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魔界から帰って来たら、世界は救われた後でした。(旧:最強って誰のことですか?)  作者: 如月
一章 魔界から帰って来たら、何もかもが変わっていました
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第十六話 王都防衛戦 ⑦

遅くてごめんなさい!

 ふう、何とかブレスを相殺(そうさい)することが出来たな。

 実はかなり前から出るタイミングを窺っていたんだが、なかなかどうして難しいものだった。本来ならばもっと早くに乱入してさっさとあの竜の首をちょんぱするつもりだったが、不運なことに何処にも割り込める隙が見当たらなかったのだ。なので暫く様子を見ている事にしたんだが、本当に最後の最後になるまで出るタイミングが無くてちょっとだけ(あせ)ってしまった。

 いや、もしかしたら何処かにタイミングがあったのかもしれないが、如何せん戦いの行方を見届けるのに夢中だったので気が付かなかっただろう。まあもしあったとしても俺は絶対に割り込まなかっただろうけどな。だってそうだろう? 目の前に思わず見入ってしまうような熱い戦いが繰り広げられていたら誰だって水を差すような無粋(ぶすい)な真似はしないだろう。


「さて、ファフニール……と、言ったか? 今度は俺が相手だ」


 剣の先を軽くファフニールに向けて持ち上げるだけで周囲に風が巻き起こり、黒い前髪が視界の端で揺れ、ローブがはためく。……何か芝居がかった演出かましながら臭い台詞吐いて格好つけてる感が非常に満載なんだが、別にそういうつもりでやった訳じゃない。……本当だぞ?

 そんな事よりも今はファフニールの興味を俺に移すことが第一優先だ。剣士の方はもう戦えそうにないし、魔法使いの方も魔力が枯渇しているから役に立たないだろうからな。騎竜の方はまだそれなりに余裕がありそうだが、二人を乗せて離れてもらわないといけないしな。


《貴様、何処から現れた。それに我のブレスを消したあれは何だ?》


「手の内をそう簡単に話すかよ」


 俺に興味を持ったのか、それとも(あなど)れない敵と判断したのかは分からないが、取り敢えず気を引く事には成功したようだ。


「魔法使いの爺さん、その人連れて離れてくれ」


 会話をしている間ずっと俺の背後で呆けていた白髪の老人に、視線をファフニールから外すこと無く背中越しでそう声を掛ける。それに老人ははっと我に返ったような素振りを見せた後でパクパクと口を動かして何か言おうとしたが、何処か悔しそうな顔をしながらそれを飲み込み僅かに震えた声で言う。


「……済まない。助かる」


 それだけ言って倒れている黒髪のおっさんを静かに持ち上げ騎竜に乗ってこの場を離れていく。

 あの人にとっては仲間の敵討(かたきう)ちと少し違うが、思うところはあるだろうし本当は自分も最後まで戦っていたかったのだろう。が、流石にそれは出来ないと理解しているからこそ、やるせない気持ちが心にこびりついて拭いきれないでいるのだろう。そんな老人に対して俺は何て言ってやることも出来ない。

 それなりに離れたのを確認してから俺は密かに付与魔法によって身につけている服や武器などに様々な耐性といったものを付与する。今の俺では魔力操作に若干の不完全さがあるので気付かれるかどうか心配していたが、どうやらその心配は杞憂(きゆう)に終わったようだ。まあ俺が離れた場所で身を潜めているのを気付かないくらいだからそれほど心配はしていなかったのだが。


《別れの挨拶は済ませたか?》


「あいつら逃がすまで何もしないで待ってるなんて、随分と余裕なんだな」


 互いに軽口を叩きあいながらも相手の出方を窺う。

 ファフニールは既にブレスの準備をしているようで、更に全身に魔力を行き届かせ始めている。その魔力が主に鉤爪や牙といった攻撃に使用する部位に集中させるのではなく全身に魔力を張り巡らしている事について俺は頭に疑問符を浮かべる。

 ドラゴンだけに限ったことでは無いが、基本的に翼を持ち空を飛ぶことの出来る魔物や獣人、竜人といった者達は自らの独壇場である空へと飛び、ドラゴンならブレスを主体とした遠距離攻撃によって敵を仕留めにくるのが定石だ。それに地上ではいくら空では無敵だといっても、地上ならばそれは唯の邪魔なものにしかならない。正直、地上でドラゴンを狩るなんてのは全くといって良いほど難しいものではなく、討伐難易度が数段と下がると俺は思っている。何故なら後ろをとってしまえば良いだけなんだから。


《──!》


 真っ直ぐにファフニールへと駆けるように見せ掛け、ある程度の距離まで近付いた後で素早く左へ方向転換して背後へ回り込む。

 こういう敵を相手にするならまず後ろをとってしまえば大体は勝てる。人の形をしている魔物や種族ならばそれだけだと難しいかもしれないが、竜などの身体の作りならば身体の向きを変えるには少なからず時間が掛かる。つまり首だけを動かして相手の行動を観察し、長い尾を使って攻撃される前に弾き飛ばす。というのが大体の行動パターン。


(予想通り!)


