第五話 無駄に高い『料理』スキル
平常回です。
「さーて、やりますか……」
そう言って、服の裾を捲し上げる。
俺が今いる場所は王城の内部にいくつも存在する厨房の一つで、何時も着ているローブは着ずによくシェフが着ていそうな服を身に付けている。もちろん縦長の帽子もしっかりとかぶっており、傍から見れば一端の料理人には見られると思う。
本当はこんな格好は似合わないし、恥ずかしいからしたくないのだが、王城の厨房にはこのようなちゃんとした服を着ていかないといけないという決まりがあるらしい。
理由は様々で、なるべく厨房を汚さないため、万が一にも料理に埃が入るのを防ぐため、王城ゆえにそれ相応の身なりにするため等々……。
そして今回はちゃんと国に雇われている料理人が調理をする訳ではないので、監視兼お手伝い役として一人のシェフが付き添っている。
「何を作ろうかな~……」
しっかりと水道で手を洗いながら、俺はどんなものを作ろうかと頭の中で色々と案を考える。
知り合いや一人で食べるような食べ物ならあまり悩まずに適当に作ってしまうのだが、今回に限ってはそんな事をいってられる状況ではない。
何故なら今から俺が作る料理はフィリアが食べるものだし、更にいえば王様と王妃様までもが口にするものなんだから。
例え王族といえど多少なりとも交流があるので知り合いといえば知り合いになるんだろうけど、だからといって料理をおざなりにして後ろで見ているシェフに怒られたら堪ったもんじゃない。全く面倒な頼みを聞いてしまったものだと今更ながらに後悔している。
だけど、引き受けてしまった以上、最後までやり遂げるのは当たり前だ。
「取り敢えず主食はパスタにするとして、後は……」
パスタとは、俺もつい最近に知った料理で〝らーめん〟と同じ麺料理の一つだ。
初めて食べた時はこんな食べ物までこの時代に存在するのか! すげえ、マジすげえ──と思っていたけれど、これを産み出したのがあの有名な三百年前に異世界から召喚された勇者様だと知って納得した。
今知っている食べ物でもからあげやらーめん等というものがあって、最近追加されたパスタというものもどれも外れなしでとても美味しい。こんな料理を三百年前に考案して、それが今でも受け継がれているのは普通に凄いことだと思う。
世界を滅ぼそうとした魔王を打ち倒し、衣、食、住の全てを数世紀レベルでめざましく発展させた誰もが知り、世界の英雄である勇者様。何て文武両道の素晴らしい勇者様だろうか。きっと顔も笑顔が似合う爽やかイケメンだったに違いない。
「ハンバーグと、和え物で良いか」
何を作るかを決めた俺は、早速必要な食材を取りに行く。
調味料全般は元からキッチンに置いてあるので、それ以外の食材を手に持ち戻ってくる。
「よし、やりますか」
準備が整い、早速料理を始める。
まず最初は一番簡単な和え物から始めようと思う。
罪障は〝こまつな〟と〝とまと〟という野菜と、いりごま、だし汁、醤油と砂糖だ。
これも最近になって知った事なんだが、こういう野菜の名前なども勇者様が色々と決めたらしい。俺が住んでいた所は田舎も田舎だったので、野菜の名前すら伝わっていなかったけど、どうやらかなりの数の野菜の名前を改名したらしい。本当に色んなものに手を出している勇者様だ。
ちょっと簡単なものを選びすぎたかもしれないけど、美味しいから大丈夫だと思う。
「まずは茹でて……と」
沸騰させたお湯の中にこまつなを投入し、色よく茹でていく。
茹で上がったらお湯からこまつなを取り出して水気をしっかりと切る。
そうしたらトントンと三センチくらいの間隔で手際よくこまつなを包丁で切っていき、それが終わったら今度はとまとの方をヘタを取ってから半分に切る。
そしたら後は調味料をぶちこんでさっと和えたら……はい、『こまつなととまとの和え物』の完成だ。
「おお……!」
まずは一品作り終えた所で後ろから驚きの声が聞こえた。
振り返って見ると監視兼お手伝い役のシェフが此方を尊敬の眼差しで見ていた。
……いや、このくらい誰だって作れるだろ。もしかしてあれか? 俺が人様に出せるようなまともな料理を作れるかどうか、疑っていたのかもしれない。まあ俺の本職は冒険者だから仕方無いといえば仕方無いのかもしれないけれども。
まあ、それ以外に原因があるとすれば俺の『料理』というスキルの所為だろう。
一般人ならばスキルレベルは10が限界だが、人を超越して更に覚醒した俺の『料理』のスキルレベルは21だ。ここまでの域に達してしまうと、もはやそこら辺に生えている雑草を炒めるだけでも絶品料理が作れるようになる。……やらないけどな?
