第八話 建国祭(一日目) ②
あれから数分が経ち、俺は武器屋へと訪れていた。
店の中に入る直前、こんな朝早くに来て迷惑じゃないだろうかとドアの取っ手に伸ばした手を止めてしまうが、それも一瞬だけで俺はドアを引いて中へと足を踏み入れた。
「……ああ? 客か?」
中に入ると、早速この店の店主であり鍛冶師である……。
「あれ、あんた……」
店主かと思ったらそこに居たのは店主兼鍛冶師であるゴルドさんではなく、何処か見覚えのあるおっさんだった。
ドワーフのゴルドさんと比べると腕にあまり筋肉がついていないように感じられるが、それでもそこら辺の冒険者よりも良い肉付きをしている。
「ん? 小僧、どっかで……」
どうやら向こうも俺の顔に見覚えがあるようで、しかし直ぐには思い出せずに顎に手をあてながら考え込むような姿勢を取った。
俺も少し前のめりになりながらおっさんの顔を覗き込み、誰だっただろうかと思考を巡らせる。
そして俺達はほぼ同時に思い出した。
「俺の剣を買った小僧じゃないか!」
「ネルバんとこの鍛冶師!」
声が重なるようにして発せられた相手の言葉を聞くとどうやら記憶が一致しているようなので、互いの記憶に狂いは無いだろう。
それにしてもこのおっさんはネルバで武器屋を経営していたと記憶しているのだが、なぜ此処──王都にいるんだろうか。
「おっさん、何で王都にいるんだ? ネルバの店はどうしたんだ?」
「そっちは休業だ。別に何日か休んだって問題ないしな」
何日かって……。此処まで来るのに片道だけでも二週間は掛かったと思ったんだが、それに滞在期間を含めなくても普通に往復すると一ヶ月は休業になるっていう計算になるんだが……。
まあ確かに武器や防具なんて高いからちょくちょく買いにくるような代物ではないのは分かるが、いったい何をしに王都に来たのだろうか。
といっても、この時期に来たということは大体予想がつくけど。
「それよりも小僧は何か用があって来たんじゃないのか?」
「嗚呼、おっさんに売ってもらった剣を駄目にしちまってな、新しいものを買いに来たんだ」
売ってくれた……というより、あの剣を作った本人の前なので誠に申し訳無いという気持ちで少し気不味かったが、俺は正直に答えた。
するとおっさんは僅かに眉を上げて驚いたような表情になったが、すぐに元に戻って……。
「……そうか。あれもかなり良いもんだったと思ったが、どうして駄目になったか聞いても良いか?」
自分が打った剣の最後を訊いてきた。
それはそうだろう。あの剣は細かい所までかなり精巧に作られていたし、鍛冶師の魂が籠った代物だということは使っている俺にも伝わってきた。それ以前に、あれがこのおっさんの自信作だったことくらい一目見たときから知っていた。
そんな剣の最後を訊かれて、俺は暫し口をつぐんでしまう。
しかし、このおっさんには聞く権利がある。
「……二週間前、デュラハンと戦ったときに魔法で壊されてしまったんだ」
あの剣のことを考えると、余計な事を思い出してしまう。それはあのアンデッドを統率していたデュラハン……ではなく、それらを生み出したファフニールの事だ。
今考えれば、あいつは世界に溢れている魔力を自身の体内に取り込みすぎた成れの果て……だったのかもしれない。最近となってそう思えるようになってきた。
まあ、今はそんな事は関係ないが。
「デュラハン? ……まさか、Sランクのアンデッドの事をいってるのか?」
まるで俺が口にした言葉が信じられないとでもいうかのように目を見開きながら、此方を指で指しながら恐る恐るといった様子でおっさんは訊いてきた。
……やはりこの何処から見ても唯の少年にしか見えない見た目だとそういう反応が返ってくるか。──等と思いながら、俺は小さく首肯する。
普通なら今しがた俺が口にした事など到底信じられないだろう。筋肉ムキムキのゴツい体つきをしている訳ではないし、何かしら強者の風格がある訳でもない。見た目だけなら至って普通の少年なんだからな。
「そうか……。なら仕方無いな」
しかし返ってきたのは、全く予想のしていなかったものだった。
「え、今ので信じるのか!?」
いや、我ながらこの見た目も相まって無理のある説明だったと思っていたんだが、まさか今のでこうもあっさりと「なら仕方無いな」なんて言葉が返ってくるとは想像もしていなかったのだが……。
