嫌なんだよ。
「──よい! 俺が良いと言ったのだ、文句があるのなら俺に言え!」
この張り詰めた空気を作ってしまった原因は俺にあるので、ここはひとまず謝っておくか──そう考えていた最中、此方に歩み寄ろうとしていた騎士達をレオが引き留めた。
レオの言葉を聞いた騎士達は不満げな表情を浮かべるも、その言葉に従って数歩で歩みを止めて剣から手を離した。
そして周囲で注目していた貴族達もこの言葉には驚いたようで、少しだけ騒がしくなる。
「済まなかったなオルフェウス」
「いえ、此方こそ申し訳ありません」
自分よりも年下の子供を愛称で呼んだだけでこうなるとは……、今度からはちゃんとレオバルド殿とでも呼んだ方が良いのかもしれない。
それに不本意ながらも俺にはフィリアの専属騎士という大層な肩書きがあるからな、フィリアの顔に泥を塗るような行為はできるだけ避けた方が良い。それに、泥を塗るような事があれば王様や王妃様、そしてルシウスが黙ってなさそうだしな。
「それにしてもオルフェウスは凄いのだな、その年で騎士とは」
「あはは……、そうですか?」
別に騎士になったつもりは全く無いけどな!
それにしても、ルシウスはレオの対応を嫌がっていたが、これくらいならば別に大した事では無いのではないだろうか。
これまでの様子を見ている限りでは、貴族なのに貴族っぽくはないけど、性格に裏表が無さそうでとても接しやすいという印象だ。
普通に良い奴だと俺は思うのだが……。
「ああ! 是非俺の専属騎士と模擬戦をしてくれっ!」
「……はい?」
待て、ちょっと何を言ってんのかよく分からない。
急に何を言い出しているんだこいつは。
どうして俺がレオの専属騎士と模擬戦をしなければならないんだよ?
「もちろんこの中の一人とだ。どうだ、やるだろ?」
「っいやいや、やりませんよそんな事」
「そうですよレオバルド殿」
おっ、ルシウスは俺の肩を持ってくれるようだ。
そして俺はまた少しだけルシウスの気持ちが少しだけ理解できた。
確かにレオは他の貴族と比べると比較的やり易そうな相手ではある。敬語はあまり使わないので平民である俺でも接しやすく、例え無礼を働いたとしても笑ってそれを許してくれる。まだまだ若い所為か少しだけコミュニケーションが取りにくい感じもするが、それでも意思疎通は出来ている。
そんな周囲に囚われず自由な行動をしているからこそ、我が強くて厄介な事になる、と。
「それに今はパーティーの最中です、あまり自分勝手な行動は控えてもらいたい」
おお! あのルシウスが何だかとても頼もしく見えるぞ……!
まあこいつの場合はある一点だけが異常なだけだし、ちゃんと場をわきまえている証だろう。
「別の機会にお相手しますから、今日は……」
パーティーを楽しみましょう──と俺は言おうとしたのだが、その前にレオが口を挟んできた。
「えぇー、良いじゃんかー! それとも、負けるのが嫌なのか?」
「そういう訳じゃ……」
「──オルフェウスは負けません!」
挑発的に言ってきたレオに反論しようとしたその時、後ろから話に割り込んでくる者がいた。
しかもその声には物凄く心当りがあったのでまさかと思ってパッと振り向くと、そこにはやはり少しだけムッとした表情のフィリアが佇んでいた。
それにフィリアの隣には王様もいて、此方も此方でフィリアの言葉に何も言わずにどこか乗り気そうだ。
…………あ、あっれー? レオのことを止めに来てくれたんじゃないのかよおおおっ!?
「おー! 久し振りだなフィリア!」
「はい、お久し振りですねレオバルドさん」
どうやら二人は以前に会ったことがあるらしい。
「それで先程の件なのですが、受けても良いですよ?」
ちょちょっと待てえええっ!
