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第七話 誤解なんです!

 あれからかなりの時間を使ってミノタウロスを狩りまくっていると、ダンジョンを出る頃には外は既に真っ暗になっていた。いや、空が少し明るみを帯びてきていたのでもう夜明けに近かったといった方が正しい。

 そんな時間帯にケリアに戻った俺達ほ、たまたまこの時間まで営業していた酒場を見付けたのでそこで夕食……時間的には朝食? ……まあ食事をとった。

 そして泊まる場所が無いことを酒場の店主に説明して朝まで泊めてもらい、夜が明けるとすぐに宿をとって部屋へと直行し、ベッドに倒れるようにしてぐっすりと眠りについた。

 その次の日の朝にはケリアを出発して、行きと同じく三日で王都に戻った。

 王都に到着した日は宿で休み、次の日に俺達は王城へ向かった。 

 ──そして、現在に至る。


「…………いや、何で俺は料理をしてるんだ?」


 俺は王城の厨房で、昼食を作らされていた。

 どうしてこうなった? そう思い、俺は少し自分の記憶を整理する。


 王城に訪れた俺はすぐに応接室へと案内され、そこでソファーの感触を楽しみながら暫く待っていると依頼主であるネオルさんがやって来た。

 そこで何でもない話を少しだけしてから依頼されていた物を、マジックバッグという見た目よりも圧倒的に容量が多い魔道具に入れて手渡した。

 マジックバッグとはその名の通り魔法のバッグで、ダンジョンでのドロップか付与魔法によって作成するかしか入手方法のないとても貴重なものだ。

 特に商品を頻繁(ひんぱん)に運ぶ商人や魔物の持ち運びがある冒険者という者達にとっては喉から手が出るくらいに欲しいものの一つで、その価値は例えそれほどたくさん入らないマジックバッグでさえ洒落(しゃれ)にならない程の値が張る。そんな物をどうして俺が持っているのかというと、まあその程度の魔道具ならそれほど手間も掛からずに作れるので自分で作った。

 たった一つでダンジョンで手に入れた肉を全て仕舞い込むくらいのマジックバッグを作るのは流石に堪えたが、魔力の使い過ぎで疲れただけなのでそこまでではなかった。

 そんなマジックバッグと一緒に渡した時のネオルさんの驚きようといったら、それはもう暫くは忘れられない程のものだったと記憶している。例え侯爵といえどそこまでのマジックバッグを目にする機会はそうそう無いだろうから、物珍しかったのだろう。

 そうして依頼達成の確認が取れたことで俺の用件も済んだので早々に帰ろうと思ったのだが、そんな時にタイミング良くフィリアが応接室に駆け込んできた。


 そしてフィリアが興味津々でダンジョンでの事を訊いてきたので帰りたいから嫌だと断りきれずに色々と話していたら、あっという間に時間が過ぎていって、もう昼だしどうせなら此処で昼を食べていかないかという事になったのだ。

 でも冷静に考えるとこういうのって普通、客人に料理を作らせるものなのだろうか?

 いや絶対にそんな筈はないだろう。

 王城に来てまで自分の飯は自分で作らないといけないって……。


「はぁ~……」


 思わず溜め息が出てしまった。

 しかしフィリアに上目遣いで頼まれてしまったら最後、その時点で断るという選択肢は既に無くなっているようなものだ。

 マジであの天使のような可愛さは反則だと俺は思う。やっぱり出生が良いと容姿も良くなるものなのだろうか。


「よし」


 ……と、そんな事を考えている内に料理は完成し、以前と同じように出来立てのまま保存できる魔道具の器に盛り付けて蓋を閉じる。

 料理の運搬は使用人に頼むので俺は真っ白なエプロンを脱ぎ捨て、手を洗ってからいつものローブ姿になりフィリアが待っている部屋へと直行する。その部屋の扉を開けるとそこには勿論フィリアがいて、更に王妃様にネオルさんもいて三人で楽しそうに会話をしていた。

