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第三話 風呂場にて

 二人と別れて一人となった俺は混雑している大通りをひたすら真っ直ぐに進み、やがてそれも突き当たりに到達した。

 何に突き当たるのかというと、王都の中心に堂々と(そび)え立つ王城にだ。


「あの、これ……」

「お預かりします」


 城門を警護している兵士に亜空間から取り出したメダルを渡す。

 これは王城から出る前にメイドのフランさんから受け取ったもので、面倒な手続きを行わずに城に入る事が出来るものらしい。要はちゃんとした客人という事を証明するものという認識で兼ね問題ない。材質はミスリルという魔力を良く通す特徴のある鉱石で、白銀の光沢のある綺麗な鉱石だ。それを魔力を込めるとリーアスト王国の紋章が浮かび上がる仕組みの魔道具にしたものがこのメダルという事だ。

 それを受け取った兵士は早速メダルに自身の魔力を込め始める。すると直ぐにメダルに変化が生じ、輝きだしたかと思えば少し遅れて竜を(かたど)った紋章が浮かび上がった。


「確認しました。どうぞお通りください」

「ありがとうございます」


 兵士からメダルを受け取り、それをポケットに仕舞い込むように見せ掛けて亜空間へと入れる。

 城門の中に足を踏み入れ王城の扉の前まですたすたと進んでいく。すると見計らったように扉の両端で待機していた兵士が息の揃った動きで扉を開いてくれる。

 何か偉くなった気分だ。


「お帰りなさいませ、オルフェウス様」

「あ、嗚呼……」


 城の中に入るとフランが出迎えてくれるた。

 その後はフランに連れられて王様から与えられた部屋へと向かうため、城内をキョロキョロと見回しながら移動する。やはり王が住むところだからか隅から隅まで(ほこり)一つなく、逆に探してやろうというよく分からない対抗意識が芽生えてしまうくらいだ。ちょくちょく見掛けるメイドさん達は俺とすれ違う時には立ち止まって綺麗にお辞儀をしてくれる。

 本当に貴族にでもなってしまった気分だな。

 そして案内されたのは見るからに凄そうな扉の造りをしている部屋で、今日の朝まで泊まっていた部屋とは格が違うという印象を受ける。


「どうぞ」


 フランさんが扉を開いてそう(うなが)してくる。

 おずおずと部屋に入ると予想していた通り俺が使うなんて烏滸(おこ)がましいような素晴らしい部屋だった。全体的に華やかな雰囲気を(かも)し出しているが何処か清楚(せいそ)な印象も見受けられる、そんな部屋だった。それに広さが桁違いに広いしベッドもソファーも窓も、何もかもが大きい。朝までいた部屋も大概だとは思っていたが更にそれを上回っていくとは……。


「おお……!」

「では私はお食事をお持ちしますのでお待ち下さい」

「分かりました」


 ばたんとフランさんが部屋から出ていったのを確認してから恐る恐るソファーへと腰掛ける。

 おぉおぉぉ……。何ていうか、これは病み付きになってしまいそうだ。いやもう俺これだけあれば残りの余生を生きていけそうな気がしてくるんだが。世の中にはこれ程までに最高なソファーが存在ていたとは知らなかったぞ。

 本当に、二十年前とは随分と変わってしまったものだな。これだけ環境ががらりと変わってしまうと逆に昔の暮らしが恋しくなってしまう。


「お待たせしました」


 少し昔の記憶を呼び覚まして感傷(かんしょう)(ひた)っていると、ノックと共にフランさんが食事を持って部屋に入ってきた。そして目の前の丸テーブル……ではなく違う角テーブルにそれを置いた。まあ低い丸テーブルだと食べづらいだろうが、それよりも俺は今ここを離れたく無かった……。

 渋々とソファーから立ち上がって椅子に座る。


「いただきます」


 手を合わせてお決まりの言葉を口にしてから料理に手を伸ばす。

 このよく分からない微妙な空気にも慣れてしまったもので、素直に目の前の料理を美味しいと感じられるようになった。しかしまあ不満というか、要望が無い訳ではない。この料理は味の次に見た目を重視している点があるので俺にとっては少し物足りない感じがあるのだ。特に肉とか肉とか肉とかだ。野菜があるのは別に良いんだが、もう少し肉を増やしてほしい。


「宜しいでしょうかオルフェウス様」


 俺が肉をフォークで刺して口に運ぼうとした時、今までじっとその様子を窺っていたフランさんが声を掛けてきた。


「ん、何ですか?」


 大きく開けていた口を閉じてフランさんを見上げる。


「〝あれ〟は明日からという事で間違いないでしょうか」

「あ、はい。お願いします……」


 目の前のメイドさんは笑いを堪えようと頑張っているが、少しだけ口許を緩めてしまっている。〝あれ〟と此方の心中を察して気を使ってくれたのだろうが、それは顔に出したら意味無いと思いますよフランさん。

 何だろう、凄いムカつく……!


