第十話 セディル大森林の異変
〝ギルマス〟と呼ばれた男によってリーシャさんの暴走は収まり、俺達はソファーに座って向かい合っていた。この応接室は丁度四人が限度に作られており、目の前にギルマスとリーシャさん、そして隣にあの幼女が座っている状態だ。
誰もが口を閉ざし張り詰めた空気が漂っている中、その静寂を断ち切ってギルマスが口を開いた。
「──先ずは、自己紹介でもしようか。私は此処、リーアスト王国の王都オルストのギルドマスター、レグルスだ」
重々しい声で自己紹介をしたギルドマスターに俺は軽く頭を下げる。
こう面と向かって直接見たのは初めてだが、一応ファフニールが引き起こしたスタンビードの時に冒険者に指示を飛ばしている姿をチラリと見た事はある。まあそれでも本当にチラッとしか見れなかったんだけどな。あの時は正体を隠していたし、それに直ぐにファフニールの元へと向かってしまったし。
しかし改めて見ると中々の実力者だという事が服越しからでも見て分かる程に隆起した筋肉を見れば分かる。ギルドマスターを勤める事が出来るのは相当の実力者……特に、最前線を引退した冒険者だという恒例にも似たものは今でも受け継がれているようだな。
「Cランク冒険者のオルフェウスです」
「ふむ……」
少し簡単過ぎるかもしれないが、自分の自己紹介を済ませると、ギルドマスターは顎に手を当てながら此方をじっと観察してきた。
「それで君の報告だが、事実なんだな?」
「はい」
嘘を吐いている訳でも無いので堂々とそう答える。
その様子を見てギルドマスターはふっと笑みを浮かべた。
「まあ君の言葉を疑っている訳ではなかったのだが。……そうか、テンペストウルフまでもが出てきているのか」
それを聞いて俺は内心ホッとする。
取りあえずは信用してもらえたようだから一安心だな。
「それにブラッドスパイダーに関しては被害に逢った冒険者からも報告を受けている。君が助けてくれたそうじゃないか。ありがとう」
「ああ……」
……成る程、だからすんなりと俺の報告を信じてくれたという訳か。
あの二人もブラッドスパイダーに襲われた事をギルドに報告していたと考えれば合点がいく。直接的な被害に逢った冒険者二人の報告に、それを裏付ける俺のギルドカードに記録された討伐した魔物の情報。それだけ噛み合っている確かな情報があれば信じざるを得ない、か。
「それも踏まえて冒険者には注意するよう伝えさせてもらおう。──それで話は変わるのだが、君に指名依頼を受けてもらいたい」
「……また急な話ですね」
本当に急な話だな。
指名依頼は依頼主が直接、誰に受けてもらうかを予め指名するものであり、多くの場合は高難易度の依頼である可能性が高い。
それは誰が受けるのかも分からない依頼として出すより、確実に頼れる冒険者に依頼を出すことの出来る唯一の手段。
しかしそれを受けるかどうかは冒険者に決める権利があり、依頼内容や達成報酬によっては断られる可能性もある。
だからこそあまり使われない形式だが、それでも断られる事を覚悟してまで依頼を出すほど、それが普通のものとは異なり特殊である事を示している。
「別に急という程でも無いだろう。君も感じているんじゃないか? セディル大森林の異変を」
落ち着いた様子でギルドマスターが放った言葉を聞いて、成る程そう言うことかと理解することが出来た。
話をするだけだと言うのにリーシャさんがギルドマスター何て言うお偉いさんを連れてきた理由、それが俺への指名依頼。ギルドマスターが出てきてまで指名依頼を受けろと言うものだから一体どれだけ面倒な依頼を出してくるかと思えば、森林における異常の調査を依頼したいという訳か。
「まあ原因は分かっているのだがな」
「原因?」
嗚呼──と、更にギルドマスターは続ける。
「一週間と少し前のスタンビードの事は知っているだろう?」
その問いに俺は無言で頷く。
「あれは酷かったものだ。今も謎に包まれているあの『蒼炎の剣士』がいなければ九分九厘、負けていただろう」
「……ッ!? ごほっごほっ……『蒼炎の剣士』……?」
