第八話 久し振りの冒険 ①
「取り敢えず、ギルドにでも行くか」
王城を後にした俺は賑やかな大通りを歩きながら、直ぐに周囲の音で掻き消されてしまいそうな声でそんな事を呟いた。
大通りは何時もと変わらずとても賑わっているが、流石にスタンビードの後の数日間のお祭り騒ぎ程ではなかった。まああんなどんちゃん騒ぎが毎日のように続いているのは真面目な方で勘弁してほしいものだが……。と言っても俺はどんちゃん騒ぎのあった数日の内の一日しか外に出ていないのでまだ良かった。あの日はそこかしこで俺の噂があれよあれよと囁かれていたからな……。
何とか気にしないようにと心掛けていたが、それでもやはり自分の事が話されているとなると気にせずにはいられなかったしな。別に悪い噂をされている訳ではないので嫌な気分にはならなかったが、それでも恥ずかしくはあったし。
……と、そんな事を考えていると目の前に冒険者ギルドが見えてきた。
ギルドに到着し、扉を押して中へと足を踏み入れる。
すると想像はしていたがワイワイとまだ昼にもなっていないのに多くの冒険者が酒を飲み交わしており、少しだけ酒の臭いが漂ってくる。
酒……か。俺も最近は色々な事がありすぎて飲めていなかったから久し振りに飲みたいものだ。見た目はあれだがこれでも歳は三十後半なんだからな。もう流石にお兄さんと呼べと言えるような年齢ではないし、見た目を考えなければおじさんと呼ばれても何も可笑しな事は無いし。
……っと、そんな事より、早速だが依頼ボードの方へと向かうか。
「おお、結構あるな……」
漸く文字が読めるようになったので、俺はつい嬉しくなって端っこから読み進めてしまう。
しかしやけに魔物の討伐依頼が多いな。あれほどのスタンビードがあったんだからその影響で暫くはまともな討伐依頼なんて無いと思っていたのだが、予想よりも沢山の依頼があるな。まああれだけ広い森林なんだし魔物が増える速度もとてつもないって事なのだろう。
さてどれを受けようか。今のランクはCランクだから一つ上のBランクの依頼までは受注出来る筈だし、そこら辺の依頼を探してみるか。流石に薬草採集とかの常駐依頼をこのランクになってまでやるのはちょっとあれだし、新人冒険者達の大事な収入源を横取りするのは褒められた事じゃないしな。
「アーススライム、ハイトレント、グリーンオーガ……この辺りか」
数ある依頼の中からちょっとした肩慣らしに丁度良さそうな魔物の討伐依頼を選び抜き、少しの間その場で考え込む。
アーススライムとグリーンオーガは危険度がBランクの魔物で、ハイトレントが危険度Cランクに位置する魔物だ。どれも森林の比較的浅い所に出没し、その脅威に多くの冒険者が依頼を放棄して逃げ帰って来ているとの事。数はそれぞれ一体ずつのようだが実力の無い冒険者にとってはかなりの危険になりうるだろう。
うーん、迷うな。……いや別に迷う事なんて無いか。
「よし」
俺はそう呟いてその三枚の依頼用紙をボードから剥がす。
そしてそれを手に受付へと向かう。
「依頼の受注を頼む」
「はい。分かりました。……って、オルフェウス君じゃん!」
そう気軽に俺の名前を呼んできた少女に視線を向けると、何とそこには見知った受付嬢がいた。
「久し振りだね~」
「そうだな。リーシャさん」
そう、俺が王都に来てからほぼ毎回のように依頼の受注や達成の処理をしてくれていたリーシャさんがそこにいた。
相変わらず元気な様子で何よりだ。
「依頼の受注だったね。……この三つを受けるの? オルフェウス君のランクなら受けられるけど、纏めて受けるのはあまりお勧め出来ないよ?」
「構わない」
俺がそう言うと、リーシャさんは少し迷っているのか考える素振りを見せる。
「ま、君がそう言うのなら別に良いよ。……はい、受注したよ。……あ、あと最近セディル大森林を入って直ぐの場所にも強い魔物が出没しているらしいから気を付けてね」
「嗚呼、分かったよ。丁度その討伐依頼を受けたばっかりだしな、気は抜かない様にする」
少し気が進まない様でもあるが、結局その三つの依頼を受けさせてくれた。更に此方を心配してくれているようなので、無いとは思うが危ない真似はしない様に心掛けるとするか。
ギルドから出て、足早に王都の東門へと向かう。
大通りにある出店からは色々とお決まりの接客の声を掛けられるが、今回はそれらを完全に聞こえないふりをして通り過ぎていく。何時もならば魅力的な言葉と良い匂いに思わず足を止めてしまうだろうが、今日に限ってはそんな事はしない。久し振りの依頼に張り切っている俺が、そんなものを前に悠長な時間を過ごしている暇はないのだ。
