第十二話 懐かしい者達との再会
翌日の朝、俺は宿で朝食をとってから東門へと向かった。
まだ太陽が昇り始めたばかりという事もあって大通りに人の姿はあまりないが、大通りがこうやって静かになる時間は少ない。俺は何時もと違う雰囲気が漂っているこの時間帯が実は気に入っていたりする。
昨日は本当に何もする事が無く、やりたい事も思い浮かばなかったので今日の依頼の内容をギルドでもう少し詳しく訊いてみた。
今日の依頼は実は全体で最低でも五日はセディル大森林から出る事なくファフニールが寝床としていた場所の調査を行うものだったらしい。これを聞いた俺は思わず大声を出してしまう程マジで驚いてしまったのは言うまでも無いだろう。だって五日だぞ五日。俺は手っ取り早くそこまで行ってちゃちゃっと調査を済ませて帰ってくれば良いから遅くても三日と考えていたのだが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。
理由として先ず挙げられるものは、そもそも俺が一人で行く訳ではないという事だ。聞くとこの依頼を受けた冒険者の人数は二十人もいるらしく、殆どがBランク以上の高ランク冒険者だっていう話だ。逆に依頼を受けた冒険者の中で一番ランクが低いのが今現在の俺のランクであるCランクなんだとリーシャさんが教えてくれた。しかもそのCランクの冒険者は俺を含めて四人しかしないという余計な情報も教えてくれた。
リーシャさんはそれだけ危険でかなりの実力が必要とされる依頼をCランクで指名されたのは凄いと言ってくれたが、言い方を変えるととても面倒な依頼を受けてしまったという言葉に尽きる。いやマジ何で俺なんかにそんな怠い依頼を出したんだよあのギルドマスターは。先輩の冒険者に突っ掛かられなければ良いのだが……。
まあそんなこんなで昨日は慌てて色々と準備に走らなければならなくなったが、知らないで当日を迎えるよりは断然ましなので文句は言うまい。
それと荷物を運ぶために大型の馬車を二台用意して行動するとの事で、移動する時に邪魔になるような手に余る荷物はそれに積んで良いらしい。と言っても食料は支給されるから俺が持っていくものなんて殆どないし、それに俺には亜空間があるので必要ないが。
「どんな奴がいんのかな……」
そんな事を考えながら、俺はポツリと静かな大通りに声を漏らす。
出来るのならば親切で優しい人を希望したいものなのだが、冒険者と聞いただけでその望みは叶わないという結論が出てしまう。大体の冒険者は短気な者が多いからちょっとでも刺激すれば直ぐに喧嘩になったりするし。
まああまり自分から関わろうとしなければ良いだけの話だし、静かに端っこにいれば何とかなるだろう。
──それから暫くして、東門に到着した。
東門の目の前は広い広場となっており、そこには既に大勢の冒険者らしき人達が集まっていた。
そして少し離れた場所にはそれらを見ている冒険者ではなく普通の一般人のような人も沢山やってきていて、ちょっとした人だかりが生まれていた。恐らく依頼があることを知っている人達がどんな冒険者が集まっているのかと調味本意で見に来ているのだろう。まあ此処に来ているのは高ランク冒険者なんだし名前も売れている者が揃っているから、珍しいものとして見ているのが大半だと思うが。
「あっ、オルフェウス君。やっと来たね」
──と、俺が大きな馬車の周囲に固まっている冒険者達の元へと向かうと、何やら聞き覚えのある人の声が聞こえたような気がした。
「……オルフェウス……?」
すると離れた場所である少年がリーシャの言葉に反応したのだが、その時オルフェウスはそれに気が付くことはなかった。
声のした方を見るとそこにはリーシャさんがおり、それとギルドマスターもその場にいた。
「済まない、遅刻だったか?」
「んーん、まだ時間じゃないから大丈夫だよ。それにしても荷物とか無いの?」
以前も指名依頼で遅刻した経験があったのでもしやと思って尋ねてみたが、どうやらまだ時間になっていないようだ。
「いや、俺には亜空間があるから」
「そう言えばそうだったね!」
リーシャさんがはっとした顔で納得する。
「──師匠っ!」
そんな軽い会話をしていた時、横からとても大きな声で〝師匠〟と叫ぶ声が聞こえた。
更にバタバタと何人かが走って此方に向かってくるような足音も。そしてその足音は俺の真横までやって来た所で止まり、再び同じ言葉を口にした。
「師匠!」
真横で大きな声を出されたのでとても煩い。
