第十六話 王都防衛戦 ③
今回も主人公は出てこないです。
時は少し遡り、此処は王都東門。
騎士団団長と魔法師団団長が二人揃って全権を副団長に預けてから数分、騎士団と魔法師団は漸く落ち着きを取り戻していた。
⋯⋯のだが。
「こ、国王様っ!?」
「それに王妃様、王女様まで!」
「何故こんな所に!」
やっと混乱が治まったというのに、再び混乱を引き起こす種がやって来てしまった。
それはこの国、リーアスト王国の現国王ジェクト=オルネア=リーアストと王妃アリティア=オルネア=リーアスト、そして王女のフィリア=オルネア=リーアストだ。
馬車から降りてきた三人に驚きのあまり大きな声を上げてしまった騎士、魔法師により、此処に王族がいるということを周囲にあっという間に伝播させてしまった。
それは少し離れた場所にいた冒険者達にまで届いてしまい、どうして王族が此処に? と周囲がざわつきだす。
それも仕方の無い事だ。王族、特に国王とは特別な場でもなければ唯の一般市民を含め、城御抱えの騎士や魔法師ですらそう簡単にお目にかかれる人物ではない。
もはや人々は魔物が迫ってきている事など忘れ、ある者は驚き、ある者は戸惑い、またある者は物珍しそうな目でそれを観察している。
だがその騒ぎも、国王が手で制止を促すだけで水を打ったかのように静まり返った。
「グラデュースとアランの姿が見えぬが、何処へ行った」
しんと静まり返った中、国王の声だけが響く。
その声に反応して二人の青年が王の前まで歩み出てきた。
「申し訳ありません国王様。あの二人はつい先程、騎竜に乗りセディル大森林へと向かわれてしまいました」
「故に副団長である我々が現在、団長代理を担っております」
二人の青年は国王の前で跪きながらそう答える。
そう、魔法師団と騎士団の両方の団長が不在の今、その団を団長の代わりに纏め上げているのは副団長であるこの二人なのだ。
二人ともまだまだ若く、二十代半ばといったところだろう。
にも拘わらず副団長に任命される程の実力者だが、やはり団長と比べてしまうと何処か心許ないのは気のせいではないだろう。
「理由は聞いているか」
「いえ⋯⋯」
「そうか。あやつらの事だ。何かあったのだろうな」
国王はそう言い、東門に集まっている者達を見渡す。
そして、言った。
「皆の者、悪いことは言わぬ。早く此処から逃げるのだ」
「こ、国王様!? 何をっ!?」
「お前達もだ、騎士達、魔法師達よ」
「っ!?」
静寂を切り裂いて響き渡った国王の声。
その場にいた者達は始め何を言っているのかまるで理解することができなかった。
しかし徐々にその言葉の意味を理解すると、何故この国の危機だというのに国王自ら自分達に何を言っているのかと、再びざわめきだす。
──逃げろ、と言ったのだ。
今この国、リーアスト王国の中枢である王都が、おそらく歴史上最も危機に瀕していることはこの場にいる誰もが理解している。
だからこそ王自らが立ち上がり国を救ってくれと助けを求めるのが当たり前であり、王が何よりも優先して為すべき理である筈なのだ。
人々は戸惑った。どうして、どうして真っ先に助けを求めなくてはならない筈の王が、よりにもよって自分達に逃げろとなど言い出したのか。
しかもそれが冒険者だけに対して言ったのではなく、自分に忠誠を誓う騎士や魔法師の者達にまで言っているのだ。
何故か。
「私にとって民というのは国よりも重い。もし民と国のどちらかしか救えない状況ならば、私は迷わず民を選ぶだろう」
その言葉を聞いて、人々は理解した。
ああ、成る程、そういう事だったのか──と。
この王は初代から先代までの祖先達が築き上げてきた国よりも、大陸一の大国であるリーアスト王国よりも、自分達を、民を選んでしまう人だということを。
そんな事をしてしまえばどれ程の国であろうといとも簡単に崩れてしまうと分かっているのに、それを顧みず民を優先してしまう人だということを。
民をこれ程までに愛しているという事を──。
だが、と国王は続ける。
「願わくば、こんな未熟な私を、国を、助けてはくれぬだろうか」
その声は震えており、不安で心が支配されているのが手に取るように感じ取れた。
民を選ぶと口にしたにも拘わらず、この場にそれを矛盾していると思う者など誰一人として存在しなかった。
誰だってそうだ。
もしどちらか片方のみを救うことしか出来ない状況に陥った時、人は本能的にどちらも救いたいと願ってしまう生き物なのだ。
どんな状況下であっても、どれだけ足掻いても片方しか救えない事実を理解していても、仲間などおらず自分一人で立ち向かうしかなくても、その結果どちらも救えず全てを失ってしまうかもしれないと分かっていても。
──人という生き物は、それでも奇跡を希ってしまうのだ。
ありもしないことを望むなど愚かかもしれない、馬鹿馬鹿しいかもしれない。
だがそれでも人の心の片隅には必ず存在し、決して消えない強欲の感情。
可能性が零ではない限り。いや、零であったとしても、絶望の中に微かな希望を見いだそうとするのが人間だ。
同時に、民の心には強い闘志が暴れ出る。
「みんな! 此処は一つ、僕達でこの国を救ってみないかい!」
声を上げたのは一人の男。
その男は腰に二本の剣をさしており、誰もが知る闘技場最強の一番人気にしてスター。
いや、この期に及んで誰が先に声を上げたかなど関係無いし、意味もない。何故なら彼が言わずとも人々の意思は既に固まっているのだから。
それを証明するように一人、また一人と声を上げていった。
「俺もやるぞ!」
「この国を守るぞー!」
「私だって!」
「皆で一暴れしようぜッ!」
それは正しく、民と王のあるべき理想の関係であった。
民があってこその王とはよく言ったものだが、これはその逆もまた成立するという事を思わせる状況だ。
王あってこその民。素晴らしい王であるが故に、生涯の忠誠を誓う家臣がいて、付き従う部下がいて、民が集まり国となる。
国王の頬に、一筋の涙が通り過ぎていった。
「⋯⋯ありがとう⋯⋯ありがとう⋯⋯っ!」
その声はかすれているも、確かに紡がれている王の声。
「さあ! もう魔物は目の前まで来ているよ! ──戦おう!」
おおおおおおッ!!
そして遂に、王都防衛戦は幕を開けた。




