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第六話 ダンジョン攻略 ⑥

 初戦が終了して少し緩んでいた気を引き締め直し、幼女を後ろへやるように俺は一歩前進した。


「『エンチャント』」


 既に此方に向かって突進してきている五体のミノタウロスを見据えながら、短剣に魔力を集中させて付与魔法を発動させる。

 今回は『硬化』と『切れ味上昇』に加えて『飛刃』と『属性付与』も行い、万全な状態にした。

 因みに何の属性を付与したかというと、あまり殺傷能力が低くて戦闘に不向きと言われている水属性の付与を施した。

 それならもっと殺傷能力の高い属性を付与すれば良いのに──と考える人もいるかもしれないが、俺が水属性を付与した事にもちゃんとした理由がある。


「ブモオオオオッ!」


 その時、まだどちらの間合いにも入っていないというのにも(かか)わらず、どうしてか一体のミノタウロスが雄叫(おたけ)びを上げた。

 と思った瞬間にはそのミノタウロスの口から勢いよく炎が吹き出して、あっという間に俺達の視界の殆どを赤く染めていた。


「口から火を吹くなんて、まるでドラゴンだな」


 別にそんな迫真の演技など求めてはいないんだけどな。

 魔法なんだから普通に何処からでも出せるだろうに、このミノタウロス……なかなか分かってるじゃないか。


「感心してないで、早く逃げないと」


 (あご)に手をあてて迫り来る炎を見て(うなず)いていると、後ろから幼女が突っ込みを入れてきた。

 ……こいつ、自分だけでも逃げられるようにもう何歩か後ろに下がってやがる。

 多分このまま俺が何もしなかったら一人で逃げるつもり何だろうな。


「大丈夫」


 内心で薄情(はくじょう)な奴だと思いつつ、俺は三回ほど短剣を振った。

 すると短剣から水属性の『属性付与』の施された『飛刃』が飛び出し、すぐ目の前まで迫っていた炎と衝突した。


「……っふ」


 それと同時に俺は地を蹴った。

 ミノタウロスの放った炎と、俺の放った水の刃が衝突したことにより巻き起こった突風によって目を開けるのが大変だが、何とか我慢してそのまま突き進む。

 俺が水属性を付与した理由、それがこれだ。相手が土魔法を使うミノタウロスなら意味がない五分五分の確率だったけど、どうやら運が良かったようだ。

 後ろにいる幼女は大丈夫だろうかと少し心配になるけど、まあこの程度なら無事だろう。


「──ッ!?」


 炎と水の飛刃が互いを相殺(そうさい)して水蒸気による煙が発生すると、その中から突如として飛び出してきた俺に対して、ミノタウロスは驚いたように息を詰めたのが分かった。

 まさか避けずに突っ込んでくるとは思いもしなかったのだろう。


「せいっ!」


 そんなミノタウロスの足元まで接近すると、そのまますれ違い様に短剣を振った。


「──ッッッ!?」


 するとミノタウロスの胴体に細い線が走る。

 急所を攻撃しなかったので一瞬で絶命するようなことは無かったが、それでも身体を切り離されてしまえばそう長くは持たない。

 数秒後、ミノタウロスはこれでもかというほど目を見開き、同時にあまりの痛みに苦しみながら絶命した。


「ブモオオオッ!」


 しかし一体を倒したといっても、五体いたミノタウロスが四体に減っただけ。

 群れに突き進んだ事によって俺は周囲を包囲されてしまい、四方から俺を仕留めようとミノタウロスの腕が伸びてくる。


「くっ……!」


 真正面から伸びてきた拳を横に飛び退くことによってかわし、今度は飛び退いた方から捕まえようと伸びてくる手を上に飛んで回避する。

 しかしミノタウロスの攻撃はこれで終わりで一安心……とはいかず、空中に飛び出した俺に向けて他のミノタウロスが拳を突き出してきた。


「……っ!」


 それをリーチの短い短剣によって何とか受け止めるが、そのまま受け止めきるというのは流石に無理があったので、軽く舌打ちをしながらミノタウロスの拳を受け流す方法に変更する。

