第十三話 アンデッドの巣食う場所 ⑤
お待たせしました!
「しっ、下から来るぞ!」
「早く広がれ!」
一気に辺りが騒然となるが、そこは一流の冒険者の集団なだけあって冷静に物事を判断した。自身の得物を持ち直して一斉に密集していた状態から散っていく。
すると程無くして地下へと繋がっている階段の先に広がる闇から、数えきれない無数のアンデッド化した魔物の姿が現れる。
それを眺めながら、俺はそっとグランさんの前へと移動する。今のグランさんは聖属性の付与を解除してしまった上に武器を持たない武闘家とあって、言い方は悪いがはっきりいうと全く戦力にもならない。魔力による身体強化を使えばそれなりにアンデッドを殴っても大丈夫だろうけど、生憎とグランさんは魔力を持っていない。
つまり戦う手段が断たれたグランさんは精々逃げ回ることしか出来ない状況だ。
そしてそんな状況を作り出してしまった張本人は紛れもない俺なので、あそこで強く断っていればと今更ながらに後悔している。
「グオォォォォォォッ!」
「ブモオオオオオオッ!」
俺達の目の前に現れたのは無数のアンデッド。そのどれもがかなり危険度が高い魔物ばかりで、先程のアンデッドの大群が可愛く見えてしまいそうな程だった。
しかもその中に二体、他のアンデッドに比べて存在感も威圧感も圧倒的な魔物が混じっている。
「タラスク、か……? あれは」
「ミ、ミノタウロスまでいやがる……!」
「他にも高ランクの魔物がアンデッド化してるぞっ?」
冒険者が弱々しい声で口々に言うように、目の前に危険度がAランクに指定されているミノタウロスとタラスクがゆっくりとした足取りで現れたのだ。
ミノタウロスとは隊長が四メートルにも及ぶ巨大な体躯を持っている牛頭の魔物で、その図体に似合わずとても素早く力が強いのが特徴だ。しかも目の前のミノタウロスは誰に持たされたのかは知らないが、ご丁寧に巨大な大剣まで手にしている。
タラスクはトカゲが太ったような感じの魔物で体長は五メートルを超える。口から覗かせている恐ろしい牙に、びっしりと身体を覆っている鱗は魔法攻撃、物理攻撃ともに非常に高い耐性を持っている。特に魔法に対する耐性が高く、動きそれほどでもないがその分とても頑丈なの上に竜の仲間でもあるので火を吹くことも出来たりする。
この編成隊にはSランクの冒険者も何人かは加わっていると聞いているけど、恐らくアンデッド化したあの二体を相手にするのは流石に厳しいものがあるだろう。
武器にはアンデッドの弱点である聖属性の付与を掛けているけど、それがどれだけの効果を発揮してくれるか。この制限された状態での付与をあまりやったことのない俺には皆目検討もつかない。あの二体以外のアンデッドならかなり期待が出来そうだが、はたしてそれがあれにも通用するのかどうか……。
「まほう!」
次々と地上へと出てくるアンデッドを見て幼女が叫ぶ。
すると呆然とそれを見ていた魔法使い達は慌てて自分達の役割を思いだし、それぞれが魔法杖に魔力を込め始めていき、そして──。
「『ウィンドストーム』」
「『ロックバレット』」
「『フォトンバレット』」
次々と、アンデッドに向かって魔法が降り注がれていく。
『ウィンドストーム』は広範囲攻撃によく使われる風魔法で、あまり威力は高い訳ではないが相手を傷付けて出血させたりすることで長期の戦闘を有利に運びやすくなる。……といっても、この場合は取り敢えず何度も聖属性の付与が掛かった攻撃が当たることを狙っているようだ。
『ロックバレット』は礫を何十と生み出してそれを相手に勢いよくぶつけるという攻撃で、更に付け加えると着弾した瞬間に爆発するように弾けて周囲に飛び散り、周りにいたものにも僅かだがダメージを与えることの出来る土魔法だ。密集しているアンデッドにはかなり有効な攻撃手段だと言えるだろう。
『フォトンバレット』も同じように拳ほどの光弾をいくつも生み出しそれで攻撃するというものだ。こちらは土魔法と違ってそれ以上のことはないが、それでもアンデッドに有効な光魔法に更に聖属性を付与してあるので当たればほぼ一撃で屠れること間違いなしだ。光魔法は一人しか使えなかった筈なのでこれはアーラルさんの魔法だろう。
そんな魔法の数々がアンデッドに向かって降り注ぎ、それによって地面は抉れ、砂埃が発生して視界が悪くなる。
「……やったか?」
その絶大な威力に思わずそう声に出してしまうが、まだ終わっていないことを悟る。
砂埃が徐々に薄れていくとそこにはミノタウロスとタラスクが無傷で佇んでいたのだ。
どうやら俺の危惧していた通りにあの二体には効果があまり見られないようだ。しかし、無傷というのは流石に予想外だった。アーラルさんの光魔法もあった筈なのにそれでも無傷というのは考えにくいのだが、一体どうやって無傷で乗り越えたのだろうか?