 俺の読みは正しかったようで、完全に後ろをとられる前に先手を仕掛けようと動きを見せた。ファフニールの尾が俺に向かって振るわれる。

 それが身体に接触する直前に地面と垂直にジャンプをする。尾は空気を切り裂き、それによって生まれた風を(ともな)いながら俺の足元を通り過ぎる。その威力は語らずとも分かる通り凄まじいものがある。

 しかしまだファフニールの攻撃は終わっていない。俺が空中に浮いている間、身動きの利かない隙を突いて容赦なくブレスを吐いてきたのだ。


「はあっ!」


 それが俺に届いて焼かれる前に剣を振るい、巻き起こった強風によってブレスを先程のように掻き消す。

 これは風属性の付与魔法を行った剣によって生み出した風で、……それ以外に特別な事なんて無いな。ただ普通に風を起こしてるだけだしな。それでも剣に風がまとわりついているから存在感はあるが。

 魔物の大群を一掃した時に使ったものはそれに加えて〝飛刃〟を付与していたが、これには魔力消費を考えてそんな事はしてないし。


「なっ!?」


 これで攻撃は一先ず終わったと思っていたその時、俺の視界の端に再びファフニールの尾が迫ってきているのが映り込んできた。それはもう既にかなり距離を縮めてきており、加えて宙に浮いているこの状況では避けるのは出来ないと俺は悟る。

 まあ避ける方法が全く無いという事も無いのだが……。敵がどんな攻撃手段を持っているかを把握していない状態でそれを使ってしまうのは悪手だろう。なので勢いよく迫ってきている尾を剣で受け止める事にする。


「くっ……っ!」


 左手で剣の(つか)を持ち、右手を剣の腹に添えて受けたので直撃は(まぬが)れたものの、踏ん張ることが出来ないので呆気なく弾き飛ばされてしまう。軽く十メートルくらいは飛ばされてしまうが、空中で何とか体勢を立て直して地面に着地する。

 ……こいつ図体に似合わず普通に動きが速いな。何処にでもいるようなドラゴンと違うとは思っていたが、これはもう少し認識を改めなければいけないのかもしれない。


《どうした。まさかこれで終わりとは言うまい?》


「当たり前だ」


 そう言って再び走り出す。

 今度は正面を真っ直ぐに駆けてファフニールに接近する。剣の間合いに入るよりも先に相手の間合いに俺が入ったことでファフニールの鍵爪が襲い掛かってくる。それを横に軽く跳ぶことで避け、漸く剣の間合いへと到達する。


「はああっ!」


 すかさず剣を斜めに斬り上げるように振るい、更に出来た傷をなぞるようにして同じ場所に向けて剣を振り下ろす。一回で鱗を斬り裂き確実に痛みとダメージを与えた場所に再び剣で斬り付けることによって、一段と傷が広がり剣が置く深くへと食い込んでいく。

 これには流石のドラゴンであろうとも突然の痛みに驚きのあまり苦しそうな(うな)り声を上げる。それを聞いて俺は口元を僅かに緩ませる。例え全力の付与魔法での斬れ味強化と硬度の強化を(ほどこ)しているとはいえ、今の俺の実力で足りるかどうか心配だったのだが……。その心配は無用だったようだ。


《グゥッ……。やるではないかっ!》


 苦しそうに唸りながらも手……なのかどうか分からないが、捕まえようとしてくるそれを避けながら距離を取る。

 すると今度はファフニールの手の上に巨大な火球がボンッと現れ、それに続くようにして周囲に火球が次々と現れ始める。

 火魔法によって生成された巨大な火球、その数は百を超えているように思われる。そんな数の火球を一体どうしようというのか、そんな事は考えずとも不思議と頭に浮かんでくるものだ。


「まじかよ……」


 呟くのと同時、全ての火球が一斉に放たれた。勿論の事だが俺に向かって。

 くそ、あれだけの数となるとさすがに相殺しきる自信があんまし無いぞ……。とはいえもう回避も間に合いそうにないし、何とかするしか無いのだが。


「……?」


 だが俺はある事に気付いた。といってもそれが間違いないのかどうかは実際に確かめるしか方法はない。ちょっとした賭けではあったがそれを確かめるために構えていた剣を降ろし、無防備のままその場に立ち尽くす。

 数瞬後、一つの火球が俺の身体を横切る。それは俺を通り過ぎた後で地面に着弾し、熱風と砂埃を巻き上げながら爆発する。それを先駆けに次々と視界に入りきらない程の火球が飛来してくるが、どれをとっても俺に直撃するようなものは一つもない。

 ……一体どういうつもりだ? あれだけあればいくつかは直撃は免れないだろうに、それをしない理由とは何なのだろうか。全てが例外なく俺ではなく地面に着弾しているからには何か思惑があるに違いないと思うのだが、その思惑とは……?

