十九話 滅びた大陸
──分からない。
幾度となく剣を振り下ろしながら、僕は考え込んでいた。
つい先日耳にした獣人大陸で起こった戦争。
聖国が大義名分も無しに突然戦争を仕掛けたのは何故なのか。
聖国が三百年前に使用された『異世界召喚』の術式を用いた【魔界】の生物の召喚。
そして、悪魔の存在。
傍らでは、リーアスト王国にも進軍しようとしていた聖国軍を最近急激に有名になっている二人組の冒険者が未然に阻止したという。
一体、何がどうなっているのだろう。
中でも一番理解できないのが、師匠が一部では悪者扱いされていることだ。
聖国は勿論のこと、それに準ずる各国の教会を中心に謂れのない誹謗中傷が広まっている。
悪魔。
言葉だけでは悪印象を思わせるけど、それは勝手に誰かが肉付けしたものだ。
本物がどんな存在なのか、僕にはよく分からない。
でも、師匠の知り合いであればきっと悪い存在ではない筈だ。
「僕にも何か、力になれることはないのかな⋯⋯」
「心配かい?」
「──っ!? だ、誰?」
不意に背後に突然気配が現れ、体は反射的に飛び退いていた。
師匠の指導のお陰である程度周囲の魔力を関知できるようになったからこそ、前触れも無しに現れた〝それ〟を警戒した。
魔力遮断と気配遮断のスキルを用いた潜伏? それとも転移魔法?
どちらにせよ、強い。
「やあ、初めまして、セト君」
「どうして僕の名前を」
「そりゃあ君は有名な冒険者だから」
笑いかけてくるその人は、視界が無くなる一瞬の瞬きの内に目の前に移動していて、僕は更に後方に飛び退いた。
透き通った白髪に、美しい碧眼、若く中性的な顔立ちをしたその人は、慌てる僕を見て楽しげに微笑んでいる。
突然現れた時もそうだったけど、魔力が微塵も感じられない。
既存の手段が通用しない、まるで魔法とは別の法則を用いているかのような、得体の知れない感覚。
一体、何者なのか。
「君は何者? もしかして、悪魔だったりするのかな」
「その選択肢が出てくる辺りは流石と言うべきかな。当たらずと雖も遠からず。ボクのことは、そうだね⋯⋯最上位天使⋯⋯いや、神でいいよ」
「神⋯⋯?」
「昔大きな蛇を封印した時にそう言われてね、それから自称してるんだ。まあ三百年前に解き放たれちゃったんだけど」
あっけらかんとそう言った⋯⋯少年? は、今度はゆっくりと歩み寄ってきた。
先程のように気付いたらそこにいる、何てことはなく、少しずつ距離を詰めてくる。
敵意は感じられない。けど、他の何もかも全ても同様に感じられない。
顔では笑っていても、その瞳の奥で何を考えているのか掴めない。
「っと、ボクのことはどうでもいいんだ。そろそろボクの質問にも答えてほしいな」
質問⋯⋯、最初に訊かれたことだろう。
この人はどうしてそんな質問をしてきたのだろう。まるで僕が今、何に気を揉んでいるのか見透かされているように感じた。
「うーん。彼への贈り物だったソレを手にした君だから声を掛けたのに」
「贈り物⋯⋯?」
「ああ、安心して。君を怒る気は無いよ。寧ろ良い。ボクのお節介が空回りしている様は見ていて面白い。感謝してるくらいだ」
僕は思わず思考を止めてしまった。
言ってる意味が分からないというのもそうだが、問題は話している際の視線だ。
楽しそうに笑う自称神は、僕の手に握られた聖剣を見ながら気分が良さそうに話していたから。
これは、低級ダンジョンに突如現れた隠し部屋で手に入れた物だ。
それを知っているのはアリシアとナディア、そして師匠の三人だけの筈。
けれど目の前にいる人は、明らかに何かを知っているような口振りだ。
「君は何を知っているんだ」
「何も知らないさ。それで?」
「⋯⋯⋯⋯心配だと言ったら、自称神様は僕に助言をくれるの?」
催促してくるその人に小さく答えると、満足そうに頷いた。
そして、言った。
「ネルバで鍛冶師をやっているムートと言うドワーフを訪ね、そこでエクスカリバーを必要とせず世界樹の封印が解けると言うんだ。孫である『希望の種子』のリーダーでもいい」
そうすればきっと、君を探し人の所まで連れていってくれるだろう。良かったね、君が鍵であるそれを持っていて。──何て言葉も付け加えた。
鍵⋯⋯まさか、この聖剣のことを言っているのか?
