第八話 建国祭(一日目) ⑥
お待たせしました!
場所は変わって、俺は王城へとやって来ていた。
此処に来た理由は当然のことながら護衛の任務を果たすためであり、今はその護衛に着ていく衣服にちょうど着替え終わったところだ。
いつも着ていたローブに変わって別のローブを身に付けおり、そのローブがどんなものかを一言で言い表すならば、平民の俺が着るような代物じゃない、だ。
いつも着ているローブと同じで黒を基調としたデザインなのはまだ許せる。そしてキラキラとした金糸のラインが入っているのも、そもそも俺のような平民が着るという事を考えていないのでかなり良い魔物の素材を使っているのも仕方無いと我慢できる。
しかし──。
「…………」
左の胸の辺りにリーアスト王国を表す竜を象った紋章が金糸で刺繍されているのは、流石にやり過ぎだと俺は思うのだが……。
確かに国内外を問わず多くの貴族や豪商が参加するようなパーティーでは、俺がいつも使っているローブでは流石に役不足というものだろう。だからこそこうして王城にあるかなり高そうなローブを王様の厚意で貸してもらうことになったのだが、だからといって国の紋章が刺繍されているものを寄越してくるとは流石に思わなかった。
こういった紋章というのは、その国と何かしら強い関わりがある者だということを周囲に知らしめたりするものであり、そんなものを一介の護衛でしかない、それも平民が身に付けて良い訳がない。……と、俺の常識ではそうなっているのだが、今はどうなっているのだろうか。
少なくとも易々と身に付けて良いやつではない事は確かだ。
「他のに変えてもらうか……?」
このままパーティーに行けば、立っているだけで注目を浴びるのは間違いない。
そして、その者が単なる護衛であり、尚且つ平民だと知られた時には……。
──とその時、応接室の扉がノックされた。
「はい」
「失礼します。そろそろお時間ですので、お迎えに上がりました」
「分かりました。……って、フランさんじゃないですか」
部屋に入ってきたメイドが何処か見覚えがある人だと思えば、王城に居候していた時にお世話になったフランさんだった。
王城に訪れたときに時々目にしているけれど、こうして二人だけで会うのはあの時以来だろう。
「お久し振りですオルフェウス様。道端に転がっていた少年が、また随分と出世しましたね」
……この人、以前よりも口が悪くなってないか……?
「そそ、そうっすね……」
「フィリア様の護衛、宜しくお願いします」
と思ったら一瞬の内に態度がころりと変わり、今度は礼儀正しく頭を下げてきた。
「え、あー、はい」
その変わり身の速さに少し面食らってしまった俺は、ぎこちなく言葉を返すことしか出来なかった。
俺に対してフランさんが真面目に対応するのはなかなか見られないので、突然こういう状況になった時にどう接したら良いのかよく分からなくなってしまう。
というか、いつもこのくらい真面目だったら良いのに……。
「そうだフランさん、このローブ俺にはちょっと派手じゃないですか? 王国の紋章も付いてるし……」
フランさんへの願望を心の片隅に追いやり、俺は用意してもらったローブの話を切り出した。
流石にこのローブは色々と面倒事を生みそうな予感がするし、こんなセンスのあるものを着ていると自然と緊張してしまう。やはり田舎で暮らしていた時の価値観がまだ残っている所為か、そんな事ばかりが頭に思い浮かんでくる。
まあそんなのは本音の一割くらいでしかないけどな。本音はただ普通に恥ずかしいからだ。
「変えてもらったり……」
「無理です」
「え、即答……」
だが俺の僅かな希望は、言い終わる前にフランさんが即答したことによってあっという間に打ち砕かれてしまった。
というか無理ってどういうことだよ!? 時間がないにしてもローブを変える程度だったらすぐに済ませられると思うのだが……。
「今日のあなたはフィリア様の専属騎士として護衛につくと、お話した筈ですが?」
「初耳ですけどっ!?」
いやいやいや、そんなの全く知らされてないんだけど!
えっ、そんな事いってたか? ……いや絶対にないな。
何故ならフランさんが俺のことを小馬鹿にしたような目で見ているからだ。あの目は絶対に俺の反応を見て面白がっている目だ。
「あら、そうでしたか?」
「そうですとも!」
くそ、恐らくこれを企んだのはネオルさんだ。
なのでフランさんを責めるのは完全にお門違いであり、フランさんもそれを理解している上でこうして面白がっているのだ。
まるでネオルさんの高笑いが聞こえてきそうだ。
「ですが、これは私にはどうにも出来ないものですので、潔く諦めてください」
くっ、他人事だと思って……!
