第十三話 アンデッドの巣食う場所 ⑥
章を作ってみました!
階段……といっても一段一段はとても低いのだが。それを緩い弧を描くようにして駆け降りながら進むこと数分、目の前に目指していた広い空間が現れた。
その開けた空間の中央には身長が三メートル近くある人型のアンデッドが居座っていて、その全身から禍々しい漆黒の魔力を放っている。全身を黒塗りの鎧で覆い尽くし、その外見だけだとアンデッドかどうかの判別が難しいくらいだ。
しかし人の形をしているからといって全てがそうである訳ではなく、目の前に佇んでいるアンデッドには首から上がぽっかりと存在していなかった。いや、一応だが存在はしているといった方が良いのだろうか。まあそれでも殆ど無いのと変わらなそうだが、アンデッドの左腕によって抱えられるようにして存在している。兜の中から覗かせている真っ赤な瞳は妖しい光を発していてとても不気味だ。そしてその反対の手には物騒な大剣が握られている。
そして、そんな全身を鎧で覆い尽くしているアンデッドには一つ心当たりがあった。
「デュラハン、か」
危険度がSランクの中位に指定されているもう常人の手に負えるようなものではなく、もはや存在そのものが災害と言ってもあながち間違いではないだろう。
そして、Sランク中位に位置するといっても地上にいるミノタウロスやタラスクの事を考えるとこのデュラハンもそれよりも数段と強い可能性が高い。そう考えるとあのデュラハンはもしかしなくてもSSランク程の力を持っていても何ら可笑しな事はない。
この状態でも負けないとは思うが、警戒はしておいて損はないだろう。
「貴様一人で此処まで来るとは、余程死にたいのだろうな」
すると、デュラハンが俺に話し掛けてきた。
それに驚きを隠せずに大きく目を見開いてしまうが、敵を前にして気を緩めるのは隙を見せるのと同じことだと自分に言い聞かせて直ぐに落ち着きを取り戻させる。そして腰にさした剣の柄にそっと手を掛け、腰を落として構える。更にいつ戦闘が開始されても問題ないように全身に魔力を巡らせていき、身体能力を魔力によってドーピングする。
こいつが地上のアンデッドを手駒のように操っている張本人なのは間違いないだろう。つまり俺がこいつを倒せばもうこれ以上はアンデッドを召喚される事は無くなり、地上にいる冒険者達の負担が一気に減るという訳だ。なら、さっさと短期決戦で片を付けてしまった方が良いだろう。
「随分と人の言葉を流暢に話せるんだな」
「これもあの御方のお陰だ」
あの御方とは、ファフニールの事だろう。
「そうかよ。でもお前らの主人は誰かに倒されたようだが? お前は一体何を企んでいるんだ?」
「あの御方を侮辱するな。あの御方の意思は我が受け継ぐ」
落ち着いた様子で淡々と話しているが、その声には力強さが感じられる。
「意思……?」
「この世界を破壊し尽くすこと」
そんな事をあいつは……ファフニールは考えていたのか?
だけど、ファフニールの奴は一体どうしてこの世界を滅ぼそうとなんて考えていたんだろうか? あいつは並みの人以上には知能が高かった筈だから、世界を滅ぼすのが目的ではなくその先──崩壊した世界に何か大きな目的があるように思える。
だが、もうこの世にいない奴が何をどう考えていたのか何ていくら頭を捻って考えた所で完璧な答えになど辿り着く事は出来ない。
もし完璧な答えに辿り着ける手段があるとすれば──。
「世界を滅ぼしたら、どうするんだ?」
「世界に存在する魔素を全て喰らい尽くし、己も滅びる」
聞いた所でどうせ教えてはくれないだろうと思っていたのだが、何故か知らないけど意外とあっさり教えてくれた事に驚いてしまう。しかし、それを聞いてもなお俺にはデュラハンの──ファフニールの目指していたものを全く理解することができなかった。
世界に存在する魔素を喰らい尽くす? 世界から魔素を完全に無くすことすら不可能に限り無く近いというのに、それをもしやってのけたとしていったい何になるというのだろうか。そんな夢物語のような大層な事をした後にどうして自分も滅びなければいけないのだろうか。
考えれば考えるほど、どんどん分からなくなっていく。
「そんな事をしたら、世界には何もなくなるじゃないか」
「……それが、あの御方の望みだ」
ファフニールの、望み? 世界を滅ぼして、魔素も喰らい尽くし、最後に自分も滅びる。
それが、そんなものがあいつの望んでいたものだとでもいうのか。結局、自分の心を満たす娯楽のために世界までもを滅ぼそうとしていたのか? 満足できる娯楽が無くなったらその瞬間から自らの生きる価値も無くなると本気で考えていたのか?