「畏まりました。それと私に敬語など必要ありません」

「あっ、えっと、分かり……分かったよ」


 これで話は終わりだと思っていたので再び声を掛けられた事に驚いてしまい、対応が可笑しな事になってしまったのは仕方の無いことだろう。まあ王様にはタメ口でメイドには敬語っていうのも何か変な話だしな。昨日は見慣れないメイドに戸惑ってしまったが、今はもうこの空気に慣れたくらいには慣れたので大丈夫だ。

 それに暫くすれば何かの拍子にぼろが出そうだし。


「ごちそうさまでした」

「では、風呂場へと案内しますので着いてきてください」


 おお、流石は王様が住んでいるお城だな。風呂なんて最近は入ってなかったから久し振りに入れるとあってとても楽しみだ。やっぱり広いのかな?

 上の空で案内されるがままに城内を暫く歩くと、突き当たりに行き着いた。突き当たりと言っても二つの通路が存在しており、奥へと続いているので突き当たりとは少し違うが、此処から先に風呂があるのだろう。


「此処です。部屋への戻り方は分かりますか?」

「嗚呼、大丈夫。覚えてるから」

「そうですか。ならば私は失礼します」


 目の前に念願の風呂がある事に気分が(たかぶ)ってしまい、フランさんの質問を手早く済ませてしまう。それにフランさんは軽くお辞儀をした後で(きびす)を返して来た道を戻っていってしまった。それを見送ってから再び俺は正面を向きなおす。

 さーて、それでは行きますか──と、一歩だけ足を前に踏み出した時、俺は致命的な問題が発生している事に遅くも気が付いた。同時に頭から血の気がさーっと引いていくのが分かり慌てて後ろを振り返るが、そこにはフランさんの姿は見当たらない。

 そりゃあそうだろうなあ、しっかり見送っちゃったんだからなあっ!

 そして俺は、致命的な問題の根源を口にした。


「……男湯って、どっちだ?」


 目の前には二つの通路。

 すなわちどちらかが男湯で、どちらかが女湯という事で。

 垂れ下がっている暖簾(のれん)にはしっかりと何かが書かれているのだが……。

 文字が読めない俺にとってはどちらが男湯で、どちらが女湯なのかなど分かる筈もなく──。

 どどど、どうしよう。いやマジでどうしよう? えっ、どっちが男湯なの!? 俺はどうしたら良いの? 誰かー、助けてえええっ! ……フランさーん!

 いや落ち着け、落ち着くんだ俺。こういう時は適当に近くにいるメイドさんにでも訊けば……。……待て、それだと俺が文字読めないって事がバレるんじゃねえか? うん、バレる。絶対にバレる! つまりメイドさんに訊くのは駄目だ。そんな恥ずかしい事をこれ以上誰かに言うのは精神的に終わってしまう!

 こうなればもう手立てはあれしか──。


「選択肢は二つ。確率は半分……!」


 意味など無いのかもしれないが、感覚を研ぎ澄ませるために目を閉じる。

 よし、決めた。


(こっちだ!)


 選んだのは右だ。

 突っ立っていても仕方無いので覚悟を決めて暖簾を手でどかして奥へと進み出る。

 すると直ぐに引き戸が現れ、それを引くと──。


「……あ」

「……へ……?」


 そこには一人の美少女がちょうど着替えをしている最中だったようで、下着姿の状態のままでいた。そう、美少女──女の子だ。

 つまり此処は──女湯。

 しかも不運な事がもう一つある。それは目の前の美少女を俺が知っているという事。


「ひゃあっ!? お、オルフェウスさん、どうして此処に……」


 数瞬だけ呆けた後で自分が今どのような格好をしているのかに気付いたようで、慌てて自身の腕で存在感を主張しているそれを隠し、可愛らしい声を出しながらその場にぺたんと座り込んでしまった。恥ずかしそうに頬を赤く染め上げながら上目遣いで此方を見上げてくる美少女に、俺は思わず見とれてしまい思考が停止する。

 透き通った水色の髪はまだ乾ききっていないのかしっとりとした(つや)があり、真っ白な下着から伸びる手足は同じく真っ白で僅かに上気している。そして潤んだ瞳はしっかりと俺の瞳を覗いていて、此方の出方を窺っている。


「ごご、ごめん!」


 漸く我に返った俺は謝罪の言葉を口にしながらぴしゃんと引き戸を閉めた。

 そのまま暖簾の外まで後退り、素早く反対の通路へと飛び込んだ。

初めてこういうのに挑戦してみたんですが、上手く出来ているでしょうか?

因みに誰だか分かりましたか?

評価してくださった方ありがとうございます!

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