この人、大丈夫だろうか? よく人に騙されたりとかしてないか心配になってきたぞ。
「当たり前だ。お前は一目で俺の最高傑作を見抜いたんだから、そのくらいは当然だろう?」
「……そ、そうなのか」
えぇ……何それ、いっちゃ悪いが、どんだけ自分に自信があるんだよ。
確かにおっさんの最高傑作とやらは一目で見抜いたかもしれないけども、たったそれだけで「なら当然だろう?」とドヤ顔でそんな事を言われても困るんだが……。
まあ結果的にいえば間違ってはないけど、間違ってはいないけども! 初対面の人にそれだけの期待を背負わせていたとか、俺以外の人にしてないだろうな? おっさんの期待なんて誰も背負いたくないと思うし。
「ん? 誰か来てたのか?」
とその時、奥の通路からこの店の店主であるゴルドが出てきた。
「おぉ、お前か。久し振りだな、今日は一人なのか」
「嗚呼、新しい剣を買いに来たんだ。何か良いやつはないか?」
「剣、か」
手袋を外しながらそう言ったゴルドに、俺は手早く本題を切り出した。
護衛の時間まではまだまだ余裕があるので別にこれといって急ぐ必要はないのだが、此処に来るまでの出来事をふと思うとどうしても心配になってしまう。
少なくとも俺が目を付けられている事は確かだし、警戒を怠ってはいけない。
「──言っとくが、こいつにナマクラなんて売り付けるなよ?」
ゴルドが剣を取りに行こうと奥へと向かおうとした時、不意におっさんがゴルドに釘を刺した。
「分かってますよ。師匠の知り合いなんでしょう?」
「知り合いってほどでもねぇが……、まあそういう事だから頼んだぞ」
「はい」
短い話が終わると、ゴルドは止めていた足を再び動かして奥へと消えていった。
おっさんは気付いていないようだが、ゴルドが俺達の会話を盗み聞きしていた事なんて完全に気配を消しきらない限り俺にはバレバレだからな?
まあ俺は寛大だから指摘はしないが……。
「どうしてあんな事を言ったんだ? というか師匠て……」
それよりも、今はこれについて知りたい。
確かに俺とおっさんは少しは見知った仲かもしれないけど、唯それだけでどうして俺の肩を持つような事を言ったのか。
「そんなの、俺が許せないからに決まっているだろう? それに、あいつは俺の一番弟子だ」
返ってきたのは答えになっていない答えだった。
それに加えて再びのドヤ顔。
「……お、おう、そうなのか……」
この人は意外と自分勝手な性格をしているのかも知れない。
というか一番弟子って……、ゴルドの他にもいるような含みのある言い方だな。
シエラやイリアからの情報ではゴルドは王都でも名の知れた鍛冶師だと聞いているが、まさかその師匠が知り合いだったとは思いもしなかったぞ。
「──これなんてどうだ? 俺の作った剣の中では最高傑作だ」
程無くして、ゴルドが一本の剣を持って戻ってきた。
俺はカウンターに置かれたその剣に近付き、まじまじとそれを眺める。
それを一目見たときに感じたまま感想をいうならば、何だこの変な形の剣は──だ。
「これが、剣……?」
柄の部分は……まあ普通だ。
だが、刃の部分が真っ直ぐではなく反れている剣なんて、俺は産まれてこのかた見たことがない。
しかし控えめに反れているだけで緩やかに弧を描くようにして曲がっているそれは、初めて見るにも拘わらず何故か美しいと感じてしまう。自分でもよく分からないが、自然とそれに視線が惹き付けられてしまうような、そんな不思議なものだった。
「もしかして知らないのか? これは刀っつうんだ」
「カタナ……刀……」
どうやら見た目だけでなく名前も不思議なものらしい。
「触っても良いか?」
「嗚呼、良いぞ」
二つ返事で許可を貰い、俺は刀という剣に手を伸ばす。
「……細いな。それに軽い」
俺の知っている剣とはその構造からして全く違っているらしく、刃の幅も短く、鞘ごしからでも刃の厚さがとても薄いことが分かる。
最近ではこんな形の剣まであるのか……。
「そりゃあそうさ。なんせ片方にしか刃がないんだからな」
「片方……?」
ゴルドの発した言葉に疑問を抱き、それに突き動かされるように俺は刀と呼ばれたそれを鞘から抜き放った。
「おお……っ!」
そこには確かにゴルドが誇らしく説明した通り、両方に刃がある剣に対してこの刀というものは片方にしか刃が作られていなかった。
だがそんな事よりも注目するべきは刃の切れ味だろう。