そし本当にそう考えていたのだとしたら救い用のない化け物というしか無いが、本当にそれが目的だったのだろうか。
「それを成し遂げる為にも、貴様には此処で死んでもらう」
「くっ!」
言い終わるや否や、デュラハンは剣を構えて真っ直ぐ突き進んできた。
俺はもう会話をするのは無理だろうと、まだまだ訊きたい事は山ほどあったが無理矢理そう割り切って鞘から剣を抜き放つ。戦闘になってしまった以上は此方も迎え撃たなければ──死ぬだけだ。
剣を抜き、瞬時に魔力を込めて剣の性能を強化する。
上段からの振り下ろしを短剣で受け止めて暫くの間そうやって鍔迫り合いをするが、俺は舌打ちと共にデュラハンの大剣を横へと往なして距離をとる。単純な力でいえば僅かに向こうに分があるようだが、それ以上に互いの得物のスペックが違いすぎる。
「──来い」
距離をとるとデュラハンは俺を追撃しようとはせず、その場で大剣を高々と掲げる。すると地面に無数の魔方陣が浮かび上がり、あっという間に召喚陣からアンデッドが召喚される。
「行け」
その一言にアンデッド達は忠実に従って一斉に俺へと襲い掛かってくる。それを避けることなく真っ向から迎え撃ち、いくつもの斬擊を生み出してアンデッドを纏めて塵へと変える。その攻撃で撃ち漏らした数体のアンデッドにたったの一歩で接近して両断し、横から来る攻撃を僅かに横に跳ぶことでかわしてすれ違い様に剣を振るう。
デュラハンが召喚した全てのアンデッドを始末し終えて、何時もの癖で剣に付いた血を落とすように振り払う動作をする。当たり前だが剣に血は付いていないので虚空を切る風切り音だけが周囲に発生する。
そして今度は此方からデュラハンへと斬り掛かっていく。
「燃えろ」
大剣に黒い炎が纏わり付き、それを振り上げて俺の接近を静かに待つ。
「──っ!」
長さで勝っている大剣の間合いに短剣の間合いよりも数瞬だけ早く入ってしまうが、既に動き出した大剣をしっかりと捉えながらタイミングを見計らう。
剣そのものの性能でもリーチの長さでもデュラハンの大剣に劣っているこの短剣が一つだけ勝っているのは、リーチが短いからこそ扱い易くて素早く動かせる所だ。それを活かす為にも俺は寸分の狂いもなく大剣の動きを見切り、──受け流す。
金属と金属がぶつかり合い、周囲に火花が飛び散る。完全に力を受け流す事に成功した俺はデュラハンの背後へと回り込み、その場で回転しながら横凪ぎの一撃を繰り出す。それは鎧を斬り裂き、更にもう一撃繰り出そうとした所で短剣に黒い炎が移っている事に気が付いた。
再び距離をとり、炎を消そうと剣を振るう。
「……?」
しかしどうした事か、その黒い炎は一向に消える素振りすら見せない。更にもう一度、今度はさっきよりも強めに剣を振るうが──消えない。
「無駄だ。それは滅びの呪い」
ゆっくりと此方に振り向いたデュラハンは黒い炎がどういうものかを簡単に説明してくる。呪い……という事は、恐らく闇魔法だろう。それを証明するかのように短剣が切っ先からぼろぼろと崩れていき、遂には柄だけになってしまった。
短剣だったものを呆然と見下ろしながら、俺は小さく言葉を発する。
「……おっさん、済まない」
俺がもう少しあの黒い炎についてちゃんと警戒していれば、もしかしたら短剣を滅ぼされるような事態にはならなかったかもしれない。そう思うとどうしてもこれを丹精込めて打ち上げたネルバの鍛冶師のおっさんに申し訳無くなってしまう。
しかし、今は感傷に浸っているような暇はないので割り切って柄だけになった剣を亜空間の中に仕舞う。そして手ぶらとなった俺は攻撃を警戒しながら左手な魔力を集中させる。
「させぬ」
込められた魔力の量を見て危険だと判断したのかデュラハンは剣を掲げる。
すると剣を纏っていた黒い炎が一気に膨れ上がり、そこから切り離されるようにしていくつもの黒い火球が空中へと飛び出した。
「行け」
それと同時に数十個の黒い火球が一斉に此方に飛来してくる。
まだ魔力を込め続けている俺は迎撃する手段を持ち合わせていない上に、あれに当たってしまったら滅びの呪いを受ける事になってしまう。つまり火球に当たることなく避けるしかない。
「────」
上半身だけを傾けて一つ避け、左に跳んで二つ目、三つ目を避けて再び真っ直ぐ駆ける。それから細かく右に左にと次々と火球をかわしてデュラハンへと接近する。
そうして火球を全て避け終えた時、左手の周囲が白く輝きだす。
「……!?」
デュラハンが思ったよりも直ぐにこの聖属性の魔力に気付いたようだが、今更になって気付いた所でもうこれを止める事などできない。
真っ白な輝きが収束していき何かを形作っていく。そしてあっという間にすらっとした長剣の形が完成すると、その輝きは薄れていきそこから一振りの剣が現れた。しかしそれは唯の剣ではなく、アンデッドに絶大なダメージを与えられる剣──聖剣だ。
