第十三話 アンデッドの巣食う場所 ①
王都を出発し、一時間くらい経っただろうか?
普通に向かったのならば今頃になって漸くセディル大森林に到着する程度だが、高ランクの冒険者で固められた集団が普通の枠に収まっている訳がない。つまり俺達は既にセディル大森林の中におり、人工的に作られたギリギリこの馬車が通れるくらいの道を高速で疾走している。
この集団の中には魔法使いも四割程度はいるが、その人達は持ち前の魔力による身体強化を自分に使って問題なく着いてきている。……と言っても長時間こうして自身に身体強化を施しながら移動するとなると魔力の消費も馬鹿に出来ない量になるが、そこはギルドから支給されているマナポーションで補えば良い話だ。まあ流石は高ランク冒険者なだけあってまだ誰もそれを使おうとはしていないが。
身体強化とは出発する前にギルドマスターが使ったようなものと同じ系統の魔法……というよりは魔力そのものを使う技術と言った方が正しいだろうか。
それは全身に魔力を巡らせて身体能力を強化させたり、魔力によって防御力を強化したり出来るものだ。これらは魔法ではないので魔力を持つ者ならば誰でも使えるが、その分コントロールが難しい。
そして森の中を移動しているという事もあって既に何度か魔物と遭遇しているが、大抵の魔物なら相手にせずに魔法使い達が魔法で威嚇射撃をしながら切り抜けている。それでも戦闘になることはあるが、その時は馬車は止めずに何人かの冒険者がその相手をするために残るという感じで進んでいる。
そして戦闘が終わったら馬車を追い掛けるの繰り返しだ。
「前方から魔物が三体、来ます!」
そしてまた、魔物と鉢合わせてしまったようだ。
しかしまだ前方を見ても魔物の姿は見える事はない。
それはそうだろう。目の前に現れて視界に入って誰もが魔物の存在に気付いてからではそんな報告なんて必要ないし、寧ろ手遅れと言って良いだろう。まあ目の前に現れるまで魔物に気が付かない何ていうへまをベテラン揃いの集団がやる訳ないが。
では何故その報告をした者は視界に入っていない魔物の存在に気付いたのか。その存在を把握するには大きく分けて二通りあるが、今回の場合は魔法使いからの報告なので魔法によるものだろう。これも身体強化などの更に応用的なもので、周囲に微弱な魔力を飛ばすことでそれに触れたものを認識するというものだ。まあこれをするにはかなりの魔力制御が必要なだけであって別に魔法使いでなくともやろうと思えば出来るが、時間が掛かりすぎるのであまり魔法使い以外がするのは目にしない。
魔法使いでない場合はもう第六感かスキルによる恩恵でしかないが、此方は此方はで使い道がある。俺は殆ど勘の場合が多いが、スキルならば『直感』や『魔力感知』、『気配察知』というものがある。
『直感』は俺のような勘をスキルが後押ししてくれているようなもので、主に自身に害が及んだりするものを直感という形で感じ取る事が出来る。
『魔力感知』は魔力を有するものを感じ取ることの出来るスキルで、それは生き物だけに限ったものではなく魔道具の判別にも使える。これは魔力の持たないものには効果はないが、魔法によって姿を消している敵を見付ける時などに非常に力を発揮する。
『気配察知』はその名の通りに気配を察知するもので、生きているものに対して有効な手段だ。この場合は魔法によって隠れられると察知するのが難しくなるが、魔力を持たない者にも有効なので使い道はいくらでもある。
まあつまりは魔物が見えるようになるのは早くても後十秒は掛かるだろうという事だ。
「魔法で蹴散らす。始末は任せる!」
すると一人の男が声を上げて馬車の前へと移動した。
そして数秒ほど待つとやっと魔物が視界に映り込んだ。
「『ロックドリル』」
その瞬間その男が持っていた魔法杖の魔石が光り、魔法が発動する。
魔法名だけを聞いて判断するとそれは初級魔法と呼ばれる簡単なものであり、生成した三角錐の形をした岩を敵に勢い良く飛ばす魔法だ。
だがしかしこの場にいる魔法使いはベテランの者達であり、そんな容易に見切られてしまうような攻撃を仕掛ける訳がない。
そして案の定、それは唯の避けられやすい初級魔法ではなかった。
──グルァゥ!?