考えられることは三つある。
一つ目、どちらも魔法攻撃にたいする耐性スキルを持っているという考えだ。魔物にだってちゃんとしたステータスというものが存在していて、スキルだって同じように存在する。俺達と違う所はレベルの上限が存在していないという事と、後天的にスキルを取得できにくくなる代わりに先天的にスキルをいくつか持っているという事くらいだ。特にレベルの上限が存在してないというのはかなり魅力的なものだが、聞いた所によるとその分レベルが上がりにくいそうだ。
二つ目は他のアンデッドを盾にして自身の身を守ったという考えだ。周りには盾にできそうなアンデッドが選り取りみどりだったし、知能が高ければそのくらいの事は平然とやってのけるだろう。可能性としてはこれが一番高いと思っている。
そして三つ目、俺にも気付けないような高度の隠蔽を施された防御障壁が展開されているという考えだ。だがこれは流石に考えにくい。それほどまでに高度な隠蔽なんて俺は見たことがないし、それだけ隠蔽に力を注いでいれば肝心の防御障壁の方の強度が疎かになってしまうからだ。
となると一つ目と二つ目である可能性が高いと推測できるのだけど、どちらであったとしても対処が面倒なのは微塵も変わらない。
「なっ! 効いてないだと!?」
「そんな……」
「あれだけの攻撃を受けて、無傷だと?」
他の冒険者達もこれには驚いているようで、口々にそんな事を言っている。
まあ此処まではあれで全てが片付いていたので今回の結果に少し動揺しているのだう。しかし、高みまで辿り着いた一流の冒険者というものは自分にかなりの自信を持っているもので、思い通りにいかないことがとても嫌いな者達なのだ。
「くっ、『ロックバレット』!」
「「「『ロックバレット』!」」」
自棄になった魔法使い達はこの結果に満足いかなかったようで更に魔法を放って攻撃を仕掛ける。
それも先程よりも魔力を込めて。
一段と大きな礫となった『ロックバレット』は二体の魔物へと容赦なく向かっていくのだが、二度も同じ攻撃を受けてくれるような相手ではなかった。
のそりと、とてもゆっくりと一歩踏み出したようにミノタウロスが前進する。しかしそれは時間にしてコンマ三秒にも満たない刹那に行われており、タラスクの前へと出たミノタウロスは手に握られている巨大な大剣をおもちゃのように振るった。
「「「「「……ッ!?」」」」」
僅かに遅れてとてつもない突風が周囲に吹き荒れ、多くの者がその風によって顔を腕で覆ってしまう。そして突風が止んで恐る恐る腕を退かすと、そこにはまたしても傷の一つも見受けられない無傷のミノタウロスとタラスクがいた。
恐らく剣を振った余波だけであの魔法の雨を全て吹き飛ばしてしまったのだろう。
本当に、ミノタウロスに剣を持たせた奴は相当に頭が切れるようだな。
「ばっ、馬鹿な」
「反則だろ……」
「あんなに強い魔物だったか?」
「魔法じゃあ話にならない……!」
冒険者達には段々と、焦りや恐怖、恐れといった感情が見え隠れしだしたように感じられる。
そして魔法使い達は少しずつ後退していき、入れ替わりに前衛職の者達が前進していく。どうやら魔法は撃つだけ無駄だと判断したようで、今度は物理での攻撃を仕掛けるようだ。
(……荷が重い、か)
あれば、明らかに普通ではない。あれほどの強さで危険度がAランクな筈がないのだ。正直に言ってあれはSランク上位といっても差し支えないくらいに強い。
あれに真っ向からやり合えるのは俺か幼女の二人くらいだろう。
そんな時、異変が起こった。
「……これは」