それって俺に選択肢があるもんじゃないのかよ!? なに勝手に俺を蚊帳の外に放り出して話を進めようとしてるんだよ!? 一番の関係者だろうが!
「あのー、フィリアさん……? ちょっと落ち着こ……」
「本当か!? ならすぐにやろう!」
「良いですよね、お父様?」
「無論だ」
嘘だろおおおおおおッッ!? 王様ぁぁぁあああああ!!
何が〝無論だ〟だよ!? 普通そこは駄目だとかいう所じゃないのかよ! 何さも当然のように俺が模擬戦をやることになっているんだ……。
……いや待て、模擬戦に反対していた奴なら俺以外にもいたではないか!
そう思い、俺はルシウスの方へと視線を……。
「……このガキ、フィリアたんに馴れ馴れしくしてんじゃねぇぞコラァ……」
何かぶちギレしてるぅぅぅぅぅッ!?
本心、本心がだだ漏れしてるぞルシウスさん!
「さあ、行きますよオルフェウス」
その天使のような笑顔は、別の時にして欲しかった……。
◆◆◆
「せいっ!」
迫り来る剣を後ろに跳ぶことによって回避し、此方も剣を構える。
「はああああっ!」
すると再び相手が攻撃を仕掛けてくる。
今度は剣に付与された『飛刃』の乱れ撃ちで、何十にも及ぶ飛ぶ刃があっという間に十メートルほどの距離を詰め、俺の元へと襲い掛かる。
「…………」
それを最小限の身のこなしによって躱していき、それでも無理そうなものだけを剣で受ける。
俺が躱した飛刃はそのまま一直線に直進して、最後には魔法使いによって張られた光魔法の『バリアフィールド』に衝突し、砂煙を巻き上げながら消滅する。
そして俺は全ての飛刃を躱し終えた所で地を蹴った。
「はっ!」
勢いをつけながら振り下ろした剣は相手の剣によって受け止められ、剣と剣とがぶつかり合いせめぎ合う嫌な音が周囲に響き渡る。
「申し訳ありませんオルフェウス殿。レオバルド様の我が儘に付き合ってもらい」
これはどうしたものかと思いながら悩んでいると、相手の騎士が話し掛けてきた。
「ああいえ、受けると言ったのは此方なので、……気にしないで下さい」
正確には俺じゃないけどなっ!
「頃合いを見て私が降参しましょう」
「……え、あなたはそれで良いんですか? その、レオの騎士として、怒られませんか?」
レオの専属騎士はこの短い会話でとても話の分かる人だという印象を受けたが、それでも自分から敗けを認めるというのは大丈夫なのだろうか。
降参するという事は、レオの顔に多少なりとも泥を塗る行為だ。だというのにも拘わらず、どうして自分からそんな事を言うのか。
「はは、先程から全く本気を出していない事くらい分かります。私、結構本気でやっていたんですが、まるで相手にされていませんし」
「……そんな事ないですよ」
どうやら、この人には手加減している事がバレバレだったようだ。
しかしだからといってこの人が弱いという訳では決してない。
冒険者で例えるならばSランクになれるくらいの実力がある。Sランクといえば上から二番目に高い冒険者ランクだし、そこまでの実力がある者など限られてくるだろう。
「そんな事ありますよ。これでもレベルは七百はあるんですけね。そう全力の攻撃をいとも簡単に防がれてしまうと、ちょっと自信を無くしてしまいます」
「あはは……すみません」
そして俺達はこの模擬戦を観戦している王様や王妃様、フィリアにルシウス、そして多くの貴族や豪商の視線を浴びながら、剣を振った。
──十数分後。
俺とレオの専属騎士との模擬戦は俺の勝利で無事に終わり、パーティー会場に戻ってきた。
「流石オルフェウスです! 格好良かったです!」
「あ、ああ……、ありがとなフィリア。でも後でちょっとお話があるからな」
ご機嫌なフィリアに対応しながら、俺は人知れず溜め息を吐いた。
こうして建国祭一日目が無事に終了したのだった。