何の前触れも無しに突如として隆起した地面により見事な奇襲を受けた魔物──グリーンウルフはいとも呆気なく空中へと跳ね上げられた。
「今!」
その声と同時……それよりも僅かに早く三人の冒険者が速度を上げて駆け抜け、一瞬でグリーンウルフの元まで跳躍してその身体を容赦なく振りかざした剣で仕留める。
流石と言って良いとても鮮やかな手並みで急所を外すことなく攻撃している事もあり、グリーンウルフ三体は断末魔もあげる暇もなく絶命していった。
ジャンプした冒険者が先に地面に着地し、そして丁度その場所を止まらずに馬車が通りすぎてから数秒後に、そのグリーンウルフだったものは地面に落ちた。
(……流石だな)
少しも時間を無駄にすることなく魔物の遭遇を切り抜けた事実に俺は心の中でそう称賛する。
初級魔法である『ロックドリル』をそのままのやり方で飛ばすのでは無く標的の足元に発生させるとはかなり考えたと思う。
これをやってのけるには先ず相手の移動する先を正確に先読みし、そこにタイミング良く魔法を発生させないといけない。それは見た目よりも遥かに難しいもので、ちょっとでも先読みもしくはタイミングをミスしてしまえばそれだけで標的を宙に打ち上げる事が出来ずに不完全なものとなってしまう。
「やっぱり、みんな凄い人達だね……」
「お前もその一員なんだから自信持てよ」
隣を並走しているセトが足を引っ張らないかな──と不安そうに呟いているのを聞いたので気を楽にしてやろうと思いそう声を掛けたのだが、それにはぎこちない返事が返ってきた。どうやらセトにとって俺の励ましは返って逆効果のようだった。
今更そんなに緊張していて思わぬ所で怪我とかしなければ良いんだが……。
「──前方」
セトの心配をしていると、再びそんな声が放たれた。
それを聞いてまた魔物が来るのか? ──と、少し疑問に思ってしまった。
俺も他の者達と同じように周囲の気配をずっと探っているので大体の魔物の位置は特定できているし、今までは誰かが報告するよりも早くに気付いている。
なのでまさか俺よりも早く魔物の存在に気付いたのか? ──と思っていたのだが、それに続いた言葉を聞いてそれが単なる早とちりであると分かった。
「もうすぐ道が終わります!」
そう、今回は魔物が関係している訳ではなかった。
森林に入って直ぐの頃は頻繁に人が行き来する事もあってまだしっかりとした道だったが、その道も奥へ奥へと進むにつれて砂利が混じってきたりしていた。
この道が終わったらその先から馬車はどうやって運ぶのだろうと考えていると、目の前の道が途絶えているのが視界に入った。
そこでノンストップで走り続けていた馬車を初めて止めた。
「……此処で休憩」
リーダーである幼女がそう言うと、冒険者その場に座って休んだり武器のチェックをし始めた。
「お前ら大丈夫か?」
そんな中、俺はこの集団の中で一番体力を消耗しているであろう三人に声を掛ける。
「はあはあっ、何とか」
「ちょっと魔力が……きついかも」
「……私も」
セトは息が切れているし、ナディアとアリシアは残りの魔力量が厳しくなってきているようだ。
俺が王都に向かってから三人でそれなりにレベルを上げてきたようだが、やはり此処にいる者達と比べてしまうと少し心配な所があるな。
「ポーション貰ってきてやるから、ちょっと待ってろ」
他の冒険者もちらほらとポーションを貰っているので遠慮する必要はないのだが、こいつらだとビクビクしてそれどころじゃなくなってしまいそうなので俺が代わりにポーションを貰いに行く。
「ほら」
「ありがとうございます師匠」
「ありがと」
「迷惑かけてすいません」
早速ポーションを飲み干し、何でもない話を始める。
話のネタはこの依頼にも関係のあることだった。
「そう言えば師匠、僕達が王都に来る前に凄い大規模なスタンピードがあったと聞いたんですけど」
「嗚呼、あったぞ。十何万っつう魔物が一気に押し寄せてくるのは結構迫力あったぞ」
俺の言葉にへえ、と興味ありそうな相槌を打ってくるセト。
「その討伐には師匠も出たんですよね?」
そして更に身を乗り出してそんな事を訊いてくる。
「まっ、まあな?」
それに不意を突かれたようにおどおどしながら答えた俺は内心で焦る。
いやでも、ちゃんと参加はしているから嘘じゃないし?
と言うか寧ろ一番の功労者だし?