……あっ、でも帰りに寄らせてもらいます。
──それから一時間もせずに、セディル大森林へと到着した。
「さて、お目当ての魔物は……っと」
受注した依頼は三つもあるので一つ一つにはあまり時間を掛けていられない。なので手っ取り早くお目当ての魔物を探すためにこの辺り一帯の気配を探る。
ふむ……以外と冒険者の数が多いな。それにスタンビードからまだそれほど経っていないのに魔物の数がもうここまで増えたのか。確かにこれだけの数の魔物がいればギルドに貼り出されていた討伐依頼があれだけあったのも頷ける。
「あっちだな」
そしてある程度の強い魔物の気配を探りだしてその方向へと足を進める。
するとそれほど歩くこともなく目の前に魔物が現れる。
「……ま、そう簡単にはいかないよな」
目の前に現れたのは俺が求めているのとは別の魔物。
体長が三メートルは軽く超えるであろうその体躯は、離れている場所からでもしっかりと発見する事が出来る。緑がかった毛皮に、噛まれてしまったら一溜まりもない凶暴そうな牙、そして群れで行動している事。それらの特徴を踏まえてあの魔物はテンペストウルフだろうと推察する。
まあ、そんな細々と情報を分析して何の魔物かを判断しなくても、パッと見るだけで大体は分かってしまうものなのだが……。
──グルルルル……ッ!
っと、どうやら向こうも俺の存在に気が付いたようだ。
俺の探していた魔物ではないが、此処はまだ浅いといえば浅い場所だから駆け出しの冒険者が襲われたらかなり危険だし、狩れるのなら狩っておいた方が良いだろう。
そう判断して俺は駆け出す。
方向は勿論テンペストウルフの群れの方へ、だ。
「はっ!」
狼達にとっては到底視認すら出来ないような速度で目の前へと接近して取り敢えず手にしていた短剣で一体の首を跳ねる。首を跳ねられたテンペストウルフはというと当たり前だが一瞬で絶命し、力が抜けたようにその場にどさりと崩れ落ちた。それによって四体いた群れが三体へと減少する。
うん、剣を修理してから試し切りとかしていなかったがどうやら本来の剣の性能に戻ったようだ。
「「「──ッ!?」」」
あっという間に仲間の一体が殺られた事に遅くも気付いた狼達は何が起こったのか理解できずに混乱している。しかしそれど同時により一層に俺を警戒し、殺気と少しの恐怖の籠った感情を乗せながら鋭い視線を此方に向けてくる。此方も一応だが警戒して素早く距離をとる。
暫くの間、俺と狼は一歩も動かずに相手の様子を窺っていたが、痺れを切らしたのか一体の狼が攻撃を仕掛けてきた。
(……魔法か)
ある程度の強さのある魔物……そうだな、危険度でいうとCランク以上の魔物くらいからはこのように魔法を使えるものが多い。そこまで強くない魔物であっても魔力くらいは持っているのは少なくないが、スキルを持っていない状態では殆ど持っている意味がない。スキルの恩恵を受けずに自身の魔力制御だけで魔法を使わなくてはならないからな。魔力操作の基本である全身に魔力を纏わせて身体を強化する『身体強化』の場合も多少の制御力は必要だし。
つまり、スキルを習得し始める強さの魔物からは迂闊に攻撃するのは厳禁ってことだ。
そんな思考を巡らせている間に狼が撃ってきたそれは風魔法の『ウィンドブラスト』というものに良く似ていた。といってもアランのように態と支援に使えるように改良したものではなく、しっかり俺を殺すつもりで本来のまま放ってきたようだが。
「……」
迫りくる無数の風の刃を無言で左に右にと交わして見せ、時には剣を使って霧散させる。
そして魔法が無くなると敵が怯んだのを狙うつもりだったのだろう二体の狼が勢い良く飛び出してきて大きく口を開いた。
「……遅い」
呟いた瞬間、短剣を握っていた俺の左腕がぶれる。
数刻ほど遅れて左右から襲い掛かってきた狼はそのまま鋭い牙で身体を喰い千切るかの様に思われたが、残念ながらそれとは異なる結末に終わった。
勢いは衰えずに俺の左右を通り過ぎていった狼達は着地に失敗したのか足から地面に崩れ落ちる。しかしもうそこから立ち上がる事は出来ないだろう。何故なら狼達の首元には何時の間にか刃物で刺されたような刺し傷があり、そこから大量の血が流れ出ているのだから。
まあ、俺がやった事なんだけどな?
「──お前が最後だ」
そして残りの一体もしっかりと仕留め、全て亜空間の中へと放り込んで再び俺は歩きだした。