「次はハンバーグだな」
出来上がった和え物を器に盛り付けてから、次の料理へと取り掛かる。
たまねぎをまな板の上に乗せて、手を添えて支えるような事はせずに包丁を持った左手を流れるように動かしていく。監視しているシェフにはまるで何をしているのか見えないだろうが、たまねぎはちゃんと微塵切りされている。
三秒くらいは経過しただろうか。俺はそろそろ良いかな、と思って動かしていた左手を止める。
瞬間、たまねぎに数え切れないほどの線が走り、ボロボロと崩れ落ちた。
「何と……っ!」
先程よりも大きなどよめきが聞こえてくるけど、いちいち反応しててもしょうがないので無視だ。
今度は油を垂らして暫く熱し、たまねぎをそのフライパンに移して炒めていく。
ここでも時間短縮のためにある魔法を使う。
それは時空魔法によってたまねぎに流れている時間そのものを早め、それなりに炒めないといけないたまねぎをあっという間に良い感じにさせる──というものだ。勿論こんな勿体無い使い方をするのはそうそういないかもしれないけど。
「よし」
炒め終えたたまねぎをボウルに移し、肉と一緒にパン粉、牛乳、すりおろしたにんにく、塩、砂糖、胡椒を投入していく。
そうしたら手を突っ込み、均等に混ざるように手を開閉しながらかき混ぜる。
ここからの行程は形を整え終えるまで時短は出来ないので根気よくやらないといけない。
最近は買い食いばかりで料理なんて殆どしてこなかったし、しかも初めてハンバーグを作るのでやり方が間違っていないかと心配になってくるけど、そこは無駄に鍛えられた『料理』スキルを信じるしかない。
ハンバーグのタネが完成し、そこからいくつかに分けてハンバーグの形を整え、中に入った空気を抜く作業を行っていく。
フライパンに油を垂らして熱していき、頃合いになったらそこにハンバーグをゆっくりと並べる。
ここまで来たらまた時空魔法によって焼く時間を短縮していき、こんがりと焼けてきたらヘラによって裏返してやる。
「あの……」
その時、監視兼お手伝い役のシェフが声を掛けてきた。
「どうしたんですか?」
「玉ねぎを炒める時もそうでしたが、火はしっかり通っているんですか?」
……ああ、その事か。
確かにたまねぎも三十秒くらいだったし、ハンバーグを裏返したのも一分くらいしか経っていない時だったからな。一流の料理人でなくとも異変に気が付くだろう。
これは言葉にするのは難しいので完成したものを見て納得してもらいたい。
「大丈夫です。見ててください」
「はあ……?」
シェフは納得はしていない様子だったが、料理の邪魔をしないようにと渋々後ろに下がっていく。
そして丁度、良い感じにハンバーグが焼けてきたので火を弱めてそのまま蒸し焼きにする。
「さて、待っている間にパスタの方に取り掛かるか」
新しいボウルを取り出し、その中に生クリームとチーズ、塩コショウを入れて混ぜ合わせる。するとパスタのソースとなるものが八割ほど終了する。
次にパスタと、具材が無いのは寂しいのでドラゴンの細切れ肉とキノコを一緒に入れて、時空魔法によってあっという間に茹で上げる。
そうして出来た茹で汁を少量ソースに入れてよく混ぜてからその中に茹でたパスタをぶちこむ。
それを器に盛り付けてから上に胡椒をさっと掛ければ……はい。手抜き……もとい、簡単カルボナーラの出来上がりだ!