「じゃあっ、『蒼炎の剣士』ってどんな人だったか訊いても良いですかっ?」
目をキラキラさせてそう訊いてくるセトに俺は思わず苦笑いを浮かべてしまう。
……まあ、スタンピードの話が出てきたからもしやと思っていたが。
「そ、そうだな……。あれは──」
俺はぎこちなくその時の出来事を話し始める。
しかし話すこと事態は自分がやったことを言うだけなのでさほど大した事はないのだが、それを如何に客観的に話せるかが俺にとってはとても難しい。
あの時の俺は一体どんな風に映っていたのだろうか──そんな事を考えながら話していく。
「──って感じだったぞ。流石にファフニールとの戦いは見てないけどな」
そして何とかぼろを出さずにその時の出来事を話し終える。
「へえー、凄いですね! 一瞬で何万の魔物を倒すなんて想像もできません!」
「まるで物語の中の話ね」
「一体どんな人なんでしょうか……?」
よし、上手く乗り切ったようだな。
内心でホッとしていると、後ろから肩をつつかれた。
「……お前か。どうしたんだ?」
振り向くとそこには幼女が立っており、何か言いたそうにもじもじとしている。
「……偵察。着いてきて」
これから向かう方向を指差しながらそう言う幼女。
その様子は見た目だけ除いてしまえはばしっかり者のようにも見える。
見た目がそれでも、真面目にやれる時もあるんだな。
「嗚呼、分かった。二人でか?」
「……ん。足手纏いは要らない」
その言葉を聞いて俺は、幼女の評価を改めなければならないと感心した。
この幼女は俺がそこら辺の雑魚と同じではないと分かっていたのだから。
指にはめているコフィンリングによって実力は百分の一にまで落ちているので本当の実力を推し測れてはいないだろうが、それでも実力を隠している俺の強さを見破るのは称賛に値する。
「分かった。ってことだからちょっと行ってくるな」
「え、あ、はい。気を付けて行ってきて下さいね師匠」
俺を呼んだのがギルマスにリーダーだと言われた幼女だからかセトが少しぎこちなくそう答える。
こんな幼女に緊張なんてものは無用だと思うのだが、まあこいつは気が弱いからな。
他の冒険者に先に偵察に行ってくると伝えてから数分が経った。
俺も幼女も足手纏いになる冒険者や馬車がないということもあって最初からかなりとばして進んでいくと、遂に俺達が向かっていた場所へと辿り着いた。
いや、正確には辿り着いた訳では無くまだ途中の場所で立ち止まったのだが、まあそんな細かいことはこの際どうだって良いだろう。
「あれ、お前も気付いていたのか?」
「ん。まもののけはいがするのに、みえない」
俺は目の前に張られている〝結界〟の存在に気付いていたのでその手前で立ち止まったのだが、幼女の場合はその先にいる魔物の気配を捉えた事で立ち止まったようだ。
結界、それは視認することの出来ない障壁によって結界により囲んだ中にあるものを結界の外と何かしらの状態で隔離させるものだ。
それは目の前の結界ように外からは中の様子を見えなくさせたり、此処に辿り着くまでの方向感覚を狂わせて到達を阻害するようなものなどがある。
「結界がある以上、迂闊には進めないよな……」
「でも、このけっかい、へん。まものがでてこない」
結界から魔物が出てこない。
確かに結界の中には数えきれないほどの魔物がいるのを俺も分かっている。
しかし、結界にも色々と種類がある。例えば──。
「これは結界の中から外には出られないって事なんだろうな。逆に結界の外からは……」
そう言って、幼女は足元に落ちていた小石を結界に向けて投げつける。
それは緩い弧を描いて見えない結界へと飛んでいき──消えた。
そう、小石が消えたのだ。間違いなく結界に衝突したと思った瞬間、それはまるで結界を透過して内側へと飛んでいったかのように。
「中に入れるようだな」
「おおー。あたまいい」
幼女が興奮しているようだが、問題が解決した訳じゃない。
本来の結界の役割とは、結界で囲んだ場所を結界の外と何かしらの条件下のもとで隔離して外からの特定の干渉を防ぐものだ。
つまりは結界の内部を守るというのが本来の結界魔法の使い方であるにも拘わらず、これは何故かその正反対の仕様にしている。
「恐らく、中に入った者を逃がさない為だろうな」
「だからまものがでてこないの?」
「いや、ファフニールがそんな生温い事をする筈がない」
自分を満たすためだけに平気で国を滅ぼそうとしてきた奴の事だ。
中に入った魔物をそのまま生かしている訳がない。
「……どういうこと?」
幼女が頭に疑問符を浮かべて訊いてくる。
「俺の予想でしかないが、中にいるのはアンデッドだ」
あいつが──ファフニールが自分の縄張りに入ってきた魔物を生かす何て到底想像できない。
つまり侵入した魔物は例外なく殺されているだろう。
ならどうして結界の中から魔物の気配が感じられるのか?
「一旦戻るぞ」
「分かった」
答えは実に簡単だ。
殺した魔物をアンデッドとして蘇らせれば良いだけの話だ。
しかしそこで可笑しな箇所が浮かび上がる。
俺がファフニールを屠ってからそれなりの日数が経っているのにも拘わらず、あいつが展開したであろう結界が未だに消失していない事だ。
予め結界に多量の魔力を注いで長期に渡って展開しているつもりだったのかもしれないが、主の居なくなったアンデッド達は違う。主が死ねば主従契約が消滅して馬鹿みたいに溜め込んでいたアンデッドが契約の縛りから解放される。そうすれば結界の外へ出ようとする魔物も当然いる訳で、結界を攻撃する魔物も当然出てくるだろう。
ならどうして結界は破壊され、この森林にアンデッドの大群が解き放たれていない?
それは……。
──新たな主が現れたからだ。
そいつはかなりの知能を持っているのだろう。
ファフニールの張った結界の性質をを上手く使って中に入ってきた魔物を次々とアンデッド化させ、アンデッドの大群を更に大規模なものへとするくらいには。
(面倒な事になりそうだな……)
今、俺が考えたものはとても普通ではない事は自分でも分かっている。
だがそれでも、考えすぎなのかもしれないが、俺の勘はかなりの確率で当たる。
これから戻って、他の冒険者にどんな説明をしたら良いのだろうか。
そんな事を考えながら俺は木々の間を駆け抜ける。




