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第六話 導き出した答え

「おはようございます。オルフェウス様」


 目を覚ますと目の前には俺の世話係をしてくれているメイドのフランさんが立っていた。

 どうやら今日は早く起きたりする事は無かったようだ。


「嗚呼、おはよう」


 上半身を起こしながら挨拶を返し、背伸びをしながら大きく欠伸(あくび)をする。


「朝食も用意してありますので、どうぞ」

「ありがとう」


 ベッドから降り椅子に座って、既に用意されている朝食の前でいただきますと手を合わせて食事に手を伸ばす。

 そして朝食を摂りながら俺はつい昨日の出来事を思い返す。


 昨日、メイドが俺を起こしにくる間の暇潰しに趣味でやっている魔道具の製作で王城内部でかなりの騒ぎを引き起こしてしまった。

 騎士団長であるグラデュースと魔法師団長であるアランとも少しばかり戦闘となってしまったが、その後なんとか事情……というか言い訳を説明して理解してもらうに至った。

 なるべく穏便に済ませる事が出来て良かったのだが、これからはこういう事をする場合は事前に報告をしてから行ってほしいとも言われてしまったが……。まあ加えて魔道具を作成する事の出来る者はいるにはいるが、俺のように実用的なものを作れる者は滅多にいないのでかなり驚かれたり称賛されたりで後半からは何が何だかよく分からなくなっていたが。


 それと少し話が逸れてしまうのだが、実はグラデュースとアランの二人には俺がファフニールを討伐した張本人であるということは説明済みだ。

 先日のギルドで酒場の手伝いをするという依頼を受けた日の朝に二人には説明し、その時に少し話して今ではタメ口で言い合えるくらいに関係が良好だ。それに俺の事を命の恩人だと言って色々と此方に気を使ってくれたりしている。

 昨日も何だかんだ言って悪いのは一方的に俺なので王様に謝りに行ったのだが、その時にもあまり怒られないようにと説得してくれたりしたしな。それにまあ実際の被害は何一つとして出てはいなかったので、今回は大目に見てくれたようで軽い説教程度で勘弁してくれた。

 とは言っても多くの人達に結構な迷惑を掛けてしまったのは間違いないので、何か謝罪の印として何かをした方が良いと考えている。だが、どういった事をすれば良いのかが分からないのでこれから検討が必要だが……。


「ごちそうさま」


 朝食を食べ終えると、それを手にしてフランさんが部屋から出ていく。

 暇になってしまった俺は暫くの間ソファーでごろごろとしながら待っていると、直ぐに今度は紙の束とペンを持って部屋に戻って来た。

 それを目の前のテーブルに置くと、フランさんは俺と向き合うようにして反対側のソファーへと腰を下ろした。


「では、始めましょうか」




──夕方。


「では、失礼します」


 何時ものようにお辞儀をしながら部屋を出ていくフランさんに、俺は見向きもせずに黙々とテーブルと向き合う。

 テーブルの上には紙の束が置かれてあり、そこから別の場所に置かれた数枚には何か文字のようなものが書かれている。まあ〝文字のようなもの〟といっても、正真正銘の文字なんだが……。

 その重ねられた文字の書かれている数枚の紙の一番上になっている紙に俺は視線を落としており、そのまま無言で見詰めている状態だ。


「難しいな……」


 その文字を見ながら言葉が思わずそう口から溢れてしまう。

 この〝文字〟というのは俺の知っている二十年前に使われていた筈の文字ではなく、今現在、この世界のあらゆる種族が共通して使用している方の〝文字〟だ。

 今までこの文字が読めない所為で色々と苦労をしてきた俺は、それを何とかして解決するためにあの手この手と考えたのだ。

 例えば仲良くなった友達に教えてもらうとかだ。しかしこれはあまりにもハードルが高すぎるという結論に俺は至った。何故ならまず前提であるその……と、友達、と呼べるような存在が殆どいないからだっ。王都に来てからそれなりに時間を過ごしてきたが、それでも気軽に会話が出来ているのはシエラとイリア、それと癪ではあるがユーリウスくらいだ。その他でいえば冒険者ギルドの受付嬢のリーシャさんだ。しかし、この中で友達と呼ぶことの出来る者など精々がシエラとイリアくらいなもので、後の二人は何か違う気がするのだ。じゃあその二人に教えてもらえば──と、俺も以前は思ったのだが、流石に女の子に教えてもらうのは抵抗がある。では妥協してユーリウスは──とも考えたが、あいつにはなるべく借りを作りたくない。


