第十四話 洞窟調査
「おい、あいつ⋯⋯」
「あ、あれじゃねえか⋯⋯?」
「間違いねえ、あいつだ」
リーアスト王国の王都の観光として闘技場に行った次の日の朝、俺はシエラとイリアの三人で冒険者ギルドへとやって来ていた。
今日も受ける依頼を探しに依頼ボードの前に居るのだが、ギルド内にいる冒険者達の視線が俺達⋯⋯ではなく完全に俺一人に集中している。
それを横目に小さく溜め息を吐き出してしまうも、なるべく気にしないように努める。
噂というのは本当に凄い勢いで広まっていくというのは知っていたが、まさか次の日の朝にはもう既に顔まで知れ渡っているとは思いもしなかった。
まあ、あれだけの人が見ている中だったから、遅かれ早かれそうなる事は免れないものだとは覚悟していたが⋯⋯。
それに乗っかって変な噂をたてられなければ良いのだが。
「ねえ、これなんて良いんじゃないですか」
「どんな依頼だ?」
俺の内心など他所に、依頼ボードを眺めていたシエラが振り向き様に俺にそう聞いてきた。
どうどう? とその依頼用紙を指差しながら聞いてくるが、残念ながら俺にはそこに書いてある文字を全く読むことが出来ない。
何故か、本当に何故かは知らないが数字だけは俺がこの世界で暮らしていた頃と変わっていないので、そこだけは読むことが出来るのだが、それだけだと情報が少な過ぎる。
故に俺は出来るだけ自然に、どんな依頼内容なのかを聞き出すことに全力を注ぐ。
「シエラの意見を聞かせてくれ」
「森林のとある洞窟の調査。ジャイアントラットが出入りしているところを目撃した人がいるらしくて、それが本当かどうかと、出来るならばその討伐。⋯⋯目撃されているのがジャイアントラットだけなので、私達でも大丈夫かなって」
ジャイアントラットといえば確か、結構な大きさの鼠だったな。
繁殖能力が非常に高く一匹見つけたら百匹はいると思えという言葉があるくらいだ。
個々の強さは全然大したことなど無いので駆け出しの冒険者でも苦もなく倒せるのだが、群れで行動しているので、もし討伐するならその群れ全てを相手取らなければならない。
「それに、オルフェウス君は強いですし」
「まあ良いんじゃないか」
ふたりの実力ではまだ討伐なんて大層な事は出来ないだろうが、偵察くらいはなんの問題もなく出来るだろう。
というか、周りの奴等の視線とか話がうるさいから、何でも良いから依頼を受注してギルドを出たいのが本心だ。
「イリアもそれで良いよな?」
「うん」
という事で早速俺達は受付で依頼の受注を済ませ、ギルドを出た。
──王都を出てから暫く、俺達は目的地へと辿り着いた。
その洞窟はセディル大森林に入ってすぐの場所にあり、一見したところ天井が低い。
ジャンプすれば頭をぶつけてしまいそうだ。それに横幅も狭いので動きにくそうでもある。
「よし、行こうか」
「はい。洞窟内では魔法はあまり使えないので頼りにしてます」
「ちゃんと守ってね 」
「はいはい」
そんな調子で洞窟の中へと足を踏み入れた。
俺を先頭に、イリア、シエラの順番で奥へと進んでいく。
「暗い」
「そういえば、誰か松明持ってきたか?」
「「⋯⋯あっ」」
洞窟に入ってから数分で緊急事態が発生した。
「おい、何で準備して来なかったんだよ」
「それを言うならオルフェウス君だってそうじゃないですか!」
「もとはと言えばシエラが急かすから」
「イリアも私のせいにするんですか!?」
途端にその責任を擦り付け合うふたり。
まあ、洞窟に行くっていうのに誰もその事に気付けなかったのだから、ある意味全員が悪いになるんだが、それでもシエラが早く行こうと言って俺達を急かさなければこのくらいは気付けた筈だ。
