第八話 久し振りの冒険 ②
森林のなるべく浅い場所からの気配を集中的に探りながら、今度こそはと俺はその中でも強そうな魔物の方へと向かう。
「……ん? 先着がいるっぽいな」
周囲を警戒しながら魔物の気配のする方へと向かっている途中で群れだと思っていたその気配が少し可笑しい事に気付いた。
反応はまたしても四つ。その内の一つが突出して強そうな気配だったので恐らくはそいつが群れのボス的な存在なのだろうと考えていたのだが、暫くの間ゆっくりと歩きながら観察しているとどうやらそうではないように思えてきた。
理由はリーダー格であろう魔物から他の三つの気配が逃げるように移動しているように思えるからだ。
と言っても気配を感じ取った時から動きが少し不自然だったので、もしかしたらと睨んでいたからあまり驚きは無かった。
……って、そんな呑気にしている場合じゃないか。早く助けに行ってやらないと!
木と木の間を縫うようにして走り、直ぐにその場所へと辿り着く。
すると視線の先にある魔物の姿が映った。
「あれは……っ」
数多の魔物の中でもかなり人気の無い……と言うより嫌われている魔物の内の一種である危険度がCランクのブラッドスパイダーじゃないか。特に女性の冒険者からは自分の意思で狩りに行こうとするものは常人の中からだったら誰一人として見たことがない程に人気がない。
まあ蜘蛛に似ている魔物はほぼ全てがそれに当てはまるのだが、その理由はお察しの通り見た目があまり良くないのと得意の糸を使った戦法が中々どうして対策が難しい所にある。
蜘蛛というのは薄暗い洞窟の中や木々が生い茂った場所に自身の巣を作り上げるのだが、その時に巣の周囲にいくつもの糸を使った罠を仕掛けるのだ。それは拠点である巣を簡単には攻撃させないようにと外敵を足止めや捕縛する役割として良く使われている。それと自身からはあまり動かず数多く張り巡らした罠に掛かった獲物を補食する習性があるので、効率良く餌を集める為のものとしても使われている。
そして女性からは特に避けられていると説明したが、その蜘蛛が産み出した糸から作られた衣類はとても人気がある。何故ならその糸からは良質な絹を作る事ができ、丈夫さや肌触りが抜群だからだ。……蜘蛛、可哀想に。
そんな魔物に、三人の冒険者が襲われていた。
「く、来るなぁ! 近寄るなああっ!」
一人は恐らく職業は剣士であろう少年で、二人の仲間に近付かせまいと間に割って入って一心不乱に手に持った剣を振り回している。しかしそれは見掛けによらない素早い動きで簡単に避けられてしまい、無惨にも虚空を斬るだけだ。
足を含めれば体長が四メートルはありそうなずんぐりとした巨大な身体を持つブラッドスパイダーはまるで遊んでいるかのように冒険者の周りをくるくると回り、同時に木々の間に蜘蛛の巣を作り始めた。それはあっという間に冒険者達の逃げ道を閉ざしていき、完全に包囲されてしまった。
「こんなものっ……『ファイアーボール』!」
するともう一人の少年が魔法杖を握り締めて、火魔法を一つの巣に向けて打ち出した。
(……あまいな)
俺は心の中で呟く。
魔法使いの少年から放たれた炎の玉は狙いを外さずにしっかりと巣に直撃する。
「よし!」
その少年は自分が撃った魔法が狙い通りに飛んでいったのを嬉しく思ってかそんな風に声を溢したが、それも直ぐに絶望へと変わる。
何故なら……。
「魔法が、効いてない……っ!」
「そんなっ」
小さな爆発と共に発生した煙が晴れた時、全くの無傷の状態の蜘蛛の巣が現れたのだから。
そう、こいつらの糸はとても丈夫だ。生半可な剣での攻撃も、威力の低い魔法攻撃にも耐えることが出来る。まあだからこれを使った衣類は超人気なんだけどな。
本来、虫系統の魔物の弱点は火魔法、氷魔法、雷魔法の三つの内のどれかである事が多い。いや、その三つ全てが弱点の魔物の方が断然多いだろう。
それを知っている冒険者なら真っ先にそれらの魔法を使って戦闘を有利に運ぼうとする。虫系統の魔物は比較的に他の魔物よりも弱く討伐が簡単という特徴があるから、大体は楽に殺せる。しかしそれは魔物が少数体の場合の時のみだ。
こいつらは群れで行動している。それも他の魔物とは比べ物にならないほど圧倒的な数の群れで。
先程のテンペストウルフの群れが良い例だ。あいつらは四体で群れを形成していたが、リーダー格の魔物が強ければ強いほど群れの規模が大きくなっていく。故に数百の魔物で形成された群れもあるという訳だ。
だがそれでも数で比べるならばこいつらには敵わない。虫系統の魔物は繁殖力が非常に高いので優に千を超える大群を成すからだ。規模が大きい群れならば万にも届いてしまうくらいに──。
そう考えるとまだこの冒険者達は運が良かった方だ。
何せ相手は一体しかいないんだからな。
「……っ! 危ないっ……『バリアフィールド』!」
埋めることの出来ない力の差というものを実感し、戦う気力を喪失してしまった二人を守るように先程まで立ち尽くしていた少女が声を上げた。
魔法が発動すると三人は僅かに輝く半円状の光の障壁に囲われる。
──ガキンッ!
