第十六話 王都防衛戦 ④
俺は今、東門へと向かって歩いているところだ。
あの後、漸く住民を誘導する兵士が駆り出された。
今では辺り一体には既に人の影は見当たらず、寂しく吹く風の音しか聞こえない。
強制召集とあって多くの冒険者は急いで東門へと走っていってしまったので、こんな所にいるのはおそらく俺くらいなものだろう。
因みに住民は東門の反対、西門へと避難するように兵隊達に指示されていた。
そこから万が一を考えて王都から出る者と残る者の二つに別れ、出る者は馬車などの移動手段の確保や食料の確保やらによって大変な騒ぎになっている事だろう。
強制召集。それは名の通り絶対の召集命令で、しかも今回は全ての冒険者ランクが対象となっている。
全ての冒険者ランクが対象の召集命令など、20年前でも全く聞いたことがない事例だ。
まあだからこそこの国の王都にどれだけの危険が迫ってきていて、焦っているのかが分かるというものだが。
あの数の魔物を相手にするのも正直にいうと危ないくらいだというのに、最後にあれだけの化け物が待ち構えているのだから、仕方がないといえばそれまでなんだけど。
少し前に誰かが飛べる魔物に乗って最奥の魔物へ向けて飛んでいったようだが、二人でそいつに挑むとは中々に勇気ある行動だと思う。
ええ? 何で俺はそんな国の危機的状況にも拘わらずのんびり歩いていて良いのかって?
やだなあもう、何でそんな面倒⋯⋯じゃなくて、いま俺はさっき買ったおいしい串焼き肉をむしゃむしゃと食べてるからですよ~。
だってしょうがないじゃん? 俺ってば朝と昼のご飯を寝過ごした所為で食べていないんだよ? 冒険者ギルドからの強制召集がアナウンスされる前には一本だけ食っていたけどさ、まさかそれだけ食っただけでさっさと行けだなんて言わないよねっ!
それにさっきまで避難していた住民で混雑してたから食えなくて、やっとこれからゆっくり味わえるって所なんだよ。食いながらも堅実に東門に向かっている所をちゃんと評価してもらいたいものだよ全く。
別に走りながらでも良いんだけど、シエラやイリアから聞いた話によると食べ歩きはまだ許容範囲のようだが、走ったりするのはマナー違反だと勇者様の言葉にあるらしいんだ。
それに急がば回れという言葉もあるとか。これは急いでいる時こそ冷静になり、例え近道であっても危険が伴う道ならば遠回りでも安全で確実な方を選べ、というものらしい。
これは正に今現在の俺の事ではないだろうか。例え空腹で倒れるという危険を冒してまで急ぐより、しっかりと食ってから行く方が安全で確実だという事だ。
更にとどめを刺すならば、勇者様の言葉には腹が減っては戦はできぬという名言まであるそうだ。これは本当に核心を突いた素晴らしい一言だと俺は思うのだが、どうだろうか?
──ぉぉおおおおおおおおッ!
そんな時、東門の方から声が聞こえてきた。
それを聞いて俺は直感する。
「⋯⋯始まったか」
とうとう国の存亡を懸けた戦いが始まったのだ。
まあ始まったからといって急ぐわけでもないんだけど。
取り敢えず最初は魔物相手にどれだけ頑張れるか様子見させてもらうことにする。
ボス的な魔物と知らない二名との戦闘も並行して始まったようだが、こちらは完全に結果の分かりきっている戦闘といえる。
その事を当の二人も気付いているだろう。
あまり無茶な事はしないだろうが、それは全て魔物の出方にかかっている。何処までそれを暇潰しとして扱うかに。
「やべ、冷めてきたな」
おっと危ない。少し余計な考え事をしてしまった所為で俺の大事な大事な串焼き肉をうっかり冷ましてしまう所だった。
冷めない内にと取り出した三本目の串焼き肉はそのままに、残りの袋に入った二本を手早く亜空間へと仕舞い込む。
こういうものは温かい内、更に付け足すのならば出来立てほやほやの瞬間が一番おいしく味わえる。
誰もが一度は味わったことがあるだろう。目を離してしまったがために犯してしまった失態、それにより生み出される行き場の無い敗北感というものを。
えっ何だって、もう一度温め直せばいいだって?
