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魔界から帰って来たら、世界は救われた後でした。(旧:最強って誰のことですか?)  作者: 如月
一章 魔界から帰って来たら、何もかもが変わっていました
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第十六話 王都防衛戦 ⑥

 恐ろしい鉤爪が迫り来る中、その標的となっている男はそれを自身の得物で何とか受け止める⋯⋯ことも出来ずに敵の圧倒的な力によって容易く押しきられてしまう。


「くっ──!」


 このままでは不味い、そう考えた男は相手の押し込む力を逆手にとって自身の真横へと()なすように剣を傾ける。

 男の目論見は成功し、迫り来る鉤爪は身体を掠めるようにして真横へと通り過ぎ、その生まれた僅かな隙を突いて前へと踏み込む。

 男の行動を敵はしっかりと目で追ってはいるものの、それに対して何の回避行動も起こそうとせず、そのまま男の接近を許した。


「はあああああッッ!」


 敵の懐に潜り込み剣をがむしゃらに振るう。

 手加減というものなど一切なく、一太刀一太刀が全身全霊の渾身の一撃と呼ぶに値するそれは、容赦なく敵の胴へと襲い掛かる。

 一撃を入れる度に火花を散らして金属と金属がぶつかり合うような音が周囲に響き、それに伴って僅かな衝撃波が一帯を駆け抜ける。

 しかしその攻撃も敵の堅牢(けんろう)な鱗に掠り傷程度の傷を生むにとどまり、何度も何度も斬りつけるがそれ以上の成果を生むことが出来なかった。

 敵の守りを破ることが出来ないのを歯がゆく思ってか、男は小さく舌打ちして敵から大きく飛び退いた。


《もっとだ。もっと我を楽しませろ──!》


「化け物め⋯⋯っ!」


 肩で息をしながらそう悪態をつく男──騎士団長グラデュースは、十分な距離をとってから再び敵──巨大な竜へと剣を正面に構え直した。


 竜との戦闘が始まってどれだけの時間が経過しただろうか。


 体感的には既に数時間ほどの時間を過ごしたような気がするが、おそらくまだその半分を稼げたかどうかといったことろだろう。

 そんな事をグラデュースは荒い息を整えながら考える。

 竜はそれを面白そうに見据え、その口からはチロチロと黒い炎が見え隠れしだした。


 ──ブレスがくる。


 直ぐに竜が何をしようとしているのかを理解し、竜から視線を外して上空を見上げる。

 するとグラデュースの意志が伝わったのか、先程までの戦闘を見守るようにして空を飛んでいた一体の騎竜──カムイが高度を落として近付いてきた。

 予想していた通り竜は口から漆黒の炎を勢いよく吐き出し、寸分狂わずグラデュースへと迫ってきた。

 空気を焦がし、急速に周囲の温度を上げながら襲い掛かってくる竜のブレスは始めグラデュースを呑み込むかのように思えたが、紙一重の差でカムイの方が速かった。


「危なかったのう」

「ああ、良くやったカムイ」


 再び上空へと舞い上がったカムイはもう一体の騎竜と合流し、主に褒められたことに嬉しそうに喉を震わせた。


「はてさて、どうしたもんかのう⋯⋯」

「並みの魔法じゃ効かねえし、剣は通らないしだからな」


 ここまで、二人はあらゆる手を尽くして竜を討伐しようと試行錯誤してきた。

 しかしそのどれもが(ことごと)く失敗に終わり、今では攻撃しては逃げるのヒットアンドアウェイを繰り返すしか手が無くなっている。

 このままではいずれ力尽きてしまうのは目に見えているが、もう既に他に時間を稼ぐことが出来そうな作戦など無かった。


 しかし、自分達がまだ殺されずに生きているのは、別に己の力でという訳ではない。


 手加減されているのだ。勿論その事を二人は重々以上に理解している。

 現に竜は戦闘が始まってから今まで一歩どころか半歩もその場を動いていない。

 竜からしてみれば、雑魚を相手に動く必要がないということだろう。


 それ程までに竜と二人の力の差が開いている事を意味している。


《どうした。逃げてばかりでは我を倒せぬぞ?》


「分かっている! アラン、魔力はまだ残っているか?」

「でかい魔法ならあと一発って所じゃのう」

「そうか⋯⋯なら、魔力を全部使って風魔法で援護を頼む」

「うむ、頼まれた」


 短いやり取りの後、突然グラデュースがカムイの背から飛び降りた。

 今のやり取りでは、具体的には何を頼んだのかという一番大事な部分が抜け落ちているが、これまで幾度となく強敵と戦い死線を潜り抜けてきた二人には、それだけで十分だった。


