第十七話 勝利の代価
「よし、と……」
外した指輪をもとの指へとはめ直し、剣に施した付与魔法を解除する。その後でファフニールの血が付着しているので軽く振って払い、腰にさした鞘へと戻す。
「ふむ……」
その後で静かに地面に転がっている竜の死体を見下ろし、暫くそのままの状態で色々と考える。
これ、どうしたら良いのだろうか。といっても俺が倒したんだから所有権は俺にあるのだろうが、なんか今回のスタンピードはこいつが起こしたっぽいし……。普通だったらほぼ全てがあれだけ強力な魔物になるなんて事はまず無いし、一番後ろにラスボスみたく待ち構えてる魔物なんて有り得ないしな。何かよく分かんないけどそういうのはお偉いさんに渡した方が良い感じがしちゃうんだよな……。
「うーむ……」
でもこれだけの素材を手放してしまうのは少なからず抵抗あるんだよな。そうそう手に入れられないものだろうし、この素材を材料に使えば最高の武器が出来そうな気がするんだよな……。そういえばこいつ、討伐難易度はどのくらいのやつだったのかな。
というかファフニールって名前、どっかで聞いたことある気がするんだよな。何時、何処で聞いたかも全く覚えてないんだが何となくそんな感じがする。
もう疲れたし、素材は口惜しいが……。
「……帰るか。『テレポート』」
その瞬間、視界ががらりと変わって見慣れた町並みへと急変した。
これは時空魔法のテレポートというもので、簡単に説明すると離れた場所に一瞬で移動できるとても便利な魔法だ。因みにファフニールの前に現れてブレスを相殺した時もこれを使ってたりする。
辺りに人がいないことを確認してから付けていた仮面をとって亜空間へと仕舞いこむ。
取り敢えずこっちの状況でも覗いておくか。そう思い俺は東門へと向かうと、戦闘音が聞こえない事からも分かってはいたが既に事は片付いた後だった。冒険者の大半はまだ此処に残っているようでわいわいと立ち話をしたり負傷者に手を貸したり、魔物の運搬を手伝ったりしていた。そんな光景を眺めながら適当にぶらついていると……。
「あーっ、オルフェウス君!」
不意に後ろから名前を呼ばれて、自分でもピクッと身体が震えた事が分かった。一瞬そのまま固まってしまうが声の主には心当たりがあったので渋々と振り返る。案の定そこには見知った少女二人の姿があり、嬉しそうに手を振りながらこちらに走り寄ってくる。
「お、おう、シエラとイリアじゃんか。大丈夫だったか?」
別に何一つとして悪いことなどしていないのに、少し挙動不審な感じで対応してしまった……。
「うん。私達の仕事は怪我した人の手当てだったから。オルフェウス君はどうだったの? 見掛けなかったけど」
「お、俺かっ? うーん、まあ、その、何て言うか……」
やばいやばいやばい。どうしよう、どうしたらいい!? ここは覚悟を決めて正直にサボってましたって言うしかないのか!? いやでも俺だってちゃんと遅れたけどしっかり討伐には参加してたし、今回のスタンピードの黒幕であろう魔物も倒したんだから誇っても良いんだろうけど……。
「そう、気絶! 気絶してたんだよ。ちょっと不覚をとってな? さっき目を覚ましたとこなんだよ」
「え! そっちこそ大丈夫だったの!?」
「怪我とかしてない?」
「ああ、そこら辺は問題ないぞっ!」
苦しい言い訳だったが、どうにかこうにかこじつける事が出来た……。
このまま適当に話して今日はもう宿に戻ろう。
「あ、ならあの事も知らないの?」
「あの事? 俺が気絶してる間に何かあったのか」
そう聞き返すと「やっぱり!」と何故か嬉しそうにシエラが言った。隣にいるイリアも何だかそわそわしたような感じで俺を見てくる。
え、何? 俺がサボって……東門に急いで向かってる時に何かあったりしたのか? それともファフニールと戦闘していた頃か……? まあ何にせよ二人の素振りからすると凄いことでもあったのだろうな。
「なんかね、フィリア様がミノタウロスと戦っている時にかなり危ない状況になっちゃったんだよ」
「ん? フィリア様って……この国の王女様の?」
「そうだよ」
知っている人の名前が出てきたので、ちょっと気になって訊いてみたらやはりフィリアという人はこの国の王女様で間違いないようだ。
シエラがそれでね──、と話を続ける。
「ミノタウロスが棍棒でフィリア様を叩き潰そうとしてきたんだよ!」
「へえ、そんな事が。……ん?」
段々と熱く語り出してきたシエラが更に続ける。
「で、もうダメだーって思った時に何処からともなく仮面を付けた人が現れて、ミノタウロスの棍棒を片手で掴んだんだよ!」
「…………」
あれ、なんか俺これ知ってる気がする……!?
そんな俺の心中などお構い無しに今度はイリアがその続きを話し出した。
「そして掴んだ棍棒をぐしゃって握り潰して、ばーんってミノタウロスを殴り飛ばしたの」
「へ、へえ、それは凄い……」
何故か、変な冷や汗が止まらないんですが。ちょっと真面目に待ってくれませんか、その出来事に見に覚えがあり過ぎてやばいんですけど!