なので今はシエラの所為にしておこう。
うん、俺は悪くない。
それに無いものは無いんだし、今更そんな事で言い合いをしても何の意味もない。
今から王都まで戻って持ってきてもいいが、それでは調査の時間が減ってしまうし、何より面倒くさい。
それに松明を持ってきていないのなら別の方法で明かりを出せばいい。
「はいストップストップ。要は火があればいいんだろ」
「人に責任擦り付けておいて⋯⋯何ですかそれは?」
「羽?」
「それ以外の何に見えるんだよ」
言い合いを止めて俺が亜空間から取り出したものを見てそう聞いてくる二人に、俺は逆に聞き返す。
「羽、ですかね」
「何処から出したの?」
「ああ、そういやまだ言ってなかったか。俺、時空魔法でアイテムボックスみたいなもの作れるんだよ」
「え、オルフェウス君って魔法まで使えるの!?」
「あれ、それも言ってなかったか。まあいいや、はい」
俺は亜空間から取り出した二枚の羽をそれぞれシエラとイリアに渡す。
羽は意外と大きく、俺の手のひらよりも普通にでかい。
意味が分からないといった顔をしながらも深紅の羽を受け取ったふたりに、羽の根元を持って魔力を込めるようにと指示を出す。
疑問符を浮かべながらも言われた通りにふたりは指示された通りに、恐る恐る魔力を込めた。
「「わっ!?」」
すると突然羽が勢いよく燃えだした。
ふたりは始めとても驚いてブンブンと腕を振り回しその火を消そうとしていたのだが、何時になっても火が消えそうにもならないことに気付き、次第に落ち着きを取り戻す。
「この羽、一体どうなってるんですか?」
「凄い燃えてる。何で」
「フェニックスって知ってるか?」
「知ってますよ。⋯⋯ま、まさか」
俺の言いたい事に気付いたようで、二人は揃って言った。
「「フェニックスの羽っ!?」」
「おいあんま大きな声出すなよ、魔物に気付かれたらどうするんだ」
──それから数分後。
漸く落ち着きを取り戻したシエラとイリアと共に今度こそ洞窟探索を行っていた。
洞窟内はじめじめしていて、所々に苔が生えていたりしている。最近この洞窟に人が入ったような痕跡は見当たらない。
現時点で分かったことといえばこの二つくらいだ。いや、前者は結構どうでもいい情報だから一つというのが正しいのかもしれない。
「それにしても、何でこんなもの持ってるんですか」
「私もそれ気になってた」
「? 狩ったからに決まってんだろ」
「「はっ? か、狩った⋯⋯?」」
何をそんなに驚いてるんだ、と言おうとした所で俺は気付いた。
「そんな事よりお前ら」
「「そんな事より!?」」
「俺に敬語なんて要らないからな?」
そう、短い間だが共に依頼をこなし、一緒に飯を食ってきた仲なので気付けたのだが、このふたりは結構俺に気を使っているようなのだ。
時々口調がおかしくなったりする時があったので前々から違和感を持っていた。
「え、でも」
「でも、何だ?」
「分かり⋯⋯分かった。じゃあこれからはこれでいくね」
「ああ。イリアもな」
「分かった」
「よし、じゃあ先に──と、何か来たっぽいな」
先に進むか、そう言って俺は再び洞窟の奥へと向き直り歩きだそうとした時、奥から何かが近付いてくるのに気が付いた。
俺の言葉に二人は即座にとはいかなかったものの、しっかり杖を握り直して俺から少し離れる。
俺から距離を取ったのは決して嫌われているからではなく、戦いやすいようにと前々からそう頼んでおいたのだ。⋯⋯本当だからな?
そして暗がりの中から現れたのは。
「「「スライムか」」」
スライムでした。
何かこれ前にもあったような気が⋯⋯?