 自由落下の中、グラデュースは頭から地へと真っ逆さまに落ちていく体勢を取り、両手で握った剣へと魔力を込めだした。

 それによって僅かに輝きだした剣は見た目こそ変わらないものの、強度と切れ味は先程までの比では無くなっている。


「『ウィンドブラスト』ッ!」


 加速度的に竜へと落下していくグラデュースに、アランが手筈通りに風魔法を発動させる。

 その瞬間、グラデュースに向けて放たれた風魔法によって生み出された突風が吹き荒れ、既にかなりの速度となっていたそれが更に爆発的な加速を遂げた。

 これでもかという程の速さと化したグラデュースは手に持った剣を振り上げ、それを振り下ろすタイミングを見計らう。


 この時、彼の頭の中には避けられるという考えが塵にも存在していなかった。

 それは今まで一歩たりとその場を動くことのなかった竜に対しての、ある種の賭けのようなものだった。

 先程までの攻撃ならば鱗を僅かに傷付ける程度のものでしかなかったが、現在進行形で尚も威力を上げ続けているこの一撃ならば、それを切り裂き肉へと到達できるだろう。


 だがそれでも、それが当たるかどうかは別問題だ。

 この攻撃が成功するかは、全ては眼下で見上げる竜にかかっている。


「──おおおおおッッ!」


 今日一番の雄叫びを上げながら急接近してくる男を見上げながら、竜は面白そうに口を開いた。


《──『ダークネスシールド』》


「ッッ!? っぁああああッ!」


 竜が口にしたその一言に、信じられないとばかりに大きく目を見開き、屈辱に口許を歪める。

 しかし、それを振り切るように声を絞り出して剣を振り下ろす。


 ギィィィィィンッッ!!