「そして仮面の人がフィリア様の頭に手を乗せて何かを囁いたの。あれはもう絶対に惚れたね」
「…………」
何時も以上にノリノリで語っているイリアに、うんうんとシエラが凄く分かるとでも言いたそうに頭を上下に振る。
……その仮面の人って絶対に俺の事じねえがあああ!!
「最後は……」
「もういいっ、大体わかったから! 疲れたから俺もう帰るわ、じゃあなっ!」
そう言って東門へと走り出す。急に帰ると言った俺に二人が何か声を描けてきているが、聞こえないふりをしてそのまま走り続ける。
結構な人に見られていたのは仕方無いんだが、まさかシエラとイリアもあれを見ていたなんて。それでも何よりの救いはその仮面の人を俺だと気付いていない事だな。もし正体までばれてしまったらどうしようかとあれこれと考えていたが、気付いていないようで本当に良かった。
大通りを一本外れた通りを走り宿泊している宿へと向かっている途中。
「──ぐっ!?」
突如、全身に激しい激痛が走った。
「が……ぁっ……」
その痛みはどんどんと増していき、俺は無様に地面に倒れ込みあまりの痛みによって苦悶し、息も絶え絶えに声にならない悲鳴を上げる。
正直なところ、急に痛みが出たという訳ではない。俺はずっと、ファフニールの毒を受けた時から現在に至ってまで、徐々に身体を蝕んでいくそれに知らないふりをしていた。
これを治すのは後ででも大丈夫だろう──と、そんな事を他人事のように考えていた。少し……いや、俺はかなりファフニールの毒をあまく見すぎていたのかもしれない。
「う……ぐぁ……っ……────」
早く魔法を──、と魔法を使おうとした瞬間、あっという間に意識が遠退いていき、俺の視界は暗転した。
◆◆◆
未だ人通りのない静かな大通りを、一台の馬車が走り抜けていた。それはとても華やかな作りをしており、リーアスト王国の王家を示す竜を象った彫刻が施されている。
そんな馬車の中には一人の少女が乗っていた。少女の名はフィリア=オルネア=リーアスト。この国の王女様だ。一国の姫が護衛もなしに行動しているのは普通ならあり得ない事だが、今回の場合は色々と立て込んでいたのが原因だろう。
何もすることの無い馬車の中、少女──フィリアは自然と窓から見える王都の町並みに視線が引き寄せられる。流れていく町並みに人の姿は見当たらず、何時もは賑やかな大通りが今は少し恋しく感じられる。
妙に静まり返っている大通りには馬の足音と、馬車の車輪の音と、時々吹くひゅーという風の音だけがその場の音を完全に支配していた。折角の雲一つない良い天気だというのに、それを喜ぶことすら出来ない程に静かすぎる通りにつられ、心までもが変になっていってしまいそうだ。
しかし、それらはこの少女には当てはまらなかった。
少女の鼓動はドキドキと煩いくらいに高鳴っており、その真っ白な頬も少しだけ赤く染まっているように感じられる。もしかしたら少女はすることが無いから窓の外を眺めているのではなく、その冷めることのない感情の昂りを紛らわそうとしているのかもしれない。
だが少女はある場所を通り過ぎた瞬間、血相を変えて声を上げた。
「──!! グレイル、止まって!」
「は、はい!」
御者をしていた執事のグレイルが少女のあまりの慌てように驚きながらも言われた通りに馬車を止める。そして馬車が完全に止まった後で荒い止まり方をしてしまった事を謝罪しようと、馬車の中に視線を向けると──。
「姫様っ!?」
なんとそこには自分から馬車の扉を開いて走っていってしまう少女の姿があった。
普段ならば考えられない少女のとった行動に、白髪の老人は思わず大きな声を出してしまった。しかしそんな事をしている間にも少女は走るのを止めずにどんどんと馬車から遠ざかっていく。それに今度は執事である老人が慌てて馬車をそのままに少女を追い掛ける。
来た道を少し戻り直ぐに横の道へと姿を消してしまった少女に早く追い付かなければと老人もその路地に入って大通りから外れる。
「こっ、この方は……!」
漸く追い付くことが出来た老人は息を整える間もなく人が倒れているのを発見し、更にその人──少年が誰なのかに気付くと、立ち止まって驚愕した。
何故この方がこんな所に倒れているのか、と。
─状況的に考えるならば何者かに襲撃された可能性が高いのだが、老人はこの少年が如何に突出した力を持っているかを知っている。それにもし襲撃ならば誰が、何のために行ったのかまるで検討がつかない。見た感じで怪我はしていないし、周囲にもその様な痕跡は見当たらないようだが……。
「一体何が……。……!」
そんな事を呟きながら数歩前に進み出ると、またしても老人ははたと歩みを止めてしまった。
少年の前に座り込んだ少女──姫様が、泣いているのに気付いてしまったから。少年の手を両手で包み込むようにして握りながら、止めどなく頬につぅ……と涙が流れ、純白のドレスを濡らしている。それを見て老人は足を止め姫様が泣いている事に気付いていないふりをしたのだ。
暫くそのままでいると、少女が涙を拭き取り口を開いた。
「……この方を城に運びます。良いですね?」
「はい、畏まりました」
何時もとは違う強い意思の籠った口調に、老人は静かに頷いた──。
一章はここまでです。ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
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