地下へと続く階段の周辺に、──百を超える無数の魔方陣が不気味に浮かび上がった。それから少し遅れて、他の冒険者の人達もこれに気づき始める。
魔方陣、それが一体どんなものであるのか俺は直ぐに気づくことが出来た。理由は魔方陣に込められている魔力の動きや、未だに誰かから供給され続けている魔力の量を考えれば何となくどのようなものかは予想できる。
「何だ、あれは……」
「まさか、魔方陣か?」
「どんだけの魔力を込めてんだよ……っ!」
冒険者達はその不気味な魔方陣から距離を取るようにして後退っていく。それはなかなか良い判断なのだが、これは少し不味い状況かもしれない。
というのもあの無数の魔方陣はどれも〝召喚陣〟と呼ばれるものであり、それは何かしらの魔物をランダムで召喚するというものだ。まあランダムといっても込められた魔力によって喚べる最低ランクの魔物を底上げすることくらいは出来るのだが、これも同様に魔力を込め続けている所を見るとそれなりに強い魔物を喚び出そうとしているのだろう。
しかし、この召喚陣はそれともう一つ喚ぶ魔物に制限がある。それはあの禍々しい魔方陣を見れば大体の察しは付くだろうが、あれは例外なくアンデッドを喚び出す魔方陣だ。
「「「──ガルルルルッ!」」」
そして、召喚は成功した。
二体しかいなかったアンデッドが、今となっては再び数百にも膨れ上がっていた。先程よりは強い魔物はいないようだが、それは確実に冒険者達に恐怖を植え付け戦う覚悟を薄れさせていく。
「……ちっ」
それに思わず舌打ちをする。これでは士気が下がっていく一方だ。
そんな中、たった一人だけは果敢にそのアンデッドへと立ち向かっていった。
「あいつ……」
それは、剣聖ルナだ。
召喚した身長とは不似合いな大きさの聖剣を軽々と持ち上げてアンデッドの群れへと勇敢にも単騎で突っ込んでいったのだ。
そして一閃。それだけで十体のアンデッドが地理となって霧散していくが、幼女はそれを見やることもなくまた次、次──と、鮮やかな剣捌きで圧倒していく。それは正しく剣聖の名に相応しいもので、それにこの場にいた者達は無言で見とれていた。
(流石は世界に二人だけのSSランク冒険者といった所か)
これなら──と、そう誰もが思っただろう。しかし、現実というのはそれほど優しくはない。
またしても、地面に不気味な魔方陣が浮かび上がったのだ。それも今回は先程のものとはまるで比べ物にならない程の広範囲に現れ、俺達が立っている場所を除いた開けた空間の全ての場所に、という違いがあるが。そしてその数も千を軽く超えている。
どよめきが起こるが、もう遅い。
「「「「「──ガルルルルッ!」」」」」
絶望は、再び繰り返される。
「ちぃっ!」
俺は腰にさした短剣を抜いて駆け出し、恐怖のあまり立ち竦んでいる冒険者へと襲い掛かろうとしているアンデッドを一刀両断する。
だがそれでも、また別の場所でアンデッドが冒険者に襲い掛かろうとしている。此所からはどう足掻いても移動していては間に合うことのない距離だ。
まあだからと言って助けない、何て事ははしないけどな。
「はあっ!」
振り向き様にその場所へと向けて剣を一閃する。すると剣から一つの斬擊が発生し、それが一直線にアンデッドへと吸い込まれるようにして直撃する。その瞬間アンデッドは塵となって霧散する。
スタンピードの時にも使った付与魔法による『飛刃』というものだ。
それを使って一体、また一体と走っていては間に合わない距離にいるアンデッドを屠っていき、着実に数を減らしていく。
だが、そんな俺を嘲笑うかのようにまたしても絶望が訪れる。
「くそ!」
喚び出されるアンデッドがどれだけ一撃で屠れるくらいに弱くたって、その数が多ければそんなものは関係無くなってしまう。