 だが、ただ受け流すとしても一筋縄ではいかない。何故なら相手の攻撃を逸らせるような状況ではないからだ。

 なので攻撃を受け流そうとすると、空中にいる所為で自分がミノタウロスの攻撃の軌道から逸れるように移動しなくてはならない。

 あまり強く逸らそうとすると自身が大きく吹き飛ばされかねないので慎重に、かつ迅速に行動を起こして僅かに短剣の向きを変える。


「よし……っ」


 計画は上手くいき、俺は吹き飛ばされることは無かった。

 そして真横を通りすぎるミノタウロスの腕から視線を下に向けると、そこにはいつの間にか此所まで距離を詰めていた幼女が、それも既に聖剣を構えていて……。


「はぁ!」


 俺だけに意識を集中させていたミノタウロスは、全く幼女の接近に気が付かず剣の餌食となった 。

 ……普通に戦闘に割り込んできて美味しいとこだけ持っていくのは、卑怯だと抗議を入れたい。

 しかし、それで戦闘は終了では無かった。一体だけ幼女の接近に気付いていたようで、後ろに跳んでその攻撃を回避したミノタウロスがいたのだ。


「逃がさない」


 そう言って幼女は刹那の内にミノタウロスとの距離を縮め、流れるような動きで首をはねた。

 ……うん、こいつ本当に美味しい所だけ持っていきやがったな。一体くらいは俺に残してくれても良かったと思うのだが。

 でも当人はそういった自覚は無いんだろうけど。


「はあ……」


 漸く地面に着地した俺は、溜め息を吐きながら頭を掻いた。

 まあ、取り敢えず無事に切り抜けられたから文句は言わないけど。

 ドロップ品を回収して、俺達は先へと足を進めた。


「そう言えばさ、これ何処まで降りれば良いんだ?」


 近くに魔物の気配が無いので、俺はふと思ったことを幼女に聞いてみた。

 依頼としてこのダンジョンにやって来たものの、〝何処まで行け〟という明確な指示は受けていない。


「私も聞いていないから分からない。……けど、いっぱいお肉集めれば良いと思う」


 どうやら幼女も知らないようで、短絡的なことを言ってきた。

 しかし、幼女の言っている事は何一つとして間違っていない。


「そうだな。……建国祭なのに食糧難とかマジで笑えないからな」


 そう、何と俺達の依頼というのは、肉をできるだけたくさん集めるというものなのだ。

 その為にあまり冒険者がいなさそうな場所まで来てこうして肉を集めている訳だが……。

 何故こんな時に食糧難なのか、それを説明するには少し時を(さかのぼ)らなくてはならない。


 ──約一ヶ月前、リーアスト王国の王都オルストに数十万という馬鹿げた数の魔物の大群が押し寄せてきたのはまだ記憶に新しい。

 その時に討伐した魔物から取れた溢れんばかりの肉の恩恵によって、それにつられるようにして多くの物の物価が下がった時期があった。

 あらゆる物価が下がったことによってスラムで暮らしている人々にも十分に食料が行き渡り、それでも有り余る肉は王都の外にまで運ばれた。しかしそれでも何十万という魔物の肉を全て消化する事は出来ず、保存が難しくなったものは干し肉として保存の効くものに加工されていった。

 だが一部のものは、調味料やワインなどを使って長期保存ができるようにしていたりもしているらしい。他にも肉そのものを凍りつかせる冷凍保存なるものもあるらしい。俺が【魔界】に行く前の魔法技術なら到底できるようなものでは無いので、流石は三百年以上も経っている世界だなと感心してしまう。

 ……だけど、このような保存技術なども三百年前に召喚された勇者様が伝えたものらしいが。

 それから一ヶ月もすれば、あれだけあった肉も底をつくのも仕方無い。そして、スタンピードの時にセディル大森林で空になった魔物が、一ヶ月で完全に回復しないのも仕方無い。

 それなりには回復したようだが、それでも高ランクの魔物はあまり(かんば)しくないようで……。


 そんなこんなで、俺達に依頼が来たという訳だ。

 その中でも特に貴族が食べるようなお高いものを頼まれていて、だからランクの高い魔物が確実にいるSランクダンジョンに来たのだ。

 この依頼の達成条件は、もう分かったと思う。


「それじゃあもう一踏ん張りしますか……」

「ん」


 俺達は丁度よく現れたミノタウロスを見据えながら、剣を抜き放った。

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