 つまり友達に教えてもらうのは無理だと判断し、次に考えたのがこの王都にある王立学院への入学だ。しかしこれも現実的ではない事に気付いた。まず入学するには入試試験を受けなければならないのだが、それに筆記試験なるものがあるのだ。実技試験は何とかなるだろうが、文字が読めない俺には筆記試験というものは乗り越える事など不可能だ。


 打つ手なし、そう思って今まで諦めていたのだがそんな時に転機が訪れた。


 それがこれだ。

 俺はファフニールを討伐した対価として、文字の読み書きを要求した。これには国王もかなり驚いていたが、笑いながらそれを了承してくれた。まあこの程度で褒美となる訳もなかったので、それと俺が討伐したファフニール以外の魔物の買い取りを要求したのだ。


「ふう」


 一息吐き、ソファーに背中を預ける。

 この文字は三百年前に存在した勇者様が〝魔王〟という世界を滅ぼそうとした者を倒した後に、平和になったこの世界に広めたものの一つらしい。その文字は〝ひらがな〟と呼ぶらしいが、他にはギルドカードの新しい機能や、食文化の発展、その他諸々の発展など色々とやってきたとフランさんから聞いた。

 しかし、俺が【魔界】に滞在していたのは二十年の間なので、いくら生まれ育った場所が田舎であったとしても知っていておかしくない筈。なのにどうして知らないんだとつくづく疑問に思ってしまう。

 その疑問に納得のいく答えをずっと探していたのだが……。


 俺は遂にその可能性に行き着いた。


──【魔界】とこの世界とは時間の流れが違う。


 これが、俺が出した結論だ。

 まあ確かめてないので確信はまだ早いとは思うが、おそらくこれが答えなのだと思う。


「失礼します。夕食をお持ちしました」


 その時、フランさんが夕食を持って部屋に来たのでソファーから立ち上がって椅子へと座る。


「いただきます」


 夕食を食べながら思考を続ける。


 まず、勇者様の存在だ。

 少なくとも俺は……俺の住んでいた地域にはそんな話しなど存在していなかった。フランさんから文字を習う時に耳にした世界を滅ぼそうとした魔王という存在も、俺は知らない。例え俺の住んでいた所が田舎だとしてもそれだけの情報ならば耳にする筈だろう。それに田舎といっても他の町とかから商人がものを売りに来たりしていたし、それほど孤立していた訳ではなかった。なのに──知らない。


 それに三百年前という点だ。

 俺がこの世界からいなくなって二十年、この二十年の間でこれだけ勇者様の名前が世界に広まったというのも考えられない。つまり三百年間、その名は途絶えることなく語り継がれてきていると考える方が普通だろう。


 それにギルドカード。

 二十年前に使われていたカードには当然、勇者様が広めたという〝ひらがな〟や〝漢字〟、〝カタカナ〟という文字は使われていない。

 討伐した魔物を記録するというオーバーテクノロジーな機能も備わっていなかった。


 つまり俺は、勇者様がこの世界に召喚される前──三百年以上前のこの世界の人間だと推測できる。

 魔王が世界を滅ぼそうとしているというのもこの世界に居たときは聞いたことがないので、それよりももっと前ということだろう。

 そんな昔に生きていた俺が今ここにいる理由、それが【魔界】だろう。おそらく【魔界】での時間の流れはこの世界に比べるとかなりゆっくりで、その逆を言えばこの世界は【魔界】と比べるとかなり時間の流れが速いのだろう。二十年が三百年になっているので最低でも十五倍くらいは時間の流れに差が生じているという事だ。


「ごちそうさま」

「では、……失礼します」


 フランさんが食器を持って部屋から出ていく。


 少なくとも三百年が経ったこの世界には、もう俺の知り合いは存在していないことになる。それでもその者達の子孫は残っているかもしれないが……。

 そう考えるとちょっと悲しい気持ちになってしまう。


「風呂でも行くか……」


 その気持ちを紛らわすために、俺はわざとらしく声に出してそう言った。

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