 そんな中に俺が入ると真っ先にフィリアが反応してくれて、嬉しそうに笑顔を向けてくる。


「お待たせしました」


 軽く頭を下げながら、俺はそう言葉を発した。

 フィリアだけなら兎も角、王妃様やネオルさんの前でもあるので念のため敬語を使うことにした。


「王様は……」

「いつもごめんなさいね、オルフェウスさん」


 俺の言いたい事を察した王妃様が申し訳なさそうにそう謝罪の言葉を口にした。

 まあ国のトップである王様が暇な方が逆に問題だから、こうなるのは以前と同じく仕方無いだろう。


「いえ。それにしても今日は(にぎ)やかですね」


 以前はフィリアに王妃様、王様、そして俺の四人だったが、今回はそれよりも人数が多い。

 依頼の依頼主であるネオルさんに一緒に依頼を受けた幼女はまだ分かるが、此処にどうしてかこの国の第一王子であるルシウスまで席に着いている。

 何だろう、この二人が居るというだけで面倒な予感しかしないのは俺だけだろうか?


「あの噂のオルフェウス君の料理を私も食べてみたくてね」


 ……あの噂?

 そういえば、フィリアはさが俺の事を色々と言い触らしているというのをネオルさんから聞いたときに、確かその中に料理が上手だとかも含まれていた気がする。


「ん、私もとても楽しみにしている」


 えぇ、それ幼女も知ってたの?


「……………………」


 あ、何も言わないんっすね……。


「そうなんですか。噂の通りなら良いんですけど」


 そう言いながら俺はネオルさんの隣の席に座る。

 どんな風に噂が流れているかは知らないけど、噂の発生源はだいたい目星が付いているし。

 そう考えながらフィリアの方へと視線を向けると、その視線に気付いたフィリアは恥ずかしそうに顔を赤らめながらそっぽを向いてしまった。うん、そうあからさまな態度を取らなくても分かってるからね?


「済まない、遅れてしまった」


 と、そこに王様が軽く謝りながら部屋に入ってきた。

 するとそれを見計らったかのように別の扉から料理を乗せたワゴンが運び込まれ、それぞれの前に静かに並べられていく。

 それが終わると、その時には既に部屋にはしんとした空気が漂っていた。


「では、頂こうか」

「「「「「いただきます」」」」」


 王様に合わせてお決まりの台詞を口にして、俺達は昼食をとり始めた。

 ずっと不機嫌そうにしていたルシウスでさえこのお決まりの言葉はしっかりと言ったので、やはりご飯を食べる時はこれなんだなあ──と、改めて実感した。


「うむ、やはり美味いな!」

「ええ、そうですね」

「流石はオルフェウスです!」


 俺の手料理を食べるのは二回目の王様と王妃様は、満足そうに笑顔を溢しながら食べてくれた。

 フィリアに至っては俺が王城に住んでいた頃にかなり手料理を食べているので、当然とばかりに胸を張っている。


「ん、美味しい」

「良かった」


 うん、幼女も大満足の出来映えだったようだ。


「これから毎日私のご飯を作ることを許す」

「え!?」

「……作らないからな?」


 なぜ俺が幼女のご飯を毎日作ってやらねばならないんだよ。本当に、こいつはいつも何を考えているのかいまいち分からないんだよな……。

 違う場所から幼女の言葉に反応して別の人の声が聞こえてきた気がしないでもないが、多分、恐らく、きっと幻聴か何かだろう。


「ほ、本当にオルフェウス君がこれを作ったのかい?」

「はい、そうです」

「確かに、これは素晴らしいね」

「ありがとうございます」


 ネオルさんにも喜んでもらえるような料理で何よりだ。

 貴族はみんな食には煩(うるさ)そうだから、そうやって誉められると素直に嬉しいと感じてしまう。


「く……っ、フィリアたんを頼んだぞ……ッ!」


 この人はこの人で何を言っているんだろう?

 っていうかフィリアを頼んだぞ──って、一体このシスコンはどういう意味で言っているのかちょっとよく分からないんだが。捉え方によっては色々な解釈のできる言い回しなので、何を伝えたいのかが曖昧(あいまい)になっている。

 悩んでいても仕方無いので、取り敢えず味に対してのダメ出しは無いという形で捉えておこう。


「おおお兄様!? 何を言っているんですか!」


 ボロボロと涙を流しながら俺の手を取ってくるルシウスに、フィリアは顔を真っ赤にして席から立ち上がりそう言った。

 まあ勝手に自分の事を頼んだぞと人に託されて何とも思わない人はいないだろうし、これが普通の対応だろう。


「き、気が早すぎます!」


 ……うん、フィリアも何を言っているんだ?