──十分後。
結局、俺の頼みは叶わずにパーティーが始まった。
城内に設けられたホールには既に多くの貴族や豪商が来ており、それがいくつかの集団に分かれて集まっている。その集団に入らずに二、三人で集まっているところもそれなりにあるが、それでも一人だけでいるのはざっと見渡した限りでは一人も居なかった。
そう、俺が見渡した限りではボッチでいるのは居なかった。ここで重要になるのが、〝この範囲に俺がボッチかどうかが含まれない〟という事だ。
この回りくどい表現をすれば大体の者が気付くと思うが、俺は今、絶賛ボッチ中だッ!
…………さて、ここでフィリアはどうしたのか、という疑問を抱く者もいるかもしれない。……いや、逆にこの状況になることを最初から予想いていた者も、もしかしたらいるかもしれない。
「…………」
俺は石のように固まりながら、目だけを動かしてある方向に視線を向ける。
そこにはもはや人だかりともいえる程の人々がある一人を取り囲むようにして集まっており、端から見ているとちょっとした騒ぎのようにも見てとれる。
この〝ある一人〟こそがフィリアだ。何十人という人に囲まれ、特に年齢が近しい少年を中心に四方八方から声を掛けられ、その全てに嫌な顔ひとつせず完璧に対応している。
──あんの糞ジジイィィィィィィ! 騙しやがったなッ!?
滅茶苦茶フィリア人気じゃねぇかああああああああああっ!
…………ああ何となく俺も分かっていたとも。
まずフィリアは本物の天使のように可愛い。その変えようがない事実だけで、それだけで男なんてハエのように集まってくることくらい、俺だって何となく分かっていたさ。
それにフィリアは貴族、それも大陸最大の国であるリーアスト王国のお姫様だ。フィリアとの年の差があまりない貴族ならば、王族に取り入る千載一遇のチャンスをものにしようと、あの手この手を使ってでも我が物にしようとしてくる事だろう。
極めつけは、フィリアがまだ誰とも婚約をしていない所にある。この時もしフィリアに既に婚約者がいたのなら、このような状況にはならなかったのかもしれない。しかし、成人しているにも拘わらずいまだに婚約者すらいない所為で、こうやって這い寄ってくるハエが増えることになったのだ。
平民ならば別にそのくらいは当たり前なので特に問題視するようなことではないのだが、爵位を持つ貴族にとってはそれなりに大きな問題として見られることが多い。
どうしてなのかという明確な理由は無いが、無駄にプライドが高い貴族共にとってはどれだけ早くに婚約者を決めるかどうかが意外と重要になってくるらしい。
要するにステータス稼ぎだ。
つまりフィリアの周囲に集まっている男はだいたい婚約者のいないフィリアに言い寄ってワンチャンを狙っている奴等なのだ。
「……はぁ」
貴族の常識を知らない俺には、その光景はただの暑苦しい集団としか思えない。
だというのに笑顔で対応しているフィリアは、やっぱり優しいな。
「──おやおやぁ? そこに居るのはオルフェウス殿ではありませんかぁ?」
不意に、態とらしく芝居がかった言葉を口にしながら誰かが俺に話し掛けてきた。
「これはこれは、誰かと思えばルシウス様ではありませんか」
振り向くとそこにはこの国の次期国王であるルシウスが立っていた。
しかも念のためにつけてある護衛を離れた場所に待機させて一人でだ。
何しに来やがったこいつ……!
「どうされたんですか?」
完全にからかい目的で来たことは明白だが、だからといってこんな場所で王子様を適当にあしらうのは出来ない。
王子様というだけで既に俺の周囲には一定の距離を開けて貴族達が近寄ってきているので、話を聞かれることを考えるとこの状況ではちゃんとした敬語も使わないといけない。なのでこうして不馴れな敬語を使ってルシウスを相手したのだ。
しかし、これはルシウスにも同じことがいえる。この状況だと俺をからかうというのはあまり現実的ではないのも確かだ。それはルシウスだって分かっている筈、なら何のために来たのだろうか。
「なに、挨拶に来ただけだ。私は立場上こういうのをしないといけないのでな」
何だ、からかいに来たんじゃ無かったのか。
「そうでしたか。しかしなぜ俺にも? 私は唯の護衛ですよ?」
「確かにオルフェウス殿は護衛も務めているが、それ以前に客人でもあるんだからな。これくらいは当然だ」
「……客人?」
それ以前に客人でもあるとルシウスは言ったが、それは一体どういう意味なのだろうか。
俺は普通に護衛としてしか来ていない気がするのだが、いつから客人になってしまったんだろう?
「おや、言われてないのかい?」
……言われてねーよ!
専属騎士の件といい、何も教えてくれないのはどうかと思うのだが。
「今聞きました」
「そうでしたか。……っと、それではまた」
いやもう来ないでいいから。
そしてルシウスが俺の元から去ろうとした時、突然ホールの扉が大きな音を立てて開け放たれた。
その音によって全ての視線が扉へと集まり、少しの間を開けて扉から一人の少年が入ってきた。




