第十六話 王都防衛戦 ①
「んん⋯⋯」
次の日の朝、俺が目を覚ます頃には既に太陽が高くに昇っていおり、カーテンの隙間から眩しい日差しが差し込んできていた。
「朝か」
その木漏れ日を眺めながら、口から零れるように言葉が自然と出る。
その暖かい陽光を見ていると、段々と意識がはっきりしていき、脳が覚醒していく。
「って、朝っ!?」
その冴えた頭が漸く仕事をするようになり、俺はベッドに預けていた体を跳ね起こす。
そうだ、もう太陽が高くまで昇っているという事は、完全に朝寝坊をしてしまったという事だ。
原因はおそらく昨日の二人の昇級祝いで夜遅くまで飲み食いしてしまった所為で、宿に帰り眠りにつくのが遅くなってしまった事だろう。
やばい、シエラとイリアに起こられてしまう!
「⋯⋯って、そう言えば昨日で終わったんだっけか」
あたふたしている時、俺は思い出す。
王都に来てから毎日の日課となっていたシエラとイリアと一緒にウルフ狩りの依頼をするのは、昨日で終わったという事に。
それを思い出して、安堵と共に溜め息をつく。
「今日からまた一人か⋯⋯どうするかなあ」
あいつらとの行動は何だかんだ言って楽しかった。
それが昨日で終わってしまったという事は、これからはまたソロの冒険者として依頼をこなさなければならない。
またネルバにいた頃の俺に戻るといった方が正しいだろう。
いや、ネルバにいた頃もそれなりにソロではなくパーティーで依頼を受けることが多かったかもしれない。
そんな事を考えていると、頭の中にセトやアリシア、ナディアの顔がぼんやりと浮かんでくる。
あいつら、今頃どうしているだろうか。
「⋯⋯ギルドに行くか」
何もしないというのもあれなので、取り敢えずは冒険者ギルドへと向かおう。
そこで受付嬢のリーシャににおすすめの依頼を聞き出してそれを受けて、後は王都を気ままにぶらついていれば、一日なんてあっという間だ。
王都に来てからを振り返ると俺は殆どウルフ狩りしか依頼を受けていないし、そろそろ高ランクの依頼を受けるのも良いかもしれない。
恐らく俺の実力を知っている冒険者の殆どが俺を見て何をやっているんだ、なんて考えているに違いない。
今日から、少しだけ真面目にランク上げに専念するというのも悪くないかもしれないな。
「おっちゃん、三本くれ」
「はいよ!」
冒険者ギルドへと向かう道すがら、俺は空腹を抑えるために屋台の串焼き肉を買い、それをつまみながらギルドへと再び歩きだす。
もう昼近くになっていることもあって大通りはかなりの賑わいを見せている。
──そして俺が二本目の串焼きに手を伸ばした時、それは起こった。
王都の町に、耳をつんざくような鐘の音が響き渡る。
「な、何だ!?」
「この鐘の音⋯⋯まさか!?」
「一体なんだっていうんだよ!」
人々が何の前触れもなく鳴り出した鐘の音に混乱しだす。
あっという間に先程までの賑わいなど無くなっており、人という人がその場に足を止めて周囲を見回す。
それにつられて俺も周囲に視線を送るも、何処かおかしい所など見つけることが出来ない。
だが俺は王都の外に数十万という魔物の気配と、更に奥に一際強大な力を持った存在がいるということを感じ取った。
そしてそれと同時に、遠くから足音が聞こえてきた。
周囲の他の人々もそれに気付き音のする方向へと視線を向けると、その先には何十名もの馬に乗った騎士達が此方に近づいてくるのが目に映った。
その騎士達は全身に鎧を身に纏い、完全武装といった様子で町中であるのに拘わらず凄い勢いで近付いてくる。
その場にいた人々はそのあまりの気迫に圧倒され、自然と左右に割れて通路を開けていった。
その道を無言で疾走していく騎士達の姿を見て、更に人々の混乱は高まりだす。
『全冒険者に告ぐ。ギルド規約に則り、全冒険者は直ちに装備を整え、王都東門に集合せよ。これは強制召集である。繰り返す。ギルド規約に則り、全冒険者は直ちに装備を整え、王都東門に集合せよ。これは強制召集である』
そこに止めとばかりにそんなアナウンスが王都全域に響き渡った。
何が何だか分からずもう人々は混乱しっぱなしだ。
「──スタンピードか」
俺は直ぐに何が起こっているのかを理解する。
スタンピード。それは突如として増えた魔物がダンジョンや森林から溢れだし人の町を襲う事を、人々はそう呼んでいる。