「お、こっちも良い感じだな」
目を離していたハンバーグに竹串をその一つに刺してみる。
すると出来た小さな穴から溢れるように透明な肉汁が出てくる。この肉汁こそがしっかりと中にも火が通っているという証拠だ。
完成したハンバーグを先に器に移動させて、この残った肉汁によって今度はハンバーグに掛けるソースを作っていく。
といっても後はケチャップとウスターソース、醤油をかき混ぜるだけなんだけどな。
そして完成したソースをハンバーグにたっぷりかけてやれば……。
「これで完成……って言いたいんだけどなあ……」
当初の予定ではうこれで全ての料理を作り終えたのだが、3品だけだとどうしてもうーん、となってしまう。
なら、もう一品だけでも作っておくか。
◆◆◆
「あ、オルフェウス。もう出来たの?」
「嗚呼、待たせたな」
何時ものローブ姿に戻った俺は座って静かに待っていたフィリアと言葉を交わす。
もう……といっても三十分くらいは経っている気はするんだけど。
「お久し振りですね。オルフェウスさん」
すると今度はフィリアの隣に腰掛けていた女性が声を掛けてくる。
「はい。お久し振りです王妃様」
思い返してみると王妃様とはフィリアや王様と比べるとあまり接点はないのだが、それでも色々と話が合ったりするので話すときはかなり長く話したりもしている。
しかしそれでも王様が王妃様に諌められている場面をよく目にするので、自然と言葉遣いを丁寧にしてしまっているけどな。やっぱり何処の世界でも男性よりも女性が強いんだよな……。
「ごめんなさいね。あの人はまだ仕事中で……。もうすぐ来ると思うのだけど……」
あの人、とは王様の事だろう。
まあ仕事があるのなら遅れたとしても仕方無いよな。王様はこの国のトップだから、そんな人が仕事をおざなりにすることはどんな理由があったとしても許される事ではないし。
それに料理が冷めてしまうという心配も無用だし、いくら待っていても大丈夫だ。
「気にしないで下さい。もう来たようですから」
そう言い終わるや否や、部屋の扉がガチャリと開けられる音が響く。
「済まない。遅れてしまって」
その扉の奥からたった今話題にあがっていた人物──王様が軽く謝罪をしながら姿を現した。
「あら、本当」
「これで皆揃いましたね!」
待ち遠しかったのか、フィリアはとても嬉しそうに笑顔を作る。
傍に控えていたメイドは四人が揃ったのを確認して、厨房に置いてある料理を取りに行った。
その様子を見ると何か申し訳無い気持ちになるのは、恐らく俺が平民だからだろう。
「おおおっ!」
料理が全て運び込まれて、器にかぶせられていた蓋を取ると真っ先に王様が歓声を上げた。
フィリアや王妃様も王様ほどでは無いがかなりの完成度に驚きを隠せないようで、目を見開きながら小さく驚きの声を溢していた。
さて、ここで誰も気付いてくれなかったので一人寂しくある衝撃事実を発表しよう。
この料理が盛られた器は全て俺が製作した魔道具の一つで、蓋を閉めている間はその中の時間の流れが停止するという効果がある。つまり目の前に広がっている料理の数々はどれも出来立ての状態で保存されていたという訳だ。
こういう細かい所まで配慮するのが俺クオリティーだ。
「これはパスタですか」
「野菜もちゃんとありますね」
「ステーキか。良いな」
取り敢えず、見た目で決まる第一印象はバッチリのようだ。
俺が付け足した一品も喜んでもらえたようで何よりだ。ステーキの肉には【魔界】で暮らしていた時に腐るほど狩りまくったフェニックスの肉を使っているので、かなり素材には自信がある。
『料理』のスキルによって見た目も味もかなり補正されているとは思うけど、それでも好印象だったのは素直に嬉しい。
しかしそうやって一先ずの不安を乗り越えて安心していられるのは僅かな間だけだった。
「貴方?」
瞬間、とても凍えた鋭い声が聞こえてきた。
見ると王妃様がにこにこした表情でとある方向をじっと見ていた。
その視線は俺の隣に座っている人──王様に向けられたものだと気付いた俺は、自分では無かった事に内心ホッとしながら王様の方へと視線を向けた。
するとそこには一足先に料理に手を付けようとしている王様がいて──。
「すっ、すす済まん!」
身体をビクッと震わせて、その手を素早く引っ込めた。
早く食べたいっていう気持ちは分からなくないけど、それは王妃様の前ではやってはいけない事のようだ。というか王様と王妃様が一緒にいるとかなりの確率で王様が叱られている光景を見ている気がするんだけど、気の所為……ではないと思う。
でも、そのお陰で場が和むから俺は嫌いではない。
もちろん王様が怒られているのは可哀想だとは思うけど、この人も懲りないからなあ……。
「んんっ、それでは──」
「「「「いただきます」」」」
──それから暫くの間、俺達はワイワイガヤガヤと賑やかに昼食をとる事となった。
料理、行程があってるか不安です……。