俺の持っているスキル【武器創造】は、スキルレベルと魔力が足りていれさえすれば武器ならばどんなものでも創造する事が出来る。それは聖剣や魔剣といった特殊な力を持った剣でさえ創造する事ができ、──神の剣、【神剣】すらも生み出す事だって可能だ。それ以外にももう少し色々な種類があったりするのだが、それはまた次の機械にするとしよう。
走りながら聖剣を徐に構え、デュラハンへと立ち向かう。
「はあっ!」
「くっ……!」
振り下ろした聖剣が大剣と激しくぶつかり合い、大量の火花を散らしながら力が均衡する。そして先程と同じように大剣に纏わり付いている黒い炎が聖剣を呪い滅ぼそうとするが、聖剣から放たれている聖属性の魔力によっていとも簡単に弾かれる。
鍔迫り合いから一度剣を離してもう一度斬り掛かる。
「ぐっ!」
何度も何度も剣を交えていくにつれて明らかにデュラハンの方が押され始める。聖剣が鎧を斬り裂き、その度にデュラハンの全身を覆っている禍々しい魔力が相殺されていく。
その身体強化に使われていた魔力なので、それを打ち消していく事によってどんどんとデュラハンの動きが鈍くなっていく。怪しく光っていた深紅の瞳も何時の間にか弱々しいものへとなっている。
「はっ!」
隙を突いてデュラハンの腹を蹴り飛ばし、壁へと激突させる。
「がっ……は……っ!」
岩で作られている壁にクレーターを生み出し、その場に崩れ落ちるデュラハンに俺は歩み寄る。
「我……はっ、負ける……訳には……! ……あの御方の……望みを……夢見た世界をっ……」
あと一撃でも見舞ってやれば塵となってしまいそうなほど全身に無数の斬り傷が走り、妖しく光る深紅の瞳も今となっては消えそうになっている。そんなぼろぼろな身体をしながらも、息も絶え絶えになりながらも何かを口にし、どうにかして立ち上がろうともがいている。
それを見て、俺は思わず足を止めてしまう。
「──魔力の存在しない、平和な世界を……っ!」
「……ッッ!」
その言葉に、俺は驚愕した。
魔力の存在しない平和な世界。そんなもの、想像もできない。何故ならこの世界は魔力があるからこそ此処まで豊かに発展していき、もっといえば魔法があるから文明が進み、生活が安定し、活気に溢れていったのだから。
しかしデュラハンは遠回りではあるけど今の世界は平和じゃないと言った。そして魔力が存在しない、魔法のない世界こそ平和な世界だと言った。
なら、どうして魔力があると平和じゃないのか?
「……!」
そこで俺はある考えに辿り着いた。
魔力とは十人に一人……いや、もっと少ないのかもしれないが、必ず全員が魔力を持って生まれてくるなんてことは絶対にない。だから魔力を持っている者は凄いと持ち上げられる。そして皆の期待通りに大成すればやっぱり魔力持ちは凄いと、更に拍車が掛かっていく。逆に同じ立場に魔力を持たない者がいれば確実に比べられる。
それに、魔力の有無は遺伝する。貴族達は魔力持ちを取り込む事によって魔力を持って生まれてくるようにしむけ、魔力を持って生まれた者に家系を継がせる。逆に平民などからはどんどん魔力を持つ者が減っていき、大きな格差が生じていく。
もしかしたらファフニールはこれを無くしたいと思っていたのかもしれない。そしてもう一度この世界をゼロに戻し、ゼロから世界を創生し直そうと考えていたのかもしれない。そうすれば生まれてくる生き物は魔力を持たず、魔力が無いなりに別の進化を遂げるのだろう。
「……だけど、俺は」
そんな事はさせない。させてたまるか。
「……申し訳、ありません。……我が、主……───」
俺はデュラハンに剣を振り下ろした。
◆◆◆
重たい足取りで段々を上り、地上の光が見えてくる。
そして遂に地上へと無事に戻ってくる事ができた。
「あっ、師匠ーっ!」
「「「「「おおおおおっ!」」」」」
すると目の前には俺の戻りを待ちわびていたかのように冒険者達が立っていて、戻ってきた事を知るととても大きな歓声が静かな森林に響き渡る。
弟子であるセトが真っ先に俺の胸へと飛び込んできて、それにつられるようにしてナディアとアリシア、それに幼女が駆け寄ってくる。それを見て、俺は思わず嬉しくなってしまう。
俺の事を心配してくれている奴等もいるんだと分かって──。
「お帰りなさい、師匠っ!」
「……っ、……嗚呼、ただいま」
それから暫くの間、俺達はそこでお祭り騒ぎのように盛り上がった。これで不気味な周囲の環境がもう少し増しであればほぼ満点をつけなくもなかったんだけど。
(俺は、この世界を守りたい)
ファフニールの目指していた魔力のない理想の世界とは程遠いのかもしれないけれど、大切な仲間や守りたい人がいるこの世界を守っていきたい。
「よーし! 帰ったら早速飲むぞおおおおっ!」
「「「「「おおーっ!」」」」」
だから、俺はおまえとは別の方法で平和な世界を目指していく事にするよ、ファフニール。
面白いと思いましたら評価、ブックマークよろしくお願いします!




