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第八話 建国祭(一日目) ⑤

 人気のない場所から大通りに出ると、油断したら人の波に飲まれてしまいそうなくらいに人という人で通路が埋め尽くされてしまっていた。

 少し前進するだけですらまともに出来ず時間が掛かってしまうこの状況では、いつ幼女とはぐれるかも分からない。そしてはぐれてしまったら最後、人混みの中から背の低い幼女一人を探し出すのはかなり難しいことだろう。

 そんな状況で取る手段は一つ──。


「ほら」


 俺は既に人の波に飲まれかけている幼女に自らの手を差し出した。


「別にそんな事しなくても……」

「迷子になっても探してやらないからな? それで良いなら別に良いけど」


 自分が子供扱いされているとでも思っているのか、なかなか手を取ってくれない幼女に対して俺は少し意地悪にそう言った。

 すると現在進行形で絶賛はぐれてしまいそうになっている幼女は不機嫌そうに「……むぅ」と声を漏らして俺が差し出した手を暫く見ていたが、少し顔を赤くしながら、しかし何故か嬉しそうにその手を取った。

 俺は手を引いて幼女を人波から引き抜き、そのまま引っ張りながら進んでいく。


「どこに行くの?」

「まずは……此所だな」


 そう言って俺はある店の前で立ち止まった。


「帽子?」


 幼女の言う通り、ある店というのは帽子を売っている店だ。


「嗚呼、ちょっと待っててくれ。……迷子になるなよ?」

「……ん、こう見えても私はもう大人。そのくらい造作もない」


 どうだ、凄いだろう? ……とでも言いたげな得意顔で此方を見てくる幼女に対し、俺は適当にあしらって帽子選びに専念する。

 ただそこで待っているだけなんだから造作も何もないだろう──という言葉が思わず口をついて出そうになってしまうが、それを言ったら面倒なことになりそうだと判断した俺は何も言わないことに決めた。

 そんな事よりも、今は帽子の方が優先だ。


「うーん……」


 だが、帽子なんて服に付いているようなフード以外はしたことなんてないので、何が良くて何が悪いのかがいまいち分からない。

 でもまあ、何となく似合いそうなものを選べば何とかなるだろう。


「これかな」


 俺が選んだのはつばが広く作られている帽子だ。

 他のものに目移りする前に選んだ帽子を購入し、離れた場所で待っている幼女の元へと向かう。


「お帰り……ぁぅ、……何、これ」

「見ての通り帽子だが? ……うん、良い感じだな」


 何の前触れもなく頭に帽子をかぶせられた幼女の言葉を軽く流しつつ、俺は選んだ帽子がちゃんと似合っているかを確認し始める。

 存在感のある派手めの帽子ではないが、だからといって地味な訳でもない。それをかぶる者を落ち着きのある人のように見せるような、使用者自身を引き立てるような帽子だ。しかし身体が華奢(きゃしゃ)な所為か少し大きすぎる気もするが……、まあぶかぶかという程ではないので大丈夫だろう。


「もしかして、私にくれるの?」

「それ以外に何があるんだよ。お前って有名人だからな、騒ぎになると面倒だし」


 だから、それをかぶっていろ──と、そう告げる。

 だがこれは帽子を買った本当の目的を隠す為の口実でしかない。まあ騒ぎを起こしたくないというのも三割くらいはあったが、本当の目的は少しでも此処で過ごした日々を覚えていてほしいという、少しだけ自分勝手な自己満足だ。

 でも俺にとってこいつと過ごした時間はとても印象に残っていて、決して平穏とは言えない日々だったが悪くはない時間だった。それを少しでも良いから覚えていて欲しかったのだ。

 恥ずかしいから本人に言うつもりはないけどな。


「完全にブーメランだと思うけど、……ありがとう」


 帽子のつばを両手で掴んで顔を隠しながら幼女は言った。

 うん、どうやら気に入ってくれたようだな。正直どんなものをこいつが好きなのか分からないので心配だったのだが、俺の選んだもので問題なかったようだ。


「よし、じゃあ次は何か食おうぜ。もちろん俺の奢りで」

「──その言葉、撤回はなしだよ」


 何となく小腹が空いてきたので食べ物の話を持ちかけると、幼女の声色が変わった。

 何か真面目くさった顔でキリッと言ってるけど、それって普通は俺がするようなやつじゃないのか? というかさっきと今の切り替えが速すぎるだろ。

 そんな疑問がふと脳裏をよぎるが、誰かにガシッと手首を捕まれたことによって我に返る。それと同時に勢いよく手を引かれて、突然のことに反応できなかった俺はよろけながらも足を前に踏み出し、何とかバランスを保つ。