 速さもタイミングも、完璧だった。

 そこから生み出された渾身の一撃も、申し分無いまでの攻撃力を秘めていたのは確かだ。

 放つ直前に動揺する様子が見られたものの、その程度の事など問題にならないまでに、文句無しの素晴らしい一撃。


 ──だが、それでも竜の守りを破るに至らず、均衡状態となっている。

 いや、違う。この攻撃は竜の鱗にすら届いていなかった。


 何故なのか。それはグラデュースの剣が振り下ろされる直前に竜が行使した魔法の所為だ。

 何時の間にか竜の周囲を漂っていた黒い霧のようなものが収束し、攻撃を防ぐ盾のように障壁を生み出していたのだ。

 その黒い霧の盾は不気味に輝き、まるでびくともせず霧の障壁と剣との均衡で生まれた火花だけが存在感を放っていた。


《良い一撃だった。魔法を使わなければ多少痛かっただろうな》


 嘲笑うように言葉を投げ掛け、グラデュースを煽る。


 後二メートル、たったの二メートルで剣は竜の頭部へと届き、殺せないにしろ確実に傷を作りダメージを与えることが出来たのに──。

 初めから自分達が負けることなど百も承知だった。


 それでも大陸一の大国──リーアスト王国の騎士団長として、自分がこの世界でかなり強いことを信じていた。

 それ故、相手との力量の差が分かっていても自分ならば、自分達ならば──と、心の何処かでそう考えていた。


 そう、この化け物の力を目の当たりにするまでは。


「──まだだあああっ!」


 これ以上ない一撃ですら敵わず、常人ならば──いや、常人でなくとも絶望するものだったが、この男は違った。

 まだ、終わっていない。グラデュースは残りの限りある魔力の全てを、一滴残らず手に握り締めている剣に流し込んだ。


 絶望は、勿論している。


 それでも諦めることが、剣を手放すことが出来なかったのだ。

 今ここで自分が倒れてしまったら、諦めてしまったら、折れてしまったら。

 これまで守ってきた国が、忠誠を誓った王が、愛する家族が、多くの民が──。


「はあああああああッッ!!」


 グラデュースの剣に溢れんばかりの光が(ほとばし)った。


 風が吹き荒れ、一層火花が散る。それは先程の一撃よりも力強く、重い。

 満身創痍の身体の一体どこにそんな力が残っていたのか、それは誰にも──自分でさえも分からないだろう。


 ただ言えることは、彼はまだ生に──希望にすがりついて、死に──絶望に抗っているということだ。


 人という生き物は奇跡を(こいねが)ってしまう生き物だ。

 それはグラデュースにも言えることであり、今まさに自分の運命と対峙(たいじ)し、希望を見いだそうとしているのだ。


「⋯⋯⋯⋯グラデュース⋯⋯」


 その姿にアランは酷く自分自身に落胆し、自分が今どれだけ無力な存在であるのかを身をもって強く実感した。

 魔法使いにとって魔力は生命線といっても過言ではなく、魔力が枯渇してしまったら唯の一般人より少し強い程度の人に堕ちてしまう。

 そうなってしまった以上、なるべく足手纏いにならないように空から事の結末を見守る他なかった。

 大事な時に微塵も力を貸してやる事が出来ない歯がゆさに、アランは杖を投げ捨て自分を責め立てたくなる衝動に駆られる。

 しかし、どうしても出来ない。


 ──ピシッ


 そんな時、様々な音に混じって、何かに(ひび)が入るような音がした。


《何?》


 それは、竜を守る黒い霧の障壁に細い線が走った瞬間だった。


 すると一筋、また一筋と黒い霧の障壁に線が走っていき、見る間にそれが広がっていく。

 これなら──と、そう想った時。


 ──パキンッ!


 グラデュースの剣が、半ばから真っ二つに折れた。

 その瞬間、糸が切れたようにグラデュースの身体は再び自由落下を始め、水を打ったような静寂の中で地面に転がった。

 仰向けの体勢で空を見上げる形となったグラデュースは、青い空を呆然と眺めながら、右手に持った剣()()()それを眼前まで持ち上げる。


「⋯⋯っ」


 以前と比べてひょいと持ち上げる事が出来るようになってしまったそれを見て、悲しそうに表情を歪めながら、その手をだらんと地面に落とす。


 結局、現実なんてこんなもんだ。


 どれだけ泥臭く頑張ったとしてても、努力しても、足掻いても、渇望しても、結果は何一つとして変わらなかった。

 何も、変えられなかった。これが現実で、強さが全ての残酷なこの世界に成り立つ理だと──。

 そうグラデュースは朧気(おぼろげ)に思い、朦朧とする瞳で空を見上げ続けた。


「生きてるか、グラデュース!」


 そこに慌てた様子でアランが騎竜から飛び降り、グラデュースの元へと駆け寄る。

 外傷に酷い怪我は無いようだが、骨が所々折れているようでもう動くことは出来ないだろう。

 それに息も絶え絶えで上手く呼吸が出来ていない。


《フハハハハ、久方ぶりに実に良い時間を過ごせたぞ。だがそれももう終いだ。──最後に一つ、冥土の土産として我の名を教えてやろう。我の名はファフニール、覚えておけ》


 言い終わるか否や、竜──ファフニールは大きく口を開いてもう何度目か分からない漆黒の炎を吐き出した。

 それはグラデュースとアラン、それに二人の騎竜を呑み込まんと迫り来る。

 そして遂にそれが直撃しようとした瞬間と、二人と二体の目の前に一人の仮面をかぶった者が現れたのは、ほぼ同時だった。

 突然の出来事にまるで反応することが出来ずに、アランはただ呆然とそれを見ていることしか叶わなかった。



「『マキシマム・テンペストエンチャント』」



 小さな声で魔法の詠唱を行った仮面の者は、ファフニールのブレスに向けて剣を一凪ぎした。


 ──刹那、ファフニールのブレスがまるで冗談のように掻き消えた。

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