第十六話 日常 ②
俺が小石の投げた方向へと向かうと、そこにはやはり見知った間柄の者達がいた。
そしてその近くには一体の熊のような魔物──グリズリーベアーが倒れている。グリズリーベアーとは灰色の毛並みをした大きな熊で、危険度がDランクに指定されている魔物だ。この程度の魔物ならEランクの冒険者が数人でもいれば多少の苦労はするだろうけど、それでも倒せない事はないのだが……。
しかし、流石に魔法使い二人だけでは少々荷が重かったようだ。
「あっ、オルフェウス君!」
「やっぱり。そうだと思った」
此方の存在に気が付いた二人の少女が、手を振りながら駆け寄ってくる。
「よ。こんな深くまで来ちゃ危ないだろ」
俺の言葉に二人──シエラとイリアは申し訳なさそうな顔をする。
それを見ると、どうやらこういう事態になる可能性は少なからず予測できていたらしいという事が察せられる。だが、それならばどうしてこんな危険を冒してまで深層までやって来たのだろうか。最近Eランクに昇格したとか聞いているけど、もしかしてそれでもう私達なら行けると調子に乗って、危険って聞いてるけど大丈夫だろうとか思ったんだろうか。
まあそれなら自業自得としか言ってやれないが……。
「うぅ……。だって、私達Eランクになったんだよ?」
「なのに、まだ魔法杖を新調してない」
その言葉を聞いて、俺はふと思い出す。
そういえばGランクからFランクに昇格すると、魔法使いは自分の魔法杖を新しいものに新調すのが当たり前だったっけか。だけどこいつらが昇格した時はファフニールの影響によって魔物が激減した所為で、新しい魔法杖を買うことが出来ずに結局は魔石だけの交換で加工は俺がしてやったんだったか。
それで当初はしょうがないと妥協していたが、最近またしても冒険者ランクが上がった為に今度こそ新品を買おうとしているという事か。
「それで金が必要になったと」
その問い掛けに二人は小さく首を縦に振る。
「師匠。その子達は……?」
「そういや初対面だったな。こっちがイリアで、こいつがシエラって言うんだ」
「イリアです。宜しく」
「シエラって言います。気軽にシエラって呼んでください!」
イリアは礼儀正しくお辞儀をして、シエラは元気よく簡単な自己紹介をする。
「イリアさんにシエラさんだね。此方こそ宜しく。僕は」
「セト君にナディアちゃん、アリシアちゃん、だよね?」
セトが自分の名前を口にしようとした時、シエラが先に三人の名前を言う。……って、何でこいつらの名前をお前が知っているんだよ。初対面だと思っていたんだが、もしかして何処かで会っていたりとかしていたのだろうか?
それともセトが突然現れた聖剣持ちの冒険者として将来が期待され、そこら中で噂されていて名前が売れているから知っていたのか。それならどうやって知ったのか合点がいく。
「あれ、僕達のこと知ってるの?」
「はい! この前闘技場に出てるとこ見てました!」
「「「────」」」
シエラが元気よくそんな事を言うと三人の動きが急に音を立てて凍結してしまった。何故かそこら辺に転がっている石のように固まってしまったけど、一体どうしたというのか。
それにしてもこいつらが上手く俺に言いくるめられて闘技に参加したあの時に名前を知ったのか。観客が沢山いすぎて全然気が付かなかったけど、二人も闘技場の何処かで観戦していたという事か。まあそれならセト達がこんなんになっちまったのも頷けるけどな。
だが、俺は少しばかり悪戯がしたくなってしまった。
「いや~っ! あの時の試合は本当に面白かったよな!」
「や、やめて下さいっ、師匠……っ!」
燃え尽きた廃人のようになりながらも、頼むからその話だけはしないでくれ──とでも言いたげな顔ですがるように此方を見てくる。
だがしかーし、残念だったな我が弟子よ。もう遅い。
「うん! まさか何も無い所で転んで場外に落ちるなんて思わなかった!」
「ぐ……は……ぁっ!?」
セトが苦しそうに胸を押さえてその場に倒れ込む。
そう、セトが出た試合は最近有名な聖剣持ちの冒険者とあって試合が始まる前からかなり観客も盛り上がっていた。そんな中で試合は開始され、始めはどちらも力が拮抗して良い勝負を繰り広げていた。その熱い闘いに観客の歓声は最高潮にまで到達したいった──のだが、その僅か数秒後にはまさかの展開で勝負が決まってしまったのだ。
それが誰も予期できなかったセトの転倒。一旦相手から距離を取ろうと後ろに跳んだセトが何の凹凸のない平らな場所で着地に失敗し、そのまま転がりながら場外に落ちていってしまった。その事実に暫くの間しんと場内が静まり返ったが、それも次の瞬間には爆笑に包まれていた。
まさか戦闘慣れしている者がこんな失態をするとはな。
「嗚呼、俺も驚いたなあれは! あ、思い出したら笑いが……くくっ」
「わあああっ思い出させないで下さい師匠ー! 分かりますか!? あれから毎日のようにからかわれる僕の気持ちがぁぁぁっ!」
いきなり立ち上がったかと思えば、ガシッと俺の肩に両手を置いてゆっさゆっさと前後に大きく揺らしてくる。そして涙目になりながら思い切り溜まったものを吐き出すようにセトは言う。
まあ、あれだけ集まった観客の前でこれ以上無い程の恥ずかしい負け方をすれば、誰だってセトのようになってしまう事だろう。逆にそれを気にしないくらい図太い性格を持ち合わせている奴の方が圧倒的に少ないのは間違いないし。
というか、もうからかわれるくらいに仲良くなった奴がいるのか。セトって人付き合いが上手かったんだな。……俺もセトを見習って友達になれなくても知り合いくらいは増やさないとな。
「落ち着け。その内……ぷぷっ……収まるからさ」
「その内って何時ですかっ! 明日ですか!? 明後日ですか!?」
随分と必死な形相で訊いてくるけど、そんな直ぐには収まらないだろうな。
「大丈夫だって。お前の仲間も……」
「「きゃあああっ!? 言わないで良いからあぁっ!」」
少しは気を楽にしてやろうと思って同じような結末を経験した二人の話をしようとした所で、突然襲い掛かってきたナディアとアリシアによって袋叩きにされた。具体的には二人が持っている魔法杖によってボカボカと目一杯に叩かれた。
大して痛くはないけど、こいつら魔法使わない方が強いんじゃねえか?
そんな中、蚊帳の外にいたシエラとイリアが何とかして話題を変えようとして……。
「そっ、そう言えばもうすぐ建国祭だね!」
シエラが口にした言葉に、俺達の動きが止まった。
「……けんこくさい、って何だ?」
「「「「「……えっ」」」」」
二章──完。
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