何かと何かがぶつかった音が少し遅れて周囲に響き、遅くも気付いた二人の少年がその方向を向くと何時の間にか接近していたブラッドスパイダーがいた。
「「ひぃっ!?」」
伸ばされた足の一本と少女の魔法の障壁が鬩ぎ合いギリギリと嫌な音が鳴る。
これは互いの力が拮抗しているからではなく、ブラッドスパイダーが手加減しているからこうなっているのだ。しかし恐怖と絶望に染まっている三人にはそんな事に気付く余裕など残っている筈もない。
「──よっと」
と、そんな張り詰めた空気に場違いな声が響く。
まあ俺なんだけど。
──ッッッ!?
何とも言えない掛け声と同時に俺は短剣でブラッドスパイダーの頭を貫き、地面に縫い合わせる。ってかこいつの頭以外とでかいな。結構ギリギリだぞこれ。
突如として現れた俺に対して驚愕しているのだろうが、蜘蛛はそもそも声が出せないので長い足と足がぶつかる音や間接から聞こえてくる奇妙な音以外には地面を引っ掻く音しか聞こえてこない。
……後、不気味に口がカチカチと鳴っているくらいだろうか。この音が妖しく光っている赤い四つの目とマッチしてとても気持ち悪いので、あまり意識したくない。
気持ち悪いな~、と思いながら眺めている内にブラッドスパイダーは絶命してピクリとも動かなくなる。
「もう安心だ。怪我は無いか?」
完全に死んだことを確認してから怖がらせないように声を描けてみる。
「ぁ、はい。ありがとうございます」
「助かった……」
「あなたは……?」
うん、どうやら三人とも怪我はしていないようだな。
だがまだ怯えは取れていないみたいだ。
「俺はオルフェウス。これでもCランクの冒険者だ」
そう言って俺はポケットからギルドカードを取り出して三人に見せる。
「す、すげえ」
「同じくらいの歳なのに……」
「これがCランク……」
ごめん、見た目は詐欺ってます。
「君達、王都まで自分達で帰れるか? 良ければ一緒に着いてってあげるけど」
そろそろ落ち着いてきただろうと判断し、俺はそう提案する。
俺の依頼はまだ一つも達成してはいないが、こいつらの事が心配だし、何てったって後輩の面倒は先輩たる俺がしっかり見てあげないといけないしな。
それに俺が受注した依頼は全部が危険度の高い魔物の討伐依頼だ。それを流石に一日で倒してこいっていう無茶な依頼ではないし、パッとしか見てないが確か一週間は猶予はあった筈だしな。だから別に今日で依頼達成を目指す理由は何処にもない。
それにそんな怯えながらではゴブリンやスライムにすら殺られてしまいそうだし……。
「い、良いんですか?」
「嗚呼。その代わり、ちょっと手伝ってもらうけどな」
「えっ──」
俺の言葉に、三人の頭の上に疑問符が浮かんだ。
明日も更新できる……筈!