本当にこの人は何者で、どこまで知っているのだろう。
現状、言葉を鵜呑みにするほどの判断材料は無い。寧ろ警戒して然るべきだ。
けれどその考えは、一瞬にして吹き飛ぶ。
神を自称するその人が、そんな言葉を用いたから。
「──悪魔に騙されたと思って。と言えば効きは良いかな?」
◆ ◆ ◆
見渡す限りに広がる荒れ果てた荒野。生物の影は何処にも無く、草木の一本すらも見当たらない、地割れの目立つ大地。
その土地はどういう訳か変色した黒い箇所が目立っており、そこからは毒々しい瘴気が立ち込めている。
凡そ人が住める環境ではない死んだ土地、という表現すら生温いと思わせる場所に、一人の少年が静かに佇んでいた。
乾いた風が彼の黒髪を揺らし、雲一つない快晴の空に昇る太陽を見上げ目を細めている、腰に伝説の聖剣を携えた異世界からやって来た少年。
「此処が、三百年前に滅びた大陸」
小さく呟き、彼は移動を始める。
至る所にクレーターのような大きく陥没した地面が見られ、それらを眺めながら黒ずんだ地面の前に立つ。
彼の持つ『神眼』のスキルにより、変色の原因が明らかになる。
「ヨルムンガンドの毒か。確か王様が、世界樹に封印されていた災厄の魔物と言っていたな。俺なら浄化できるか?」
転生することにより獲得した人智を超えた彼は、自分ならばこれをどうにかすることが出来るのではないか、そんな期待とともに手を翳す。
彼が試みるのは『神聖魔法』。
魔物を倒すことに特化した魔法スキルであるが故に回復などの補助系統は乏しいものの、それでも強力無比な魔法が一つ存在する。
「『神域』」
黄金の光が一帯に広がり、邪悪を祓う広域結界が顕現する。
結界内の魔物を弱体化させ、傷を癒し、毒や呪いに至る一切を無に還す。死霊系統の魔物であれば一瞬で消滅させることも可能だろう。
例え魔法的な代物であろうと悉く滅却する神聖領域。
──しかし、本体が死して尚、大地を蝕み続ける毒が消えることはなかった。
「多少は効果があるようだけど、駄目か。三百年前はエクスカリバーで浄化したと聞いたけど、今のこれでは不可能だな」
聖剣エクスカリバーは現在人が住まう大陸を浄化した事で大半の力を失ってしまっている。
それから三百年が経った今ですら力を取り戻すには至っていない。
とは言え、現段階ですら既存の聖剣の中では最強の力を有している。
一体、エクスカリバーの全盛期はどれ程までに強力だったのか──そんな興味を抱きつつ移動を再開しようとした、その時。
「ッ!?」
背筋が凍るような悪寒と圧迫感を覚えた少年の体は、意思とは関係無く反射的に大きく横に跳んでいた。
咄嗟に先刻まで己が居た場所に視線をやると、そこには黒く尖った何かがあった。
回避が遅れていれば間違いなく串刺しにされていたであろうそれを捉え、少年は発生源へと視線を走らせ驚愕する。
居なかったのだ。そこには誰も。
ただ、禍々しい漆黒の瘴気を放つ大地から生えた棘のようなものだけがあるだけ。
それを訝しげに注視する少年だったが、視界の端に蠢く何かを捉えた直後、激しい衝突音が轟いた。
「ぐっ!」
気付けば少年は腰から聖剣を振り抜いていた。
目の前には先程同様、地面から生えた黒い何か。
そして、聖剣により斬り飛ばされた黒い何かの尖端。
それらは間違いなく少年目掛けて迫っていた。
紛れもなく襲撃。敵の姿は見えない。人なのか、それとも魔物なのか。
だが、それを考えるよりも早く少年の体は動いていた。
もう二度目とあって油断は無い。
「──『神速』」
神聖魔法に存在する自己加速魔法。
爆発的に加速した少年は、八方から襲い来る黒い棘を回避する。
しかし黒い棘はそれだけでは終わらず、今度は少年を追尾するように動き始めた。
変化した動きに少年は目を見開く。
だが、聖剣を構え向き直ると、自ら飛び込み応戦した。
短く気合いの籠った声とともに何十もの剣戟を繰り出し、黒い棘を一瞬の内に細切れにする。
そんな攻防を暫く続けた少年は、あることに気付いた。
(何だ? 数が⋯⋯)
幾度となく黒い棘を殲滅しているにも拘わらず、一向に数が減らない。寧ろ、棘の質量も数も次第に増えているすら感じられた。
斬っても斬っても終わらない攻撃に小さく舌打ちを漏らす。
「切りがない。元を断たなければ────っ?」
そこで少年は、その存在がどういったものなのか、その根源にあるものに辿り着く。
黒い地面──ヨルムンガンドの毒に蝕まれたそこから生まれる、棘。
よく観察すれば、切り落とされたそれは地面に落ちる頃には既に外形を保っておらず、液状化し地面に薄く広がっている。
だが、暫くすると再び蠢き始めていた。まるで、特定の形を持たないスライムかのように。
そこから少年は、一つの最悪の可能性に行き着いてしまった。
「⋯⋯まさか、そんな見た目で、まだ、生きているのか?」
そんな初期から関わってたの!? 低級ダンジョンでの強武器ゲット、あれ偶然じゃなかったのかよ!! ⋯⋯というところで、この章は完結です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
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