第一話 喫茶店にて
──建国祭。
それは、リーアスト王国が初めて世界にその名を刻んだ日を祝う為の国を挙げたお祭り。
毎年のように国内外を問わず多くの人々がリーアスト王国の王都オルストにその足を運び、十日間夜通しでかなりの盛り上がりを見せる、大陸でも五指に入るであろう行事だ。
十日間という日数を掛けて行われる建国祭。国が主催した祭りを盛り上げる催しの数はもはや両手どころか、両足の指を入れても数えきれない程に多いとか。更に商会や民間の企業が企画する催しを加えればとてもじゃないが数える気にもなれない。
そんな数多の催しの中でも例年特に注目されているのが闘技場で行われる『リーアスト王国剣術大会』という剣術の腕を競う剣術大会と、王国が誇る竜騎士団による隊列飛行ショーだ。
『リーアスト王国剣術大会』は世界中から剣術の腕に自信のある猛者達が一同に集結し、その中から最強の剣士を決める大会。それには十八歳以下が出場する『子供の部』と十九歳以上が出場する『大人の部』の二つの部門に分けられて行われており、子供と大人の二人の最強を決める。そしてその大会で優秀な成績を納めるとその成績に応じて豪華景品が与えられ、毎年のように優勝者には一線を画するとてつもない景品が用意されている。更にその景品とは別に、『子供の部』の優勝者にはリーアスト王国騎士団団長との手合わせができる権利が与えられ、子供達にとっては夢のような時間を過ごす事ができる権利だ。
竜騎士団による騎竜のショーは王都オルストの上空を駆け巡る大迫力のショーを誰もが見にすることができ、悠然と大空を自由に駆ける竜騎士への憧れは年齢を問わず絶大なものがある。そのショーの中でも最も熱い盛り上がりを見せるのが竜騎士と竜騎士の天空での模擬戦で、竜騎士が剣と剣をぶつけ合う時や騎竜が炎のブレスを吐く時などはそれはもう大きな歓声が王都に響き渡る。
…………等々、実に知っているような口振りで説明したが、これはつい先程セト達に教えてもらった情報をそのまま丸パクリしただけです本当にすみません。
セディル大森林から戻ってきてから依頼の達成報告をして報酬を貰い、魔物の素材を売り払った後で俺達は直ぐにこじんまりとした喫茶店へと足を運んでいた。
そこでもうすぐ王都で行われるという〝建国祭〟について色々と話を聞いていた所だ。
「……そんなのがあったのか」
何も知らなかった俺の口からは話を聞き終わるや否や、自然とそんな言葉が溢れていた。
「……いや、このくらい常識だと思うんだけど」
とナディアが言ってくる。
うん、君は一旦黙ろうか。俺の事情を一ミリたりとも分かっていない分際で〝このくらい常識〟とか何とかって言わないでもらいたい。
俺だってちょっとずつだけど漸く今の世界の常識を学んできてるんだから、少しは誉めてくれても良いくらい何だぞ。
と溢れそうになる気持ちは飲み込む。話した所で信じてはくれないだろうし。
「で、それっていつなんだ?」
「二週間後ですよ師匠」
成る程、二週間後か。確かに最近になって町全体が浮き足立ってるような印象はあったけど、もうすぐ建国祭とやらがあるからだったのか。
それに、建国祭があると知ったことで分かった事もある。
それは以前に受けた指名依頼の件に関してだ。何が待ち受けているかも分からないとある場所の調査という、あまりにも情報の少なくかつ危険な依頼。そう判断されたからこそSランク依頼としてギルドが直々に冒険者を集めた。ここまでならば何ら不自然な事は見受けられないが。思い返してみればここから先は不自然な事ばかりだった。
一つ、報酬が大金すぎた。あの時はその大金に目が眩んで即答してしまったが、よく考えてみればあの報酬はかなり高かった。もうそれだけで国がバックアップしていると分かる。
二つ、Sランクの依頼だというのにも拘わらず態々SSランクの冒険者を呼び寄せてまで依頼を成功させようとしていた事。どれだけの脅威が待ち受けているのか分からない現状で高ランク冒険者を多く雇うのならまだ納得できるが、そこにSSランクを投入するのは明らかに過剰戦力といって良いだろう。
三つ。これは……まあ、完全に悪口になってしまうのだが……。ぶっちゃけてしまうと集まった冒険者がどいつもこいつも馬鹿ばっかりだったという事だ。SSランクを投入するというのに、他が適当すぎるだろう──と。あれは〝取り敢えず強い奴を〟とその者の頭の程度を何一つとして考慮せずに詰め込んでしまった結果だろう。
まあ、そこまでしてでも早期に解決してほしかったという事だろうけど。
「美味しい食べ物がいっぱい出るから楽しみだよね!」
「ほう……美味い食い物」
考え事をしていた俺はシエラの一言に思わず反応してしまう。
だがそれも至って仕方の無い事だろう。何時も平然とした顔で至高の食べ物であるからあげを口にしているような奴が、はっきりと美味しいと口にしたのだから。これで関心を持たずして何に関心を持てというのだろうか?
一体どんな食べ物が食えるのか。今から待ち遠しくなってきたな……!
「師匠は誰と回るかもう決めましたか?」
と、セトが訊いてくる。
建国祭という祭りの存在をつい今さっき知ったばかりの俺が、既に誰と行くかを決めている訳がないだろうに。そもそも俺と祭りに行きたい奴なんて……。
(……む?)