此方は一人……いや、幼女がいるから二人だが、それでも二人しかいないのだから一度に相手をできる数もそれだけ限られてしまう。どれだけ俺と幼女が強くても、二十人近くの冒険者を守りながらではあの数にはとても勝てるとは思えない。
ならどうするか。冒険者を守ることを諦めるか? ──違う、そんな事は絶対にしない。だが、現状ではそれは不可能に限りなく近いのは俺だって分かっている。例え左手の中指にはめてある魔道具を外して本来の力を解放したとしても、この状況が覆るとは到底思えない。
──なら、二十人で力を合わせれば良いじゃないか。
「戦えぇぇぇぇぇッ!!」
俺の叫びが、絶望していた者達の心へと届く。
だがそれでも恐怖や絶望といったものが邪魔をしていて誰一人として動こうとはしない。しかし、俺の声はしっかりと届いている。なら、諦めるのはまだ早い。
「それでも一流の冒険者なのかっ!? この程度で諦めるような臆病者だったのか!?」
臆病者──、その言葉に多くの冒険者が反応する。
その高みにまで至った冒険者が、どこの誰かも知らない俺に臆病者だと呼ばれるのは我慢できない筈だ。俺ならそのたった一言であっても、これまでの死に物狂いで行ってきた努力が否定されているようで我慢ならないだろう。
先程と比べて、明らかに目の輝きが違うのが分かる。ここまでくれば、あと一押し……。
「……ふふ、臆病者か。それは聞き捨てならないな」
その時、一人の声が聞こえた。振り返るとアストさんが口元を緩めながら立っていて、もう恐怖も絶望もしていないように見えた。それを見て、俺はもう一押しなんて必要ないと判断する。
「皆、臆病者だと言われているのに、それで良いのか!? 僕は、臆病者じゃない!」
そう言って握り締めた剣を振りかざしてアンデッドを屠る。
すると、冒険者達に変化が現れた。
「後輩の癖に言ってくれるじゃねえか……っ!」
「誰が、臆病者だって?」
「くくっ、どうやら後で教育が必要だな」
「行くぞお前等!」
「「「「「おおおおおッッ!」」」」」
アストさんの声掛けによって今の今まで固まっていた冒険者達が一斉に駆け出す。
その瞳はマグマのように熱く噴き出るような闘士によってギラギラとしていて、さっきまでの絶望に満ちたものは何処に行ってしまったのかと思ってしまう。しかも、命を懸けた正真正銘の命懸けの戦いでもあるのにも拘わらず、誰もが笑っている。この状況を心の底から楽しんでいる。
──冒険してしるのだ。
兎に角、これで俺達の勝利は確定したと言っても過言では無くなった訳だな。
「おい」
後ろから、グランさんが声を掛けてきた。
俺はそれに少しだけ嬉しくなってしまうが、それを押し殺して平然を装う。
「どうしたんですか」
「俺に、もう一度あれをしてくれないか?」
あれ……ね。
「別に無理をしないでも良いんですよ? でもまあ、人手は足りていないので、是非お願いします」
「……任せろ」
そうして俺は再びグランさんに直接付与魔法を掛ける。それもつい調子に乗ってしまったようで、ついうっかり全力の聖属性付与をしてしまったようだ。
心強い武闘家も加わったことだし、ならばあと残されている仕事は後輩である俺が片付けてこなくてはな。
「幼女。ここ頼めるか?」
「……ひとりでだいじょうぶ?」
「嗚呼、余裕だ。だから頼んだぞ」
「……ん」
それだけ交わして俺は駆け出す。
目指すは地下。このアンデッドの軍団を際限なく召喚している張本人のもとへだ。
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