俺は一回目に〝師匠〟と誰かが叫んだ時にはもう既にその声の主が誰なのかを察してはいた。……いや、本当は昨日の内からそんな事だろうと薄々と感づいていたのかもしれないが。
まあ取り敢えず、弟子が挨拶をしたのだから師匠である俺が無視するのは駄目だよな。
等と考えながら俺はそちらに振り向いた。
「よっ、セト。久し振りだな。それとお前らも」
そう声を掛けると、セトはみるみる内に口元を綻ばせていった。
だがそれとは反対に不満そうな者もいるみたいだが。
「何よ、そのおまけにみたいな言い方」
「元気そうで何よりです」
それはセトを挟み込むようにいるナディアとアリシアだ。
まあアリシアに関してはそれほどでも無いが、ナディアは俺の言い方に少し不満な点があるようだ。ネルバにいた頃もちょくちょく俺に対して文句を言っていたからそれほど自分からは関わろうとはしていなかったのだが、セトと行動するとどうしても着いてくるので結局はこいつとも何度も冒険に行った仲なんだけどな。
でも何処か少し、昔よりは丸くなったような気がする。
と言っても気がするだけかも……。
「師匠ー!」
「うわっ!? 何だよ急に」
それも急に抱き付いてきたセトによりそんな思考は強制終了させられた。
暑苦しいので直ぐに引き剥がしたのだが、周囲と見るとこいつの声の所為でかなり目立っていたようで多くの人の視線が集まっていた。
「……オルフェウス君って知り合いとかいたんだ。と言うかどういう関係なの?」
「おい、何だその失礼な言い方は」
ポツリと呟いたリーシャさんに俺はすかさず突っ込みを入れる。
「師匠! 僕もCランクになったんですよ!」
そんな中セトだけは相変わらずハイテンションのままそう言って懐を漁ってギルドカードを俺に突き出して見せてきた。そこにはしっかりと『C』という文字がでかでかとあり、本当にセトが俺と同じランクまで登ってきたという事を証明していた。
「因みに私達もCランクになったわよ」
「へえ、頑張ったんだな」
「ちょっと~、無視しないでよ~」
もう俺のランクが追い付かれてしまったのかと一人感心していると、横からリーシャさんが不満そうな顔でちょんちょんと腕をつついてきた。
「ああ悪い。セトはネルバにいた頃の俺の弟子で、こっちの二人はセトのパーティーメンバーでその時に知り合ったんだ」
「へぇ~、仲良いんだね! オルフェウス君ってあんまりシエラちゃん達以外と話してるとこ見てないから」
……つまり、俺がボッチではないかと思っていたと。
中々に失礼な事を考えていたんだなこの人は。まあ言い方を変えればセトは弟子で二人はセトの友達って言えるから友達なのかは定かではないが、それを「俺達って友達だよな?」なんて聞いて「は?」って言われるかもしれないと思うと怖いから訊かないけど。そう考えればシエラやイリアは友達と呼べるのかもと思ってしまうが、どうなんだろうか。
だが俺にもしっかりと友達と呼べる者達がいるという事だけは断言しておこうと思う。俺だって【魔界】に何人も友達と呼べる奴が居るし、ギルゼルドは親友だしな。……あれ待って、という事はこの世界には友達が、……深く考えないようにしよう。
「やあオルフェウス君。また会えたね」
するとまたしても別の場所から声が掛けられたのでそちらを向くと、そこにはまたしても知っている顔の面々が揃っていた。
「アストさん! アストさん達もこの依頼受けてたんですね」
「うん。また宜しくね」
「はい!」
それだけ言って離れていってしまったが、その時ニグルさんは此方に会釈をして、アーラルさんは「またね~」と明るく言ってからそれに着いていった。相変わらずグランさんは不機嫌そうに此方を一瞥して行ってしまったが、まあ何時も通りでなによりだ。
あの人達もまだ王都に居たんだな。同じ町に居るというのにチラリとも姿を見ていなかったものだからもう何処かの町にでも行ってしまったのかと思っていたのだが、こうしてまたお互い無事に会うことが出来て良かった。
それにしても意外と知っている面々がこの依頼を受けているようで、どうなる事やらと少し不安だったのが落ち着いた気がする。
「リーシャ、時間だ」
「あ、はい」
そうこうしている内に時間になったようで、ギルドマスターが冒険者達を集めだした。
先程までガヤガヤと騒がしさがあったものが一言で一気に静かになっていき、ギルドマスターの前にあっという間に冒険者達が集まった。それを流石だなと思いながら俺もギルドマスターの元へと少し急ぎめで向かうと、ギルドマスターの隣にあの幼女がいるのを発見した。何かあるのだろうか?