不意に聞き慣れない単語が出てきた事に過剰に反応してしまい、丁度その時に紅茶を飲んでいる最中だった俺は思わず噎せてしまった。
何だよその呼ぶ方も恥ずかしくなりそうな呼び名は……。十中八九それが〝二つ名〟である事は分かるが、いったい誰がそんな可笑しなものを考案したと言うのだろうか。
しかしまあ、それが誰を指しているのかは大体見当がつくんだが……。
「何だ、知らないのか? 君も冒険者ならあの場には居たのだろうし、あの日の出来事は目にしている筈だが」
少し目を細めながらギルドマスターはそう言う。
ええ知っていますとも。もしギルドの召集命令に応じなかった場合は少なからず何かしらの処分は受けるしな。それにその出来事というのにもギリギリの滑り込みだったが間に合ったし、……と言うか俺がその張本人だし? まあ当たり前だけどそこら辺の目撃者よりかは良く知っているつもりだ。
しかしまあ、なるべく殺傷性の高くて尚且つ超広範囲に渡って魔物を纏めて始末できる程の攻撃手段を選択しただけなのに、これ程までにそれが影響を及ぼしていたとは。
最近はずっと王城での暮らしだったから世間で流れている噂は耳に届いて来なかったが、これだけ持ち上げられていると言うのは驚きだぞ。
別に後悔はしていないつもりだが、こうなるのを知っていれば他の手を練ることだって考えたのにな……。
「……ええ、まあ。ですが最近は少し引き籠っていたのでそう呼ばれているというのは今知りました」
もっとましな言い方があったのかもしれないが、咄嗟に出てきた言葉がこれだったのでしょうがない。
「そうだったのか。王都はまだその者の話で持ちきりなのでな、耳にしていると思っていたが。すまなかったな」
「いえ、気にしないで下さい」
持ちきり、ね。あれから一週間もの時間が経っているのにも拘わらずにか。
何かしらに本気で火属性を付与する時だけ何故か特殊な変化が起こり、本来は赤である筈の炎の色が綺麗な蒼に変わると言う不思議な現象が発生する。理由は炎が有している熱量の違いにあると考えているが、専門家でもない俺にはよく分からない。
他の付与魔法を本気でやってもあれほど大きな変化は現れないので、あの時よく考えずに火属性の付与を行った俺がいけないって事だな。
「──それで話を戻すが、そのスタンビードを引き起こした邪竜ファフニールの棲みかだったであろう場所から、非常に高密度の魔力が放たれている事が分かった」
流石にこれは知っているだろう、といった風に淡々とした口調で話をするギルドマスターに俺は無駄な口を挟まず静かに聞き入る。
「それが丁度、一週間前の事だ。その日からギルドでは調査に向けて準備を進めているのだが、察しの通り相当な危険が予想される。故に指名依頼として冒険者に依頼しているという訳だ」
「因みに私はそれで呼ばれてきた」
成る程、この幼女は指名依頼を受けた冒険者だという事が。
そしてギルドマスターの言いたい事も理解できる。
今回ギルド……という規模ではないな。──この国が行おうとしているのはあくまでも異変の調査であり、魔物の殲滅などという簡単なものではない。もし殲滅するだけで良いならば普通の依頼として出せばいいが、それでは何の解決にも至らないままで終わる。根源を確実に潰さなければまた同じような事は間違いなく繰り返されるのだから。
それを阻止する為の調査であり、それにはあらゆる状況に適応できるような柔軟な対応が望める者が必要不可欠だ。いくら実力のある冒険者がいたとしても、それが個の時だけで集団で使えるものでなければ全体の重荷になるだけ。最悪の場合その一人の所為で此方が全滅する可能性だって捨てきれない。
だからこそギルドで連れていく冒険者を選抜しないといけないのだろう。
それに何故この幼女が選ばれたのか、俺には皆目見当もつかないのだがな。
「……それで何で俺に依頼を?」
「実力があったのは以前から知っている。それと今しがた気付いたのは落ち着きがあって物怖じもしない、という性格だ。それらを踏まえて君なら適任だと私は思っている」
