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第四話 部屋に二人きり

遅くなってすいません。

「分かった。分かったから落ち着くんだ二人とも」

「「…………はい」」


 ネオルの放った言葉に俺達は二人揃って弱々しく返事をする。そして俺は挨拶を交わす時に持ち上げていた腰をゆっくりとソファーに下ろし、それでも恥ずかしさのあまり顔は下に向けていた。

 その様子を見たネオルは、柔らかい笑みを此方に向けてくる。……この人の考えてることって何だかよく分からない感じがするよな。意外とラフな所もあるし、親しみやすいって感じもあるけど。

 ……そういえばフィリアはどうしてこの部屋に来たんだろうか。王子様が目的だったなら部屋には入ってこなかった筈だし、ネオルにでも用があったのかもしれない。


「おっと、このあと用事がある事をすっかり忘れて長居してしまっていた」


 静かになった部屋にネオルの声が響く。

 そして徐にソファーから立ち上がり、すたすたと部屋の扉の方へと足を進めていく。

 というか用事がある? 俺の耳にはかなり棒読みのように聞こえた……というより、誰が聞いても棒読みに聞こえると思うのだが、本当に何かしらの用事があるのか?

 えっ、ちょっと待て。じゃあ二つめの依頼というのはどうなるんだ? 俺まだそれがどんな依頼なのかも聞いていないんだけど……。


「オルフェウス君。悪いけどもう一つの方はギルドに手紙を送っておくから、今日の内に取りに行ってくれないか? じゃあそういう事だから」

「え、あっ、ちょ……」


 淡々と捲し立てたネオルはそう言い残して部屋から出ていってしまった。

 俺が何かを言おうとした時にはバタンと扉が閉まってしまい、扉を数秒の間ボーッと眺めてから自然と扉へと伸びていた腕をだらんと下ろした。

 声はどう考えても棒読み以外の何物でもなかったけど、あれだけ急いで出ていったという事はそれなりの用事があるということなんだろうか。棒読みだったけど。


「……行っちゃいましたね」

「そうだな。まあ、取り敢えず座れよ」


 取り残されてしまった俺達は軽く言葉を交わして、俺は疲れたかのようにだらしなくソファーに寄り掛かる。

 何か、自分が感じているよりもとても短い時間しか過ごしていない筈なのに、とても疲れた。恐らくこの疲れの原因はこの国の王子様にあるのだろうけど。

 そんな事を考えていると、不意に隣に誰かが座ってきた。


「…………」


 しかし誰かが、といってもこの部屋には俺とフィリアしか存在しないので、誰が隣に座ってきたのかは考えずとも答えが出てしまう。だがそれでも俺の脳はその事実を認めたくなかったらしく、確認とばかりに首がギギギと回転して横を向く。

 するとそこには間違いなくフィリアが座っていて、身長の差によってフィリアが俺を見上げるようにして見詰めていた。

 しかも、近い。手を少しでも動かしてしまえばフィリアのドレスに触れてしまいそうになるくらいに、フィリアは俺のすぐ近くに腰を下ろしている。


「…………」


 そんな至近距離でフィリアから見詰められた俺はあまりの恥ずかしさに身動きがとれず、そして至近距離から見る美少女の顔に思わず息を飲んでしまう。

 フィリアは可愛い。俺の三十数年の人生を振り返ったとしてもこれほどまでの美少女を目にした記憶は一つたりともない。ダントツでトップの可愛さを誇っている。

 そんな美少女に見詰められてしまったら、年老いてしまった俺の心がちょっとずつ若返っていくような感覚に襲われる。


「ち、近いんだが……」


 流石にこのままの状態では色々と危ないと判断して、それとなく少しでいいから離れるようにとフィリアに伝える。


「いつもこうしていたんですから、良いじゃないですか」

「うぐっ」


 顔を赤くしながらフィリアがそう言ってくる。

 確かに、フィリアの言っている事は正しいと言わざるを得ない。

 何故なら約一週間だけだが王城で暮らしていた時は、こうやって油断をすると簡単に身体が触れてしまいそうなくらいに至近距離で座っていたからだ。なので俺は痛い所を突かれてしまい、言い返せずに言葉を詰まらせてしまう。

 あの頃は王立学園に通っているフィリアが学校から帰ってくるや否や俺が泊まっていた部屋に訪れて、今のようにしてほぼ密着した状態で会話をしていた。

 だが勿論最初からそうだったという訳ではなく、始めはちょっとずつ俺の方に近付いてくるフィリアに対して此方もちょっとずつ離れていくという繰り返しだった。しかしそれはどんどんとソファーの端に追いやられる俺には圧倒的に不利なもので、(つい)には逃げ場を無くしてしまう。

