第六話 ダンジョン攻略 ①
王城を訪れてから三日。俺は王都オルストを離れて、ある別の町に訪れていた。
移動時間に二日とちょっとを掛けてやって来た町の名前はケリアというらしく、王都には及ばないものの活気のある町だ。
さて、どうして俺は王都を離れてケリアに来たのか。──という理由だが、まあそれには単純だがかなり深刻な問題がある。
そして今回ケリアに向かうにあたって、俺以外にもこれに同行している者がいる。
「おぉー」
「……おい、早速屋台に行こうとするな」
この優柔不断さで何となく察しがつくかもしれないが、同行者というのは『剣聖』の二つ名を持つ世界に二人しかいないSSランク冒険者である──幼女だ。
剣聖剣聖ともてはやされてはいるが、俺にとって剣聖など唯の幼女という域から出ることはない。だって見た目も精神年齢も幼女だというのに、それ以外の呼び方など俺には到底できるとは思えない。だって幼女だもん。
まあそれでも年齢は何と吃驚、見た目より何歳も高い十五歳らしいけど。
「どうして。私お腹すいた」
「駄目だ。先にギルドに行くぞ」
幼女の抗議を軽くあしらいながら、俺は関所で訊いた冒険者ギルドのある場所へと足を進める。
でも確かにこの町に来るまでの二日間はずっと走りっぱなしだったから、それなりの疲れが溜まっているだろうし、それに何よりまともな食事をとってこなかった所為で腹も空いている事だろう。
しかし、同じ気持ちを共有している俺の前で堂々と屋台に向かうのはどうかと思う。こう見えても俺だって我慢してるんだからな。
その後も幼女の我儘を聞き流しながら、俺達は漸く目指していた冒険者ギルドへと到着した。
「此処……か」
第一印象は、王都のギルドよりも少し小さいくらいかな──という感じだった。
これまでネルバ、王都オルスト、そしてケリアのギルドを見てきたけど、どれも大きさに差があるものの殆ど同じ造りをしている。
「早く行こ?」
「嗚呼、分かってるよ」
そう言って俺は閉められたギルドの扉に手を掛け、押し開ける。
すると、もう慣れてしまったが酒のにおいが押し寄せてきて、同時にとても賑やかな笑い声が聞こえてきた。
それを聞きながら、俺達は目の前の受付まで足を進める。
「──ああん? 見ねえ顔だなあ、おい?」
……しかし進めていた足は、横から進行方向を塞ぐようにして現れた、少し酔いが回っていそうな男によって止められてしまった。
俺の身長よりもかなり高いその人の顔を見ようと顔を上げると、そこには額に切り傷の入ったかなり厳ついおっさんの顔があった。
「あーあー、可哀想に」
「おい、誰か止めてやれよ」
「無理だって。あいつBランクだぜ?」
「お前Bランクだろ。止めてこいよ」
「私? 無理よ。魔法使い何だから」
「あの幼女、どっかで……」
「御愁傷様だな」
徐々に此方の様子に注目が集まってきて、酒を飲み交わしていた冒険者達がヒソヒソと話し出す。
バッチリ聞こえているその話を聞く限りでは、この冒険者はBランクとかなりの実力者だという事と、血気盛んで喧嘩っ早く、ちょくちょく新人に絡んでくるらしい。
まあ冒険者なんて大概そんなものだし、誰もが一度は通る道だと俺は思っている。いわば最初の試練というものだと解釈している。
俺は新人でも何でもないんだが、見た目が子供だから絡まれてしまったんだろう。
「……退いてくれませんか?」
素っ気なく、しかしはっきりとそう口にする。
冒険者たる者、舐められるような言動を取ってはいけない。
「何だあ? その目はよお!」
俺の態度が気に食わなかったのか、いきなり殴り掛かってきた。
だがその時には既に俺達は攻撃を予測してその場から離れていたので、絡んできた冒険者の拳は虚しくも空振りに終わる。
するとまさか避けられるとは思っていなかったのか、冒険者は勢い余って数歩前進してしまう。
意地の悪い行動だが、背後に回った俺はその背中を軽く押してやる。
「うおぉっ!?」
後ろから押された事によりバランスを取りきれなくなった冒険者はその場で派手に転倒する。
「何だ今のっ!?」
「消えたと思ったら後ろに……?」
「まるで動きが見えなかった……」
「あのガキ共、いったい何もんだよ……!」
どうやら野次馬も、俺達が殴り飛ばされる結末しか予想していなかったようだ。
そんな騒ぎを一瞥してから俺達は回れ右をして今度こそ受付へと向かう。
「すいません。この町のダンジョンに行きたいんですが」
「えっ、は、はいっ! ギルドカードを確認しますのでっ、提出してください!」
……何故だろう。受付嬢が俺に怯えている感じがするのは気の所為だろうか?
そう思いながらも、言われた通りにギルドカードを提出する。
「ええと、……Aランク冒険者!? それに、剣聖っ!?」
作り笑いが無くなり、悲鳴のように俺達の冒険者ランクを口にする受付嬢の声は、ギルド内に響き渡った。
そういえば俺の冒険者ランクだけど、色々と勝手を良くする為とか何とかでCランクからAランク冒険者へと王都を出る前に昇格されている。
勝手を良くする為という理由で昇格されたけど、Aランクになれるくらいの功績は既に持っていたようなので暫く待っていれば自動的にそうなっていたらしいけど。
「い、今、Aランクっていう聞こえたんだが……」
「そそ、それよりも剣聖って……っ!」
「SSランクだと!?」
「あんなガキにまで俺は越されているのか……!?」
「何でこんな所に……っ」
まあ、この反応は予想していた。
このランクにまでなれば一つの町に両手で数えられるくらいしか居ないだろうし。
「Aランクに、剣聖だと……!?」
少し遅れて、俺が転ばせた冒険者も地面に這いつくばりながら驚きの声を漏らした。
どうやらとんでもない奴に喧嘩を売ってしまったと今更ながらに気付いたようで、後悔と恐怖のあまり力が出ず起き上がれないようだった。
それを見ていたら少しだけ罪悪感を感じてしまったので、俺はその冒険者の前まで歩み寄った。そしてなるべく怖がらせないように笑顔を作って手を伸ばす。
「大丈夫ですか?」
「……っ!? あ、嗚呼。済まなかった……」
「気にしないでください」
冒険者の手を取り、引き起こしてあげる。
向こうはとてつもなく気不味いと思うのですぐに手を離して受付へと戻る。
すると戻ってくるのを待っていた受付嬢が、下手に出るようにして口を開いた。
「あ、あのー。ダンジョンというのは……」
「はい。──Sランクダンジョンの事です」