俺の実力を以前から知っている? ……ああ、そう言えば王都の闘技場で少し派手に暴れた事があったような、無かったような。
結構な騒ぎにもなって数日の間はそこら中で噂話がされていたっけか。ユーリウスがこの世界の強さでどれだけの地位にいるかは知らないが、それならギルドマスターの耳にも入っていたとしても何ら不思議な事は無いな。
「……詳細を訊いても?」
「勿論だ。予定しているのは三日後、集合場所は東門。内容はセディル大森林の深奥、ファフニールが棲みかとしていたであろう場所の調査。暫定的だが依頼の難易度はSランクとしている」
必要な情報だけを説明するギルドマスターに、俺は紅茶を啜りながらそれを聞く。
セディル大森林の深奥にあるファフニールの棲みか、か。まあそんな物騒極まりない場所が何もないという訳は確実に無いだろうな。直接的にファフニールが何かをしていなくとも、その場に居るだけで周囲には影響を与え続けるだろうし毒を得意としていた竜だから環境が崩壊している可能性も考えられる。
「そして報酬だが、一人につき金貨三十枚に、更に貢献度に応じて上積みされる」
「っ……っ!?」
報酬の額を耳にした俺は、そのあまりの高報酬っぷりに思わず言葉を詰まらせてしまった。
金貨三十枚、銀貨にして三千枚だと!? 成功するのが前提ではあるが、達成したらそんな大金を貰えるって言うのか。それだけあったらどれだけの時間を遊んで暮らせるだろうか。
「では、返事を訊かせてもらおうか」
「受けます」
あっさりと依頼を受注すると言った俺に驚いたように此方を見てくるギルドマスターは、暫くして可笑しそうにフッと笑った。
即答だが、何か?
「……では、話は終わりだ。時間を取らせてしまってすまなかったな」
「此方こそ」
ギルドマスターはそれだけ言って部屋を出ていってしまった。
部屋に残された俺とリーシャさん、そしておまけに……あれ、こいつの名前って何て言うんだ? まあ幼女で良いか。その三人が残されたのだが、何故だか話は終わった筈なのにリーシャさんは退出しようとせずにじっと此方を見ている。その視線と俺の視線がぶつかると少し気不味い空気になった感じがして、俺はそっと視線を横に逸らしてしまう。
すると今度は隣に座っている幼女が補充されたお茶請けを必死に口の中へと運び込もうとしている様子が目に映る。……こいつは結局あの一言しか喋らなかったな。
「オルフェウス君ってさ、その子と知り合いのようだけど、どんな感じで出会ったの?」
と、そんな静まり返った部屋にリーシャさんの声が響く。
気不味い状況の中で何とか話を振ってきてくれたようだが、はたしてそれを言ってしまっても良いのか悪いのか。これは俺だけではちょっとばかし判断しかねる質問だな。
そう思って幼女の方へと視線を向けるのだが……。
「……運命の、出会い?」
ああやっぱり、こいつと話を会わせようとした俺が馬鹿だったようだ。
「ちげーから。二人揃って衛兵さんにお世話になるような出会いが運命であって良いわけが無いから」
すかさず誤解されないように突っ込みを入れるが、相変わらずこの幼女はキョトンとしらばっくれるつもりであるらしい。
「ああ! そう言えばギルドに来る前に衛兵にお世話になったとか言ってたそれ?」
リーシャさんにはしっかりと俺の言いたい事が伝わったようで何よりだ。
「そうだ。だから決して運命とかじゃないから。……っと、それじゃあ俺も帰るな」
これ以上は此処に留まっている意味はないので一気に紅茶を飲み干して立ち上がる。
それに誰かさんの所為で腹が空きまくっているし、早く酒場にでも行って夕食を食べたい。
「私もそろそろ仕事に戻りますか~」
「ん、なら私も」
つられたように二人も立ち上がり部屋を出る。
その後ギルドで二人と別れた俺は夜の町を照らす街灯が付き始めた大通りを歩きながら、何時もの酒場へと向かった。
毎日更新してる方って凄いと思います。
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