 そんな時、急に身体の節々が激痛に襲われた。


「──ッッ!? ちぃっ」


 毒、そう気付いた時には既に遅かった。

 どうやら先程の火球に毒が仕込まれていたらしく、当てようとしなかったのは俺に風を起こされてそれを台無しにさせたくなかったからだろう。即座にそう理解して弱々しく剣を振るう。

 すると砂埃だと思っていた毒の煙をあっという間に吹き飛ばす事が出来たものの、もう体内に入ってしまったものに関しては手遅れだ。しかしレベルが高いお陰で大抵の毒ならば殆ど効くことは無いのだが、どうやらファフニールの毒は許容限界を超えたものだったようだ。


《どうしたのだ? 顔色が悪いぞ?》


(お前の毒でこうなってるのに良く言うぜ……)


 自分の思惑通りにまんまと罠に掛かった俺を見下ろしながら、面白そうにそんな事を口にする。

 これは、時空魔法で肉体を毒に侵食される前に戻した方が良いのかもしれない。時間が経つにつれて巻き戻さないといけない時間が増えて魔力の消費が激しくなるので、どうするかは即断しないといけない。

 今の状態は全身が痛みに襲われているだけだが、これからどうなるかはその時にならないと分からない。たが毒が体内に入ってから大して時間を開けずに激痛が走ったことを考えると、それ以外に毒は何もないと考えられる。即効性で強力な毒に更に別の毒を組み合わせるには少なからず時間が掛かるだろうし、それを火球全てに付与していたのなら尚更だ。


「……『マキシマム・セイクリッドエンチャント』」


 もうこの状態だとあまり長くは動けそうにないので出し惜しみなんてやめることにした。

 風属性の付与から今度はファフニールに大ダメージを与えられそうな神聖属性の付与を行い、それに加えて飛刃の付与も行う。剣に渦巻いていた風は急速に弱くなっていき、それに代わって今度は淡い美しい光が剣から滲み出るようにして現れた。

 たちまち幻想的な刀身となった剣を(おもむろ)に構え、横凪ぎに一閃する。


《!? 『ダークネスシールド』ッ!!》


 それにファフニールは何処か怯えたような、焦ったように慌てて魔法の詠唱を行った。

 神聖属性を付与した飛刃と、ファフニールが魔法によって生み出した不気味な霧が生成した漆黒の障壁が衝突する。

 僅かの均衡の(のち)、俺が放った飛刃が消滅した。それに何処か勝ち誇ったように此方を見てくるファフニール。だが、確かに最初の斬撃は防がれてしまったが、その一回で終わりなどと言った覚えはない。


「おおおおッ!」


 一閃、また一閃と何もない虚空を斬り裂き、その度に次々と飛刃が生成されて一直線に飛んでいく。それが障壁とぶつかり激しい火花を散らしながら──消滅する。何度も何度も衝突し、その全てが消滅していく。


《小賢しい!》


 ファフニールは再び火球を何十と創り出し、今度はしっかりと俺を狙ってそれを一斉に放ってくる。俺は回避しようとせず逆にその火球へと突っ込んでいく。

 火球が剣の間合いに入った瞬間、その一つ一つを一刀の(もと)に斬り裂き消滅させる。本来、魔法を斬るという常識外れな芸当など限りなく不可能に等しく、出来たとしてもそれは何百何千の内の一回にしか過ぎない。どれだけ剣を極めていようとも魔法を斬る事が出来るのは運という訳だ。

 ならば何故、そんな芸当を失敗させること無く確実に成功させているのか。それは魔力を感じ取る事が呼吸をするのと同じ程に極めているからだ。まあ呼吸を極めていると聞くと何か違和感が感じられるが、それくらい得意だということだ。

 かなり単純明快な理由なのだが、これが言葉にする以上に難しい。確実に魔法の核を捉えないといけないので、魔力を感じ取る事にかなり長けていなければ出来ない。


「これで……どうだ!」


 最後に全力で剣を振るい飛刃を飛ばす。すると一際大きい飛刃が生まれて真っ直ぐにファフニールへと飛んでいくと、それにより発生した風が周囲に吹き荒れる。


《何ッ!?》


 斬撃は同じように消滅していってしまったが、同時に漆黒の障壁も砕け散り霧となって消滅した。

 この瞬間、俺は既にファフニールの背後へと回り込んでおり、その事に遅くも気付いた竜は直感なのか、それとも野生の勘なのか分からないが此方に振り向く。だが、行動を起こすには(いささ)か以上に遅すぎたようだ。

 この時、俺の右手の中指に何時も身に付けている指輪がはめられていなかった。


「死ね」


──刹那、ファフニールの首が飛んだ。

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