「さあ行こう早く行こう」


 視線を落とすと、目をキラキラと輝かせて執拗(しつよう)に手を引っ張ってくる幼女がいた。

 ついさっき自分は大人だとか何とかいっていたような気がするけど、やっぱりこういう所はまだまだ見ため相応にガキっぽいな。


「……嗚呼」


 まあ、こいつはこのくらいの方がちょうど良いよな。


「なあ、あれ食わないか?」

「オルフェウス、見る目ある。私もあれが食べたいと思っていた」


 こうして、俺達は時間の許す限り屋台の食べ物を食べ回った。

 シュークリームというふわふわした生地の中に甘いクリームが入ったものや、わたあめという更にふわふわしたもの、冷たくて甘いアイスクリーム、りんご飴、チョコバナナ等々……、幼女の身体の何処に入っていってるんだという疑問を抱くくらいたくさんの屋台を回り、多くの食べ物を腹に収めていった。

 どれも聞いたことのないものばっかりだったのだが、食べた後では「どうして今までこんな素晴らしいものを知らなかったんだッ!!」と、大声で自分を悔やみたい程には甘くて美味しいものばかりだった。

 そして結局これらを生み出した元を辿ると、勇者様に行き着く。

 …………まあこれは毎度の事なのでだいたい予想はついていたけど、本当にどれだけやってるんだよと呆れてしまう。

 ──そして、時間が訪れた。


「お待ちしておりました、剣聖様」

「……ん」


 此処は王都を出てすぐの草原地帯であり、後ろからはまだかすかに人々の歓声が聞こえてくる。

 そんな草原には五人の騎士が俺達……いや、幼女の到着を待ち構えていて、全員が例外なく真っ白な鎧を身に付けており、更には兜までもかぶっているので表情が窺えない。

 第一印象は凄い堅苦しそうな人達だな──という所だろうか。もう雰囲気だけで面倒そうなオーラが溢れ出てきてるのが分かるし、此方が余計な口を挟んだらすぐに「無礼者ッ!」とかいって斬り掛かってきそうだ。


「そちらの平民は?」


 ……何かイラッとくる言い方だな。〝平民〟という所を無駄に強調してきた。

 まあ平民なのは間違いじゃないけど、もっと他の言い方もあっただろうに。


「友達、見送りに来てくれた」


 幼女が言うと、真っ白な兜の下からギロリと睨まれた。

 ……あ、俺なんかこいつの言いたいこと分かる気がするわ。どうせ「たかが平民風情を、友達?」とか思ってるんだろうな。会ってまだ何分も経っていないけど、雰囲気だけで性格が滲み出ているのでまる分かりだ。

 凄いプライド高そうだし、喋るだけでも怒られそうだ。


「左様ですか。ではそろそろ出発しましょう」


 騎士がそう言うと、幼女は此方に振り返った。

 そんな幼女を一瞥(いちべつ)してから、騎士達は後ろで大人しく待機していたユニコーンへと跨がった。

 静かすぎていた所為でまるで存在感が無かったが、しかしユニコーンというのはSランクに指定されている魔物だ。実力でいえばAランクのドラゴンに僅かに劣る程度だが代わりにとても知能が高く、加えて聖魔法を使えたりと手数が多いので敵として相対すると少し厄介な相手だ。

 それ故にあの騎士達のようにかなりプライドが高いのだが、そんな魔物をよく従魔に出来たものだと感心してしまう。それをいうのならドラゴンもそうなのだがな。


「冒険、楽しかった。ありがとう」

「俺もだ」


 冒険者というのは、未知なるものを求めて冒険を楽しむのが醍醐味(だいごみ)だからな。


「オルフェウスのご飯、とても美味しかった」

「またいつでも食わせてやるよ」


 料理スキルのお陰てはあるけど、でもこうして改めて言われると嬉しいものだな。


「聖国に来たときは、私が案内してあげる」

「嗚呼、頼むよ。いつか絶対に行くからさ」

「……ん」


 そうして幼女もユニコーンの元へと歩み寄り、身軽に飛び乗った。


「じゃあね」

「うん、またな、ルナ!」




 ──()()()()()


 その声は掠れるように小さく、ユニコーンが空へと羽ばたいた音によって誰の耳にも届かずに掻き消されてしまった。

さて、まだ何も考えてないのに含みのある終わり方をしちゃった。どうしよう……?

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