しかし、これは厄介なことになっているかもしれない。
「なんで此所にスライムなんているの」
「ジャイアントラットじゃない」
ふたりの言うとおり、此所にはジャイアントラットが出入りしているという情報で調査しに来たのに、現れたのはスライムという別の魔物。
強さでいえばどっちも同じくらいだが、鉢合わせすれば常に集団で行動しているジャイアントラットに軍配が上がるだろう。
なのに、このスライムは洞窟の奥から出てきた。
「⋯⋯まさか」
俺はある可能性に辿り着いた。
最近になってジャイアントラットが出入りするようになった洞窟。何故か奥から出てきたスライム。そして洞窟に入ってからずっと気になっていた魔力の漂い。
そこから導きだした推測が正しいかどうかを確かめるため、洞窟の壁を力強く殴った。
唯の岩壁だったならいとも容易く破壊出来うる程の力で。
にも拘わらず、結果は少しだけ壁を破壊するに留まった。
「ど、どうしたのいきなり」
「この洞窟、ダンジョンになってる」
「「ええ!?」」
そんな短い間にも殴りつけた壁は既に何事も無かったかのように修復しきっている。
それによって更にこの洞窟がダンジョンになっているという信憑性が増した。
そしてだめ押しで目の前のスライムを討伐すれば⋯⋯止めておこう。そんな事をしてしまえば一生自分を許せなくなってしまいそうだ。
「これは依頼どころじゃないね⋯⋯」
「ああ、このまま帰って報告しよう」
「ならウルフ狩りしてから帰ろ?」
「そうだな。時間もあるし、そうしよう」
目の前のスライムはそのままに、俺達はその洞窟をあとにした。
俺達は現在、洞窟の帰りに森林でウルフ狩りをしている最中だ。
しかしそれは何時ものウルフ狩りとはちょっと違う。
「「わあああっ!? 助けてええ!!」」
森林の中にふたりの少女の叫び声が木霊する。
俺はというと、近くの木に登ってその少女達がウルフの群れに追い掛けられているのを唯ぼーっと眺めて暇を持て余している。
上手くウルフ達から逃げているのを魔法使いの癖にしぶとい奴等だ、だなんて決して思ってなんかいない。
これは⋯⋯そう、この短期間でふたりのレベルもそこそこ上がっただろうし、それを確認するためのものだ。
「ねえ、手伝ってよ! 高みの見物なんてしてないで手伝ってよ!」
「『ウォーターカッター』っ! もうっ、無理。魔力がもう無い⋯⋯」
杖をしっかりと握りながら木と木の間を駆け抜けていくふたりが息も絶え絶えに助けを求めてきた。
しかし俺はどこ吹く風と聞き流し、手に持った小石を弄びながら涼しい顔で言った。
「何言ってんだよ、ちゃんと手伝ってるだろ?」
笑いを堪えながらそう二人に言い、持っていた小石をイリアに噛みつこうと迫っていたウルフに向けて投擲する。
勢いよく飛んでいったそれは狙い違わずウルフに命中し、その衝撃で小石をぶつけられたウルフは横に吹きき飛ぶ。惜しくも獲物を仕留めるまでには至らなかった。
「な?」
「「石投げてるだけじゃん!」」
おっと手厳しいな。
「ねえやっぱり闘技場での事怒ってるんでしょ!? あの時謝ったのに! しかも怒らないって言ってたのに!」
「シエラはともかくっ、私はちゃんと謝ったのに⋯⋯っ!」
「酷っ!? それだと私はちゃんと謝って無いって言い方じゃん!」
ギャーギャーと騒ぎながら、今度はシエラが魔法を放ってウルフの攻撃をなんとか回避する。
あれだけ騒ぎながらウルフから逃げているのだし、体力の方はまだまだ大丈夫のようだ。
それにしても本当に粘るなふたりとも。危ない攻撃だけ俺がサポートを行っているが、それ以外は今のところ自分達で何とかしている。
そんな少女達に、俺は得意顔でこう言った。
「確かに怒らないとは言ったが、許すとはいってない!」
「もう何でも良いから助けてよ! 後でしっかり謝るから!」
「私達もう魔法使えないからっ、今日もご飯奢りで良いからっ!」
半泣きで言ってくるシエラとイリアに、うんうんと頷いたきながら。
「なら、オルフェウス様許してくださいお願いしますって言ったら」
「「オルフェウス様許してくださいお願いしますッ!」」
「⋯⋯お、おう、冗談だったのに」
何の躊躇いもなく半ば絶叫にも似た叫びで言ったふたりに、若干引きながら返事をする。