「これより、予定通り依頼を決行する。各自で準備は既に終わらせていると思うが、慢心はしないよう心掛けろ。依頼中に起こった物事は自分達で解決し、なるべく冒険者同士で喧嘩などはしないように」
その言葉に冒険者達は無言で頷く。
と言うか〝喧嘩などはしないように〟とか言っちゃう辺りを考えると、やっぱり短気で喧嘩っ早いな奴等が多いという事なのだろう。
「そして依頼を決行するにあたって剣聖ルナをリーダーとする」
剣聖としかあの幼女が呼ばれている所をを聞いていなかったので気になっていたが、あいつの名前ってルナって言うのか。
そう一人で思っていると、静かだった冒険者達が突然ガヤガヤと騒ぎだした。
「はあ!? ふざけんな!」
「何でこんなガキの言うこと聞かなきゃいけないんだよ!」
「変えろ! 変えろ!」
「剣聖だか何だか知らねえが、俺はそんなの許さねえぞ!」
そんな異議を唱える冒険者達を間近で見ていると、思わずギルドマスターに「人選ミスったんしゃねえの?」と訊きたくなる衝動に駆られてしまう。
まあ文句を言っている冒険者達の言いたい事が分からない訳でもない。あいつの身長や体格などの見た目からして全くと言っていい程に強そうには見えないし、そもそも冒険者に見えるかも怪しい所だ。まあ見た目で判断するような冒険者など所詮はその程度でしか実力を測れない雑魚でしかないが、それと同時に頭が弱かったりすると尚更だ。普通に考えれば相応しくない者をギルドマスターが選ぶ訳がないという事に気付く筈なのだが、それすらも分からない奴等が多いなんてな。
まあ一部の本当の実力を測れる者達や頭の良い者達はそれに混じらずに無言でその雑魚達の阿呆らしい様子を窺っているようだが。
「──黙れ」
そんな中、突如として放たれた威圧を乗せた言葉につい先程まで騒がしかった者達がしんと静まり返った。
その言葉は一体誰が言ったのかなど考えるまでもなくギルドマスターなのだが、何時ものようなしっかりとした様子からは想像できない程その迫力には凄まじいものがある。
「……へえ」
本人にその気は無いのだろうが、言葉に込められた魔力には明確な殺気が含まれている事に気付いた俺は思わず感心してしまう。殺す気もないのにも拘わらず殺気を出すのは難しいので、それだけでその者が只者ではない事が分かる。
魔力とは魔法を使う以外にも様々なものに使用することが出来るのだが、その一つにギルドマスターがやったような言葉に魔力を込める事がある。これは己の声を大きくして広範囲に伝えたりする時にも使えるが、今のように相手に命令を聞かせるという使い方もある。それは精神干渉に対する抵抗力のある者や多量の魔力を持つ者には効きにくいが、どうやら此処にいる者にはしっかりと効いたようだ。
引退する前はさぞ有名な冒険者だったのだろう。
「これは決定事項だ。異論は認めない」
「そーゆーことだから、宜しく」
幼女が空気の読めない呑気な様子でそう言った。
──そんなこんなで、セディル大森林の調査が幕を開けた。