気の所為だろうか。心なしかセトが何かを期待しているような目で俺が質問に答えるのを見ているように感じられる。こいつはいったい俺に何を期待しているのだろう?
といっても考えた所で仕方無いし、答えが変わるような事もないけど。
「いや、まだだな」
そう答えるとセトは何故かとても良い笑顔を向けてきた。それも何処からか光を当てられているんじゃないのかと思ってしまいそうな程に、それはもう良い笑顔を此方に向けてくる。
……喧嘩売ってんのかこいつ。自分はもう決まっているからって、そんな態度を取らないでほしいんだが。……今度お仕置きでもしてやろうか。
「じゃあっ、僕達と一緒に行きませんか!」
「「「……えっ」」」
被害妄想かもしれないが、セトの行動に不機嫌になりつつあった俺はセトの言葉を耳にして思わずそんな声を溢してしまった。そして思いがけない事を言い出したセトに対し、俺以外にもその言葉に驚きのあまり声を出してしまった者が二名ほどいるようだ。
いやもうそれだけで俺と一緒に行くのが嫌だって事が分かるんだけど。あからさまに分かりやすい反応をされると気不味くなる……が、二人が嫌がった理由はだいたい想像できる。
そんな二人に俺は、青春してるな──と思いながら。
「あー……折角の誘いだけど、遠慮しとく」
俺はその誘いを丁重に断る事にした。
「ええー何でですかー! 良いじゃないですかー!」
すると即座にセトが抗議してくるが、少しは両隣に座っている二人の顔色を窺ってほしいものだ。
それにしてもしつこいな。もし俺が一緒に行くって言って四人で行動する事になったとしても、楽しいのはお前だけだと思うんだけとな。というか結構前から感じていたけど、こいつやっぱり鈍感だよな。
「良いから、良いから、俺のことなんか気にせず三人で楽しんでくれ」
「ぶー」
……子供かっ!
「え、って事はオルフェウス君一人で行くの?」
「んー、それはこれ次第かな」
イリアが言った事に俺は懐から一つの封筒を取り出しながらそう返す。
それが上手く話の内容を逸らす結果をもたらしてくれた。
「それって、ギルドで受け取った手紙ですよね。差出人はいったい誰なんですか?」
と、セトが訊いてくた。
……あれ、そういえばこれって誰から送られた手紙なのんだ? 思い返してみるとこの封筒を受付嬢のリーシャさんから受け取った時にも誰からとか聞いてないし、手紙を貰うくらい親しい関係の人なんてパッと出てこない。それに封筒にも誰宛か書かれていないときた。
そんな風に思いながらまじまじと封筒を眺めていると、無性に中に入っている手紙を見たくなってしまう衝動に駆られる。それから数秒ほど悩んでから俺は封筒の開け、中から三枚の紙を取り出した。
そして手紙を寄越した人は……。
「……王様からだ」
「「「「「ぶふーーーっ」」」」」
呟いた言葉に、丁度良くお茶を啜っていた五人が勢い良く吹き出した。
あっ、そういや俺と王様が知り合いだってこいつらは知らなかったんだっけか。
「お、おおお、王様っ!?」
「もしかして、ああああなた……貴族だったの……!?」
「流石師匠です!」
「「え、えええ!?」」
此処が喫茶店だという事を忘れて大きな声で騒ぎ出した五人を他所に、俺は早速その手紙に書かれた内容に目を通す。幸い今は俺達しか居ないから迷惑を掛けるような事はないだろうし。
(えーと、何々……)
***
オルフェウス君へ
最近、様々な事が起こったこの国で、君は今どうしているだろうか?
私はそんな事後処理にいまだに追われているよ。貴族や他国の使者からは「誰がファフニールを討伐したのか」と煩いほどに訊いてくる。全く、一人でファフニールを倒してしまうような大層な人物との関係を持つというのも、意外と大変なものだな。
さて、今回この手紙を君に届けた理由だが……。色々とお願いしたい事があるんだ。具体的には二週間後に行われる建国祭について何だが、詳しい事情は王城で話すことにしよう。なので申し訳無いが明日の朝、王城に来てくれないだろうか?
ジェクト=オルネア=リーアスト
***
ここまでで、三枚ある手紙の一枚が終わっていた。
取り敢えず内容を整理すると、これから二週間後に開催される建国祭に多祥なりとも関わる頼み事をしたいという事だろうか。具体的な内容は書かれていないからどんな事を頼みたいのかは分かりかねるが、王様が直接この手紙を介して俺に話を持ち掛けてきたという事はそれなりの事情があると考えられる。
まあ兎に角、明日になれば分かるだろうし。
まだ後二枚の手紙に目を通していないが、それも宿に戻ってからでも良いだろう。
「おい、お前ら落ち着け。それと俺は貴族じゃない」
人が手紙を読んでいる間ずっと騒がしくしていた五人に声を駆けると、一気に静かになる。
「それで内容は何だったんですか師匠?」
「まあ、簡単に言えば依頼だな」
まあ王族からのお願いであれば、それだけ面倒なものだという事くらいは分かるけどな。
「国王様から依頼ってあんた……」
「いったい何者?」
「いや、普通の冒険者だから」
色々と普通の枠組みを逸脱した要素を持ち合わせているからか、俺が一般人であることを疑いだした五人にすかさず突っ込みを入れる。
というか、家が金持ちだったら冒険者なんていう肩書きなんて背負っている訳がないだろうに。
……ん? 何故だか知らないけど急に静まり返ったな。一体どうし……。
「「「「「……ぷっ」」」」」
おい、なぜ今笑った!?