 いったい何の気が早すぎるのか問い詰めたいという気持ちが芽生えてくる。

 恥ずかしそうに顔を赤くしながらそんな事を言われると、真面目に冗談に聞こえてこないから止めて欲しいんだが……。


「おいフィリア落ち着け。自分が何言ってるか分かってるのか?」

「はわわわわ……」


 俺が指摘すると、フィリアは頭から大量に湯気を出しながら席に座った。

 ふぅ、これで一先ずは一件落着だな。あのまま話が進んでいれば大変な事態に(おちい)っていただろうし、ここに王様や王妃様まで会話に入ってきたら更に事態がややこしくなっていたのは間違いないだろう。

 しかもあらぬ方向に会話が発展して一番被害を(こうむ)るの俺だし。

 そうなる前に収拾をつけられたので良かった。


「……むぅ」


 一段落がついたと思っていると、幼女が不機嫌そうに此方を見ていることに気が付いた。


「今度はどうした」


 次は何だよ──と思いながら、俺は溜め息混じりに幼女に問い掛ける。


「……二度も同じ布団で寝た仲なのに、裏切るなんて酷い」


 唐突に、思わぬ方向から爆弾が投下された。


「へっ……?」


 もう大丈夫だと油断していた俺は、その言葉をすぐに理解することが出来なかった。

 そして段々と理解するにつれて、俺の顔が青ざめていくのが自分でも分かった。


「「「「「……………………」」」」」


 その一言によって全員の手が止まりまるで軽蔑(けいべつ)したような……いや、軽蔑した目を俺に向けてきた。

 そのゴミを見るような視線が俺に突き刺さるのを感じると、もう何を言っても通じないのではないだろうかと思われるくらいに手遅れ感が半端ない。

 あっれぇ、俺もしかして色々な意味で終わったかもしれないっ?


「オルフェウス……?」

「……誤解です」


 フィリアの冷えきった声に自然と身体がガクガクと震えて純粋な恐怖を覚えるのを感じながら、俺は余計な事を言わないように短くそう答えた。

 ヤバいヤバいヤバい、フィリアは笑顔の筈なのに何故かめちゃめちゃ怖いんですが!? 絶対怒ってる、絶対に怒ってるよ……っ!


「流石に浮気は看過できないぞ」

「そうですね。オルフェウスさん、それは本当なんですか?」


 どうやら王様も王妃様もかなりお怒りになられているみたいだ。

 というか浮気って……、恋人でも何でもないのにそれを使うのはどうかと思うんだが。別に俺はどう言われたとしても構わないけど、俺のような奴とそんな事を言われるのはフィリアが嫌がるんじゃないだろうか? というか実の娘をもっと大事にしてやれよ、何が浮気だよ全く……。

 それにそんな事を言ってしまうとまたフィリアが過剰反応しそうなものだが、不思議なことに今回は特に動揺するような様子はないようだ。俺に言わせてみればこれこそ気が早いというものだと思うんだけど、どうして王様や王妃様はこんな事を口にしたのかなぁー? 親だったら普通そういうのは言っちゃいけない──っていうのは、もしかして時代遅れだったり……?

 ついさっきはルシウスの言葉にとても動揺していたようだったけど、もしかして怒っているから周囲の声が聞こえていなかったのかもしれないな。うん、そうに違いない。

 はい、現実逃避終了。


「…………本当です」


 俺は覚悟を決めて口を開いた。

 そう、幼女が言ったことは何一つとして間違ってはいない。

 ケリアへと行って戻ってくる道中で野宿をした時に、俺の寝袋にいつの間にか幼女が入り込んでいたという事態が起こった。

 勿論だが、俺が幼女の寝袋に入った訳では決してない。


「でも違うんです! 誤解なんです!」


 ここだけははっきりとしておかなくてはならない。

 俺と幼女との間には本当に何もないのは確かだし、幼女が色々と説明を端折って言った所為で盛大に誤解を生んだだけだ。

 なのでちゃんと詳細を説明すれば王様達も分かってくれる筈……。


「なんなに激しく……」

「もうお前は何も言うなッ!!」


 結局、俺の潔白を信じてもらう頃には料理は冷めてしまっていた。

次は3/3の15時くらいに投稿する予定です。

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