 そして俺には「離れてくれないか」なんてフィリアを傷付けるかもしれないような言葉を口にできる筈もなく、これが普通になってしまったのだ。


「フィリアはどうして此処に来たんだ? 何か用事があったりしたのか?」


 耐えきれずにフィリアから視線を逸らしてしまった俺は苦し紛れにそう言った。

 何も喋らずにずっとこのままは気不味すぎるから、何でも良いから話を振ろうと思ったのだ。


「オルフェウスが来ているとお父様から聞いたので、来ちゃいました。ダメ、でしたか……?」


 ダメ──だなんて、この美少女の上目遣いを食らいながらいったい誰が言えるだろうか。

 少なくとも俺は絶対に言えない。それを言ってしまうと彼女の思わず守りたくなるような可愛さまでをも、俺は否定しているような気持ちになってしまうから。


「……そんな訳ないだろ。お前が元気かどうかも確認できたんだし」

「ふふ。オルフェウスのそういう優しい所、好きですよ」

「はいはい……」


 全く動じずにあしらっているが、俺でなければ恐らく確実に勘違いしていただろう。

 最近、周りに誰もおらず二人だけの時とかにこいつは平然と俺に向かって〝好き〟という言葉を使うようになっていた。

 突然そう言われた時は流石に動揺してしまったけど、フィリアの何でもないような顔を見てとこれが現代の普通なんだろう──そう判断した。それからというもの、ちょくちょくその言葉を言われるようになったが、そのお陰で俺もあまり動揺せずに対応する事が可能になった。

 まあそれでも心にくるものはあるので、できるのなら止めてほしいんだけどな。


「ネオルさんとは何を話していたんですか?」

「ん、ああ、建国祭のパーティーでフィリアを護衛してくれって頼まれた」


 まあ、国家戦力をもって護衛にあたるパーティーなんぞが襲撃されるとは思えないけどな。

 国に喧嘩を売れるような力があればもっとましな生き方をしているだろうし。


「そうなんですか。……それで、何て答えたんですか?」

「……やるって言ったけど」

「ふふ、そうですか」


 今日のフィリアはご機嫌のようで、さっきからずっと笑顔を見せている。

 とても楽しそうだ。俺なんかと話しているのに。

 でも、その笑顔を見ていると此方も何だか満たされたような気持ちになる。


「じゃあ、何かあったら、私をしっかり守って下さいね?」


 その中でも、今の笑顔は特別だった。

 不意を突かれた俺は恥ずかしさのあまりフィリアを見ていられなくなり、視線を前へと戻してしまう。俺の顔、どうなっているのだろうか。多分、みっともない顔をしているんだろうな。

 今フィリアが見せた不敵な微笑みは、恐らく俺の頭から暫く離れることはないだろう。


「その時は、必ず」


 気付くとそんな言葉が口から溢れていた。

 遅れてその事に気付いた俺は何を言っているんだと過去の自分を責めるけど、不思議とそれを言い直そうとは思わなかった。


「……どうした?」


 声が聞こえなくなった事を心配して再び視線をフィリアの方へと戻すと、何故か俺から顔を隠すようにして下を向いてしまっていた。

 一瞬、泣いているんじゃないかと思ってしまった。


「何でもないです」


 フィリアは顔を上げて、そう言ってくる。

 そして俺は、彼女の首にさげられているあるものに気が付いた。


「……それ、付けてるのか」


 それとは、俺がフィリアにプレゼントしたオレンジ色の宝石が使われているネックレスだ。

 王城での生活が終わって出ていく時に渡したものだ。


「はい。私の一番の宝物ですから」


 一番の宝物……か。そう思ってくれているのはとても嬉しいけど、そこまで大切にしてくれているとは正直びっくりした。


「私、少し怒ってます」

「え!? 何で」


 お、怒ってる……?

 見た感じ全然そんな風には見えないけど、怒っているのか……。

 でも、何で怒っているんだ? 俺に言ってきたって事は俺に対して怒っている、んだよな。


「約束、覚えてないんですか?」

「約束……ああ!」


 そういえば、このネックレスをプレゼントした時に約束したことがあった。

 ──また遊びに来て下さいね!

 その時のフィリアの言葉が脳内にフラッシュバックする。


「むーー」

「ご、ごめんって! 今度、ちゃんと行くから!」


 頬を膨らませているフィリアを可愛いと心の片隅で思いつつ、手を合わせながら慌てて謝罪をする。

 いや、忘れていた訳ではないんです。最近は色々と立て込んでいたから、行く暇を作ることが出来なかったんですよ。


「許して上げる代わりに、お願いがあります」


 そんな心の中での謝罪が効いたのか、フィリアが許してくれると言ってくれた。

 だがしかし、どうやら許してもらうには条件というものがあるらしい。


「な、何でしょう……」

「今日のお昼は、オルフェウスが作ってください」


 許してもらうには、今日のお昼ごはんを俺が作らなければならないらしい。

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