ふっふっふっ、これだから負け犬の遠吠えなんざ聞きたくないのだ。何より温め直したものは出来立てのものには絶対に勝つことなど出来ない。
所詮、偽物は偽物であり、本物には遠く及ばない、同じ土俵に立つことの出来ない可愛そうなものなのだよ。
まあ確かにまだまだ未熟者だった頃の俺ならば再び温め直すという邪道に走っていたが、今の俺は一味も二味も違う。
いずれその時が来たときにでも見せるとしよう。時というものを凌駕した俺の真の力というものを。
「うん、うまい」
そして再び俺は串焼き肉にかぶりついた。
──それから十数分後。
俺の視界には、総勢六千弱ほどの冒険者、騎士、魔法師の人々が驚くほどに協力し合い、魔物に立ち向かっている姿が映っていた。
遠距離攻撃魔法を使える者達はいくつかのの集団となって魔法を撃ちまくり、その正面を近接戦闘が行える冒険者達が行く手を阻むようにして立ちはだかっている。
魔法使い達の魔法の一斉放射での一点集中攻撃は中々の威力を誇っており、迫り来る魔物を蹴散らしている。
それを何とか掻い潜り魔法使い達に襲い掛かってくる魔物も少なくない数いるが、それらは待ち構えていた冒険者によって危なげ無く狩られていく。
軽装で身軽な冒険者達はその素早さを武器に魔物を騎士達の元へと誘導し、騎士達は見事なチームワークで隊を崩さずに確実に止めを刺している。
周りに比べるとあまり魔物を倒してはいないようだが、耐久戦になるであろうこの戦いでは後半からその威力を発揮していくだろう。
腕のたつ個でこそ輝く者達はそれはもう自由に暴れまわり、次々と魔物を相手取っては圧倒的な力で捩じ伏せている。
その殆どが巨大な剣やハンマーを笑いながら振り回す戦闘狂だったり、中にはちょくちょく決めポーズや決め台詞を口にしている二刀流のイケメン野郎なんてのもいた。
それに上空には三十近くの竜が飛んでおり、口から火を吐くブレスという竜の基本攻撃で魔物を蹴散らしている。
あれが騎竜ってやつなのか⋯⋯!
全て普通のドラゴンのようだが、騎士を乗せて空を駆けている様はまさに男のロマンそのものであり、端的に述べて非常に格好いい。
聞く話によると、此処リーアスト王国は騎竜の力によって急成長を遂げたらしい。
一体どんなものなのか一度見てみたいと思っていたので、願いが叶って俺はいま上機嫌だ。
⋯⋯だが、そんな事より。
騎士団と魔法師団が互いに協力しあって戦っているのは分かるんだが、どうしてそこに冒険者まで紛れ込んでいたりするんだ?
これは一体どういう事だろう、冒険者って結構あれだったよな。
俺の知ってる限りの冒険者は自分達を見下してくる騎士や魔法師に対してあまり友好的じゃないっていうか、完全に敵対視してるっていうのが俺の中の冒険者なんだが⋯⋯。
どんな時でも絶対に助け合うことなんてしようとせず、何処までも馴れ合わず見栄を張っているっていう。
俺の知識が時代遅れというだけなのか、それともこの国が普通と違って特別のか、流石の魔物の数に協力しあう他無かったのか、はたまた全く違う理由があるのか──。
兎に角、こそこそと門の陰に隠れながら様子を窺っている俺は一つの可能性に辿り着いてしまった。
これは波に乗り遅れたのかもしれない、と。
いや、かもしれないのではなく、絶対にそうに違いない。
「うーん⋯⋯どうしようか」
みんな頑張ってるから俺が一人で特攻しながら走っていっても、恐らく誰も見向きもしないだろうが、別に俺いなくてもいけそうな感じだ。
ボス的なやつは無理だとしても、此処は何だかんだいって士気が異様に高い。
上から目線なのは申し訳無いが、極論をいってしまえばそういう事なのだ。
「取り敢えず俺のこと知ってそうな奴らが多そうだから仮面でもつけていくか」
そう呟いて亜空間から取り出したのは一枚の仮面。
その見た目はごく普一般的な何処にでもありそうなものであり、恐ろしいような要素など微塵も無いどう見ても普通のの仮面だ。
しいて言えば丈夫で魔力を通しやすいオリハルコンという鉱物で作られており、更にそこから俺の全力の付与魔法により純粋な強度と魔法耐性を付与しているくらいか。
なのでこれを唯の仮面と侮ってはいけない。
仮面とは自身の顔を隠すためのものでしかないが、これは戦闘時になれば顔面を守ってくれる頼もしい防具としての役目も果たしてくれる優れもの。
まあ、出番は未来永劫ないだろうが。
そんな仮面を付けて再び様子を窺うと、驚くべき人物が居合わせている事に気が付いた。
「⋯⋯あれって王女様じゃん」