見ただけでも分かる。それなりに出来の良い剣と比べたとしても切れ味が段違いに違う。
それにこの弧を描くような緩い反りも切れ味を最大限……いや、それ以上に引き出させる為の知恵の結晶であることが今となって漸く理解することが出来た。
加えて、片刃にすることによって刃の幅が細くなり、更に刃そのものを薄くさせることでより貫通力と切れ味に磨きをかけているといった所だろうか。
つまりこの刀というものは、極限まで〝斬る〟という一点だけに持てる力を全て注ぎ込んだ集大成ということだ。
「これは、凄いな」
本当に良く出来た代物だ。
これなら大抵の魔物は付与魔法で強化しなくとも簡単に斬ることが出来るに違いない。
「そうだろうそうだろう!」
俺の言葉を聞いて、ゴルドは腕を組みながらとても嬉しそうに首を縦に振っている。
「それにお前はもう気付いているだろうが、それは魔法刀だ。つまり魔力を込めてやれば、更に切れ味が上がる」
ゴルドの言う通り、これは唯の刀ではなく、魔法剣ならぬ魔法刀にされている。
魔剣の類はダンジョンで手に入れるか付与魔法で作ることしか出来ないが、魔法剣ならば精霊魔法でも作り出すことが出来る。魔法剣までなら作れるのに、どうして魔剣は作れないのかというと、精霊魔法では精々が魔力の通り道を作ることと、一つか二つほど属性を付けるという二つしか出来ないからだ。
魔剣を作るには、それ以外にも『自動修復』という例え刃溢れがあっても周囲の魔素を取り込むか、もしくは魔力を込めることによって修復してくれる機能が必要になる。これを出来るのが付与魔法だけだということだ。
まあそんな事はさておき、少し俺には高性能すぎる気もするが……、今回に限っていえばこのくらいのものでなければいけない気がする。
先程の襲撃の件もあるし、また襲撃してくる可能性も考えると決して自分の得物になるものを適当に済ませる訳にはいけないからな。
「買おう、いくらだ?」
刀を鞘に納めて、カウンターの上に置きながら俺は言った。
「金貨二十枚だが……、師匠の知り合いなら──」
「良いよ、俺、こう見えても結構稼いでるからな」
自分から値切ろうとしてきたゴルドの言葉を制して、俺は二人の目の前に自分のギルドカードを突き出す。
すると直ぐにギルドカードを覗き込んだゴルドの目が見開かれる。
「Aランク!? お前、ついこの前までCランクじゃなかったか……!?」
「ほう、やるではないか」
うん、ゴルドの方は想像通りの反応をしてくれてありがとう。
だがおっさん……そういえばおっさんの名前って何ていうんだ? ……まあいい、こっちはさっきから相変わらず反応が薄いというか、このくらい当然だ──みたいにすました感じだな。もう少し大きなリアクションをしてほしい気もしないでもないが、このおっさんが相手ならそれは諦めるしかないな。
「最近Aランクになったんだよ」
「いや早すぎねぇか!? Bランクならまあ納得できるが、二つもランクが上がるなんて……」
「はっ! 分かってねぇな」
取り敢えずおっさんの方は無視しておこう。
確かにゴルドの言っていることは分かる。普通は地道に依頼をこなしていき、それがギルドに認められて漸くランクを一つ上げることが出来る。
それにランクが上がれば上がるほど、次のランクに上がりづらくなっていくもので、CランクからBになるのとBランクからAランクになるのではこなさなければならない依頼数も桁違いというものだ。そう考えると一ヶ月やそこらでは物理的にランクアップは不可能といっても過言ではない。
なのでゴルドのような反応が普通なのだ。そう、決しておっさんの無反応というか自分の事のように胸を張っている反応が正常だという訳ではない。
「ほら、これで足りるだろ?」
そう言って俺は亜空間から白金貨を二枚取り出し、カウンターの上に置いた。
金貨が十枚で白金貨一枚と同等の価値があるのでこれで足りる筈だ。
「まさか、白金貨か……っ? 本当に稼いでるんだな……」
「おぉ、俺も久し振りに見たな」
「じゃあ、これは貰っていくからな」
俺は刀を手に取り、念のために確認をとる。
「あ、嗚呼、勿論だ。大切に使ってくれよ」
「善処する。──じゃ、朝っぱらから悪かったな」
そうして、新しい武器を手に入れた俺は武器屋を後にした。
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