第一話 ジェクト=オルネア=リーアスト ②
「はい、そうです」
背筋を伸ばし、良く通るはっきりとした声でそう肯定する。
その言葉に国王は口許を緩ませた。
「そうか。私の愛娘の危ない所を二度も助けて頂き、本当に感謝する」
「あ、頭を上げてください王様! 大した事はしてませんから!」
いきなり頭を下げてそう言ってきた国王に面食らった様に驚いてしまい、部屋には俺と国王の二人しかいないと言うのにキョロキョロと周りを気にしてしまった。それをしながら直ぐに頭を上げるようにと慌てながら言うのだが一向に頭を上げようとしないでいる。というか一国の王がそう簡単に、それも一平民に向けて頭を下げてしまうのはどうかと思うのだが……。
そして漸く頭を上げてくれたかと思えば、今度は何故か笑っていた。
「そこまで謙遜しなくても良い。今回の事も礼など言わなくて良い。大きな恩の一欠片を返しただけなのだからな」
「……」
穏やかな声で言う国王に呆気に取られた俺は動きを止め、それに加えて何も言葉が出なかった。いや、出せなかったといった方が正しいだろう。これが大陸最大の大国であるリーアスト王国の国王なのか、これ程までに出来た王なのか──と。まだ殆ど言葉を交わしていないにも拘わらず何故か確信めいたものが感じられるくらいには、既に俺は目の前にいる国王の事をを尊敬していた。
「フィリアから聞いたときはとんでもない少年がいたもんだと思っていたが、まさかあれほどまでとはな。そんな君と関係を持てて私は嬉しいよ」
「そう思ってくれたのなら俺……私も嬉しいです」
「別に言葉遣いを気にすることはないぞ?」
慌てて一人称を改めた俺を可笑しそうに笑いながらそう言ってくる国王に、俺は少し沈黙した後で分かったと答えてお言葉に甘えることにする。正直ああいう畏まった丁寧な口調は堅苦しくて苦手だったので本当に有難い。
するとこうも素直に口調を戻した事に少しばかり驚かれたが、国王はやはり面白そうに笑った。怒ってはいないようで良かった。まあ自分からそんな事を言っておいてそうしたら怒られた、何てのになったら流石に理不尽だよな。
「っとそうだ。褒美を出したいと考えているんだが……。何か欲しいものでもあるか?」
「褒美? 要らないって、本当に大した事はしてないんだから」
何か俺が敬語を使わなくなったら途端にこいつも口調が緩くなった気がする。
というか褒美? 王女様をワイバーンから助けたのはほぼその場の流れでそうなったというだけの事だし、そのお礼は俺の無礼を許してもらうので返してもらった訳だしな。もうお互いに貸し借りなんて残ってない筈なんだが……。それともそう思っているのは俺だけだったりするのか?
「国を救っておいて流石にそれは無いだろう。寧ろ何もしなければ私が民に顔向け出来ないのだが……」
俺の態度に少し困ったように苦笑いを浮かべながら、やはり先程よりもかなり砕けた口調で国王は言った。
「国を救ったって……。ただ王女様を助けただけじゃないか。大袈裟だな」
全く、王女様をワイバーンから助けたってだけで何が国を救っただよ。高々ワイバーン程度で国なんて救った内に入るわけ無いだろうに、急に何を突拍子の無いことを言っているんだこの王様は。それとももし自分の娘が助からなかったら国……というより自分が終わってたって言うのか? だとしたらどれだけ愛が重いんだよ……。
「いや、邪竜討伐も含めて言ったのだが」
「……は?」
今こいつ何て言った? 聞き間違えじゃなければ〝邪竜〟とか何とか言ったように聞こえたのだが、一体なんの話をしているんだ? 良く分からないが妙に俺と王様の話してる内容がが食い違っているような気がするんだが。
「む、何か可笑しな事を言ったか? と言うより先程から話が噛み合っていないように感じるのだが……」
どうやら王様も薄々その事に勘づいていたようだ。
「……ワイバーンの事だろ?」
「ワイバーン? ……嗚呼、君はそっちを話していたのか。道理で」
俺を置き去りにして一人で納得している王様。
王様の反応から察するに俺と話している内容が違うという事は分かったのだが、それならば王様は何について話しているんだ? ワイバーンじゃないとなると他に貸しを作ることなんてあっただろうか。それ以外に心当たりなんて……。
「おお、済まない。私は──邪竜ファフニールの事について話していたのだが」
「……っ!?」
突然ある単語が飛び出でてきた事に俺は目を見開きながら固まってしまった。
俺がやったと、バレてる……? 何時だ、何時から気付いていたんだ。あの時は騎士に囲まれている所をチラッと見ていたが、実質的には今日ここで会うのが初めての筈。それとも他に何処かで会ったことがあったのか……? いや、それは無いだろう。此処で会ったのが初対面ならば、一体どうやってその事を──。
そんな時、つい数分前の会話がフラッシュバックした。そうだ。
──私の愛娘の危ない所を二度も助けて頂き、本当に感謝する。
一度目はワイバーンから救った事として、じゃあ二度目は……。……そういう事か。
「……! ……何時から気付いてたんだ?」
「確信を持てたのは、その言葉を聞いてからだな。まあフィリアは最初から気付いていたようだが」
つまり王女様はあの時、あの瞬間から自分を助けたのは俺だと気付いていて、それを聞いた国王はつい先程までは半信半疑だったという事か。そこに上手く俺が鎌をかけられ、確信に至ったという訳か……。
しかし、王女様は最初から気付いていたとか言っていたがどうして正体がバレてしまったのだろうか。
「マジか……」
そんな事ならもう少しましな仮面でも付けていれば良かった、と思わず頭を抱えてしまう。あの時、俺はどんな仮面を付けていたっけか。確か……オリハルコンだったから白金色で、そこに人の目だけが描かれていたようなものだったか……?
「それで、何か欲しいものはあるか?」
「そんな急に訊かれてもな……。……あ、ファフニールの素材ってのはどうだ?」
過去の事をいちいち考えてももう変えることは出来ないと諦め、俺は少し考える。そして暫く考え、ふと頭に思い浮かんだ事をそのまま口にする。
あの素材は本当に心残りだったんだよな。あれだけの強さの魔物は【魔界】にいた頃でもそうそう見掛ける事すら出来なかったからな。その素材ともなればとてつもなく良いものなのは間違いない。その中でも特に注目すべきは角だな。角竜ってのは結構珍しいからなかなかお目にかかれるものじゃないし。
「いや、あれは元々君が討伐したものなのだから、所有権は君にある」
「マジで!?」
「嗚呼、他に無いのか?」
よっしゃあっ! これで最高の武器を創るための一つ目の素材を手に入れる事が出来た。
もうこれだけのものがあれば褒美なんてものは別に要らないのだが、向こうの立場を考えるとそうもいってられないんだよな。欲しいものか……。おそらくだがかなりの無茶を言ってもきいてくれそうな感じはするんだが、パッと思い浮かぶようなものは無いんだよな。地位……は、あっても無くてもどうでも良いし、金も今のところ困ってないしな。他に何か欲しいものなんて……あ。
「それって、ものじゃ無くても良いのか?」
「別に構わないぞ」
「じゃあ──」
皆さんは何を頼んだと思いますか?
読んでくださりありがとうございます!