重い腰を持ち上げ様に手に魔力を込め、一気に四本の短剣を『武器創造』のスキルを使って創り上げる。
木の枝に立ち、此方へと走り寄ってくるシエラとイリアを追い掛けてくるウルフに向けて四本同時に投げつける。
ひゅんという風切り音と共に飛んでいったそれは、寸分狂わずウルフの首もとに吸い込まれるようにして突き刺さった。
「よっ、無事」
「「全然無事じゃない!!」」
うん、結構大丈夫そうだな。
ウルフ狩りが終わった後、俺達は王都へと戻りその足でギルドへと戻って来ていた。
ギルドの中は夕方とあって依頼帰りの冒険者達が多く、兼営している酒場は既に満席近くまで席がうまっている。
「お、おい」
「ああ、あいつだ」
「ガキにしか見えないのにな⋯⋯」
「ガキの見た目で強い奴なんて剣聖くらいなもんだと思っていたんだがな」
「全くだ」
朝に比べてその場にいる冒険者の数が多いので、必然的に俺の事を知っている冒険者達がひそひそと声を潜めながら話をしている。
これはもう慣れるしかない。噂なんて時間が解決してくれるんだし、ほとぼりが冷めるまでの辛抱だ。
「お帰り~シエラちゃんとイリアちゃん。オルフェウス君に悪いことされなかった?」
受付嬢のリーシャさんが失礼なことを言いながら声を掛けてきた。
「おい、人をおちょくるのは──」
「「されました!」」
「ええっ!?」
⋯⋯⋯⋯。
「ま、待て、誤解だ! ちょっと話をしようっ!」
「そ、そうだよねっ、流石に弁えているよねっ」
ふざけ半分で聞いてきたつもりだったのだろうが、まさかの返答に俺をごみを見るような目で見てきたので必死に誤解を解こうと声を荒げるが⋯⋯。
「ウルフに追い掛けられているの私達を見て悦んでたの!」
「それで助けて欲しくば『オルフェ⋯⋯」
「わああああッッ!?」
こ、こいつら、何を口走ろうとしてるんだよ!
俺は慌ててイリアの口を手で塞ぎながら周囲に目をやる。
俺が大きな声を出してしまったので何事かと視線が集中しているが、幸運なことに何で騒いでいるかは分かっていないようだ。
それを確認して俺はホッと安堵しながら胸を撫で下ろす。
しかしそれもつかの間。前を向くととても良い笑顔のリーシャさんがいて、戦慄した。
「そうだねオルフェウス君、ちょっとお姉さんとお話しようか?」
「⋯⋯はい」
◆◆◆
此処は王都の冒険者ギルドのとある一室。
そこには冒険者風の三人とギルドの受付嬢が一人、テーブルを挟んで向かい合っていた。
「なーるほど~。そういう事だったの」
「そ、そうですよ、これはちょっとした腹いせ──んんっ、お仕置きみたいなものですよ」
俺はリーシャさんに事情を話し、何とか理解してもらえるに至った。
「昨日の闘技場の噂は知っていたけど、そんな事があったなんてね~。私達の間でも結構有名なんだよね」
「誰にも言わないで下さいよ」
「ええー、どーしよっかなー? そんな事よりさ、依頼はどおだったの」
さらっと話を変えてくるリーシャさんにジト目を向けがらも、俺はその事について話す。
「それなんですが、俺達が行ってきた洞窟、ダンジョンになってました」
そう言った瞬間、リーシャさんのお茶を啜る手がピタリと止まった。
その顔は先程までの穏やかな笑顔とはうって変わって気難しそうな人が醸し出す雰囲気のそれと似ている。
リーシャさんは口に当てていたカップを置き、真剣な表情で聞いてきた。
「それは本当ですか? その言葉に虚偽があった場合、最悪冒険者の資格の剥奪ですよ?」
初めて聞いたリーシャさんの敬語に圧倒されてしまい、暫くそれを見詰めてしまった。その後おどおどしながらも何とか頭を上下に振る。
それを見て畏まった様子だったリーシャさんの口元が緩み何時もの表情となった。
「そっか。じゃあ一応依頼は失敗だから違約金貰うけど、もう一度調査隊を派遣してそれが本当なら違約金は返すからね」
「分かりました。後ウルフ狩りにも行ってきたのでそれもお願いします」
「はいはーい」
俺達は無事に報告を済ませ、何時もの酒場へと向かっていった。
──この時、王都はまだ気付いてなかった。
この大陸一の大国の王都に、理不尽な災厄がもたらされるという事に。
まだ誰も知らない、その災厄の予兆はもう既に現れ始めている事を。
その災厄がこの世界に更なる波紋を生み出すという事も──。