原因は様々で、長い年月をかけて増えていくのが一般的だが、他にもある一種類の魔物の大量発生、生態系の急変、餌を求めての大移動。
そして──人為的、作為的に起こされるものと、本当に様々だ。
俺は串焼き肉の入った紙袋を閉じて、東門へと歩き出した。
◆◆◆
此処はリーアスト王国の首都である王都オルストのその東門。
そこには既に、千をも超える冒険者や騎士が様々な装備を身に纏いながら、セディル大森林の方向を見ていた。
いや、人々が見ているのはもっと前方の草原であり、此方に向かって近付いてくる魔物達に向けられたものといった方が正しい。
「⋯⋯何だよ、あれ」
「どんだけいんだよ⋯⋯」
「勝てる、のか?」
その魔物の軍勢を見て、遠くからでも分かるほどの迫力に圧倒され声も絶え絶えになった冒険者、騎士がそんな言葉を口から溢す。
そして更にそれが波紋となって周囲に負の感情をあっという間に伝染させていく。
まだ魔物が目の前にも来ていないというのに、始まる前から多くの居合わせた人々は恐怖し、また絶望する。
一方、魔物達はというと全く勢いを止めることなく真っ直ぐにセディル大森林からまるで水の流れのように王都へと押し寄せてくる。
しかもその数は数万⋯⋯いや、十数万という馬鹿げた数にまで達しているという事が見てとれる。
騎士が隊列を成しているその後方では、一人の騎士が片膝を地面につき騎士達の長らしき者に報告を行っていた。
「グラデュース騎士団長、報告します。調査の結果、魔物の数約十三万! 更に、その全てがDランク以上との事です!」
「⋯⋯了解した。下がれ」
「はっ」
カチャカチャと鎧が擦れる音を出しながら戻っていく騎士を見ながら、団長と呼ばれた者は腰にさした剣の鞘を握る。
その手は僅かだがそれでも確かに震えており、それを誤魔化すかのように口を開く。
「全軍に今の報告を伝達しろ」
「はっ」
その言葉に後ろに控えていた騎士の一人がその場を離れていく。
入れ違い様に、一人の騎士が再びグラデュースの前にやって来た。
「報告します。たった今、魔法師団が到着しました」
「分かった。魔法師団の団長と話をしたい。呼んできてくれ」
「はっ」
離れていく騎士を見送り、グラデュースは置かれている椅子に身体の全体重を預けるようにして座り込んだ。
座りながらグラデュースは思う。
──負ける、と。
しかしその言葉を自分が、あまつさえリーアスト王国騎士団団長が口にしてはいけないことなど重々理解している。
更にいえば、自分がそれを口にしてしまえば騎士団が混乱してしまう。
故に口が裂けても口にはできない。
そしてまた、通達を受けた騎士達も団長と同じ事を考えていながら、決してそれを口にはしない。
騎士だから、という事も勿論あるが違う。
何故そんな分かりきったことを口にしないのか、と聞かれたならば迷わず〝騎士だから〟と答えるだろうが、本心は違う。
本心は──我らが団長の為。
団長のために決して自ら口には出さず、奥深くへと仕舞い込んでいるのだ。
騎士達は団長だって同じ事を考えているのを分かっている。
だが、長年この王国を陰ながら支えてきた騎士と団長は強い絆、信頼で結ばれている。
もし言ってしまえばそれが切れてしまうかもしれない、そんな事を考えている。
他が為に──そんな関係を、団長、騎士達はこれ以上なく心地良く感じていた。
「待たせたの、グラデュース」
騎士団団長を呼び捨てで呼びながら、一人の白髪の老人が歩いてきた。
髪の色と同じ丈の長いローブを身に付け、手には大きな魔石の付いた魔法杖を持っている。
「来たかアラン。単刀直入に聞くが、気付いているか?」
「⋯⋯やはりお主も気付いていたか」
「ああ、先に言っとくが」
「止めるなよ、じゃろう? その言葉、そっくりそのまま返してやるわ」
二人は互いの顔を見ながらにやりと口元を緩める。
「全く⋯⋯。準備だけは怠るなよ?」
「無論じゃ」
それだけ言ってアランと呼ばれた老人は背中を向けて戻っていった。
まるで相手の言いたいことが言われなくても分かっているかのように、もう何も話すことなどないと言わんばかりに堂々と立ち去っていった。
その後で再びグラデュースは立ち上がり、今度は後ろに振り向く。
そしてそれに手を伸ばす。
「今日も頼んだぞ、カムイ」
そこには、グラデュースを真正面から見詰め返す一体の竜がいた。




